センジュの過去を聞きますか?▼(4)
【センジュ 25歳】
わたくしは城ができてからは、得意の道具作りに没頭した。
生活が豊かになるように、文明を発展させるために。ヨハネ様のために、アッシュ様の為に。
わたくしはカイムと魔道具という新しい道具を作り始めた。
幼少の頃に作った魔力を注ぐと切れる小刀のようなものを色々、試行錯誤しながら作った。
時間を忘れるほどわたくしは道具作りに没頭した。
ヨハネ様はわたくしの作った小刀に名前を付けてくださった。
「妖刀『五月雨』というのはどうだろう?」
雨のように静かに、そして鋭く切り裂く小刀。
これがわたくしの作った最初の魔道具。
わたくしにはやはり上手く使いこなせなかったが、五月雨をカイムやベリアル様、ヨハネ様、アッシュ様は上手に使いこなしていた。
とはいえ、これは日常生活向けの道具ではなかったので、ヨハネ様が時々やってくる無礼者を切り捨てるのに使っていた。
相変わらずヨハネ様が使うと鋭く、まるで最初からそれが半分であったかのように切れた。
アッシュ様が使うとそこかしこを破壊してしまうので、ヨハネ様はアッシュ様に五月雨を触らせないようにしていた。
カイムと、そしてベリアル様の知恵を借りて作った魔道具作りは順調だった。
『正直者のピアス』『嘘つきのピアス』『現身の水晶』……――――いくつも魔道具を作った。
両ピアスが完成したときはヨハネ様の仕事は格段に楽になった。
両方のピアスをつければ嘘が見抜けるようになり、仕事の精度が格段に上がったからだ。
その提案をしたのはベリアル様で、魔法式はカイムとわたくしとベリアル様で知恵を出し合い作った。
魔法の研究を日々の積み重ねだ。
既存の魔法の組み合わせで色々な魔法を作っていく。
とはいえ、カイムは勉強は不得手であり、ベリアル様は多忙で、わたくしは魔法の才はなかったので大きく進歩していくことはなかった。
だが、僅かなお互いの時間をわたくしたちが魔道具作りに専念している時、その者たちは現れた。
わたくしはその光景を、存在を、信じられない気持ちで唖然とその光景を見ていただけで、動くことすらできなかった。
何が起こったのか、理解が全く追い付かなかったからだ。
「楽しそうなことをしているね。私も混ぜてもらいたい」
それは神だった。
それが神だと分かったのは後からで、わたくしたちにとってはそれは得体のしれない何かであった。
姿は何の変哲もない人間の姿をしているが、人間がするようには服をまとっておらず、人間にあるはずの生殖器はなかった。
男でもなく、女でもない。
顔も中性的であった。
髪も肌も真っ白で、目だけはかろうじて青い。
見た目はかろうじて人間の姿をしていながらも、それは明らかに人間ではないということを感じさせた。
どこからともなく突然現れた得体のしれない何かに、わたくしたちはヨハネ様を守るべく臨戦態勢をとるべきだったが、何でも完璧にこなすベリアル様でさえ、その神の威光に動くことはできなかった。
「その技術、いいね。それを作って人間たちに与えてほしいな」
神がそう言ってわたくしたちに話を持ちかけてきたとき、その場に別の強大な気配を感じた。
「困る。自分の子の可愛さにそんな武器を与えるなど」
神の反対側にはいつの間にか魔神がいた。
やはりこちらも突然現れ、初めはなんなのかは分からなかった。
魔神は灰色の三対六翼の翼を持った、天使とも悪魔とも判別のつかない見た目で、黒い長い髪の者であった。
龍族のような、鬼族のような角もあるし、目は黄色で中心部は縦長になって鋭く光っていた。
こちらも性別はわからない。
言うなれば無性別だ。
2つの神がその場に現れた時、わたくしたちはその存在感だけで塵になってしまいそうな威圧感を感じていた。
恐らく、指の1本動かすだけでわたくしたちは瞬く間に絶命するであろうという確信があった。
「出てこないでよ。私はこっちの魔族に用があるんだからさ」
「断る。魔族であれば俺の管轄だ。話を通してもらおう」
神同士の睨み合いで、その場の空気が燃えたり凍ったりを繰り返して、魔王城が壊れてしまいそうなほどの力がそこにあった。
魔法というべきなのか、あるいは神の絶対的な何かなのか分からないが、言葉では説明しきれない何かが起き始めていた。
ここで、もし神同士の争いでも始まったら、この周囲一帯が全て“無”と化すだろう。
わたくしたちが何をできるわけでもなく神らを注視していると、そこに第三の者が現れた。
「いやいや、お待ちくださいお二方。困りますよ、困ります。久々に会ってまたすぐに喧嘩でございますか。仲が悪いのは結構ですが、現世に出る影響を考えてくださいませ。落ち着いてください。まぁまぁ、この者たちの行いにはわたくしも興味がありますからね。この場で消し炭にしてしまわないでくださいよ」
それは、現れたというよりは、何やら異様な雰囲気がそこにあって声だけ聞こえるという状態だった。
視覚情報としては何もないが、だが視覚情報で捕らえられないというだけで、確かに“何か”はそこにいた。
