新しい魔法を試しますか?▼
【メギド 魔族の楽園 琉鬼の母親の病室】
私はこの場に来た蓮花とゴルゴタを心の中で強く批難した。
――すぐに帰れと言ったはずだ。何を探しているか聞けと言ったはずだ。それがなんであれ、ゴルゴタにとっては害悪であると話をしたはずだ。この愚か者どもめ。取り返しのつかないことになってからでは遅いのだぞ
そう面と向かって叱責したい気持ちを押さえて、私は直接出て行くかどうか考えた。
私が直接会うことによって状況が悪化したりしないだろうか。
ゴルゴタは蓮花に『時繰りのタクト』を使って戻ったことを言ったのか、ゴルゴタはその辺りを端折って何も伝えていないか、蓮花の押しに負けてきたのか分からないが、蓮花の押しに負けてきたのであれば私が出て行っても蓮花は引かないだろう。
あるいはそういった未来になったことを伝えた結果、尚更蓮花は自分の探し物があったのだと確信したからこそ、強硬に出ている可能性もある。
曲がりなりにも賢い蓮花が実行しているのであれば何かしら勝算があるはずだ。
その決定に従っているゴルゴタも何か考えがあるはずだ。
――あの時は精神的な余裕もなくゴルゴタに話してしまったが、言わない方が賢明だっただろうか
私は『現身の水晶』でゴルゴタに話しかけようか考えたが、やはりここは私が出て行って直接蓮花を説得するしかないと思い、窓を開けてゴルゴタらの元へと飛び立った。
窓から飛び立ってすぐゴルゴタは私に気づいてこちらを向いた。
地上に降りて相対するとゴルゴタは案の定血塗れの状態で、蓮花の服にも少なからず血が付着していた。
肌身離さず持っているナイフにも血がついているのが見えた。
龍族を殺した際に付着したと考えるのが順当だろう。
「すぐに帰れと言ったはずだ」
「ここにいるのでしょう。私の探しているものが」
蓮花は目を血走らせて四方八方を観察し、何かを探している。
「ここにいる」という表現からして探しているのは魔族か人間かどちらかだろうが、蓮花が探しているのは恐らく人間であろう。
「誰を探している? その者に何の用だ?」
「…………邪魔をしないでほしいのですが、貴方は私の邪魔をするでしょう。ですが、その者を殺さない限りは私は引くつもりはありません。必要であれば最低限の説明をしますが」
「……私の警告を無視してまで強硬手段に出るような重大な理由があるのなら聞かせてもらいたいものだな」
言いづらそうに蓮花は下唇を強く噛み、手に持っているナイフでガリッ……ガリッ……と自分の爪と肉の間を削り始める。
そして覚悟を決めたように話し始めた。
「私が探しているのはライリーという人です。そいつが死んでいるかどうか確認できるまで安心できません。だから探しているんです」
拘置所の書面で「ライリー」という名前の記載があったことを思い出す。
拘置所の記録でも唯一名前の出てきた者だ。
よほど重要人物なのだろう。
「何故ライリーが死んでいないといけないのだ」
「……説明するのは得意ではないですが……ライリーは勇者連合会の暗部の司令官をしていた者です。私も暗部にいました。暗部では……あー……細かい説明をしている場合じゃないんですよ。ライリーがいるなら殺さなければいけないんです。事を荒立てたい訳ではないのです」
「私に納得できるように説明できなければ、ここでのお前らの横暴を許すつもりはない。選択肢1つで悍ましい結果になるのだから」
蓮花は私の実力を知らない訳ではない。
私を説得しなければ事が上手く運ぶとは思っていないだろう。
「ったりーなぁ……こいつら全部丸ごと焼き払っちまってもいいんだぜぇ……? 蓮花ちゃんが穏便に済ませようとしてるのを邪魔すんじゃねぇよ、なぁ……? キヒヒヒヒヒ……」
私の牽制が機能するのは、そこに付随するゴルゴタの関与がなければの話になるが。
「ライリーとかいうのがこの辺にいるって証拠は掴んでんだぜぇ……ほら」
蓮花がポケットから何か取り出した。
その手には魔王城から遥か昔に盗み出されて行方不明になっていた『死者の招き手』が蓮花の手にあった。
それは悪魔族の手のような形をしており、手の平には口がついている。
その口に探している者の身体の一部を与えれば、その者がいる方向を指さし場所を知らせる魔道具だ。
落伍者の復讐者が生者を引きずり落とし殺すという由来から『死者の招き手』と言われている。
「それをどこで見つけた?」
「ゴルゴタ様、あの建物の中にいるようです」
『死者の招き手』は魔機械族が作った療養施設の方角を指さしていた。
「おい、無視するな。ゴルゴタから何も聞いていないのか」
「聞いていますよ。だから私が殺すことにしたんです。魔族が人間を手にかけるのがいけないのでしょう。それに私の問題ですから、ゴルゴタ様の手を煩わせることではないですから」
話しながら蓮花は療養施設の方へと歩いて行く。
それを遮るように私は蓮花の進行方向に回り込み行く手を塞ぐ。
「待て、まずは状況を説明しろ、話し合いでどうにかならないのか。ここでもめ事を起こすのは賢明とは言えない」
立ちはだかる私に対して蓮花は面倒くさそうに顔を背けた。
ゴルゴタは「俺様が抑えつけててもいいんだぜ」と言っているが、蓮花は少し考えた後に私に向かって近づいてきた。
