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【メギド 魔王城地下牢】
やはり、地下牢に入るには抵抗感がある。
ゴルゴタをずっと監禁していた場所だ。
当時のゴルゴタの様子を思い出し、自責の念にかられる。
それだけではない。
今や地下牢は捉えられた回復魔法士らが劣悪な環境で収容されている。
収容されて何日経ったのかは分からないが、相当に精神的にも肉体的に疲弊しており、阿鼻叫喚とはまさにこのことだ。
私が回復魔法士らの牢の前に立っても、私に反応する回復魔法士は数名程度で、後は無気力に膝を抱えて独り言を言ったり、伏して動かなくなっていたり(一応脈拍と息はあるようだが)、本当に酷い有様だった。
忘れていた訳ではないが、ここにはカノンの兄がいる可能性がある。
ただ、カノンの兄に気を取られている場合ではない局面が多く後回しになっていたというのが現状だ。
「おい、ここにカノンという弟のいる回復魔法士はいるか」
私の言葉に、伏していた顔を上げて勢いよく牢の鉄柵に縋りつく者がいた。
「カノンを……弟を知っているのですか?」
「お前がカノンの兄か?」
「そうです!」
どうやら助けてもらいたいが故に浅ましく縋りつく嘘ではなく、本当の事のようだ。
「カノンがお前を探していたぞ」
「ここから出してもらえませんか!?」
どれだけここで悲惨な境遇を強いられたのかは分からないが、涙を流しながら私にそう懇願してきた。
カノンの兄がそう言うと、他の回復魔法士たちも徐々に私の方に縋りつくように詰めよってくる。
「お願いします! もう嫌です! 家に帰してください!」
「仲間がずっと帰ってこないんです。彼らはどうなったんですか!? 殺されたんですか!?」
蓮花の部屋の回復魔法士の死体を思い出す。
だが、ここで素直に「死んだ」などと言っては混乱が極まるだけだ。
私はカノンの兄だけここから出してやってもいいと考えていた。
ゴルゴタのことだ。1人いなくなったくらいでどうとも思わないだろう。
だが、全員いなくなったとなればゴルゴタも見逃しはしない。
くだらない言い争いや余分な確執を作る訳にはいかないと判断した私は、カノンの兄だけ出すことにした。
「お前、名前は?」
「カナンです……」
「カノンの兄ということは、それ相応に優秀なのだろうな?」
「…………いえ」
私の問いに、カナンは短く答えた。
顔をしかめて目を逸らす。
なるほど。弟が優秀でも兄はそれほど優秀ではないということか。
それが劣等感になっているように見える。
私とゴルゴタは兄弟そろって優秀だ。
私は言うまでもないが、ゴルゴタは武術が飛びい抜けている。
龍族の強靭な身体が龍族よりも小柄な身体が素早さを実現させており、そして不死の能力。魔法も私ほどではないが魔法もかなり使える。
母上も、祖父も、曾祖父も優秀だったと聞く。
魔王家に落ちこぼれなど存在しないのだ。
だが、カノンの家はそうではなかったらしい。
よくある話だ。
特に優秀な弟や妹がいればなおの事。
兄弟で差を比べられる。
そして、私の前で苦虫を嚙み潰したような顔をしているカナンもそうなのであろう。
「まぁいい。お前に仕事を与える。仕事をして成果をあげれば報酬をやる。私についてこい」
群がる他の回復魔法士を魔法で牢の奥へと押し返し、私はカナンだけを外へと連れ出した。
酷い悪臭がする。
それに、ろくな食事をとっていないのか頬もこけて肌も青ざめている。
「まずは食事をしろ。後は私が水洗いしてやる」
水洗いと言う言葉に違和感を覚えた様子だったが、それについてはカナンは何も言ってこなかった。
「……はい。何の仕事をすればよろしいでしょうか……?」
「一先ずは能力値の測定が必要だ。任せられる程度かどうか私が見る」
そう言われたカナンは酷く気分を害したような表情をしていた。
それだけ能力に劣等感があるのだろう。
嫌と言う程自分の能力値については分かっているはずだ。
そして優秀なカノンと比べられてきたはず。
「そう機嫌を損ねるな。バケモノや天才と比べようとは思わん」
「バケモノとは……特級咎人のことですか?」
どうやらカナンも蓮花のことを化け物だと思っているらしい。
それはそうだろう。
あまつさえ、人族の間ではあれは大量殺人者の咎人。
そして今は魔王ゴルゴタに取り入る冷血な女だ。
化け物だと言われても文句は言えまい。
「あぁ、あれはバケモノだ。よもや人間という枠からはみ出している。いや、はみ出しているどころか人間であることを辞めている。人間の形をしたバケモノだ」
「……そうですよね……そう言っていただいて、少しは気持ちが楽になりました」
優秀なカノンよりも蓮花は更に上を行く。
あれはこの世にあってはならないような存在だ。
それと比べられても困るだろう。
私が超常的に完璧であろうとも、蓮花には及ばない。
あれは強い欲求からくる渇望だ。強い執着があの女を人外へとしてしまった。
一方私はそれほどに強い欲求はない。
その差が私とあの女の差だ。
