休暇を取りますか?▼
【メギド 魔王城 蓮花の部屋付近】
蓮花がこっそりと自分のベッドに戻ろうとしたところ、案の定というべきかゴルゴタが目を覚ました。
そこに私がいると話がややこしくなるので、私は気配を消して蓮花の部屋の前で待機することにした。
中から2人の話し声が聞こえる。
「おい、どこ行ってたんだよ。どこか行くなら俺様に言え」
「申し訳ございません、お手洗いに行ってました。よくお休みになられてましたので、ゴルゴタ様を起こすのも悪いかと思いまして」
「あぁ……お前が寝てるの見てたら俺様も久々に眠くなってな……」
「ゆっくり眠って休息をとるのも大切ですよ」
「まぁ、たまには悪くねぇかもな」
他愛もない雑談が中から聞こえてくる。
私が気配を消しているとはいえ、どのタイミングで部屋に入ったものかと考える。
呪われている書籍は結局庭のところに放置してきたままだ。
蓮花の腕力と体力ではあれを動かすことはできなかった。
小分けにして運べば可能だろうが、それでは物凄く時間がかかる。
と、なれば蓮花にあの場所で作業をさせる必要があると考えた。
あの呪われたものは蓮花と琉鬼以外は動かせないが、琉鬼は強引に帰してしまった。
琉鬼は母親を背負って無事にタカシたちと合流できるのだろうか。
あるいは、『死神の咎』が身体に埋めこまれているゴルゴタならあの書類を運べるかもしれない。
ガチャリ。
考え事をしているところ、蓮花の部屋の扉があいてゴルゴタが出てきた。
私を見つけるなり物凄く嫌そうな表情をした。
「こんなところで何してんだよクソ兄貴」
睨みをきかせて不機嫌そうに私に尋ねてくる。
「お前たちの話の邪魔をしては悪いと思ってな」
「出て行ってからなげぇんだよ。で、取りに行ったもんは?」
「庭先にまでは運んだが、何分疲れてしまってな。ゴルゴタが蓮花の部屋まで運んでくれると助かるのだが」
「あぁ? なんで俺様がテメェの指示に従わねぇといけねぇんだよ。てめぇが運びやがれ」
ここで、事情を知っている蓮花の方に視線を一瞬移す。
蓮花は私から目を背けていたが、視線を感じた事くらいは分かったはずだ。
そして、渋々という感じで私たちの会話に口を挟む。
「メギドさん、ゴルゴタ様はかなり疲労が溜まっています。私とゴルゴタ様は少しばかり休暇をいただきます。ですので、その件は少々お待ちください」
――休暇だと?
身体的な疲労はゴルゴタには『死神の咎』の影響で関係のないことだが、精神的な疲労で少しばかり休むことを蓮花が提言したのだろう。
休暇とは言ってもどこで何をするのかは分からないが、良い予感はしない。
そもそも魔王という役柄に休暇など存在しないのに、何を悠長なことを言っているのかと私は多少の苛立ちも覚える。
だが、地下の勇者を拷問する気もなくなっている様子だし、一先ず時間は稼ぐことができるだろう。
「……構わないが……休暇を取ってどこに何をしにいくつもりだ。それに、いつまで休むのか言え」
「そんなもん決めてたら気が散って全然休めねぇだろうが。俺様はてめぇに70年も監禁されたんだぜぇ……? 俺様が自由に遊び回ってもてめぇとジジイにだけは文句を言われる筋合いはねぇ。おい、人殺し、てめぇはまだ本調子じゃねぇから明日の朝まで寝てろ。俺様も派手に遊ぶために今から寝る。クソ兄貴、間違っても俺様たちを起こすんじゃねぇぞ。お前は部屋に戻れ。余計なことはしないで大人しく寝てろよ。これは命令だぜぇ……?」
「はい」
そう言ってゴルゴタは蓮花を自分の部屋に戻らせた。
私が蓮花の睡眠の妨害をしないように私を睨む。
「いつまでそこにいるつもりだよ。ジジイのところにでも行きやがれ」
「…………派手に遊ぶと言っていたが、人間の虐殺などしに行く訳ではなかろうな?」
