琉鬼の過去を聞きますか?▼(2)
【花園琉鬼 転生後】
死ぬ直前のことは覚えていない。
そして、その後我は自分がどういう状態なのか初めは分からなかった。
だが、意識がはっきりしてきて思考が鮮明になってきた頃、我は自分が知らない女性に色々世話をされていることに気づいた。
どこにでもいる何の変哲もない女性だった。
それ以前に、良く見れば自分の手や足などが赤ん坊のソレだと分かった。
まさか、これがあの噂の異世界転生なのだと我は浮き足立った。
異世界転生のセオリーは不細工がイケメンに変身、そしてハーレムを作ってチート能力で悪を滅札して大団円。
ついに我の時代が来たのだと、ついに我の思い描いていた空想の世界が現実になったのだと。
そう期待した。
我はハイハイができるようになった頃に真っ先に鏡を確認しに行った。
いくら赤ん坊と言えど、イケメンになる兆候が見られるはずだと思った。
パッチリ二重や、大きい目を我は期待して鏡を見ると、我は絶句した。
我の姿は異世界転生前の自分の幼少期の姿と全く同じだったからだ。
「なんだこれは!?」
我の異世界転生後の第一声は「ママ」でも「パパ」でも「あーあー」でもなく「なんだこれは!?」というはっきりした発声だった。
それを丁度異世界の両親に聞かれ、かなり驚かせてしまった。
我は親というものにいい思い出が全くなかったので、そこで我は終わりだと思った。
また我は虐げられ、また、この顔と同じように人生に失敗するのだと。
しかし、両親は我のことを気味悪がるそぶりを見せずに「天才だ」と言った。
はっきり言葉を話す赤ん坊として町でちょっとした有名人にもなった。
そして次に試すのはチート級の能力の付与があるかどうかだ。
しかし、何をどうしたところで初級魔法すら我にはまともに扱えなかった。
それに、話している言葉が理解できるが、文字の読み書きはさっぱりできなかった。
赤ん坊や子供の内は色々と言葉を学習するものだろうが、我はあまり読み書きに必要性を感じなかったし、どうにも日本語らしい言葉で喋っているのに、文字は日本語ではないところにかなり抵抗感を覚えた。
英語が苦手な典型的日本人という感じだ。
読み書きができなくても、言葉が通じればそれでいいと思っていた。
我は異世界転生したのだから、何か未だ開花していない秘めたる能力があるのだと妄信し、我は慢心していたのだと思う。
赤ん坊の頃は「天才」と謳われて期待されたが、我は成長するにつれて周りの子供と変わらない凡人に成り下がって行った。
両親はそれでも我を殴ったり蹴ったり、侮蔑の言葉を口にしたりはしなかった。
だが、責められないというのも辛い事柄であった。
我は転生しても姿も病気も変わらず異世界転生前に発達障害であった。
そして、考え方などもそれに準ずることになった。
当時の記憶があるのはいい事なのか悪い事なのか分からなかった。
我は当時のことを思い出してトラウマがフラッシュバックして度々両親を傷つける言葉を言ったと思う。
それでも、どうしていいか分からないなりに両親は我に手を尽くしてくれた。
しかし、我はまた自分はこの世界でも必要とされない人間なのではないかという不安感が強く、またもやひきこもる生活を始めてしまった。
そんな我に責める言葉のひとつも言わず、両親は我のことを医者に診せたり、回復魔法士に診せたりしたが、異世界転生前よりも医療技術が発展しているという訳でもなく、我は結局、落伍者の烙印を押された。
どうしてこうなった。
どうしてこうなると分かり切っているのに、何か超常的な存在は我をいたずらに苦しめる?
