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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼
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センジュの過去を聞きますか?▼(6)




【センジュ 97歳】


 アッシュ様はヨハネ様を亡くし、人間を徹底的に隷属として使役した。


 人間と魔族の「戦争」が起きていたのは、ヨハネ様が人間との交渉の余地を残していたからおきた現象であり、魔族の徹底した人間への弾圧に人間は成す術なく魔族の隷属へと下った。


 このアッシュ様の政権は長く続いた。


 わたくしは何が正しいのか分からなかったが、ベリアル様はヨハネ様が亡くなられた後も魔王家の執事としての執務を全うしていた。


 ベリアル様は立派な方だ。

 ヨハネ様の考えとは全く違うアッシュ様のサポートも余念はなく完璧にこなしていた。


 わたくしは人間を見るときのアッシュ様の目を忘れることができない。

 まさに親の仇という冷徹な目で人間を見、土地の開拓などに人間を不眠不休で働かせ続けた。


 人間だけではない、その人間を監視する魔族も相当な負荷を受けてアッシュ様に従っていた。


 ――あぁ、こんな日はいつ終わるのだろう……


 魔王家の執事たるわたくしは、仕える主を疑うような考えを持ってしまっては執事失格だと分かっていながらも、わたくしはただ平和がほしかった。


 異種族間、同族間で争いのない、この世の楽園をわたくしは毎日空想した。


 しかし、目の前にあるのは折り重なる死体の山、血の海、病に侵された人間の苦痛の悲鳴……わたくしは何度も心が折れそうになった。


 しかし、わたくしがそういうときに必ず支えてくださったのはベリアル様だ。

 ベリアル様はわたくしにいつも優しく語りかけてくれた。


 しかし、ベリアル様にも老衰は訪れる。

 衰えるベリアル様を見るのはつらかった。


 やせ細っていく身体、しわの増えた顔と手、その手は常に震えてもう文字を書くこともできなくなっていった。


「わたくしも、もう長くは持たないでしょう。そうすればアッシュ様を牽制できるのはセンジュだけです。魔王家の未来を正しい方向へと導き、ヨハネ様の意思を途絶えさせないように尽くしなさい」


