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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼
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魔王城内では騒動がおきている。▼




【メギド 魔王城周辺の森】


 呪われた町から回収した書籍に私は触れられない。


 ともすれば、この書籍に触れられるようにするには解呪を蓮花にさせる他ない。

 とはいえ、蓮花を呼び出すのはゴルゴタがいるから困難だ。


 なので、この膨大な書類を蓮花の元へと運ぶ必要がある。


 だが、ここで大きな問題が生じる。


 私はその書類の詰まった円柱型の大きなガラスケースを運ぶ体力はない。


 風の魔法か何かで適当に転がして行けばいいかも知れないが、万に一つでも力加減を誤りこのガラスケースを壊してしまったら、中に詰まっている書類が散らばってしまう。


 そこで、私は琉鬼を魔王城まで連れてきた。


 本来であれば琉鬼を魔王城に入れるのはかなりのリスクがあるので賢明な判断とは言えないが、琉鬼はゴルゴタと直接会っていない。


 あのとき琉鬼が会ったのは蓮花だ。

 1度会った琉鬼に対して蓮花は少しばかり警戒心を解くかもしれない。


 蓮花には誤魔化し切れないだろうが、ゴルゴタには誤魔化しがきく。


 とはいえ、琉鬼は相当に異臭がしていたので、匂いでゴルゴタに気づかれる恐れすらある。


 そこで、私はかなり、恐ろしく、おぞましく抵抗があったが琉鬼の身体を徹底的に洗った。


 ありとあらゆる部分を徹底的に。

 表皮が少しばかり剥がれるほど過剰に。


 水だけでは限界があったので、適当にその場で匂い消しに使えそうな草を使ったり、簡易的な洗剤を作って徹底的に洗った。


 勘違いしないでほしいが、私がこんなむさくるしい中年男性を直接手で洗った訳ではない。


 冗談ではない。

 そんなことをしたら私の手の表皮を剥がして捨てるところだ。


 魔法の操作で遠隔的に琉鬼を洗った。


 匂いの元となる場所はありとあらゆる部分を徹底的に洗ったので、琉鬼は今、異臭を放っていない。

 むしろ花とハーブのいい匂いがしているくらいだ。


 私に徹底的に蹂躙された琉鬼は叫び声をあげていたが、そんなことはどうでもいい。


「言った通り、首尾よくやれ。お前は私が偶然見つけたただの荷物運びの人間だ。私の仲間だとゴルゴタに知れたら首が胴体とお別れを言う羽目になるぞ。蓮花の方は私が適当に誤魔化しをいれるから心配するな」