その異様な雰囲気は死神のものであったと後で知った。
「何者だ」
三神がその場に会す異様なその気配を感じたのか、ヨハネ様がわたくしの作業室へと入ってきた。
しかし、扉を開けた瞬間に三神の威圧感にあのヨハネ様ですら目を見開いて一瞬動きが止まった。
だが、それは一瞬だけですぐさまわたくしたちの方へと足を勧め、三神とわたくしたちの間に立つ。まるで、自分が盾になるかのように。
「お久しぶりでございますね、魔神様」
「魔族統治はあまり進んでいないようだな」
「申し訳ございません……こちらの方々を紹介していただけませんでしょうか?」
ヨハネ様は以前に魔神に会ったことがある様子だった。
ヨハネ様が「魔神様」と言った瞬間、わたくしたちはその者が魔神だと知った。
そのときは「魔神」とはどんなものであるかわたくしには分からなかったが、ヨハネ様の態度を見る限り、ヨハネ様よりも位の高い方なのだとは分かった。
「神と死神だ」
「…………その三神の方々がこのような場所にどのようなご用命でしょうか」
三神の威圧感に対してヨハネ様は怖気ずくことなく、わたくしたちを守るように三神相手に立ち回っていた。
だが、少しばかり声が震えているように思えた。
無理もない。
わたくしたちは声を出すこともできなかったのだから。
「神が良からぬことをしようとしているのを止めに来ただけだ」
「言い方、感じ悪いよ」
「まぁまぁ。わたくしが公平な立場を保ちますので、殺気を収めてくださいませ」
状況に理解が追い付かないヨハネ様がしたことは、まず三神全員に頭を下げることだった。
今思っても、それ以外の事はできるはずがない。
三神相手に一介の魔王が何をできるとも思えなかった。
「先ほどは失礼いたしました。何か我々でお役に立てることがあれば何なりとお申し付けください」
あの魔王ヨハネが頭を下げるほどの存在に、わたくしたちも頭を下げざるを得なかった。
たった一言でも余計なことを言えば、わたくしたちは消されていたかもしれない。
「その道具、もっと作ってほしいんだよね。私も力を貸そう。泥臭いのは見飽きてきたから、派手なのがほしいと思ってたところだ」
「神だけでは不公平だ。俺の要望も聞け」
「公平にお願いいたしますよ」
突然現れた三神らは、魔道具に興味を示した。
人間を愛でる神と、魔族を愛でる魔神は相いれない存在であった。
だから神が人間に加担すれば魔神も魔族に加担する。
しかし、度が過ぎれば均衡を失い、破滅に向かってしまうとのことだった。
どういう事なのか、今でもわたくしには漠然とした話で分からない。
なにせ、細かいことを質問できる立場でなかった為、それ以上を聞くことができなかったからだ。
神ら程の存在ならばわたくしたちの力を借りることなく、簡単に何事も成せるものと考えたが、そのようなことを聞くのは恐れ多く聞くことはできなかった。
わたくしたちは、当然逆らえるわけもなかった。
三神のあの威圧感は筆舌に尽くしがたい。
あの場にいたわたくしたちにしか分からないだろう。
神は人間と魔族の諍いにおいて、人間側が有利になるように人間に使える魔道具を作ってほしいと言った。
魔神は人間が過剰な力を持ちすぎるのを警戒し、無尽蔵の力を与えない為に魔道具には一定の制約や代償を伴わせるようにと言った。
死神は公平を期すための道具を提案した。
自分の命を代償に時間を戻れる『時繰りのタクト』は死神の提案した魔道具だ。
もし世界の均衡が完全に壊れてしまった際に過去に戻りやり直すことができるという、当時のわたくしには理解の及ばないものだった。
「それからもう1つ」
そこに、神と魔神は1つ要望を加えた。
死神を超越する魔道具を1つ作るようにと。
神と魔神は死神に牽制されている立場のようだった。
だから、死神に対抗しうる力を宿す魔道具を作るように言った。
死神はその際に動揺していたようだったが、公平という言葉を死神が掲げている以上、それも自身に当てはめずにはいられなかったようで、それを了承した。
そして数多の神々の力が備わった魔道具をわたくしは作った。
魔神は魔族の統治をヨハネ様に求めており、その要望から現魔王を世襲制の筆頭に置いた。
魔王の世襲制にあたり、再び天使族と悪魔族が争わないように、且つ人間との諍いに際し離反する魔族が出ないようにも、全魔族を縛ることのできる魔道具を欲した。
そこでヨハネ様の血液と骨を媒介に『血水晶のネックレス』が考案され、わたくしはそれを魔神に作るよう指示を受けた。
悪魔族の現魔王家の直系の血筋でなければ『血水晶のネックレス』を使うことができないのは、それを奪い合う魔族間の混乱を防ぐためだった。
特に天使族と悪魔族は魔神のお気に入りで、天使族と悪魔族が争うのを嫌った為だ。
そして、神と魔神の要望を叶え、死神に対抗する為の魔道具、死を超越する『死神の咎』をわたくしは死神の力を借りて作った。
そうして、わたくしたちの魔道具作りは日常生活で便利なものを作る程度のものから、人間と魔族の戦争の道具を作ることになってしまったのだ。