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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼

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開放しますか?▼




【メギド 魔王城 庭 人間柱の場所】


 私は甘く考えていた。


 蓮花は結構な熱があった。

 いくら薬を飲んだと言えど、回復にはもっと時間がかかると踏んでいた。

 それに、病み上がりでこんな場所にくるとは考えなかった。


 ここに至るまで数名の魔族に琉鬼を連れている状態で会ったが、それは荷物を運ばせている呈であったから私に対して何も言ってこなかっただけであって、柱に括りつけられている人間を助けようとしているこの状況で、何も言われない訳がなかったのだ。


 幸いなのは蓮花の同伴者がゴルゴタではなくダチュラだということだ。


 だが、ゴルゴタが同伴でないというのは最悪でないというだけで、琉鬼の母親をこのような惨い扱いをしている張本人の蓮花が来たことは、悪い状況でしかなかった。


「なんで……なんでっ……!? なんでこんな……惨い事を……!!」


 琉鬼は興奮して蓮花に襲い掛かって行きそうな勢いだ。


 だが、今は母親の開放の作業をしているから蓮花に襲い掛かって行く様子はない。


 蓮花が無慈悲な言葉を口にした途端に琉鬼がどういった挙動を見せるかは予測できない。

 もしかしたら丸腰で殴りに行くかもしれないし、もしかしたら泣き崩れて何もできないかもしれない。


「……その方はご家族の方ですか?」

「っ……!」


 琉鬼からの抽象的な質問には答えずに、蓮花は聞き返す。


 琉鬼は言葉が出てこない様子で、頭を力強く縦に振った。


「………………」


 黙って泣き崩れている琉鬼を見て、蓮花は無言でそれを見つめている。


 人間を人間と思っていない蓮花が、何故こんなことをしたのか淡々と説明したら暴走した琉鬼を私は止めなければならない。


 蓮花に近づくだけでダチュラが琉鬼を殺すだろう。


 ――何を言うのか……まったく予測がつかない


 それを見ていて蓮花は、無言で琉鬼とその母親に近づいて魔法を展開した。


 すると、琉鬼の母親の骨折は治り、脚の腱も、指を打ち付けてあった杭も抜けて傷が塞がり、混濁した意識がはっきりした様子だった。


 ぎっちりと身体を拘束していた細い縄を手に持っていた切れ味の悪いナイフで切って開放する。


「悪いことをしましたね。今は胃が縮んでいるので食事は流動食から始めた方がいいでしょう。運動も歩く程度の事は肩を支えて少しリハビリを――――」

「何故開放した?」


 蓮花は突然事務的な説明をし始めた。


 そんな状況でグズグズと琉鬼が泣いていて何も言わないので、私が蓮花に口を挟んだ。


「……気まぐれですよ」

「なら、全員解放してやれ」

「それは無理です」

「では何故その女は助けた?」


 あまり答えたくなさそうにしていたが、ここで黙っていてもどうせ追及されると観念したのか蓮花は話を続けた。


「メギドさんのお連れ様のご家族の方のようでしたので。1人減ったくらいでは困りませんし。もめ事を起こしたくないのです」


 淡々と語る蓮花は琉鬼とその母親を見ていた。

 誤魔化しているような言い方ではあったが、何か思うところでもあったのだろう。


「お母さん……大丈夫? もう痛いところない?」


 弱々しい声で琉鬼が母親に語り掛けると、ゆっくり母親の方は目を開けてか細い声で返事をした。

 今にも死にそうな声で、ゆっくりと返事をする。


「……琉鬼……お母さんを助けに……来てくれたの……?」


 泣きながら琉鬼は力なく母親を抱きしめていた。


 母親はすぐにでも死んでしまいそうな程衰弱していた。


「一先ずはこの栄養剤を注射しておけば、少しは延命できますよ」


 注射器の持ち手を琉鬼の方に向けて蓮花は差し出した。


 注射器の中身は栄養剤で嘘はない。

 琉鬼はどうしていいか分からないようで注射器を受け取ったがどこをどのようにしたらいいか分からないのか、それを注射できずにいた。


「私がやりましょうか?」


 そう問われた琉鬼は、本当にどうしていいか分からない様子で狼狽ろうばいしていた。

 戸惑っても仕方がない。


 母親を酷い目に遭わせた本人がそれを治し開放し、助けようとしてくるなど受け入れたものかどうか悩んで当然だ。


「幸い、ゴルゴタ様が今お休みになっています。気づかれないようにすぐに消えてほしいのですが」


 少し強い口調で蓮花が言うと、琉鬼から注射器を奪い取って母親の静脈に手際よく刺して中の液体を注射した。


「早くその人を連れて出て行ってください。ゴルゴタ様が目を覚ましたら逃がしてもらえませんよ」

