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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼
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親孝行しますか?▼




【メギド 魔王城近郊の森】


 長らく待たせていた琉鬼の元へと行くと、琉鬼はその場で無防備に寝ていた。


 いくらなんでもここは魔族の多い場所。

 今は魔族が容易く人間を襲う状態なのに、緊張感のない奴だと私は思う。


 そんな琉鬼に私はいつも通り水をかけた。


 すると、まさに寝耳に水という感じで琉鬼は飛び起きて辺りをキョロキョロと見回して私を発見すると安堵し、ため息をついた。


「なんだ、魔王様じゃないですか。てっきり敵襲かと思いましたよ。危うく我の左腕に封印されし邪神が復活するとこ――――へぶっ!」


 バシャン。


「何が邪神だ。敵襲であったらお前は既に四肢を食いちぎられてとっくに死んでいる」


 水をかけた後、私は琉鬼の濡れている部分をすぐに乾かした。

 琉鬼にはこの円柱型のものを魔王城まで運ばせなければならないからだ。


 私が魔法で運んでもいいが、風邪の魔法を使うと円柱型の入れ物から書類が漏れてしまう可能性がある。


 だからこのタカシよりも遅い速度の琉鬼の手を借りなければならない。


 それに、書類が飛んで行ってしまう以外にも、私の魔力干渉を伝って書類にこびりついている強い呪いが私の身体に伝わってくる可能性も否定できない。


 だからこんな方法しかないのだ。


「魔王城まで運べ」

「ふ……ふふふ……ついに我が魔王城へと……伝説の勇者となる瞬間……」


 よもや、琉鬼の妄言に水をかける気力もない。


 ゴロゴロと琉鬼は円柱型の分厚いガラスを転がして魔王城まで進んでいく。


 私にできることと言えば、転がしやすいように地面を平らにしたり、木を切り倒したり、風の魔法で琉鬼の背中を押すことくらいだ。


 このペースでは短くて2時間、長ければ3時間以上かかってしまうだろう。


 それまでゴルゴタが待っているとは思えないが、一先ずはこれを運ばないことには始まらない。


 私が琉鬼から離れて先に魔王城に戻っても、琉鬼が他の魔族に襲われて殺される可能性がある。


 特に、魔王城には警備の魔族が配置されている。


 こんな小汚い人間が怪しげな何かを運んで来たら殺されても文句は言えない。


 私の荷運びとして入るから琉鬼は殺されずに済むのだ。

 幸いにして、琉鬼はゴルゴタと面識はない。


 ――ただ、蓮花と面識があったな……余計なことを蓮花が言うとは思わないが、琉鬼が余計なことを言う可能性があるな


「ダンゴムシ、いいか、蓮花に会っても初対面のふりをしろ」

「え、初対面のフリですか!?」


 琉鬼は私の言った悪口より、初対面のフリをしろと言った方が余程気になったらしい。

 ここでタカシだったら「せめて文字数くらい合せろ!」などと言ってくるだろうが、やはり琉鬼にはそのキレがない。


「蓮花はゴルゴタのお気に入りだ。下手に馴れ馴れしくしたらゴルゴタに殺されかねないぞ。蓮花は人間の顔を覚えるのは苦手なようだからな、下手なことを言わなければ初対面という呈でバレないだろう」

「はぁ……」


 溜息なのか、そういう返事なのか分からないが琉鬼は口から息を吐きだした。


「早く運べ。それが運ばれないとまず話が始まらない」

「ちなみに……運び終わったら我はどうしたら……?」

「邪魔だから帰ってもらう。当然だろう」

「少しくらい魔王城の中を見せてもらっても……」


 訳の分からない事を言われて腹が立ったので、強めの風を琉鬼に当てて背中を強く押した。

 残り少ない髪が前方に向かって虚しくなびく。


「何が目的だ」

「そりゃあ勿論、魔王城って言えばRPGのラストダンジョンですよ!? ちょっとくらい観光したいじゃないですか! しかも、魔王同伴のノーエンカで魔王城を探索できるなんてまたとない機会で――――ぶほぉっ!」


 先ほどの風の程度が10段階中、3だったとしたら5程度のかなり強い風を琉鬼に向けて放った。


 琉鬼は円柱の硝子にはりつき、そのまま転がって進んで行ってしまった。

 しかし、私の魔法のコントロールは完璧。


 書類が円柱の中から出てしまうことはなかった。


 そして琉鬼も数回転したが分厚い脂肪が衝撃緩和につながったのか、特に大怪我はしていなかった。


「馬鹿馬鹿しいことを言うな。何故、お前を招き入れて案内しなければならないのだ。身分を弁えろ。しかもなんだ、アールピージーとかダンジョンとか、ノーエンカとか、こちらの世界の共通語で話せ。意味が分からん。意味は分からんが腹が立つ言葉なのは分かった」

