残りますか?▼
【メギド 魔王城庭】
センジュがある程度自由になったと言えど、ゴルゴタに「部屋に居ろ」と言われている身の上で自由に庭に出てこられるわけではなかった。
何が言いたいのかというと、薔薇の手入が疎かになっていて枯れている薔薇もそのままになってしまっているということだ。
それに、ゴルゴタに荒らされたと思われる箇所もある。
私が離れている間に随分変わってしまった魔王城の庭にいると「何故こんなことになったのか」という愚かな考えが脳裏によぎる。
何故かと言えば、どこまで遡って行けば良いのかは分からない。
様々な因果があり、現状こうなってしまっている。
――母上の初めの夫である天使族の者は今どうなっているんだろうか。確かイドールだったか。ルシフェルは良い状態で保存しておくとかなんとか言っていたようだが
確かに死の法を覆すものは現れた。
しかし、それを死神が良しとしない。
よもや私の姉にあたる存在は蛇蝎のごとく嫌う天使族の長の息子の子供であるとは。
これでは家系図にルシフェルの名前が載るなど、背筋が絶対零度で凍てつく思いだ。
魔神に心酔しているルシフェルに死神の話や神の話をしたらどんな反応をするだろうか。
何にしてもルシフェルに今会うのは面倒だ。
護衛の四大天使の2名をゴルゴタによって殺されているのだから。
私は肩の花の状態を確認してみたが、やはり少しずつではあるが花は大きくなっているようだ。
こんな無様を晒して天使族の元に行ったら嘲笑されるに決まっている。
駄目だ。
天使族のことを考えると激しい嫌悪感で他の事が何も考えられなくなる。
「カナン、まだか」
魔王城の敷地内で薬草を集めているカナンにそう尋ねると「もう少しです」と返事が返ってきた。
私が提示した1時間という時間のぎりぎりのところだ。
薬草の選別に時間がかかりすぎている。
これから本人曰く高難度の調合ができるのであるのだろうか。
カナンが摘み取った草を見ると、一応それは薬草であり、毒草は混じっていない様子だった。
流石にそれくらいは見分けられるらしい。
「あと8分で時間切れだぞ」
急かすとカナンは「はい!」と焦っているような返事をした。
私はカナンが回復魔法を展開しているのを見ていた。
カノンや蓮花のしていたような高度なものではないことくらいは一目瞭然であった。
しかし、ここで頭ごなしに「やはり凡人か」などと言って水を差したら私の手間が増えてしまうでの言わなかった。
――あの程度の栄養剤の調合にこんなに時間がかかるのが普通なのか
私はまごうことなき天才だ。
天才からみれば凡庸なものなど同族であっても視界にすら入らない。
蓮花も人間に価値がないと判断して皆殺しにしようとした。
だが、今考えると少し妙な感じもする。
蓮花は自分の力で施設の人間を皆殺しにした。
やろうと思えば1人でも人類を皆殺しにする計画も立てられるのではないだろうか。
あの女ならやりかねない。
考え事をしながら荒れている庭を見ている私に、カナンは「できました!」と栄養剤を持ってきた。
それを私が調べると、確かに蓮花の走り書きの調合方法通りのものであると理解できる。
「量が少ないぞ」
確かに栄養剤はできたが、庭の人間に使う分を考えれば圧倒的に足りない。
蓮花のメモには「生理食塩水で薄めてもいい」と書いてあるが、どの程度薄めても良いのかは書いていない。
薄めてもいいという表現は、不足があった時にやむをえなくそうする手段だ。
「申し訳ございません……」
「まぁ、一応できたようだ。及第点と言ったところだな」
私は魔法を展開し、庭にある薬草を採取し、蓮花のメモの通りに調合し、それを大量生成した。
カナンが苦戦していたことをものの数秒でやり遂げてしまい、カナンは驚きと同時に酷く落胆している様子だった。
当然だ。
力の差、知識の差、カナンが歩んできた以上の歴史が私にはある。
なにせ私は天才だ。
この程度造作もない。
「精進することだな」
「はい……」
すっかり自信を無くしたカナンをつれて柱に括りつけられている人間らのところへ行った。
相変わらず酷い匂いだ。
その匂いに私は口と鼻を服の袖で押さえながら作業を始めた。
注射器はもっていなかったので、魔法で直接血管に栄養剤を流し込む。
「凄い……」
この程度の事で驚かれては困る。
私にかかればこの程度の事は瞬きする程度の手間でできるのだ。
――後は地下の者たちだな
だが、安易に勇者らの姿を晒してよいのだろうか。
賢い蓮花ですら勇者らの顔は知らなかった。
ゴルゴタも覚えていなかったし、蓮花よりも劣るカナンが勇者らを知っているとは思えないが、万が一にも面倒なことになったら手間が増える。
カナンはカノンのいる場所へと返すべきだ。
実力のない者がいても足手まといになるだけであるし、過去の勇者が生きていると知っているのは恐らく今の段階では我々と、どうしようもない無職連中……こと、勇者連合会の上層部のみ。
その無職連中上層部が頼みの綱として放った真の勇者らが魔王城地下に捕えられていると知られれば、また何か妙な手段をとってくるとも言い切れない。
――だが、人間が他に有効打を持っているとは考えにくい
“お前が知っているとは思えないが”などと前置きをしたらカナンは更に自信をなくすだろう。
だが、回復魔法士として国の上層部と何か繋がりがあったとしたら何か知っているかもしれないので、聞いてみることにした。