どうして我には何の力もないのだ。
我が生まれてきた意味はなんなのだ。
その自問自答の日々は続いた。
それでもこれは第二の人生だと一縷の望みを託して、自分なりに色々足掻いてみた。
しかし、それも全部が失敗した。
現実は上手くいかない。
この容姿のせいだ。
この病気のせいだ。
医者のせいだ。
他人のせいだ。
国のせいだ。
全部悪いのは我以外の何かだ。
もう現実は嫌だ。
その思いから、我は自分の空想の世界に再び囚われてしまったのだ。
我が子供の頃に凡人になり下がった頃、我はどんどん周りの子供に追い越されて行った。
友人を作る努力もしてみたが、我に友人ができることはなかった。
我は相手にどう接したらいいか分からなかったのだから、当然と言えば当然だったのかもしれない。
努力してもどうしようもないことは確かにあって、我はそれに圧倒されて打ち負かされた。
これでは前世と全く一緒だ。
唯一違うのは、両親が我の味方をしてくれているという事だけだった。
我はそれが理解できなかった。
我のようなどうしようもない子供でさぞ失望しただろう。
言葉を覚えるのが常人外れていたところで、我は期待されていた。
だが、どんどん我は凡人となり、そして凡人以下になり、落伍者になった。
そして、そんな我の状況を恥じたのか、父親は我が30の頃に我と母に見切りをつけて出て行った。
それから母は必死に仕事をしながらも、我の世話をしてくれた。
我は常に自分の世界に閉じこもり、話しかけてくれる母親にも怒鳴り散らして壁や床を殴って追い払った。
優しくされても、惨めになるだけだ。放っておいてくれ。
それでも、生活が苦しくても我の食事は欠かさず作ってくれていた。
それが、当たり前になっていた。
我は元々の愛情を受け入れられる器が壊れていたのかもしれない。
異世界転生前の両親からの虐待がどうしても頭から離れなかった。
そして父親が我と母に見切りをつけて出て行ってしまったことも新たな心の傷になっていた。
我は自分の世界にますます閉じこもった。
そんな生活がずっと続くと思っていた。
母親が高齢になって、もし働けなくなったらまた我は死ねばいいと投げやりになっていたのもあったし、生きる希望も何もなくなっていた。
いつも空想の中にいる我は、本当に何も現実が見えていなかった。
ただ、母親が稼いできた中の僅かな金……この異世界では「ゴールド」というらしいが、それを使って瞳の色を変える点眼薬を買ったり、自分の事しか考えていなかった。
人生、他人の為に生きても損をするだけ。
親だって他人だ。
それに、異世界転生の親というのはどうにも自分の親だと認識できない。
我の親はどうしようもないクズ親だ。
こんなに嫌悪感が沢山あるのに、やはり親は親。
どうしようもないクズでも、我にはあれが親だという認識がぬぐえなかった。
そして、そんな生活に変革が訪れる。
町を魔族が襲撃したのだ。
我は恐ろしくて自分の部屋の中に閉じこもって震えていた。
魔族が入ってきた家の中から、母の悲鳴が聞こえてきた。
その悲鳴に、我は様々なことを走馬灯のように思い出した。
こちらの世界の母親に、我は何もしてやれなかった。
せめて、母親を助ける為にこの命をかけようか。
と、武器になりそうなものを探したが、手元にあるのは箸くらいしかなかった。
それでも、我は箸を持って悲鳴の聞こえたところへ行った。
そこには初めて見る本物の魔族がいて、母の足を折って動けないようにして連れ去っていた。
必死に抵抗する母は、必死にしがみついている腕も折られた。
何故魔族が人間を生きたまま連れ去っていくのか、そんなことはパニックになった我には分からなかった。
だが、我はそんな必死に抵抗を続ける母と、目が合った。
もう随分顔を合せていなかったが、母はげっそりとやせ細っていた。
髪も最後に見た時よりずっと白髪が増えてしまっていた。
そして、母のくぼんた目で我と目が合ったときに、母は我に対して助けを求めてくる訳でもなく、罵倒の言葉を吐きかけてくるでもなかった。
母は我に笑顔を向けた。
何故、母はあんな状態であったのに笑ったのか。
我との生活をやっと終わらせられて嬉しくて笑ったのだろうか。
何にしても、我は恐怖に支配されて、母を助けることはできなかった。
我は自室に戻って布団をかぶって震えていることしかできなかった。ただただ恐ろしく、我は大パニックになっていた。
魔族が町から消えたとき、我は様々な感情が入り混じっていた。
