センジュは行動を起こさなかった。▼
【メギド 魔王城 センジュの部屋】
いくつもの魔法式を向けられても、センジュは身じろぎひとつしなかった。
センジュは不死だ。
こんな脅しは無意味だと分かっている。
しかし、不死のバケモノであればこんなことをされても無意味であろうが、魔王家の執事という立場であれば私の言う事を聞く他に選択肢はない。
「メギドお坊ちゃま……恐れ入りますが、死神に会いに行って何をなさるおつもりなのですか?」
「何、単純な事。死神に好き勝手に話されて腹が立った。好き勝手話される気分がどんなに不愉快なものか死神に教えてやろうと思ってな。長年存在し続けていると世の中の価値観というものが分からなくなってしまうらしい」
「…………」
実際に死神に会えたとして、私の切れるカードはない。
死神の弱みを掴まない限りは私には永遠に切れるカードなどないのだ。
死神はセンジュとわざわざ契約して不死を与えた。
それは死神の身体を作れるのがセンジュだけだからだ。
しかし、何故死神は不自由な身体を求める?
身体がなくとも存在できるのであれば、そちらの方が勝手がいいはず。
それに、神も魔神も身体を何かしらの理由で捨てている。
捨てなければならない理由があったのか、ただのきまぐれなのか、何かそこに理由があるはずだ。
センジュの話では死神が魔機械の身体を欲した理由は「無機物から“生命”は誕生するのか。有機物でない“生命”とは興味深いから」というものだった。
「無機物から本当の“心”が生まれるのか見極めたい」とか、「それが生命なのか否か、判断しなければならない」とか、大層なことを言っていたようだが、どうにもそれは本題から逸らす為の大義名分であるようにも感じる。
ベラベラと喋るやつは重要な事だけは話さない傾向があるからだ。
「センジュ、死神は他に何故身体を欲しているのか分かるか?」
「明確なことは何も。ただ、以前お話したことと、興味があるからという程度のことしか聞いておりませんが」
「それは妙だ。興味があるなどという理由で不自由を自身に課すのは合理的ではない。少なくとも、死の法などという絶対的な法を守るべき几帳面な性質の者のやることとは思えない。まして、他者の核の一部を取り込むという大それたセンジュの提示条件を飲んでまでしなければならなかった何か別の目的があるのではないか?」
センジュに対してのみ優遇が過ぎる。
たったそれだけのことでセンジュを不死にする必要があったとは考えにくい。
それに対してサティアの件を断固として拒否する死神の姿勢とはかなり乖離があるように感じる。
「ふむ……身体がなければならない理由……センジュと不死の契約を結ばなければならない程の何か……」
そして、神と魔神は何故身体を捨てたのか。
「まぁ、と言うのは冗談だ」
無数に展開していた魔法式を解き、私はセンジュの淹れた紅茶を優雅に飲む。
センジュも本当に自分に対して身体が塵になる程の魔法を浴びせられるとは思っていなかっただろう。
特に表情にも変化はなく、静かに紅茶を飲む私を見つめていた。
「今、死神に会いに行ったところでどうにもできない。ゴルゴタのように死に急ぐ程私は愚かではない。ただ、死神が気になることをいくつか言っていてな。以前三神が俗世に干渉したときには大変なことになった……とは、恐らくセンジュに魔道具を神の力を使って作らせて戦乱を巻き起こしたときのことを指していると考えられる」
「そうでございますね。それ以降は三神は容易には俗世に干渉しない協定を結びました」
――やはりな
「死神はこう言っていた“殺してしまえば私の管轄になるので簡単なのですが、殺すにしても色々手続きがあるのです。あなた方を殺すことなど私にとっては至極簡単なのですが、他のお二方が首を縦に振らないでしょう”と」
つまり、私は三神にとって重要な存在。
それは蓮花もゴルゴタも同じだ。
それにこうも言っていた。「身体を手に入れた以上は現世の決まりに従い、この次元に留まらなければなりません」と。
身体がある以上はそれなりの不自由や制約があると見ていいだろう。
三神らはゴルゴタを暴走させ人間と魔族の戦争のシナリオを望んでいる。
だが、神の時間の単位で数日、数年は誤差の範囲なのか今は特に異常はない。