 そう言ってわたくしに、ヨハネ様が肌身離さずつけていた妖刀『五月雨さみだれ』を渡してきた。


 これがヨハネ様の形見。そしてヨハネ様のご子息のアッシュ様もヨハネ様の忘れ形見だ。

 わたくしが作った最初の魔道具。


 こんな世にしてしまった責任を感じ、わたくしが見届けなければならないと覚悟を決めていた。


 わたくしは魔道具を更に作り続けることにした。


 これから、もしかしたら使うかもしれない道具だ。

 人間の元にあるものもあるが、魔族の元に渡ったものも多くある。


 そうして「道具」として使われるだけのものではなく、わたくしは更にそこから一歩踏み込んだ研究を続けていた。


 それは人工的な魔族の生成。


 機械の魔族だ。

 名づけるとしたら『魔機械族』とでもいうのだろうか。


 特に命名にひねりもないが、魔力を動力に動く機械。


 機械であり、そして同時に生命と遜色ない複雑な「心」を持ち、自身からまた違う個体の「心」を作る。


 わたくしの技量は神々の領域まで達していたと言える。


 魔機械族は魔力の動力炉に上手く魔力を循環させれば、永遠に動くことのできる機械生命体だ。


 わたくしは、憎しみに疲れ果てていた。


 だから魔機械族には悪しき心ができないよう、強固な理性を備え付けた。


 深い愛情を持つように作った。


 初めはやはり出来も悪かったが、わたくしの話しかけた言葉の意味を理解し、単純な言葉でも意味のある言葉を返してくる魔機械族は、わたくしの唯一の癒しでもあった。


 わたくしは魔王家の執事。ベリアル様同様、伴侶はんりょは持たなかった。


 しかし、自分に子供がいたらこのような感じなのだろうかと感じ、嬉しくなったものだ。

 ヨハネ様の子供であるアッシュ様も我が子のように思って接してきたが、やはりヨハネ様の子はヨハネ様の子であり、そして、わたくしは親代わりではなく魔王家の執事。

 わたくしは本当の意味でアッシュ様に愛情を注げなかったのかもしれない。


 アッシュ様に魔道具が戦争の発端になったと告げられない後ろめたさもあった。


 三神は、自らのことを他言しないようにと言っていた。


 不意にわたくしたちの前に不用心に現れたのに、自らを語られることを嫌っていた。


 本当の理由は分からない。

 だが、わたくしにはなんとなく分かった。


 こんな酷い世に生まれ出で、超常的な存在が本当にいるのなら「助けてほしい」とすがってしまうだろう。


 超常的な力で、自分の不幸を救ってほしいと願うだろう。


 わたくしは実際にその超常的な存在に出会ったが、一度たりとも救ってほしいなどとは思わなかった。

 神々は、絶対に我々を救ってくれないと分かっていたから。


 争いはなくなった。

 だが恐怖政治がずっと続く中、またもや変革が訪れることになる。


 わたくしは精度の高い魔機械族を作っていた時の事、そこに、またもや何の前触れもなく死神が現れたのだ。


“現れた”という表現は語弊がある。死神には実体的な身体がないようなので、威圧感と声だけがそこに現れたと表現すべきか。


「生命に似たものを作り出すのはこれ以上はやめておきなさい。あのお二方の目に留まってしまいますよ。まぁ、すでに私の目には留まっているのですがね。今は意識が逸れているようですがね。いやいやしかし見事なものですね。何故に神と魔神がわざわざ不自由な身体を持っているのか常々不可思議でありましたが、私もこの身体には興味があります。無機物から“生命”は誕生するのか。有機物でない“生命”とは興味深い。そしてそれは死者を生き返らせる罪と同罪なのか、あるいは罪ではないのか。無機物から本当の“心”が生まれるのか、私は見極めたい。それが生命なのか否か、判断しなければなりません。何をもってして“生命”と言うかは見る者の裁量にかかっている部分ではありますが、それの第一人者が私でなくて他に誰がいるのかと思い、こうして出てまいりました」


 死神は、わたくしが作った魔機械族の身体に興味を示した。


 身体のなかった死神は、身体があると不自由だと言っていながらも、その不自由に身をやつすことで神と魔神のことを理解しようとしたのかもしれない。


 死神はわたくしに魔機械族の身体を所望した。


 わたくしは再び神々の手で何か争いが起きるのではないかと恐怖し、躊躇ちゅうちょしたが死神は自分の身体に使う以外に他の使用用途はないと断言した。

 だから、わたくしの作った機械の身体で、そのとき一番出来の良いものを死神に献上し、死神は機械の身体を得た。


「しかし困りました。機械というのはいずれ摩耗で壊れてしまいます。それに対してこれほどの技術を持つのは現代に貴方のみ。今からその技術を他に伝えていこうとしても貴方の命が持ちませんね。魔族も長生きしたとしてもせいぜい250年か300年が限度ですから。貴方はもう190年程生きて身体も少々老衰がきている。どうでしょう? 貴方の“時”を止めましょうか。そうすれば貴方は不死となり、私の身体を作り続けることができる。それが私と貴方の契約です」


 突飛な死神の提案にわたくしは唖然とした。


 わたくしは、心のどこかに死に場所を探していたのだ。


 毎日見る地獄のような日々に終わりを求めていた。

 カイムという友を亡くし、ベリアル様という師を亡くし、ヨハネ様という道標みちしるべを失ったわたくしは、もうどうしたらいいのか分からくなっていたのだ。


 それに、暴挙に走るアッシュ様のやり方には納得が出来ていなかった。


 しかし、わたくしは魔王家の執事。

 魔王家の行く末を見届ける義務がある。

 ベリアル様やヨハネ様に託されたこの思いを放棄していいはずがなかった。


 だから、わたくしは死神に取引を申し出たのだ。


「死神殿……わたくしと共に、わたくしの中で生き続ける者と共になら、わたくしはその契約を結びましょう」

「うん? 言っている意味がよく分かりませんが、心の内は分かってしまうのが私の良いところでもあり悪いところでもあるのですがね。ふむふむ、カイムとベリアル、ヨハネと共に生きていきたいと。そうすれば貴方の心が折れないという訳ですか。確かに不死になったところで心が折れてしまっては使い物になりませんからね。ですが、貴方のその身体に受けきれますか? おっと、不死の者になる者にはそんなことは不必要な愚問でしたね。しかし、生き返らせることはできませんよ。ですが、純粋な力や知識や想いは受け継ぐことはできます。まぁ、不死にするくらいですから、貴方の中に2名や3名の核の欠片を入れても問題はないでしょう。核全部を入れるとややこしいことになりますからね、一部だけなら看過しましょう。これも私、死神の特権ですよ。今3名の核を少しばかり調達してまいります」


 一瞬そう言っていなくなった死神は、1秒も経たないうちに戻ってきた。


 まだ機械の身体が自分の思うように動かせないのか、奇妙な動きをしながらわたくしの方に向かって来た。


 その手には3つ、目には見えないが懐かしい何かがあった。


 淡く光っていると表現するべきなのか、そこだけ空間が歪んでいると表現するべきなのか、とにかくわたくしの視覚情報には正確には何か知覚することはできない。


「3名に伺ってまいりました。いつか貴方が輪廻に還ることになったとき、返してくれたらいいとおっしゃってましたよ。3名とも心のお美しい方々で、自分の核の一部を分離するのはかなりの苦痛を伴うというのに、快諾しておりましたよ。核が完全でないものは輪廻の輪に戻ることはできません。貴方が不死となって他の3名と生きる間、あの3名はずっと私の管理下に置かれ、この核の一部を待っております。3名からそれぞれ伝言がございますので、特別に私がお伝えしましょう。いやいや、私は普段こんなに奉仕しないのですがね。私と契約する貴方には特別に、伝えましょう。私は気まぐれですからね」


