蓮花の身体を調べてください。▼
【メギド 魔王城 蓮花の部屋の前】
私は、ゴルゴタに襟首を掴みあげられた事によって首が絞まり、圧迫感で苦しさを感じていた。
ただ掴みあげられている訳じゃない。
私は宙に浮いているのだ。
返事をしようともこの状態ではろくに返事もできない。
「返事を聞きたいなら手を離せ」
冷静に私が返事をすると、ゴルゴタは手を大人しく離すと思っていた。
だが、ゴルゴタは私を持ちあげたまま、蓮花の部屋じゃない反対側の方の壁に私を乱暴に打ち付けた。
「蓮花と何か話しただろ……何話しやがった!?」
急に怒りを露わにして私を強く壁に押し付ける。
ゴルゴタの「強く」は相当強く、私の骨はミシミシと軋んだ。
「急になんだというのだ……」
「手ぇ出すなっつっただろうが!!!」
ゴキッ……
私の鎖骨の辺りの骨が折れる音がした。
その音と共に、相応の痛みが走る。
だが、死の花の痛みのほうがずっと強い。
このくらいの痛みで私は音を上げたりしない。
「っ……何のことだ。私は手など出していない」
「俺様に恩を売って掌で転がそうったってそうはいかねぇぞ!!」
謂れのない言いがかりだ。
先ほど私はゴルゴタが思ったより冷静だと思ったが、それは撤回しよう。
ゴルゴタは蓮花が死ぬ恐怖感から冷静さを失って見当違いなことを言っている。
それに、その焦燥感を紛らわせるために私に責任を押し付けて、その焦りをかき消そうとこうして怒号を飛ばしている状態だ。
ただ、蓮花と私がゴルゴタの知らないところで話したのは事実だ。
それを悟られる訳にはいかない。
「今すぐアイツの熱を下げやがれ……じゃねぇとこのまま首も折るぞ!」
「私は何もしていない。落ち着け」
それでも納得しないゴルゴタに対して、私は『正直者のピアス』のみをつけた状態で再度「私は何もしていない」と言うと、不貞腐れたようにゴルゴタは私を投げ捨てた。
投げ捨てられたところから1回転し、私は着地する。
「畜生っ……!」
ドンッ!
ゴルゴタは壁を殴った。
普通、壁を殴れば手の方が壊れるだろうが、ゴルゴタの場合は手ではなく壁の方が壊れ、大きな穴が開いた。
「……はぁ……落ち着け。ついてこい」
骨が折れている痛みを堪えながら再度ピアスを付け直し、立ち上がって私は蓮花の部屋に入った。
ゴルゴタはそれ以上何を言うでもなく私の後ろを黙ってついて入ってきて、蓮花の隣に座った。
私が蓮花の状態を確認しようとすると、ゴルゴタは鋭い目つきで私を睨みつける。
言いたいことは分かった。「下手なことをしたら殺す」という意味だろう。
蓮花の額には冷たいタオルが巻かれていた。
恐らく、寝返りなどを激しくうつせいで額に乗せているだけでは間に合わないからだろう。
そのタオルを1度とり、蓮花の額に手をあてる。
脈拍、早い。
熱、39.5分。
呼吸、荒い。
喉の腫れを見る為に、私は蓮花の口を開けて中を覗き込んだ。
喉、腫れていない。皮膚の状態……――――
「おい、何しようってんだ」
蓮花にかかっている毛布や布団を剥がし、服をまくろうとしたところでゴルゴタから牽制が入る。
「ウイルス感染症なのか、あるいは外部からの攻撃なのか、皮膚の状態を見て確認する。外部からの攻撃であれば皮膚に何か炎症などが残っているかもしれない」
「…………ちっ」
まず、こんな弱っている状態なのにいつも持ち歩いてるナイフだけは強く握りしめていることに狂気を感じる。
そんな文句を言っても仕方がないので私は蓮花の手、腕、脚、腹部、と服をめくって細かく調べるが、特に斑紋のようなものはない。
汗をかいており、服は汗ばんで濡れている。
汗を拭かないといけないということすらゴルゴタは知らないようだ。
汗を拭くのは後回しにして、私は身体の方を調べ続ける。
1つ気がかりだったのは、蓮花の身体には古傷が沢山あったことだ。
これは戦闘でついたと思われるものもあるが、ゴルゴタの身体にも幼い頃のものがいくつも残っているから分かる。
これは自傷行為の傷だ。
いつも変わり映えのない長袖を着ている蓮花の肌は真っ白で、そこに線状の古傷がいくつもあった。
線状であるということは、刃物による自傷行為の古傷だろう。