「……あのー……」

「なんだ?」

「蓮花……さんって、顔に刺青入れてる女性でありますか?」

「そうだが、それが何だ」


 琉鬼は何やら言いにくそうに口ごもる。

 もじもじとはっきりしない態度を示して苛立った私は水弾を浴びせようと構えたが、それを見た琉鬼は慌てて返事をする。


「あっ、えっと……なんでゴルゴタと一緒にいるんですか?」

「知るか。元は人間を滅ぼそうとゴルゴタの元へ来たようだ。それより、そんな話は今必要なのか?」

「そんな悪い人じゃなさそうだって思って……」


 またそれだ。


 蓮花が如何に害悪であるか、何故誰も思わないのだ。


 庭に括りつけられているあの大量の人間を見てみろ。

 死なせないように適度にメンテナンスをしているのは殺したくないからじゃない。

 魔王城を遠隔で無差別的に人間らに襲わせないために人間を括りつけているのだ。


 その中には年端もいかない子供もいれば、今にも死にそうな老人だっている。


 それに、同族殺しの罪で死刑囚であったし、その殺し方も残忍であった。


 何より人間を滅ぼす為にゴルゴタにあやかろうというその考え。


 ましてゴルゴタを暴走したらしめる巨悪だ。


 それを見ても尚、どこが悪い人じゃなさそうなのだと小一時間説教をしたいところだったが、そんな細かい説明をしている暇はない。


「お前の主観などどうでもいい。あれは巨悪だ。あのタトゥーを見れば分かるだろう。黒星の特級咎人だぞ」

「すみません、その制度知らないんですけど……」


 呆れた世間知らずだ。


 この世界に転生してきてずっとひきこもりであったようで、この世界の人間社会の常識がまるでこの男には通用しない。


 聞けば、文字も読むことができないらしいではないか。


 私は言葉を失う程呆れて、琉鬼の話を無視した。


「お前は余計なことを言うな。万に一つのときは私の話に適当に合わせて首を縦か横に降ればいい。空気を読め。いいな?」

「はい……」


 果たして空気を読むことがこの男にできるかどうかは分からないが、最終手段としてはゴルゴタに特異体質の使える奴だと説明しなければならない。


 それを聞いてゴルゴタが琉鬼を放っておくわけがない。


 散々使い走りにされることは目に見えている。


 この書籍を運ばせたらさっさとゴルゴタの目につかないうちに退却させた方が話しが簡単でいい。


 琉鬼がガラスケースを懸命に押して魔王城敷地内に入ると、何やら慌ただしい雰囲気が城の中から漂ってきた。


 ――ゴルゴタの身に何かあったか……!?


 私は騒ぎの中心部へと急いだ。当然、琉鬼は遅いので置いて行く形になる。


「お前はそこで待っていろ。結界を張って外から見えなくしてやる。結界から出るな」


 何やら騒がしい事の中心部は蓮花の部屋のようだった。


 私が蓮花の部屋を視界に入れた時には、周囲は血の海になっていた。


 とてつもなく嫌な予感がし、私は滅多に走らないがこのときばかりは走って蓮花の部屋へと向かった。


 すると、蓮花の部屋の半開きの扉から出てきた者がいる。


「メギドお坊ちゃま、おかえりなさいませ」


 出てきたのはセンジュだ。

 私に頭を下げると、センジュは足早にどこかへ行こうとしていた。


「待て、何があった?」

「蓮花様が高熱を出して倒れられまして……詳しいことは省略させていただきますが、解熱に使えそうなものを持ってまいりますので失礼いたします」


 そう言ってセンジュは消えた。

 文字通り、フッと素早く消えるようにいなくなった。


 ――蓮花が熱を出したところまでは分かったが、ではこの血の海はなんだ……?


 私は蓮花の部屋に入ろうとすると、そこは人間の死体がそこら中に散らばっていた。


 何なのかは一瞬分からなかったが、服装からしてみて地下に幽閉されていた回復魔法士たちの数名のようだった。


 頭部の数、身体の数、千切れた腕や脚の数から推測するに、5人この部屋で死んでいる。


 いずれも無残に引き裂かれ、頭を潰されて死んでいる。

 生々しい肉と血の匂いが立ち込めており、私は顔をしかめた。


 蓮花のベッドの隣にはゴルゴタがおり、蓮花の方を見て不安そうに座っている。


「この惨状はなんだ?」


 そんなことは聞くまでもない事だったが、私はゴルゴタにそう問いかけた。


 さしずめ、蓮花の治療が満足にできない不出来な回復魔法士たちに苛立ったゴルゴタが衝動的に殺したというだけのことで、何故血の海になっているのかなどどうでもいいことだった。


「兄貴か……静かにしろよ。やっとさっき落ち着いたところだ。部屋から出ろ」


 ゴルゴタは不安げに蓮花を見ながらも立ち上がり、顎で部屋の外に出るように私に指示を出した。


 ゴルゴタが部屋から出るというので私も共に連れ立って外に出た。


「センジュから聞いたが、熱があるらしいな」

「……あぁ」


 やけにゴルゴタにしては短い返事だったと言える。


 冷静さを欠いているわけでもなく、ただどうしていいか分からないといった落ち着かない様子でそわそわとしている。


「地下の回復魔法士はどいつもこいつもクズばっかだ。アイツの病状を正確に把握もできていねぇ」


 ガリッ……ガリッ……


 ゴルゴタは自分の血まみれの指を噛む。


「ジジイが診たら、このまま高熱が続けば死んじまうってよ」


 ガリッ…………


 ポタポタとゴルゴタの指から、口から血が垂れる。


 その軽い言い方とは裏腹に、ゴルゴタはかなり動揺しているようだった。

 目を見開いてどこかを見ているが、その目には何も映っていない。


「はははっ……ヒャハハハハハッ! ……だから人間は嫌ぇなんだ……簡単にぶっ壊れやがる。ジジイが持ってきた薬があったとしても、それは魔族用のやつだろ……人間に効く保障なんざねぇんだよ……」