 わたくしは椅子から降り、床に正座して死神の方を向き、その言葉を待った。


「“最期に逝くときお前の顔が浮かんだ。一緒にヨハネ様に仕えられて、僕は幸せだった。結局戦争の兵器として僕は戦場で死んだけど、センジュの中でこれからの行く末を見られるなら輪廻に戻るのが遅くなってもいいや。絶対僕たち幸せになって、もう戦争孤児なんて生まれない世の中にしよう。それがセンジュと僕との約束だ。僕はいつでもお前の力になる。魔法を使う時は僕がお前の中に生きていることを思い出して”」


 死に別れたカイムの言葉だとわたくしはすぐに分かった。


 同じ戦争孤児同士だった親友のカイムの核の一部が、わたくしの身体に入ってきたときにカイムの気持ちに触れた。


 ずっと孤独だったカイムを救ったのはヨハネ様だが、それ以上にわたくしと励まし合って生きた中でカイムは確かに、細くとも幸せを掴んでいたことが分かると、わたくしの目から涙が溢れる。


「“不出来な弟子をとると、死後も苦労するとは思いませんでした。しかし、わたくしが死ぬ間際、ずっとアッシュ様のことが気がかりで、心残りでしたのでこのような機会を与えてくださって感謝します。わたくしは魔王家を立派な方々にし、それを陰ながら支える完璧な隠者。時間はかかっても魔王家の力をもってしてこの世の争いを収め、より良い世界にしていきましょう。その時は魔王家が表に立ち、わたくし執事は影でそれを支えるのです”」


 わたくしを優しく叱ってくださったベリアル様の言葉と共に、ベリアル様の心がわたくしの中に入ってきた。


 ベリアル様の考えや知識、そしてヨハネ様に仕えていた頃の真剣な想いが流れ込んでくる。


「“センジュ、初めてお前を見た時、露店の小さな店主だったな。物珍しいものを売っていると聞いて行ってみたが、幼いながらもその技術は見事な腕前であった。戦争孤児は沢山見てきたが、両親を失っても尚、強く生きようとしているお前の輝きは特別なものであった。私の判断は間違いではなかったと確信している。センジュがこれから生きる中で、様々な困難があるだろう。私も自分の判断が正しかったと確信を持ったことはない。だが、センジュを魔王家に招いたのは間違っていなかったと確信している。いつか、魔族と人間が共存できる未来がくることを願っている。負担をかけることになるが、私たちも未来を変える一助となろう”」


 わたくしのあるじであったヨハネ様の核の欠片がわたくしの中に入り、わたくしは3名の何もかもを手に入れた。


 ヨハネ様の優しさ、慈しむ心。


 ベリアル様の厳格さ、完璧な執事としての身のこなし、心構え、忠誠心。


 カイムの強力な魔力、魔法の才。


「では、不死の契約を交わしましょう。貴方は私に機械の身体を提供し続けるのです。そして、この世の末を見定めてくださいませ。魔王家には貴方が必要でしょうし、時代の流れも長い目で見れば見えるものも違ってくるでしょう。私も随分長い事見ておりますが、この先の行く末がどのようになるのか、どうにもならないのか、見届けなければなりません。身体を手に入れた以上は現世の決まりに従い、この次元に留まらなければなりませんね。とはいえ、気軽に何者かに来訪されると私の仕事の妨げになりますから、特別な鍵を貴方に預けます。その鍵を使えば私の仕事部屋に繋がるようにいたしましょう。空間転移魔法の応用というところでしょうか。ご安心ください。あなた以外には使えない鍵ですから、盗まれることもありません」


 死神はわたくしの右手に鍵を預けた。

 鍵といっても物理的な鍵ではなく、それはわたくしにかけられた魔法であり、わたくしそのものが鍵と同化した。


 同時に、わたくしの身体の“時”はそこで止まり、不死となった。


 不死となった実感はなかったが、軽く自分の手の甲を傷つけて見ると傷自体はつくものの、すぐに傷口は塞がって元通りになった。


「不死と気取られないように振舞いなさい。貴方は今や最強の魔族と言えましょう。その力を振るい、如何様にしても構いませんがおすすめはしませんね。貴方を不死にしたのは私に機械の身体を作らせる為でございますので。その力を表沙汰にしないほうが賢明と言えるでしょう。目立ちすぎると取り返しのつかないことになりますよ」


 死神はそう言って消えていった。


 わたくしは何の実感もなかったが、死神の忠告通りに不死であることを隠すことに徹した。


 傷口がすぐに再生してしまうために、戦闘になった際には避けることに徹し、わたくしの中にいる3名の核の欠片の力を借りてくぐり抜けてきた。


 3名の核の欠片の力があったからこそ、妖刀『五月雨さみだれ』をわたくしは使いこなせるようになった。


 争い事は好まなかったが、ときに冷徹に五月雨で立ちはだかる者を切り捨てた。


 いつしかわたくしは噂が噂を呼び、裏の世界では魔王様よりも恐れられる存在になってしまっていた。

 

 


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