センジュの過去を聞きますか?▼(2)
【センジュ 8歳】
俺は魔王ヨハネの専属の鍛冶屋として魔王の家へ招待された。
俺の他の取り巻きの悪魔族は数名を残して居住予定地へと向かって離れた。
魔王の家と言っても、戦争の跡で滅茶苦茶に壊れている少し大きめの家という感じで、特別な感じはしなかった。
その道中、魔王ヨハネはいくつか魔族の拠点を回って戦争後の混乱を鎮めるべく各地の魔族に指示を出していた。
同種族が固まって暮らすことによって混血の奇形児が生まれないように、魔王ヨハネは“純血令”というものを作った。
これは異種族で子供を作ってはいけないという法律だ。
この世の乱れた風潮を律する為に作ったものだが、強制力はなかったし、一先ずは同じ魔族同士で固まって住むことが決まって、異種族間での争いは内場になったけど、同種族間での上下ができて結局そんなに効力があったとは言い難い。
そんな魔王ヨハネは悪魔族を連れて歩いた。
天使族は魔王ヨハネに言われるまでもなく、天使族は固まって魔王城から遠いところで固まって住んでいるようだった。
理由は悪魔族が嫌いだから、悪魔族の拠点とする場所から遠くに行ったと。
「まずは家の復興をしなければならないな」
修繕をする作業を手作業でこれからするのかと思ったが、魔王ヨハネが手をかざして魔法を発動させると壊れていた家があっという間に直った。
元の状態を知らないが、恐らく元通りになったのだと思う。
「すげぇ……」
俺が呆気に取られて呆然とそれを見ていると、魔王ヨハネは「そんなに広くないけど、入りなさい」と俺を中に入れてくれた。
いつも自作の小屋で最低限雨が凌げる程度の場所で寝ていた俺は、こんな立派な家に入ったのは初めてだった。
魔王ヨハネの取り巻きの悪魔族は3人だ。
1人女の悪魔族がいたけど、どうやらこの女の悪魔は魔王ヨハネの妻のようだった。
妻と、2名の悪魔と、それから俺、そして魔王ヨハネとの生活が始まった。
***
魔王ヨハネの妻の名前はリリス。
あと2名の悪魔族は、背の高い方がベリアル、背の低い方がカイム。
背が低いというか、カイムはまだ子供の悪魔だ。
ベリアルが執事で、カイムは俺と同じ戦争孤児のようだった。
けれど、ただの戦争孤児など沢山いる。
その中でカイムが拾われたというのであれば、何か特別な素質があるのだろうと思っていた。
カイムはそれほど俺と歳は違わなかったと思うけど、最初はあんまり話をしなかった。
種族が違うというのもあったからだと思う。
種族別の差別が当たり前だったから。
魔王が悪魔族だから、鬼族が迫害されても仕方がないと俺は思っていた。
俺は魔王ヨハネの指示もあり、武器を作ったり、防具を作ったり、ちょっとした小物を作ったりしていた。
具体的な指示はなかったが、俺は道中拾った金属を加工して色々作っている状態が続いた。
魔王ヨハネは訪問者が多く、あまり俺は話をする機会がなかった。
ただ、武器や防具などを俺の自由に作って自分の責務を全うしようとした。
公務の間の隙間を見て、俺は魔王ヨハネに話しかける隙を伺っていた。
虫の居所が悪いときに話しかけると殴られたり蹴られたりしてきた俺は、殴られない時を探って、やっと魔王ヨハネに話しかけられそうな時を見つけ、話しかけた。
「なぁ、ヨハネ、こんなのはどうだ?」
俺は寝る間も惜しんで作った魔王の住居の小さい模型を魔王ヨハネに持って行った。
すると、ベリアルに頭を「ゴツン」と殴られた。
今は殴られるような様子じゃなかったのに、なんで殴られたのか分からなかった。
「口のきき方に気をつけなさい」
「ベリアル、いいのだよ。まぁまぁ、何を作ってくれたのかな?」
ベリアルは怒っているのに、魔王ヨハネは怒らなかった。
俺の手に持っている家の模型を見せると、魔王ヨハネは「おお」と喜んでいる様子を見せる。