「バカかよクソ兄貴。確かに俺様は毛のない猿は皆殺しにしてぇけどなぁ……キヒヒヒヒヒ……俺様はもっと他のタノシイことをしてぇんだ……」
どう見ても、ろくでもないことを考えている顔をしている。
ゴルゴタが楽しいと思う事など、暴れる以外に何かあるのだろうか。
「具体的には?」
「教えねぇよ。兄貴ぃ……俺様は今魔王様なんだぜぇ? 頭が高ぇんだよ」
手をひらひらさせながらゴルゴタは蓮花の隣の自室に入って行った。
ゴルゴタが自由な身で睡眠をとるなんて珍しいことだ。
明日は炎でも降ってくるのではないかとすら感じる。
蓮花も熱が下がったばかりで休息が必要なのは確かだ。
今蓮花を酷使してまた倒れられて、本当に死んでしまっては事が進んで行かない。
ここは、少しばかり自由になったのだから、センジュとゆっくり話をしてみてもいいだろう。
――急いては事を仕損じる……というしな。情報の整理も必要だ。センジュと久々にゆっくり話でもするか
センジュも全て話した訳でもないだろう。
全て話すには私やセンジュ本人にも相当なリスクがあるはずだ。
結局、サティアのことはゴルゴタには話されなかった。
だから蓮花がゴルゴタの暴走に関わっているとゴルゴタ本人も知らないままだ。
そこまで話す前に私が話しを遮ったが、サティアと蓮花の消失の件をゴルゴタに知られるわけにはいかない。
ゴルゴタがまた突拍子もないことを言い出しかねない。
私はセンジュがどこにいるのかは分からなかったが、魔法で位置感知を使って部屋にいるらしいことが分かったので、私はセンジュの部屋へと向かった。
センジュの部屋の前に到着した私は、何度か修繕された形跡のある扉を見据えた。
――どんな言葉をかけるべきか
扉を叩く前に、私はなんと声をかけるべきか考えた。
センジュが色々隠していることは私は気づいていた。
だが、ここまで大きなことにセンジュが関わっているとは思っていなかった。
かといって咎めるような気持ちにはなれない。
私の姉のサティアのことも、曾祖父のヨハネのことも、三神のことも、そして私とゴルゴタのことも全てセンジュは抱えている。
それを責めることもできまい。
コンコンコン……
「センジュ、私だ。今、入ってもいいか?」
私がそう言ってから間もなくして中から歩く音が聞こえ、ガチャリとセンジュの部屋の扉は開いた。
「はい、どうぞメギドお坊ちゃま」
丁寧に扉を開いてセンジュは私を部屋の中へと招き入れた。
センジュの部屋に入るのも久しぶりだ。
私の部屋程ではないが豪奢な部屋に住んでおり、隅々まで手入れが行き届いている綺麗な部屋で気分が落ち着く。
蓮花の部屋はただでさえ散らかっているところ、ゴルゴタが血の海にしてしまった。
後であの部屋の掃除をしなければならない。
椅子を丁寧に引かれたので、私はそこに座った。
やはりセンジュは私を誰よりも丁寧に扱ってくれてる。
この当然の気遣いができない者が多すぎる。
タカシなど論外だ。
「紅茶はいつものものでよろしいですか?」
「あぁ」
そう言うとセンジュは手際よく私に対して紅茶を淹れ始める。
魔法で水を瞬時に沸騰させ、茶葉が良く踊るように紅茶を淹れていた。
それを見ていると、前の日常を一瞬でも取り戻したような気がして安堵する。
「どうぞ、メギドお坊ちゃま」
出された紅茶から良い香りがする。
先ほどまで糞尿の匂いのする場所にいただけに、その良い香りに私は「これが普通なのだ」と考える。
この城で起きている事は何もかもが異常だ。
私の求める平穏とは程遠い。
それに肩にある花の痛みは今はないが、これも放置しておく訳にもいかない。
「センジュ、お前も座れ」
「かしこまりました。失礼いたします」
私の前の椅子にセンジュは優雅に腰を下ろす。
1つ1つの所作が洗練された動きだ。一切の無駄がない。
