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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼
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センジュの過去を聞きますか?▼(5)




【センジュ30歳】


 神々の意向に沿った魔道具がわたくしの手によって作られた。


 それが、如何に罪深いことであるかということをわたくしは作りながらも承知していた。


 それでも、ヨハネ様やカイム、ベリアル様、リリス様、ひいてはわたくし自身の命を神々に握られている状況下で、申し出を拒否をすることはできなかった。


 このときの選択が正解だったのかどうか、今でも分からない。


 道具を作るのはわたくしだ。

 その場で自死することをも考えた。


 しかし、わたくしが仮に自死したとしても、その場に会した三神の間においては自死など何の意味もないことも分かっていた。


 だから、わたくしは神々の力を宿す危険な魔道具をいくつも作るしかなかったのだ。


「じゃ、これは人間の手に渡るようにするから」

「危険な物もある。全ては看過しきれない」

「こちらは魔王家が管理してください。これは危険な魔道具です。よもやわたくしの力を凌駕するような道具ができるとは思いませんでした。いやいや、まさかそんなことになるとは。魔族、人間の両方にとっても危険ですが、どれだけ危険か理解している魔王家が管理してくださいませ」


 魔王家に『血水晶のネックレス』『死神の咎』『時繰りのタクト』を残し、後の魔道具は神と魔神がいずこかに持って行ってしまった。


 わたくしは連日の作業の疲労困憊ひろうこんぱいで泥のように何日も眠っていたと後から聞いた。


 眠っている間に、危惧していたことが当然おきていた。


 危険な魔道具が各地に散らばり、人間と魔族、人間と人間、魔族と魔族の間で火種になり、瞬く間に戦禍となってしまった。


 魔族間での争いはヨハネ様が『血水晶のネックレス』を使用し収めた。


 だが人間同士の争い、人間と魔族の争いは再度始まってしまったのだ。


 わたくしは戦争孤児として平和を目指していた。


 なのに、このわたくしの手が戦争を再び始めさせてしまった。


 魔王家は戦争に無関係でいられるはずもなく、そしてこの責任から逃れられるわけもなかった。


 ただ、戦争の始まった当時は、その惨状がなぜ起こったのか魔王家の者にしか分からなかったのが唯一の救いだった。


 しかし『血水晶のネックレス』の効力の恩恵が仇となり、ヨハネ様の意思に逆らえないことに他の魔族が気づかない訳がなかった。


 そして、その人間との戦争が終わったとしても、他の魔族からの咎めを受けるのは免れない。


 その咎めを受けるのはわたくしであるはずなのに、矢面に立たされてしまうのは『血水晶のネックレス』を使っているヨハネ様だ。


 そんな重い責を自らの主に背負わせてしまったわたくしは、自分を責めた。

 他の誰もわたくしを責めてくれなかった分、尚更わたくしは自分が許せなかった。


「こんな手……!」


 振り上げ、壁に叩きつけて潰そうとしたわたくしの手をヨハネ様は優しく掴み、止めてくれた。


「センジュ、お前のせいではない。その手も何も悪くないのだ」

「しかし……!」


 どうしてこんなことになってしまったのかと、自分を責めずにはいられなかった。


 ただ、戦争孤児のわたくしに、生きる意味をくださったヨハネ様の一助になればと思っていただけなのに。何故こんなことになってしまったのかと。


 三神などという存在がいることも当時の私は知らなかった。しかし、存在を知っていたとしても、三神が自分の前に現れようなどとは予測は誰にもできなかったはずだ。


 責任をどこに求めたらいいのかわからないわたくしは、自分を責める意外にその矛先を向ける先がなかった。


 あんな恐ろしいものを作り出した自分の手を潰してしまうのが、わたくしなりの責任の取り方だと考えての事だった。


「三神の意思だった。お前は被害者だ。自分を責め手を潰しても何にもならない。その手は、これからの未来を変えることのできる素晴らしい手だ」


 自分を責め続けていたわたくしに、ヨハネ様のその言葉がどれほど救いになったことか。


 その優しい言葉に、呵責の念を払えずにいたわたくしは、少し前を向いて戦争を終わらせる為に歩み始められた。


 だが、その僅かな希望すらもすぐに粉々に打ち砕かれた。


 戦争は悲惨だ。

 大切な者を当然のように失う。


 戦場に出ていたカイムの、身体の一部が魔王城に届けられた。

 片腕だ。


 ずっと一緒にいたカイムの、手を重ねて魔法の修行をした手だ。

 わたくしに分からないはずがなかった。


 届けた者は「これしか持ち帰れなかった」と言った。


 その届けられた腕を見ても、カイムが死んだという実感はすぐには湧いてこなかった。

 なにせ、持ち帰られたのは腕だ。

 腕がなくても生きている可能性はある。


 その考えが頭から離れなかった。


「センジュ、少しは食べなさい。餓死して自殺するつもりですか。ヨハネ様の心労も考えなさい」


 ベリアル様は、戦争において全くの役立たずで心が折れていたわたくしに貴重な食事を持ってきてくれた。戦争で飢饉ききんとなり、限られている僅かな食料をわたくしに与えてくださったのだ。


「ベリアル様……カイムを殺したのは……発端を作ったのはわたくしです。わたくしがカイムを殺したのと変わりません……! この戦争も全てわたくしが――――」


 ゴツン


 後頭部に強い衝撃が走った。

 久しぶりにベリアル様に頭を拳で殴られた衝撃だった。


「それは違います。それを言い出すのなら、センジュを出生させた両親から責めることになります。そして、それが罪ならセンジュの両親を生み出した更に両親にも罪がある事になります。貴方のご両親は大罪を犯した落伍者らくごしゃなのですか?」