急に近づいてきて右手を私に近づけてくるので咄嗟に私は後ろに飛んで避けた。
「なんだ? 気持ちが悪い」
「説明するのが面倒なので、記憶の転写をしてもいいですか」
「記憶の転写?」
ガリガリと自分の頭を搔きながら、その説明すら面倒だと言わんばかりの言い方で蓮花は話を続ける。
「……地下の勇者らが記憶を抑制されていたこと、覚えていますか?」
「あぁ」
「あの者たちが施した記憶抑制の魔法式の応用で、記憶の転写の魔法を作ってみたんです。話していると時間がかかるので、記憶の転写をさせてもらえませんか。あまり気が進まないですが、それで納得していただけると思いますので」
強引に私に向かって記憶の転写をしようと近づいてくる蓮花の身体に、大量の水をまとわらせて動きを鈍らせた。
呼吸ができるように首から下のみに水を集中させ、一先ずは歩けなくさせた。
「……嘘が分かるのでしょう。記憶の転写後、異常を来たすことがないことは保証します。仮に異常を来たした場合も必ずもとに戻しましょう」
「嘘ではなく思い込みが強い可能性もある」
「そんなに心配すんなよ、キヒヒヒ……俺様は既に転写済みだぜぇ? 転写の腕は保証してやる」
「何っ……!?」
――ゴルゴタめ……蓮花のことを信用しきっているな……記憶の改ざんすら蓮花には容易いというのに、危機感がなさすぎる
そもそも記憶の転写と言っているが、蓮花にとって都合の良いような記憶を転写するだけという可能性もある。
それに、魔法式一つ作るのに普通は何年もかかるものだ。
それを応用して即座に作った魔法など到底信用できるものではない。
だが、質が悪いことに蓮花は嘘をついている訳ではないのだ。
――転写をされてゴルゴタの様子に何か特別異変が起こっている様には見えないが……
「俺様としても、今ソイツぶっ殺しておかねぇと面倒なことになっちまうって思ってるぜぇ……? だからそこをどけよ」
ゴルゴタは蓮花の身体を止めている水の檻を力任せにはぎ取った。
水が飛び散り、ゴルゴタの魔法で水は一気に蒸発し、辺りは水蒸気で白く靄がかかったかのようになる。
「他の魔族が集まってきてしまいました。私はライリーに用事があるだけです。魔族には人間のいざこざは関係ないでしょう」
「いーやぁ? 今回は魔族っつーか、俺様達にも十分関係あるじゃねぇかよ。この堅物は後から説明でもいいんじゃねぇ……? それとも、ここで俺様とやり合うかよ? 俺様としてはここら一帯全部焼き払っちまってもいいんだぜぇ……守るもんがあるやつってのはこういう時に弱ぇよなぁ……? ヒャハハハハッ!」
「…………」
私が蓮花を人質にとることもできるが、明らかにそれは得策ではない。ゴルゴタとここで揉めても勝算がない。
「では、こういうのはどうですか」
蓮花が別の魔法式を展開したので、私は何かが来ると身構えた。
身構えたが、何がなんだか分からない内に声のようなものが聞こえてきた。
(聞こえますか? 貴方の脳に直接働きかけて空気の振動を遣わずに伝えています(早く殺さなければ)思考を共有するので(こんなことしている場合じゃないのに)雑念が入ってしまいます(あの男あの時確実に殺しておくべきだった)許さない(どいてください(自業自得))いくら善行を積んでも許されない(私の弟を――――)
肝心な部分の内容の途中で魔法を解くと蓮花の声のようなものは聞こえなくなった。
いや、聞こえるという表現は的確ではないかもしれない。
思考を無理やり乗っ取られるような気持ちの悪い感覚だった。
普段何を考えているか分からない蓮花の思考は不気味だった。
私の頭の中に勝手に流れ込んでくるもので、到底気分のいいものではなかった。
「ここにいる魔族やライリー以外の人間に危害を加えるつもりはありません。必要であればライリーを連れ出して殺しましょう。邪魔しないでください」
服や持ち物が水に濡れていることも意に介さず、蓮花は『死者の招き手』の指の指し示す方向に向かって行こうとする。
歩く度にビシャビシャと水の下たる音がして心なしか服の重みで動きが鈍いようだが、それでも蓮花の足が止まることはなかった。
――駄目だ。やはり理性的な話をしても蓮花を止めることはできない。脚を折るか? いや、暴力に訴えればゴルゴタと揉めることになる
ゴルゴタとセンジュが死ぬという危険な可能性を秘めているのに、ここまでそのライリーに執着するのか知らなければならない。
仮に同じような展開になったとしても情報を掴んだ私がまた『時繰りのタクト』を使って数時間戻ればいい。
この場所には蓮花がいる。
取り返しのつかない場所に花が咲ない限りは痛覚遮断でなんとか対応できるだろう。
何か情報を掴まなければリスクを冒す意味がない。
「待て。分かった。記憶の転写をしてもらおうか。何の理由も分からないまま行かせる訳にはいかない」
「もし収拾が付かなくなったら私が責任をもって『時繰りのタクト』を使いますよ」
私は覚悟を決めた。
蓮花の事は信用できないが、その回復魔法士としての腕は信用しよう。
「一瞬で終わりますから」
そう言って蓮花は私の額に手を当て、記憶転写の魔法を展開した。




