労働の素晴らしさを語ってください。▼
【琉鬼 呪われた町の中】
寒い。
魔王様に容赦なく水を浴びせられて、服はもとい、肌も、髪もびしょびしょになってしまっている。
そして、この町は嫌な感じの変な冷気的なものが立ち込めている(これは我の心眼によるものである)。
それに、魔王様が「異形の者」と呼んでいたバケモノが何十匹もいるのだ。
元は人間だったというものの、逆にその面影を残していることが尚更不気味に感じる。
手や脚、髪、目、耳、口などが人間のソレだと分かる形だから、尚更不気味であった。
「魔王様は研究所があると言っていたが、うーむ……それらしいラボは見当たらないのぞよ」
町の規模はそれほど大きいものでもない。
崩れかけている家の2階から、屋根の方によじ登ってそれらしい建物を探してみるものの、金属でガチガチに固められているラボラボした建物は見当たらない。
――なんかこう、研究所というと高層のコンビナートのようなものを想像しているのだが……この世界の技術では存在しないのだろうか?
物々しい建物がないか探してみるが、それらしいものは見当たらない。
「うーむ、困った……魔王様をあまり待たせるとまた水を死ぬほど浴びせられてしまう……」
ここは、我の神から授かりし才を信じ、直感に頼って探す他ない。
なぁに、この我にかかればそんなことは造作もないこと。
また2階から飛び降りて華麗に着地したいところであったが、以前派手に失敗して両足を骨折したのを思い出して、大人しく階段で降りて探すことにした。
セオリーでは町の中心部には駅とか市役所的な、そういう施設があるはず。
研究所と言ったら病院とくっついていることもしばしばあったはずである。
この世界の人たちがどう考えて施設を作っているのかは分からないけど、多分、中心付近の場所にある……と、我は考えるのだが。
「あるいは、研究所……研究所と言えば異形の者。異形の者の多く集まる場所を探してみようではないか。この雇われ戦隊シャチクナンジャーのリーダーレッド! 華麗に馳せ参じる! いざ!!」
と、我は颯爽と駆け出した。正義のヒーローのように、さながら忍者のように――――
が、走っていたのはせいぜい3分程度だった。
我は極度の運動不足であり、最近まではずっとひきこもりであった。
それに、少しは痩せたとはいえ肥満体系には変わらない。
すぐに息切れしてその場に立ち止まった。
汗も噴き出てくるし、呼吸が苦しい。
仕方がない。雇われ戦隊シャチクナンジャーレッドは体調がレッド(悪い)のだ。
走っていくのはこれ以上無理なので、我はゆっくり歩いていくことにした。
「そういえば……魔王様は2つ頼みたいことがあると言っていたが……これ以上ハードなことだったらどうすればいいのだ……」
はっはっは! 雇われ戦隊シャチクナンジャーの体調レッドは体調がレッド(悪い)から、これ以上は働けない! 退職届を提出する!
などと言っても、魔王様が退職届を受理してくれるわけがない。
魔王様こそ雇われ戦隊シャチクナンジャーの裏切り者、企業ブラックに違いない。
そう、仲間のように振舞っていたブラックは、実は敵側のスパイだったのだ。
だがしかし、シャチクナンジャーでの暖かい思い出が少しずつブラックの心の氷を溶かし、最後の最後で所属していた敵側に「こんなブラック企業は俺の方から願い下げだぜ!」と裏切り、ピンチに陥っていたシャチクナンジャーを助けるという感動的な話がある。
我はその話が大好きだ!