ただ、その中に線状ではないものもある。
火傷のような痕もあるし、皮膚が裂けたような痕もあった。
これが自傷行為かどうかと言われると判断は難しい。
ただ、背中側を中心に皮膚が裂けたような痕がある。
――この傷痕……鞭か何かか? 親からの虐待か、あるいは他の者からの拷問の痕か……
ゴルゴタを見ると、蓮花の身体のこの古傷を初めて見たようで驚いている様子だ。
私としてはゴルゴタを見ていればこれは予想の範疇内だが、ゴルゴタにとって自分以外の者の自傷行為の痕跡を見つけたのは衝撃的だったのだろう。
自傷行為の傷ではなさそうな、派手な傷痕があることにも言葉が出てこないのも分からないでもない。
――新しい傷痕はないが……当然か。回復魔法士であるなら自分の傷は自分で治せる
つまり、この傷は回復魔法士になる前についた可能性が高い。
幼少の頃の傷か、あるいはあえて傷をそのまま残したのかどちらかだ。
――聞いても、答えないだろうがな……
私は次に、胸部や臀部を確認しようとするとゴルゴタは私の手を払いのけた。
「なんだ? 助けたいのなら邪魔をするな。私が疚しい気持ちでこの女の服をめくってると思うのか?」
「もういい……これ以上見たくねぇ……」
何を言っているんだと私が口にしようとしたすぐ後、センジュが何か粉薬のようなものを持って戻ってきた。
相変わらず足音もろくに立てず、どこからともなくセンジュは突然現れる。
「蓮花様のお身体は特に異常は点はございませんでしたよ。服を戻してあげてくださいませ。解熱剤を持ってまいりました。蓮花様、起きてください」
センジュは至って冷静だった。
蓮花が死ねばサティアの件で困るのはセンジュも同じはずだ。
だが、センジュはゴルゴタと違い、焦っているようには見えない。
蓮花の身体を軽くゆすると、蓮花は意識を取り戻したようで視点の定まらない目でゴルゴタと私とセンジュを見た。
「皆さまお揃いで……」
「ええ、解熱剤です。どうぞ」
「大袈裟ですね……寝てれば治りますよ……」
身体を半分起こすと、蓮花は頭を重そうに抱えた。
「大丈夫かよ……」
「……ええ」
蓮花は意識が朦朧としているとは思えない程に用心深く、センジュが持ってきた解熱剤の成分を魔法で確認していた。
そして飲んでも問題なさそうなものであると確認した上でそれを口に入れて水を飲んだ。
そんなことをわざわざ確認するのは失礼すぎるが、このくらい慎重でなければ上位の回復魔法士などにはなれないのだろう。
私たちを無条件に信用している訳でもなさそうだ。
あるいは、それが癖になるほど昔に何かあったのか――――
「ご自身のお身体の状態は分かりますか?」
「調べれば分かりますけど……ただの過労だと思います」
「自分で治せねぇのかよ?」
「体力の限界を超えて身体に負荷をかける回復魔法は悪手です……ウイルス性でもないみたいですし、休んでいれば治ります」
その言葉に、ゴルゴタは前のめりになって反応した。
「本当か!? お前……死なねぇのか!?」
「え……? はい。この程度で死んでいたら、既に何回も死んでますよ」
その言葉に驚いたような、安堵したような表情をゴルゴタはみせた。
「…………おい、ジジイ。ちょっとこっち来い」
「……かしこまりました」
蓮花の部屋からゴルゴタとセンジュは出て行った。
出て行って扉が閉まった後、鈍い音がした。
その後、ゴルゴタの罵声が部屋の中まで聞こえてくる。
「死ぬかもしれないっつったろうが!!」
と。
センジュの声は通常のボリュームだったが、私には聞こえた。
「高熱が続けばそうなる可能性があると申し上げたのですが、誤解を与えたのでしたら申し訳ございません」
と言って謝罪しているようだ。
「随分心配をかけてしまったようですね」
「お前、その身体の傷痕、どうした?」
「私の身体を見たのですか」
露骨な嫌悪感を示して私を蔑視する。
まるでケダモノでも見るような目だった。
疚しい気持ちでした訳ではないことを分かっていながらも、それでも尚、蓮花は強く嫌悪感を示す。
「外的要因の可能性があったのだから、身体を確認しない訳にはいかないだろう」
「外的要因とは、毒矢か何かですか……? そんなの飛んで来たらゴルゴタ様が私より早く気づきますよ」