 ガリッ……ガリッ……


「そんなに病状は重いのか?」

「さぁなぁ……俺様に分かるのは熱があって苦しんでるってことだけだ……首と脇と脚の付け根のトコ冷やしてるけどよ……あんな高熱出してて寒いって言うし……どうしたら分かんねぇんだ」


 私も良く子供の頃は熱を出した。


 その度に母上やセンジュの手を煩わせたものである。


 この高熱で蓮花が死んだ場合、どのような世界線を辿るのか思考を巡らせる。


 ゴルゴタは今かなり取り乱している。


 蓮花がいるから人間を滅ぼすことを踏みとどまっているというのなら、ここで蓮花がいなくなるのはまずいことになりそうだ。


 私個人としてはこうして自然的な理由で退場してもらった方が楽なのだが、そんな単純な話でもない。


 蓮花を助ける方法をすぐさま1つ思いつく。


「私の仲間の回復魔法士なら、治せるかもしれないぞ」

「…………あのいけ好かねぇ野郎か……」


 尚の事苛立ったのか、より深く指を食いちぎる。


 ゴルゴタの服は返り血や自分の血で真っ赤になっている。

 いつものことだが、最近は落ち着いていただけにこれほど血塗れになっているのは珍しい。


「背に腹は代えられないだろう。どうだ? カノンも腕は確かだ。薬より確実な方法だと思うが?」

「……俺様は用事が済んだらソイツを殺しちまうかもしれねぇんだぜぇ……?」

「しないな。また同じ事態に陥った時、蓮花を治す者がいなくなる。蓮花を死なせたくないならお前も譲歩するということを覚えた方がいい」

「………………」


 指を噛むのを辞めると、少しばかりゴルゴタは停止する。


 その手で今度は自分の首に爪をかけ、ガリガリと引っ掻いては血を流し続ける。


「譲歩ぉ……? どうせ、ソイツ……俺様に交換条件とか突きつけてきて、鬱陶しい要求してくるだろぉ……?」


 確かにカノンはゴルゴタを目の敵にしている。


 蓮花を渡すように要求してもおかしくない。

 あるいはゴルゴタに向かって佐藤のように、使えない剣術を振り翳して襲い、返り討ちに遭いかねない。


「少しだけ、話をさせてやるというのはどうだ? カノンは蓮花と話したがっていた。蓮花は嫌がっているがな、命の恩人に対して――――」


 いや、蓮花から出る言葉は「頼んでいません」「恩着せがましい」「今すぐ消えてください」だ。「ありがとうございます」「その程度でいいなら譲歩して話しましょう」なとど言う訳がない。


 それよりも、下手したらゴルゴタに難癖をつけたら蓮花がカノンを殺しかねない。


「ふむ……」


 それに、蓮花は「殺します」とすら言っていた。

 我ながら提案しておいてあまりにも成功率が低い。


「とはいえ、蓮花の命がかかっているとなればカノンは対価など要求せず治すだろう」

「俺様が言ってるのはその後の事だっつの」

「適当にあしらって追い返せばいい」

「てめぇはどっち側なんだよ」


 とはいえ、カノンをここまで連れてくるのは時間がかかる。


「決断しろ。手後れになってからではお前が困るだろう」

「…………」


 ガリッ……


 指ではなく、ゴルゴタは手の甲の肉を食いちぎって少し止まった。


「なぁ……兄貴ぃ……」

「なんだ?」


 ゴルゴタは血まみれのままの手で、素早く私の胸倉を掴みあげた。


 成す術なく私はゴルゴタに掴みあげられ宙に浮く。


「なんでそんな協力的なんだよ……? おかしいだろぉ……てめぇは蓮花に消えてほしいと思ってるはずなんだからなぁ……?」


 蓮花に対して友好的な態度が裏目に出た。


 焦っていてそんな些細な事は見過ごされると思ったが、ゴルゴタは思っているより冷静だ。


 返答を間違えれば、私は今すぐにでも首をへし折られて殺されるだろう。




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