ゴルゴタが休暇がどうのこうのと言ってどこかに向かったが、こんな状態で馬鹿馬鹿しいことをしでかさないことを祈る。
いや、どうせろくでもないことになる。
それに備える方が建設的かもしれない。
蓮花がある程度冷静な判断ができるが、ゴルゴタの行動を抑制する程の牽制力はない。
むしろ、ゴルゴタが派手に暴れていても無関心だろう。
――少しは考えて行動をしてほしいものだな
定期的に魔道具で連絡をとってもいいが、あまりに頻度が多いとゴルゴタが鬱陶しいと魔道具そのものを放り出しかねない。
それに、私が言葉で説き伏せてもどうせゴルゴタは聞く耳を持たない。
私の弟であるだけに、ある程度の聡明さはあるが知性よりも衝動性の方が強い。
先を考えるだけ頭が痛くなってくるだけなので、私はゴルゴタのことを考えるのを辞めた。
「私やゴルゴタ、蓮花に対して三神は禁忌でも侵さない限りは直接的な“何か”はしてこないようだ。ゴルゴタが暴走するのは蓮花が関係している。蓮花がサティアに解呪をしないから、今もゴルゴタは平静を保ち、休暇などと言ってふざけたことをしていられる」
「しかし、メギドお坊ちゃまが死神に接触してしまってはどうなってしまうかは分かりかねます。かなり危険な行為かと」
「センジュが死神と契約した後は、神と魔神は何も言ってこなかったのか? 話を聞いている限り、死神の特別優遇を受けるセンジュは神と魔神からしたら不公平な存在だ。何故何も咎めがない?」
「それは……推測になりますが、わたくしが魔王家の執事に徹し、何一つ大きな変革の時にその力を使っていないからではないかと思います」
――なるほど……
その身に果てしない力がありながら、祖父アッシュが殺された時も母上が殺された時も、センジュは勇者らに対して何の手を打ってはいない。
今思えば、不死であり戦闘能力の高いセンジュ程の力があれば、母上は勇者に殺されることはなかったかもしれない。
だが、センジュは戦わなかった。
私とゴルゴタを逃がすという行動をとり、母上と勇者らの戦いに一切関与していない。
だが、それを責めることはできない。
死神に目立たぬようにと釘を刺されているのだから。
それに、ゴルゴタに対して罪悪感があったとしてもセンジュの力ならば止めることもできなくはないと私は感じている。
しかし、やはりセンジュはそこに関与してこない。
「センジュが表立って関与すると更に大事になるという訳か」
「……申し訳ございません。申し開きもございません。どんな咎めも受ける所存でございます」
そう言ってセンジュは深々と私に頭を下げる。
「頭を上げろ。センジュを咎める気はない。ただ、ゴルゴタにはそれを気づかせるな。また暴れ出しかねない」
「かしこまりました」
さて、ある程度の情報の整理はできた。
今は呪われている書類はどうすることもできない。
ゴルゴタが何をしにどのくらい不在にするかは不明だ。
私は琉鬼が無事に戻ったかどうか確認することくらいしかすることがない。
蓮花の部屋に入って書面を物色しても、蓮花にのみ分かる暗号で書かれており私が解読するには時間がかかる。
まして回復魔法という高度な魔法に関する技術だ。
暗号が仮に解けたとしても内容まで完全に把握することはできないだろう。
それに、どうせ用心深い蓮花のことだ。
暗号も飛ばし飛ばしに書いて、仮に読めても分からないようにしてあるだろう。
あの女は性格が悪い。
絶対に秘密は洩らさないように徹してる。
――残る問題は地下の勇者らの事だ
世話をしていた蓮花がいない以上は誰かが世話をしなければならない。
センジュには酷な仕事であろう。
とはいえ、私が世話をするのも納得がいかない。
蓮花は人間の世話の仕方の書いた紙を置いて行ったが、特別地下の勇者らのことについて触れられていない。
「私は地下の勇者が目覚めたかどうか確認してくる。蓮花が戻ってこない以上、世話をする者が必要だ。地下の回復魔法士の状態も確認しておきたいしな」
「…………かしこまりました。有事の際はわたくしが補助いたしますので、なんなりとお申し付けください」
「あぁ、頼む。それから――――」
センジュの部屋から私が出る間際、私は言った。
「いざとなれば、死神の元へと脅してでも連れて行ってもらうのは本当だ。覚悟はしておいた方が良い」
そう言い残し、私は勇者らのいる地下牢へと向かった。