正面扉は堅く閉ざされている。▼
【メギド 魔王城 数日後】
遅い。
――何が休暇だ。もう出て行ってから5日以上は経過している。いつまで遊び歩いているつもりだ奴らは
いくら何でも帰りが遅すぎる。
休暇だと?
魔王に休暇などない。
毎日が魔王が魔王たる仕事の時間。
眠っている間にも敵襲があれば勿論対応する。
それに毎日毎日ここにいるということに意義がある。
魔王城に魔王が居ずしていったいどこに魔王がいるというのか。
――まぁ……檻に入れられていた反動を考えればこの程度は想定内か
しかし、ゴルゴタは外の世界のことなど本を読んだ程度で事実を殆ど知らないだろう。
知らない場所に行って観光でもしているのか?
いや、ゴルゴタが観光に興味があるようには思えない。
蓮花を連れていったことを考えれば、あまり無茶なことはしないだろうとも考えられるが蓮花が無茶をする可能性は大いにある。
――どこで何をしている? 問題を起こしていないといいが……
私は魔王の座にいつものように腰かけながら、開かれない扉の方をずっと見ていた。
そこかしこに散っていた血や肉片ももう見る影もなく片付けた。
それでもまだ血の匂いは色濃く残っている。
魔王の座の正面には見慣れた母上の柩と勇者の剣が刺さっている。
あの正面扉は滅多に開くことがない。
あの正面扉から入ってくるのは不躾な無職か、敵くらいしかいない。
物々しい豪奢な扉は囮のようなものだ。
魔王城に不躾に入ってくる者を選別する役目を果たす。
魔王城には他に入口がいくつかあり、魔族の従者は暗黙の了解として正面扉から入ってくる者はいない。
あの扉が開いたときはとんでもない愚か者か、敵かそのいずれかだ。
無職の愚か者どもはまるで我が物顔でいつもあの豪奢な扉から堂々と入ってくる。
あんな大扉を開けるなど「今入ってきました」と報告しているようなもの。
聞くところに寄ると地下牢の勇者共は裏から入ったようだが、そのくらいは当然だ。
そのくらいの知恵もない者が、自分の正義とやらを振り翳して正面から堂々と入ってくる。
勿論裏から入ろうとする者もいるが、余程この世には愚かな者しかいないのか、正面扉から入ってくる方が圧倒的に多い。
裏から入ろうとする者は勇ましい者ではなく、ただの卑怯者だ。
「メギドお坊ちゃま、そろそろ昼食にされてはいかがでしょうか」
座って前を向いていた私の背後からセンジュの声が聞こえた。
「そうだな」
「本日はこの後、雨が降りそうでございますね」
「雨か……外に出ない私には関係がない話だ」
「庭の植物の水やりに丁度いい頃合いでございます」
センジュは私のように苛立っているような感情の変化があるような様子はない。
私が心配しすぎなだけなのだろうか。
「ゴルゴタはまだ帰ってこないのか……」
「ゴルゴタお坊ちゃまは雨を気にするような性格ではありませんから、蓮花様の体調が心配でございますね。風邪や肺炎などになっていなければ良いのですが」
「…………」
あの女が死んだら話が簡単になると最初は思っていたが、今やあの女がいなければ計画が立ち行かなくなってしまった。
回復魔法士という存在がこれほどまでに問題を複雑化させるとは、恐ろしい技術だ。
ゴルゴタが蓮花を気に入っているから始末に悪い。
それにセンジュも同様にだ。
死神やら三神の話までに話は拡大した。
蓮花がいなくとも三神伝説の話にはいずれ辿り着いただろうが、それを早めたのは事実だろう。
一方私は苛立ちが募るばかりだ。
私自身が回復魔法の勉学に励むこともできるが、ここには資料がない。
「探しに行かれないのですか?」
そんな私の様子を察してかセンジュはそう提案してくる。
ゴルゴタが出て行ってからもうこれで3度目だ。
「何度聞いても私は絶対に探しに行かない」
「では、ご連絡されてみては?」
「ゴルゴタが私から連絡がきていい気分になるとは思えない。今悪い状況であったら、更にそれを悪化させるだけだ」
「ゴルゴタお坊ちゃまが悪いことをするとは限りませんよ。蓮花様と休暇で羽を伸ばしていらっしゃるだけの可能性もございます」
「本当にそう考えているか?」
悠長なことを言っているセンジュに対し、本当にそう考えているのか尋ねると少し返事が遅れて返ってきた。
「……いえ、暴力がお好きな方でいらっしゃいますから」
何を何度考え直しても、やはりいいことをしているとは思えない。
ゴルゴタが他の者を気にかけるか?
善意的な活動をするか?
優しく誰かの手を取って手助けをするか?