母を失った喪失感もあったし、しかし、ずっと我をはずれ者にしてきた者たちがいなくなった高揚感もあった。
何があったのかは分からないが、我はたった1人生き残ったことは事実だ。
ついに我の時代が来たと感じた。
このポストアポカリプスを生き抜く、我の時代が始まったのだと。
それ以降の下りは今までの通り。
そして、もう死んでいると思っていた母が魔王様の言葉で生きているかもしれないと思ったとき、我は母の最後に見た笑顔を思い出した。
何故、笑ったのか分からない。
しかし、こう考えることもできた。
我だけでも助かって良かった。と。
もしそうだったとしたら、もし母が今も酷い思いをしているのだとしたら、我は冷静に考え始めるととてつもなく罪悪感を感じた。
母は、本当は我のことを心の底から愛してくれていたのかもしれないと思うと、涙が止まらなかった。
後悔しても、どんなに後悔しても死んでしまっては感謝の言葉も謝罪の言葉も親孝行も何もできない。
我は異世界転生前の親に親孝行などできたことがなかったし、しようとも思わなかった。
しかし、異世界の母は我の身をいつも案じてくれていた。
なのに我は自分の事しか考えていないと魔王様に思い知らされた。
言い方はかなり厳しかったが、我は自分を正当化する理由を常に求めていただけだったのだ。
もう遅いかも知れないが、それでも我は母に「ありがとう」「ごめんなさい」「これから親孝行します」と言いたかった。
それが我の人生をやり直す第一歩だ。
魔王城で魔王様と共に、人間が括りつけられているという庭の柱を見た時に言葉が出てこなかった。
我の言葉で語り尽くせない悪逆の限りが尽くされていた。
これ以上酷い有様にできるとは思えないほど、凄惨な光景が広がっていた。
糞尿の匂いが酷く、それに傷にウジ虫が湧いている者も何人もいた。
それに、かろうじて生きている状態ではあるものの、到底人間として「生きている」とは言えない状態だった。呼びかけても返事をせずに口からよだれを垂らしたまま、目はどこかの遠くを見ていた。
地面を向いていたとしても地面を見ていないし、空を見ていても空を見ていない。
ガリガリに痩せこけて、骨も折れているままになっていておかしな方向に身体の部位が向いているものもあった。
我は必死に母を探した。
魔王様は死んでいると思えと言っていたが、それでも我はこの100人以上並べられている中から母を探した。
そして、我は母を見つけた。
他の人たちと同じように酷い有様であったが、それでも母は生きていた。
こんなに嬉しいと思ったことは生まれてから初めてだったかもしれない。
「お母さん!」
我は母を呼んだ。
しかし、母はやはり他の人間と同じくどこを見ているか分からない目をして、よだれも垂れ流しの状態であった。
それに攫われた際に折られた手足はそのままになっており、腫れあがっていて通常ならありえない方向に向いてしまっていた。
すぐにでも母を助けようと思い、拘束を解こうとしたが指には杭がこれでもかと打ち付けられていて、脚の腱も切られていて、それにこんな逃げようにもない状態であるにも関わらず、細い縄できつく柱に括りつけてあって容易に外せないようになっている。
絶対に逃がさないという強い意志を感じた。
我は泣きながら、必死にそれを解こうとするが、縄がきつくて全然外すことができなかった。
「お母さん……ごめんなさい……」
何故、こんなに非道なことができるのだろうか。
「お母さん……」
魔王様から「自分の責任は自分で果たせ」と言われていたので、魔王様は母を助けるのに手を貸してくれなかった。
自分の犯した罪は自分で償うということを魔王様に教えられた。
だから、我は涙で視界が霞む中、必死に母の拘束を解いていった。
これが成功すれば、カノンさんに母を回復してもらえる。
母は助かるんだ。
こんなに酷い状態になっていても、助かるという希望があったから我は諦めなかった。
我がそうして母を開放しようとしているところに、2人誰かが来た。
見たことのある女性と、やけにエロい恰好をした悪魔族の女性であった。
見たことのある方の女性は顔に刺青があったので、顔を覚えるのが苦手な我でもすぐに分かった。
初めて会ったときには悪い人ではないと感じたが、母をこんな目に遭わせた張本人だと思うと、初めて心の底から憎しみが湧き上がってきた。
「どうして……こんな惨い事を……!」
そう言わずにはいられなかった。