「カナン、お前に聞きたいことがある」
「はい、なんでしょうか」
「人間らが魔族に対して何か状況を覆すような手段を持っているか知りたいのだが、何か知っているか?」
「えーと……俺みたいな下級の者には内容は知らされていませんが、国の上層部は何か作っているとか……聞いたことはあります」
「ほう……」
蓮花がこの大量の人間らを手間をかけて維持をしようとする意図は、魔王城全体を攻撃されない為と言っていたが、それにしてもこの人数は仰々《ぎょうぎょう》しすぎる。
町1つ、2つの人間が集められて生きた状態で維持している状態だ。
蓮花は魔王城に厳重な結界が張ってあることくらいは知っているはずだ。
まぁ、人間の謎の技術で結界を短時間に小さな穴をあけて入ってくるという小賢しいことはあるが、基本的に大それたことはできないはずだ。
やり方は気に食わないが、確かに生きた人間がここにいるという事実があれば、容易に魔王城全体を攻撃しようなどとは思わないはずだ。
――ただ、国王は自己中心的な性格だ。数百人の犠牲を厭わないだろうが……あの王は不出来な傀儡の王だ。国民よりも魔道具を優先するようなクズだ。他に人間を統治している者がいるはず……
「国王はオリバーとか言ったか。国王の身辺のことは詳しいか?」
「いえ……上層部の方なら国王との接点もあるでしょうが……」
「蓮花のような者か?」
「はい。咎人になる前は面識くらいはあったのではないでしょうか」
ゴルゴタに休暇を勧めたのは蓮花だ。
蓮花がゴルゴタを誘導し、何かしようとしていると考えても不思議はない。
人間を滅ぼすという考えはまだ強く持っている可能性はある。
全ての人間を滅ぼせないのなら、この国の中核を滅ぼせばある程度変わるだろう。
ともすれば、蓮花はゴルゴタを使って腐っていると感じている人間だけを殺したいと考えているかもしれない。
――いや、蓮花の行動については未知数だ。一貫性がなく測れない。私が考えても仕方がない
そして用事が済んだカナンについてだが、琉鬼と同じ方向に向かわせて琉鬼に合流してもらい、カノンの元へと戻ってもらう方が私も動きやすい。
私以下の回復魔法士などいても仕方がない。
カノンの兄というだけで、殺されたら私の目覚めも悪いというものだ。
「地下牢の回復魔法士らの中に、実力のある者はいないと蓮花から聞いているが、それは事実か?」
私のその質問に対してまたもやカナンは表情を曇らせる。
その“実力のない者”の中に自分も含まれていると知れば当然の反応だ。
「……何を基準とするかによりますが……特級咎人と比べられたらあれほどの実力はありません……」
「どの程度が中央値かは私の知るところではない。中央値以下かどうか、お前の感覚で答えろ」
「そうですね……中央値以下……だと思います」
「それは勉強や練習をすれば上達するものなのか?」
「勿論時間をかければそれなりになっていきますが……それを教える者も、教材もこここにはありません」
――やはり、カナンには琉鬼を追わせるべきか……
「なら、お前はカノンの居場所まで逃げろ。途中に老女を背負った太った男がいると思うが、それと一緒に行けば辿り着くだろう」
カナンは私の提案にすぐさま乗ってくると思っていた。
しかし、カナンはそれに難色を示した。
「いえ……俺はここに残りたいです」
「何故だ?」
「厚かましいようですが、あの特級咎人の弟子にしてもらうことはできないでしょうか?」
「何?」
何を言い出すのかと思えば、どうしようもなくろくでもない提案だ。
弟子になってどうしようというのだ。
それに、あの蓮花が弟子など取ろうとするとは思えない。
紙に計算式を書くときですら暗号文を使っているような用心深い女が、人間を心から憎んでいる女が人間の弟子など取るわけがない。
「蓮花から盗めるものなど何もない。ただ圧倒的な力の差に打ちのめされるだけだ」
「雑用でもなんでもいいんです。ここの人間の管理も……俺でも努力すればできます。雑用係として置いてもらえないでしょうか」
「………………」
何を考えているのか、うっすらと分かる。
不出来な兄として弟の元へとむざむざ帰ることなど屈辱だとでも思っているのだろう。
「お前が死んだらカノンが悲しむぞ」
「なるべく目立たないように、邪魔にならないようにしますから……このまま帰っても、俺には何も残りません。生きている意味さえ……」
「なら、死ぬ気でここで回復魔法の鍛錬に励むということか……私の一存では決めかねるな。本人に聞いてみろ。それから、一番厄介なのはゴルゴタの説得だな」
蓮花の周りにこんな男がうろうろとしていたら容易にゴルゴタに殺されかねない。
――だが……勇者一行の中に回復魔法士がいたな……その者をどうにかできればもしかしたらこの状況を変える一助になるかもしれない
蓮花がいつ帰ってくるとも分からない。
なら、あの勇者一行の回復魔法士の腕前を試すのも悪くないだろう。
いや、しかし奴らは蓮花が最低限の機能しか回復させていないから暴れ始めないだけだ。
カナンのような者が下手に全て治してしまったら(それは実力としても考えにくいが)、勇者らが暴れ始めないとも限らない。
「判断しかねる。保留だ」
「はい……俺からも直々に頼んでみます」
「やめておけ。すぐさま首が飛ぶ」
何にしてもカナンは1度檻に戻し、それから勇者らの様子を見に行こうと私は決めた。