「やぁ、こんにちは。今日はいい天気ですね」
なんて話をするとは思えない。
そんなことをする者でないことは私が良く知っている。
何でも暴力で解決しようとする。
私でなくとも一目瞭然だ。
賢さはあるが、知性よりも暴力を好む。
「ゴルゴタと鬼族の町へと行った際にゴルゴタの反応はどうだった? 外の世界に喜んでいたか?」
「いえ……特に外の景観などには興味はなさそうでしたが……」
「目的以外は興味がないか。休暇などと言ってどこに行ったのだろうな。方角は分かっているが、その方向に行ったとしてもこれほど戻ってこないとなれば、あちこち行っていると考えられる。あちこちで問題を起こしているのかと思うと頭が痛い」
ひじ掛けに置いた腕から伸びる手で私は自分の頭を抱えた。
「ゴルゴタが帰ってきたらあの正面の扉を堂々と開けて入ってくるだろう。だからここで待っている。ゴルゴタが方々で暴れているなら他の者があの扉を――――」
ガシャン……
私が話しをしている矢先、正面扉がゆっくりと開いた。
これほどゆっくり開いているのならゴルゴタではないだろう。
ゴルゴタはもっと蹴破る勢いで正面から入ってくるはずだ。
ゆっくりと扉が開き、誰かが中に入ってくる。
少なくとも仕えの魔族ではない。
私の後ろでセンジュが小刀を構える動きが手に取るように分かった。
私もいつでも攻撃できるように緊張が走ったが、私はその入ってきた者には見覚えがった。
「メギド!!!」
不躾にも私の名前を大声で呼ぶ者は、よろよろと足元がおぼつかない動きで私の方へと向かってくる。
右手で左肩を押さえ、脚も引きずっているのを懸命に動かしている様子だった。
服にそれなりの血痕がついている。
怪我をしている様子だ。
「何故お前がここに……何があった?」
「メギド……助けてくれ……!!」
センジュが私の横に立ち、殺すかどうか目配せしてきた。
それに対し私は手を横に伸ばして牽制する。
そこにはタカシがいた。
相変わらずの間抜けな顔をしていた。
いつも髪留めをして長い髪をまとめているが、その髪はばらけており、振り乱しながらこちらへ向かってくる。
何故怪我をしているのかも分からないし、何故私に助けを求めているのかも分からない。
とにかく「助けてくれ」と怪我の状況と照らし合わせても追われている可能性が高い。
そう考え、タカシが入ってきた後の正面扉を魔法で厳重に閉じた。
「助けてくれ……殺される……」
私におぼつかない足で近づいてきて、途中で倒れた。
様子が分からない為、私は椅子から立ち上がってタカシに駆け寄ったりしなかった。
それに追われているのであれば正面扉の方に注意を払うべきだろう。
タカシはそれほど大怪我をしているようには見えなかった。
放っておいても死にはしない。
ドォン!!!
私が強固に閉ざした正面扉から無理やり蹴り破るような音が響いた。
同時に鋼の大扉が大きく歪む。
そして外から聞きなれた声が大声で聞こえてくる。
「ちっ……なんだってんだよ!!?」
その声が聞こえるまであらゆる嫌な予感があったが、その中で1番の嫌な予感は的中した。
その声はゴルゴタの声だった。
タカシはゴルゴタに追われているようだ。
だとしたら分が悪い。
ゴルゴタが何故タカシを追っているのかは分からないが、ゴルゴタからタカシの逃がすには私とセンジュでゴルゴタを止めなければならない。
「オイ! コラァッ!!! 開けやがれ!!!」
ドン!! ドンドンドン!!!!! ガシャァッ!!!