ただ紅茶を飲みに来たわけではないことくらい、センジュも分かっていただろう。
真剣な表情をして私の言葉を待っていた。
「そう身構えるな。根掘り葉掘り聞く気はない。だが、センジュが魔道具を作っていたという部分については1つ、頼みがある」
「………………」
私が来たことも、センジュにとっては良い話をされるわけがないと察していたはずだ。
だが、表情を変えることはなかった。
魔道具の話をされて表情が強ばる様子が見て取れた。
なんとなく察しがついたのだろう。
しかし、それをしようとしないのはやはりセンジュでも無理な話であるのだろうと私も理解している。
「『解呪の水』では、この花は解呪できないのか?」
「はい……それに『解呪の水』はわたくしが作ったものではありません」
「そうなのか?」
「それは死の法を研究していた人間たちが作ったものでしょう。だから呪われた町にあったのです」
確かに以前、センジュが呪われた町から回収したと言っていたのを聞いていた。
まさか人間の手で作られたものであったとは思わなかったが、当時の人間の技術で作られたものなら、かなり最先端の技術と言ってもいいだろう。
「ふむ……持ってきた資料の中にその関係のものがあれば、再び作れるかもしれないな」
「死神の呪いがそう簡単に解呪できるとは思いませんが……」
「あのタガの外れた回復魔法士が改良を加えれば、何とかなるかも知れない」
実際に蓮花は死の花を解呪することができた。
研究所の人間の作った資料を見れば、それに改良を加えて更に強い『解呪の水』を作ることもできるかもしれない。
「死神がそれを良しとするでしょうか」
「死神と長い付き合いのセンジュであれば、奴の性格を知っているのではないか? 私の印象だと少しばかりいい加減な性格の印象を受けたが」
とにかく無駄話が多い印象が強い。
それに、監視の目もそれ程強いものでもないように感じた。
「確かに少々いい加減なところはありますが、法については絶対です。その件について温情があるとは思わない方がよろしいでしょう。根本的に我々と神々は考えも何もかもが違うのです」
「ふむ……私としては三神などに関わりたくはないが、既に呪いを受けている身だからな。少なくとも死神とは切り離せない問題だ。サティアのことも含めてな」
私がサティアの名前を口にすると、センジュは明らかに表情を曇らせた。
そして、確認するように私にサティアのことを尋ねてくる。
「未来では……サティアお嬢様は元の姿に戻られて、生きていらっしゃったのですよね?」
「そうだ」
「…………しかし、それにはゴルゴタお坊ちゃまや蓮花様を犠牲にしなければいけません……ずっと考えてはおりますが、やはり選ぶことはできません……わたくしにはサティアお嬢様もゴルゴタお坊ちゃまも大切に思っております」
センジュの中ではやはりどちらかを切り捨てることしか考えられない様子だ。
やっと現れた蓮花という希望を毟り取られ、センジュはかなり落ち込んでいるように見える。
「何か別の方法を探す。ゴルゴタも蓮花も、もちろんサティアも救える方法を考える」
「死神にははっきりと“諦めろ”と言われてしまったのですがね……」
「ふん、面白い。見下している私たちに盤上をひっくり返され、慌てふためく三神の様子でも見てやろうではないか」
焦ることはない。
蓮花が事を起こさなければ、まだ猶予はかなりあると思っていいだろう。
地下の勇者が目覚めれば更に三神に近づくこともできるはず。
それに呪われた町から回収した資料もある。
――何はともあれ、今は情報収集だ。ゴルゴタが休暇などと言い出すとは思わなかったが、面倒だけはおこさないでほしいものだな
私はセンジュが淹れた紅茶を飲みながら一息ついた。
その後、ゴルゴタがとんでもないことをしでかすとも知らずに。