「ちょっと待ちなさいよ。あんたが集めた人質でしょう? そんな簡単に開放しちゃっていいワケ?」


 ここまで大人しく黙っていたダチュラは、蓮花の行動に疑問を持って口を挟んできた。


「1人くらいなら構いませんよ。コレの維持費も結構かかりますからね。メギドさん、お知り合いの方のお見送りをどうぞ」


 冷静に「出て行かせろ」と蓮花は誘導してくる。

 あっさり逃がしてくれるというのなら悪くはない。


 だが空気が読めないのが1名おり、それを容易にさせてくれないのであった。


「どうしてこんなことをしたんですか……どうして……」


 琉鬼としてはこの理不尽に納得できる理由が欲しいのだろう。


 あっさり帰してくれるこの状況の整理がついていない様子だ。

 確かに蓮花の行動は読めないが、そういうものだと理解してしまえばそう理解しがたいことでもない。


 しかし、琉鬼は物事の呑み込みが遅いから余計に混乱しているのだろう。


「貴方の親を故意に狙った訳ではありません。たまたま貴方の親が巻き込まれて、そして貴方は偶然助かった。そして貴方はメギドさんと面識があった。それだけです」

「そうじゃない! れ……れれれ蓮花さんは……――――」


 女とまともに話したことがないであろう琉鬼は、蓮花の名前を呼ぶのにかなりてこずっている様だった。


 こんな重要な場面でもそんなにみっともない姿を晒しているが、それでも琉鬼は必死に話しているので私は野暮なことは何も言わずに見守っていた。


「わ、我と初めて会ったとき、危険だから逃げるように言ってくれたじゃないですか……! なのに、なんでこんなことするんですか……!? チート級の回復魔法士だって話も聞いてますし、ずっと人を救ってたんですよね!? これじゃ、どっちが本当の顔なのか分からないですよ!」


 もう何度同じ質問をされ続けて来たのか分からないが、その質問にうんざりした様子で蓮花はテキトーに返事をした。


「両方本当の私ですね。別に多重人格とかじゃないですし、いたって私は冷静です。それに、そんなに大声を出さないでください。ゴルゴタ様が起きてしまったら貴方、その人と一緒に殺されますよ。小言なら後で聞きますので、今は撤退してください。見逃してあげると言っているんです。メギドさん、早く」


 琉鬼にどうのこうのと言ってもらちが明かないと判断した蓮花は私に対してそう急かしてきた。

 この場にゴルゴタがやってきたら尚更面倒な事になってしまう。


 私は風の魔法で琉鬼とその母親2人を浮かせて運ぶことにした。


「今は母親が生きていたことを前向きに考えろ。絶対に無事に連れて帰れ」


 何か言いたげだったが、琉鬼は声を殺して泣いて母親を抱きしめたままだった。


 私の魔法によって魔王城敷地内からできるだけ遠くに飛ばす。


 母親の容態も考えてできるだけ優しく降ろしてやったが、ここからタカシらがいるであろうところまでは徒歩でかなり時間がかかる。

 それに、途中に危険な魔族と出くわさないとも限らない。


 一応は結界をかけてやったが、どこまで持つかは分からなかった。

 それは琉鬼の運と実力次第だ。


 一先ずの目的は達成したので、琉鬼はいい仕事をしたというところにしておいてやろう。


「わざわざ危険を冒してまで家族を開放しにきただけ……というのには違和感がありますね。何だったんですか? 彼は」

「ただの荷物運びだ。あんな奴でも使い道があるものでな」


 と、私は蓮花に目をやった後に書類の詰まった円柱のガラスケースを指さした。


 すぐに何か嫌な予感を感じて蓮花はガラスケースを一瞥いちべつした後に、すぐに視線を逸らして逃げようとしたが、ここに用事があってきたのだから逃げ出して帰ることはしなかった。


 この状況を考えないようにと括りつけられている人間のバイタルチェックに入る。


「現実から目を背けるな」

「私は常に現実見てますよ。こうして人間のバイタルチェックしてるじゃないですか」


 そうしながら、適切に括りつけられている人間に対して栄養剤を投与していく。


 回復魔法士なのだから、注射器の使い回しはウイルス感染症を蔓延させることになると知っていながら、蓮花は同じ注射器を使い回して栄養剤を投与していく。


 知っていながら人間の権利を蹂躙じゅうりんしていっている。


「呪われた町から回収してきた書類だ。町から離れても尚呪いが強く、解呪の心得があるお前にしか扱えない代物でもある」

「…………あの人が運び屋ってことですか。呪われない体質ってありますからね」


 察しのいい女だ。説明しなくて済むから助かる。

 頭のいい蓮花は逃れることができないと理解している様だった。


「分かりました。病み上がりにあんまり厳しくしないでもらいたいものですね」


 蓮花は渋々ながら私の申し出を了承した。




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