いくら私が扉を閉めたとても、扉の強度は限界がある。
いとも簡単にゴルゴタは正面扉を破壊した。
扉の強度に加えてゴルゴタの暴力の前ではいくら私が天才だとしても、まさかゴルゴタが追いかけてきているとは思わずに扉部分の結界の張りが甘かったと過ちを認めよう。
派手に扉が吹き飛んで、そこからゴルゴタはタカシを目に捉えた。
「そいつを抑えつけろ!!!」
ゴルゴタはタカシに向かって走ったが、まさしく殺す勢いだったのでゴルゴタの方を止めるようにセンジュが動いた。
ゴルゴタの剛力に負けずセンジュはゴルゴタの動きを見事止めて見せた。
タカシの方は情けない声を出しながら私の方へと立ち上がって力の限り走ってくる。
「止めんなジジイ!!!」
センジュを振りほどこうとしても、ゴルゴタはセンジュに上手く抑えられて振りほどくことはできなかった。
「まずは何があったか説明を――――」
ギッ……
何が起こったのか私の天才的な脳が処理しきるまで、ほんの少し時間がかかった。
私がタカシから少し目を離している間に、タカシは今まで持っていなかった剣を持ってセンジュとゴルゴタに切りかかっていたのだから。
それだけの事ならまだいい。
ゴルゴタもセンジュもただの剣で殺すことはできない。
だが、ゴルゴタとセンジュはいつになっても身体が再生せず、上半身と下半身が斜めに分断され、そのまま絶命することになった。
ゴルゴタは上半身だけになっても少しの時間意識があるようだったが、何か言葉を発する間もなくぐったりと絶命した。
――何が起こった……
何が起こったのか分からなかったが、私はタカシの持っている剣を見るとその剣は良く見たことのある剣だった。
母上と、母上の柩に深々と刺さっていた誰も抜けない勇者の剣だ。
今まであらゆる試みで抜こうとしたがびくともしなかった勇者の剣が今タカシの手にあり、そしてその剣で切断されたセンジュとゴルゴタは絶命したのだ。
あまりにもあっけなく、突然のことで何がどうなっているかも分からない。
ただ、唯一はっきりしていることはこの世界線はもう駄目だという事だ。
ゴルゴタも、センジュもいない世界線。
大切な者を失った世界線。
こんな未来は受け入れられない。
もう肩の花によってかなり私の身体は疲弊していたが、それでも覚悟して『時繰りのタクト』を使わなければならない。
――だとしたらどこまで戻ればいい?
ゴルゴタが休暇に行くなどと言った時点からか。だとしたら相当前に戻ることになる。そうすれば私の身体もただでは済まないだろう。
「何があったんだ?」
まずはタカシからできるだけの情報を聞き出さねばならない。
話せる状態にあるかどうかは分からないが、先ほどうわ言のように私に助けを求めていたところ、多少は話ができる状態だろうと踏んだ。
最低限、事が起こる前に戻れたらそれでいい。
「助けてくれ……メギド……」
ゴルゴタという脅威を抹消したのにも関わらず、尚も私に助けを求めてくる。
「何があったのかと聞いている」
「俺の意思じゃないんだ……でも……魔族を見ると見境なくなって……」
「何……?」
タカシは私の方にじりじりと近づいてきていた。
血に濡れた勇者の剣を持ちながら。
私は『時繰りのタクト』を持ち、すぐに振れるように準備した。
「話は分かった。それで、何故ゴルゴタに追われていたんだ?」
なるべく刺激しないようにタカシに語り掛けた。
「俺たちがいたところにこいつがきて……それで、あの顔にタトゥーしてる女が仲間を殺そうとしたんだ……そこから虐殺が始まって……俺は……」
タカシは勇者の剣をしっかりと持ちながらも自分の頭を抱えて苦しがっていた。
「助けを求めたら、助けが来たんだ! でも……俺はそれでなんだか変なんだよ……そこからなんか変なんだ……!」
「お前が変なのは今に始まったことではないから安心しろ」
「そうじゃない!! 魔族を殺せって……頭の中で声がして……抗えないんだ!!!」
そう言ったすぐ後、タカシは私に向かって勇者の剣を振りぬいてきた。
私がその剣をかわせたのは注視していたからだ。
良く見ていなければ私はかわせなかった。
タカシはそれほど剣術に長けているわけではなかったはずだ。
見ているところ、タカシが剣を使っているというよりは、剣にタカシが使われているように見える。
剣の太刀筋はまるで熟練の剣士のような鋭い太刀筋だった。
「やめろ!」
私はタカシに呼びかけ続ける。
しかし、タカシは私に剣を向けるのを辞めない。
「それはいつだ!?」
「うわぁあああ……あっ……メギド、逃げてくれ!!」
「そんなことはどうでもいい! いつの話だ!?」
これ以上時間を無駄に浪費する訳には行かない。
早く過去に戻ってそれを防がなければならない。
それに、この勇者の剣にかかれば私はそこに倒れているゴルゴタとセンジュのようにあっという間に殺される。
「1日前だっ……!」
1日前ならまだ私のダメージの蓄積もそれほどではないはずだ。
そして確信に迫ることを私はタカシに聞いた。
「お前、神と接触したか?」
「神……? それがなんだか分からない……でも、突然声がして……助けを求めたらこうなってた……」
それだけ分かれば十分だ。
タカシの振るう剣は私の右肩に突き刺さった。
神経伝達が遮断されている部分を抉られたが、痛みはなかったので不幸中の幸いだった。
「助けてやる……待っていろ」
私はこのままでは私も殺されると判断し、『時繰りのタクト』を振った。
最後に見たタカシの目、とても正気とは思えなかった。
しかし、恐らくタカシは神に接触しただろう。
その事実が分かればいい。
そして私は『時繰りのタクト』を使って時間をさかのぼった。