「呪いの類の可能性もある」
「呪いの類なら私がすぐに気づきます……大袈裟ですよ……」
蓮花はまだ朦朧とするのか、ベッドに力なく倒れ込んだ。
「お前に死なれると困るのだ。体調管理くらいしろ」
「そうですか……体調管理なんて貴方にだけは言われたくないですけど……」
「体調管理は万全だ」
私の肩を力なく指さして、言った。
「肩の花、悪化してませんか……? 前より呪いの気配が強いですよ」
「!」
呪われた町に行ったことが悪手だったのか、私は服をめくり花を確認すると、痛みこそ感じないものの、前よりも一回り程度大きくなっている印象を受ける。
「何故分かる……?」
「独特の匂いがするんですよね……花の甘い匂いと血の匂いの混じったような……」
「私は感じないが……この部屋に血の匂いは立ち込めているがな」
そう言われてやっとこの部屋の惨憺たる状態に気づいたらしい。
そこかしこ肉片と血で散らかっている部屋を見て、蓮花はため息をついた。
「…………掃除……したくないんですけど……」
「だろうな。病んでいるところ悪いが、骨が折れているところを治してもらいたいのだが。治すなら部屋の掃除は私がしてやろう」
「……」
折れている部分を見せると、蓮花は簡単に私の身体を調べ、骨の状態を確認してすぐに骨を繋げた。
周りに広がっていた炎症は多少残ったが、今の蓮花の力ではこの程度が限界だろう。
「私が分別をした後に掃除してください……必要なものまで捨てられると困りますので……」
「あぁ。掃除はするが、その前にセンジュが帰ってきたから死神のことを聞きたいところだ」
私と蓮花が話しをしている間にも、何度も部屋の外からは鈍い音が聞こえた。
恐らく、ゴルゴタがセンジュを何度も殴打しているのだろう。
――いくらなんでも一方的に……
私は一方的に殴られているセンジュを助けるべく、部屋の外に向かった。
「ゴルゴタ、そのくらいにしておけ――――」
扉を開けて、ゴルゴタとセンジュを見た。
と、言うよりも私はセンジュの方を見た。見ざるを得なかったというべきだろうか。
何故なら、センジュの腕が床に落ちていたからだ。
それを拾い上げてセンジュが千切れた繋ぎ目につけると、すぐに腕が繋がった。
回復魔法の類ではなく、何か得体の知れない方法でそれは成されていることは分かる。
それに、繋がるだけではなく千切れた際の血もセンジュの体内へと戻っていった。
「ジジイ……てめぇ……何モンだ……?」
まるで得体の知れないものを見て、畏怖したかのようにゴルゴタは言った。
センジュの細い老人の腕はしっかりとセンジュ本体についている。
服まではつかなかったようで、破れた部分はそのままになっていた。
「………………」
「答えろよ!!!」
ザンッ……!
いとも簡単に首が床に転がった。
センジュが傷を負うことを、私は初めて見たかもしれない。
だから、センジュが傷を受けた時にどうなるか知らなかったというのが現実だ。
当然、首を切られた胴体は倒れると思われた。
というよりも、首を刎ねられた時点で絶命して然るべきだ。
だが、センジュの身体は何のこともなげに転がった頭の方へ歩いて行き、当然のように頭を拾い上げて自分の胴体に頭をつけた。
そんなことがあるわけがない。
そんな簡単に1度離れた頭が胴体につくわけがないのだ。
しかし、センジュな何事もなかったかのように話し始める。
「…………わたくしは、契約をしておりましてね……言うなれば、不死なのです」
「契約……不死だと?」
「ええ……わたくしはメギドお坊ちゃまとゴルゴタお坊ちゃまの曽祖父である、ヨハネ様の代から魔王家の執事をしております」
祖父が魔王であった頃と言えば、今から600年以上も前の話だ。
いくら魔族と言えど、そんなに長くは生きない。
どういう経緯で不死になったのか……どう考えても不死といえば、そんなものは死神が絡んでいるに決まっている。
――死神め……センジュに聞けとはこのことか……?
どれほどセンジュから死神の話が聞けるかどうか分からないが、とりあえず、私は興奮しているゴルゴタがこれ以上センジュを細切れにしないように牽制した。