大きな家だ。
言うなれば、家というよりは城ってやつ。
やっぱり魔王っていうからにはこの程度の家に収まっているのは庶民的すぎる。
もっと誰もが見た時に威圧感を感じるような作りにしたほうがいいと俺は提案した。
「ヨハネの家、もうちょっと大きくしても――――」
ゴツン。
またベリアルに頭を殴られた。
「“魔王様”か“ヨハネ様”とお呼びなさい。軽々しく魔王様を呼び捨てるものではありません。それから、言葉遣い。魔王様のお側にいる者としての品格を磨くのです。分かりましたか? センジュ」
「まぁまぁ、ベリアル――――」
「いけません魔王様、魔王様の品格が疑われます」
有無を言わさない態度で、ベリアルは「こっちへ来なさい」と俺を引っ張っていった。
そこは衣装室だった。
俺がそのとき着ていた服は以前のぼろ布ではなく、途中の適当な服屋で魔王ヨハネに買い与えてもらったものだったが、高価なものを要求するわけにもいかず、一番安い服を指さして「これがいい」と言って買ってもらった安物だ。
「その服を脱いでください」
「……」
また殴られるのは嫌なので、俺は言われたとおりに服を脱いだ。
すると、衣服を持ってくる訳ではなく、長さを測る道具を持ってきて俺の身長や肩幅、胸囲、腹囲、股下などを測ると、ベリアルは布を選び始めた。
「いくら職人と言えど魔王様の家来なのです。身なりがそれでは困ると兼ねがね思っておりました。まだ貴方の身長は伸びそうなので、その都度服を作ります」
「俺の服を作る?」
ベリアルは執事で服屋ではないはずだ。
だが、ベリアルは布を先ほど測った寸法を元に魔法で細断し、針に糸を通したものを物凄い手際よく縫い付けていく。
それにしても凄い速さだ。
手元が良く見えない。
俺が横からずっとベリアルの手際を見ていると、布の細断と裁縫を繰り返し、あっという間に俺の正装ができあがった。
「これを着てみてください」
渡された服を着ると、まるで職人が作ったようなしっかりとした作りの服で、俺の身体の大きさにぴったりだった。
「すげぇ! ベリアル! やるな!」
ゴツン。
「いてーな! 殴る前に理由を言えよ!」
「理由はもう申し上げました。言葉遣いです。“すげえ、ベリアル、やるな”ではなく、わたくしに敬意を払った話し方をしていただかないといけません。ですから“流石の御手前でございます。ベリアル様、ありがとうございます”と“今後もお手数ですが、よろしくお願いいたします”です」
「俺は――――」
「“俺”ではなく“わたくし”と言ってください。分かりましたか?」
ここで「分かった」などと答えようものなら、また頭を殴られると俺は学習していた。
「…………“わかりました”」
「少々不貞腐れた感はありますが、結構です。魔王様のことを軽々しく“ヨハネ”などと言わないように。あと、その服を汚さないように作業ができるようになってください」
「そんなの無理だ――――」
ゴツン。
とはいかない。
俺は避けた――――
つもりだったが、素早く回り込まれてまたゴツンと殴られた。
「いってぇ……」
「“いってぇ”ではなく、“ご指導いただきありがとうございます”です」
これ以上殴られるのは嫌だったので、俺は口調を丁寧にするように気を付けるようになった。
ただ、分からない言葉も多かったから、言い方をベリアルに聞いて勉強するようになった。
服を汚すなと言うのは難しかったから、作業をするときだけ安い服を着て作業をして、他の雑務があるときはベリアルが作ってくれた上等な服を着た。
それからベリアルに怒られるので“俺”じゃなくて“わたくし”と一人称を変えた。
かなり変な感じだったけど、ベリアルの真似をしていたらその内違和感もなくなってきた。
家族じゃないけど、俺は魔王家に仕える者として生計を立てていったんだ。