「そんなことは……!」

「カイムが亡くなったのはわたくしも悲しいと思っています。しかし、それがセンジュのせいだとは思っていません」

「それでは、一体この惨状は誰のせいなのですか!?」


 涙を流しながら、腐り始めているカイムの腕を抱きしめているわたくしに、ベリアル様はため息をつきながら答えた。


「誰かのせいにすれば気が済むのですか? 責任の所在など問うたところで、もう確定した結果は変わらないのです。憎しみは目を曇らせる。わたくしたちが生きているのは“今”とこれからの“未来”です。過去の確執に囚われれば必ず身を滅ぼします。それでは愚かな天使族と同じですよ。歴史が無駄だとは言いませんが、過去に囚われ続けるよりも、今から未来を見定める方がわたくしは賢明だと思います」


 わたくしは冷静に話すベリアル様の言葉を、頭は理解できていても感情がそれに追随していかず、納得できない状態だった。

 自責の念は変わらない。大切な友を殺したのは自分だと、そう確信して揺らぐことはなかった。


「ヨハネ様は争いを収めようとしています。こんなところで悲観的になっていないで、自分に今できることをしなさい。カイムは自分の責務を果たしました。今の貴方を見たらカイムは喜ぶと思いますか?」


 カチャリ


 そう言った後に食事をテーブルに置いて、ベリアル様は自分の仕事に戻って行った。


「…………っ!」


 わたくしは涙が止まらなかった。


 しかし、ベリアル様の言う通りわたくしは自分を責めて卑屈になってぐずぐずと泣いている訳にはいかなかった。


 ベリアル様が持ってきた食事を無理やり口に押し込み、わたくしは自分にできることをすることにした。


 ヨハネ様はわたくしに無理をしないようにと気遣ってくれたが、わたくしはアッシュ様を守る為に自分の作った武器を携えて護衛の任につき、戦争が1日でも早く終わることを願い、わたくしなりに努力をした。


 戦争をしていた期間としては2年か3年といったところで長期化はしなかった。


 人間が使っていた魔道具に、魔神が提案した様々な副作用があったせいで、人間も戦争の終盤に入ると消耗しきっていた。


 魔道具を可能な限り回収し、魔王城の宝物庫に念入りに鍵を閉めて保管することで、自然と戦火は小さくなり、やがて双方再び冷戦に入ったのだ。


 戦争は互いに多くの犠牲を払った。


 魔族と対等に渡り合える魔道具の解析によって、人間も魔法の心得を会得し、脅威となりえる魔法の開発なども始まってしまった。


 とはいえ、兵器に転用できるほどになるまでにはまだまだ未熟で、目下の問題とはならなかったのが幸いと言えた。


 戦争が終わったと思われる頃、『血水晶のネックレス』の件でヨハネ様に咎めが集中した。


 魔族の個々の考えや尊厳を侵害する『血水晶のネックレス』は、あらゆる魔族間で強く反発があった。


 特に天使族は烈火のように怒り狂い、猛抗議に来た。


 しかし、魔王家の持つべくして作られた『血水晶のネックレス』は魔神様の意向によってつくられたということに、天使族は言葉を失くしたようで、大人しく引き下がった。


 まだ若くして頭角を現してきていた部隊長のルシフェルもまた、魔神と直に接触した者らしく、魔神の意向だと分かるや否や、掌を返したように素直な態度になった。


 だが、悪魔族が魔王をしていることについては納得していない様子で『血水晶のネックレス』については、天使族は強い嫉妬心と劣等感を持っているのは間違いない。


 戦争を経て、また戦争孤児が泣き叫ぶこの世を憂い、働きづめだった魔王ヨハネ様は病に伏せってしまった。


 アッシュ様はそんなヨハネ様の姿を見て、人間に対して強い憎しみの感情を抱いた様子だった。


 怒りの矛先を人間へと向けてしまったのだ。

 それも仕方がないことであった。


 三神についてのことはアッシュ様には黙っていたからだ。


 わたくしが神々の要望に合わせて作った魔道具が戦争の発端となったことは、アッシュ様は知らなかったのだ。


 そのアッシュ様の怒りは必然的に人間に向くことになった。


 わたくしは人間への憎しみを和らげるために努めたつもりであったが、アッシュ様の意思は固く、ヨハネ様がせっていたとき、生前に王位継承をした際は徹底的に人間を蹂躙した。


 父をこんなに酷い目に遭わせた人間が憎い。


 その心がアッシュ様には強く根付いてしまい、どれだけ諭してもアッシュ様は考えを変えることはなかった。


 それから『血水晶のネックレス』を使った魔族への強い干渉をもって、アッシュ様の人間への恐怖政治が始まる。


 ベリアル様も『血水晶のネックレス』の呪縛によってアッシュ様に逆らうことはできず、人間に対して冷血非道な態度で圧政しなければならなかった。


 ヨハネ様はそのようなアッシュ様に心を傷めていた。


 そんな中、衰弱したヨハネ様はついに息を引き取ることになる。

 ヨハネ様は静かに息を引き取られた。


「もう私は逝く……リリス……家族を頼んだ。アッシュ……人間を憎んでも何にもならない……私がこうなったのは人間のせいではない……運命だったのだよ……どうしようもないこともある……憎しみに目を曇らせるな…………」


 と、そう遺言を残し、亡くなられた。


 妻であるリリス様もそう時をあけず、ヨハネ様を追って逝った。




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