「いたたたたた……そんなぁ……選ばれし勇者しか入れない魔王城にせっかく入れるのに……」


 ――ふん、選べれし勇者ではない人間が庭に大量に括りつけられているのだがな……


「一応言っておくが、今、魔王城敷地内は燦々《さんさん》たる状態だ。何を見ても叫び声などあげるな」

「燦々たる状況とは……?」


 説明するのは面倒に思ったが、私はある程度前情報を出して大きなショックを受けないように話しておくことにした。


 魔王城について泣き叫ばれたらゴルゴタに殺されかねない。

 ただでさえ、こんな禿げていて太っていて顔や頭の悪い肉がゴルゴタの視界に入るというだけでリスクが高いというのに。


「人間が……生きている人間が魔王城の庭の棒に括りつけられている状態だ。かなりむごい状態だが、今度こそ叫んだりするな。ゴルゴタに殺されかねないぞ」

さらわれた人たちですか!?」

「あぁ、魔王城自体を大型魔法で吹き飛ばせないようにする為の人質だそうだ」

「……この世界の我の家族もいるんでしょうか……」


 そういえば、人々が攫われた町から琉鬼は発見されたのだった。


 もし、琉鬼の親がいた場合は琉鬼も冷静でいられないかもしれない。


 いや、琉鬼が冷静でいたことを見たことがない。

 いつも狂乱の中にいる様子だ。


 転生者という立場もある上、色々と複雑な男だが、この年齢まで育ててくれたこちらの世界の親のことについて思うところもあるのかもしれない。


「探そうなどと思うな。死んだと思え」

「!」


 琉鬼は驚いた表情で私の方を見てきた。

 そして、徐々に目の白い部分が赤く充血していき、涙目になっていった。


「生きていたとしても、奴らが開放するとは思えない。それに、括りつけられている人間はお前の想像の60倍は酷い状態だ。見たらお前は泣き崩れる。そしてゴルゴタや蓮花に憎しみを覚える。そして暴れ始める。そして無残にゴルゴタに殺される」

「…………そんなに酷い状態なんですか……?」


 私の家族や仲間が同じ状態で晒されていたら、いくら私が冷静であったとしてもそれを保てるかは自信がない。


 雑な四角柱の柱にがっちりと拘束されている。

 手に深く杭を打たれ、更に指一本動かせないように骨も折ってある上に、その指先にすら細い杭を打たれて動かせない状態になっている。


 そして少しだけつま先立ちの状態で立たされ、糞尿は垂れ流しの状態。


 脚の腱も丁寧に全員切ってあって、どうしても逃げる為に動くことはできない。


 それに、最低限の栄養しか与えられていないから衰弱しきっている。


 それに、鎮静効果のある薬物で意識は朦朧としていてまともな言葉を話すこともできない状態だ。


 本当にただ「生きているだけ」の状態である。


 蓮花が元に戻そうと処置をすれば治るだろうが、それはこっそりと助け出すという戦法においては論外の方法だ。


「あぁ。およそ人間として、生き物としての尊厳を全て奪われている状態だ。私はその扱いを批難したが、ゴルゴタと蓮花はやめるそぶりはない。それを提案したのは蓮花だ。お前の親だろうがなんだろうが、奴らは倫理感が壊れているので話は通用しない。だから覚悟をしておけ」

「こっそり助ければ……なんとかなりませんか……?」


 確かに奴らは人間の1人や2人いなくなっていても大して騒ぐことはないだろう。


 だが、仮に助けようとしたとして、その後はどうなる?


 動けないように、意識も混濁している人間1人、平均50kgとしてもそれを背負って逃げられるのか。


「助けられる状態ではない。仮に助けられたとして、お前は空間転移で戻れても、助けた家族は空間転移の負荷に耐えられない。お前が担いで徒歩で帰るか? そもそもお前の家族は何人なんだ? お前ひとりで抱えきれるのか? 現実的に考えろ。お前の想像の及ばない程の残忍さだ。ぬくぬく自分の部屋で現実逃避をしていたお前と住む世界が違う」


 無情に突き付けられた現実に、琉鬼は涙と、涙以外の液体を顔からあふれ出させ泣き始めた。

 そして、声を絞り出すように嗚咽しながら、大声で話し始めた。


「俺はっ……! 前世での親はクソだったんすよ……! DVされたり、学校でいじめられてたけど、話も聞いてくれなかったし……でも異世界転生して……やっとやり直せると思ってっ……でも、結局この世界でも……っ……何の能力もなくて……何しても上手くいかなくて……挫折して……何もできなくて……! こっちの親にも八つ当たりして……! でも……でも……前世のクソみたいな親より、ずっと俺に寄り添ってくれようとしてて……シンママだったけど……頑張って働いて……っ……なのに、俺はっ……! 俺は変われなかったんすよ……!」

「…………」

「魔王様に会って……っ! 少しずつ自分も変われ始めたって思ったけど……! でも! 結局……まだ一歩も踏みだせてない気がして……だって……こっちの世界の親の顔が……ずっと頭から離れなくてっ……! 親孝行をずっとしてみたかったって……お母さんごめんなさいって……言いたくて……!」

「………………」


 そんなグズグズの琉鬼のまとまりのない言い訳を聞いていて、「母」と「親孝行」という言葉が出てきたところで、私はため息をついた。


 私も母上にもっと親孝行をしたかった。

 だからその琉鬼の嘘のない言葉に思うところがあったのだろう。


「はぁ……いい歳をしてみっともなくグズグズ泣くな」


 尚も泣き続ける琉鬼に私は言葉を続けた。


「母親1人、お前が担いで戻れるんだな?」


 私のその言葉に、琉鬼は首がもげてしまうかと思われる程、縦にぶんぶんと振る。薄いが長い髪がそれに合わせて激しく揺れる。


「仕方ない。仕事に対して対価を払わないのもフェアではないからな。その無理を聞いてやろうではないか。ただし、どのような状態にされていたとしても絶対に泣き叫んだりするな。そして、絶対にお前のその脚でタカシらの元へ帰れ。それが条件だ。分かったな?」


 琉鬼は、顔からあらゆる液体を出しながらみっともなく、もげてしまうかもしれない勢いで首を縦に振った。




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