「まずは庭の人間らの体調確認。それが済んだら地下にいる者らの体調確認だ」
「かしこまりました」
カナンはふらつきながら私の後をついてきた。
私はセンジュに頼みカナンにまともな料理を食べさせた。
聞くところによると、捉えられてからは1日1食、最低限の食事でろくに食べ物を与えてもらっていなかったのだという。
それに、まともな食事ができて嬉しかったのか泣いて喜んでいた。
「本当にありがとうございますっ……!」
私も朝食べ損ねた食事をとった。
食後に一息ついた後、私はカノンの話をした。
「カノンがお前のことを心配していたぞ」
「……そうですか……」
あまり嬉しそうには見えない表情をしている。
やはり優秀な弟というのは疎ましく思っているのだろうか。
カノンは兄を心配して私の旅に同行を願い出たが、カナンは無気力という感じだ。
まぁ、あんなひどい有様の牢屋に何十日も押し込められていたら嫌でも無気力になるだろう。
「優秀な弟が疎ましいか?」
「いえ……」
嘘だ。
明らかに表情を曇らせ、口ごもっている。
これでは私でなくとも嘘だと気づくだろう。
「嘘をついても分かる魔道具をつけているものでな、嘘をついてもすぐに分かるぞ」
「…………」
――今度は沈黙か。分かりやすいな
このくらい分かりやすくてもらわなければ困る。
蓮花のような分かりづらい人間と話していると苛立ってくるが、あの単細胞生物のタカシくらい分かりやすい方が普通だ。
普通のものは安心できる。
得体の知れない化け物と一緒にいると苛立ちばかりが募る。
私と同等か、あるいはそれ以上の頭脳の者と話していると自分の愚かさに苛立つのだ。
私に分からないことがある事に腹が立つ。
「言いたくなければ別にいい。ただ、嘘をついても無駄だという事は頭に入れておけ」
「はい……」
それから、私は琉鬼にしたように乱暴に衣服・身体を水洗いした。
一先ずは酷い匂いが落ちて我慢できる程度にはなった。
水洗いの後は適度に水分を飛ばし、乾かしてやった。
息ができなかったのか、カナンは咳き込んで倒れた。
「げほっ……ごほっ……」
「よし、それでは庭の人間の状態を確認しにいくぞ」
「はい……っ……ごほっ……ごほっ……」
蓮花から渡された紙に書いてある栄養剤の調合は簡単であった。
とはいえ、蓮花は雑なメモ程度で予備知識がなければ調合はできないだろう。
故に、私はカナンに手渡した。
これが分からないようでは使いものにならない。
栄養剤などの調薬は回復魔法士としての基礎の部分でもある。
「これは、栄養剤の調合方法ですか?」
「あぁ、それを調合してみろ」
カナンは必死に蓮花の書いた雑なメモに目を通していた。
そんなに何度も見返さないと分からない程難しい内容ではないはずだ。
専門知識のない私でもその内容は簡単なものであった。
――いや、私と蓮花のような異才と比べるのは酷か……
「できないならお前に用はない。カノンの居場所を教える。そこへ向かって逃げろ。逃がしてやる」
「わ、分かります。ただ、高難度の調合なんです」
「分からないなら話にならない。それができるかどうかを尋ねているのだ」
「……やってみます」
できるかどうかではなく、やるかやらないかという見当違いな返事が返ってきた。
できるかどうかは現時点ではやって見なければ分からない程度の実力なのだろう。
仮にカナンができなくとも私なら可能だ。
――私に劣る回復魔法士など、さっさと開放してしまえばいいものを
ゴルゴタは回復魔法の難易度については恐らく理解していない。
蓮花が何でも簡単にやっているのを見ているから、その難解さは分からないのだろう。
私はカノンと蓮花を基準に見てはいけないことくらいは理解できる。
奴らは若くして実力のあるその筋では名の通った回復魔法士だ。
他の回復魔法士のレベルがどうなのかは分からないが、恐らく年齢としても20歳程度で優秀なカノンと同じ家庭環境であったとしたら、カナンが標準程度の回復魔法士なのだろう。
「回復魔法士には階級はあるのか?」
「階級ですか……明確な線引きはありませんが、革新的な論文を発表したり、実力が認められた方が上に立つ職業ですから……俺は全然、中の下くらいですよ」
「カノンは?」
「弟は上の下くらいだと思います……」
カノンの話を出すとカナンは途端に暗い表情になる。
「魔王城敷地内に薬草が生えている。それを使えばいい。私はお前の腕前を見るから好きに使えばいい」
薬草の何がどこに生えているのかは知っていたが、似た草でただの雑草や中には毒のあるものもある。
魔王城には色々な薬草や毒草を栽培している。
主にセンジュが使っているが、私も薬学はサラリと読む程度で大体頭に入っている。
それを見極められないようでは話にならない。
「少し時間をください」
「1時間でやれ」
「1時間ですか!?」
「当然だ。それによって生命維持ができるかできないかの瀬戸際なのだ。もたもたされていては死んでしまう」
狼狽しているカナンに向けて私は冷たく言い放った。
青ざめた顔をしながらも、カナンは必死に魔王城敷地内の薬草を集め選別し、調合を始めた。