そんなことはさておき、やっとのことで我は町の中心部にやってきた。
町の中心部には色々建物があったが、殆どが朽ちていて元の施設がなんだったのかよく分からない。
それに、こっちの世界の文字が完璧に理解できるわけではなかった。
日本語なら読めるのだが、この世界の言葉は日本語ではない。
けど、言葉が分からないということはなかったのが不思議である。
転生モノの定番としては、言葉が分からないところからスタートパターンと言葉がわかる前提パターンがあるが、我の場合は後者であった。
これは、我が聞こえているのが日本語に自動翻訳されているのか、あるいは日本語を実際にこの世界の人々が話しているかのどちらかだが、多分、後者だと思う。
ときどき言葉が違うときはあるものの、殆どが通じる。
だが、文字の記述方法が日本語でありながら日本語ではないので、我は喋ることができても文字を読むことが殆どできないのだ。
記憶を持ち越して強くてニューゲームであったはずだが、前の世界でも我はひきこもり。
ひきこもりが次の人生を与えられても冴える人生が送れるわけもなく、結局またひきこもり。
とはいえ、インターネットもない、パソコンもない、日本の文明にあったものが殆どないひきこもりというのは娯楽がなかった。
しかし、この世界には日本にはなかった「魔法」というものがあった。
これこそ転生者のセオリー、我にはチート級の強い力があると思ったのだ。
我は魔法の書を熱心に読んで珍しく勉強した。
が、現実はそう甘くなかった。
ほんの少し魔法が使える程度であっても、チート級の能力があったわけじゃない。
何よりも不満があるのは、転生したら超絶イケメンに大変身し、ハーレムができるはずだったのに、我は転生前の姿のままに成長した。
そのせいでハーレムもできないし、麗しい女性との突然の出会いもある訳もなく、年齢=童貞という情けない現実は変わっていない。
ハーレムを従え、チート級の魔法が使えて、イージーモードでこの世界の脅威を簡単に排除する。
と、思っていたがこの世界の魔王は非常に大人しく、番狂わせもいいところであった。
むしろ、大人しい魔王をやっつけるために勇者連合会なるものが勇者を次々と量産し、勇者の方が庶民を苦しめていた。
じゃあ勇者の方を成敗してやろうと我は立ち上がったが、実際の我は勇者連合会にカチコミを入れた時に、普通にボコボコにされた。
勇者とはヤクザのようなチンピラ集団だったのだ。
そんな怖い存在に我は太刀打ちできるわけもなく、我は大人しくひきこもりに戻った。
だが、ある日、大人しかった魔王が打ち取られ、魔王交代が起こったらしい。
それを境に人間を襲ってこなかった魔族が人間を襲うようになった。
ただひたすらに怖かった。
我は何もできないと思っていた。
だが、ここで立ち上がらなければ、我は一生立ち上がれない人生になってしまう。
丁度、魔王が我のいた町へとやってきたのが見えた。
それと一緒に、町の人々の沢山の死体や真っ赤な血が見えた。
恐怖にただ我はいつものように部屋で震えていた。
どうやら我の母も父もどこかに連れ去られてしまったようだった。
何故か我だけは無事で、やり過ごすことに成功したがもうこれ以上、無様を晒して生きていても仕方がない。
それに、万に一つも魔王を倒せたとしたら、我は今度こそ変われると思った。
精一杯の勇気を振り絞り、我は震えた足を奮い立たせ、定番の登場の仕方で2階から飛び降りて予想以上に酷い目にあったが、名乗りを上げた。
殺されるかもしれないと思ったが、親のいなくなった我はこのままひきこもっていても死ぬ定めだった。
だったら、ここで華々しく散るのも悪くないと思ったのだ。
それに、我の尊敬している雇われ戦隊シャチクナンジャーのレッドはどんなに体調がレッド(悪い)でも、けして体調を理由にして負けたりしない熱い男なのだ。
だから我はどんなに自分がレッド(悪い)状態であったとしても、立ち上がろうと思ったのだ。
そして、我は我だけのチート能力をついに発見したのだ!
詳しくは分からないが、我には空間転移の負荷がない。
それに呪われた町の呪いにも我は効かないという特異体質! 我が望んでいたチート能力とは少し違うがこれはあの凄い魔王様にもない凄い事なのだ!
ここで役に立たずして、いつ我が役に立つというのか!
我は体力の続く限り、研究所らしき施設を血眼で探した。
異形の者が近づいてきても、異形の者がより多くいる場所を探して、探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して探した。
「はぁ……はぁ……」
そして、研究施設らしきものを見つけた。
工場とどう違って、どこがどうという訳でもなかったが、試験管らしきものや、SFによく出てくるクリーチャーを培養するような大きなガラスのドームのようなものもあった。
それに、異形の者が他よりも沢山いる気がする。
それに、文字はろくに読めないものの、びっしりと書かれている書類にグラフなどが書いてあるのを見た。
細かい数字のような文字や、複雑すぎる魔法式が半分に破られたような紙もある。
我は詳しくはないが、恐らくここが研究所であろうと判断する。
研究所の書籍を持ってくるように言われたものの、量が膨大過ぎてとても1人では持って行けない。
「ふーむ……台車のようなものがあれば……」
そこで我はスーパーや倉庫などで使われているような台車を探したが、それらしいものはなかった。
あれは車輪がコロコロと転がっていくから楽に運べるものだ。
何か、コロコロ転がる何か……と、我が探していたところに、破壊されたのか横たえられているクリーチャーを培養するような大きなガラスドームが目に入った。
「そうだ、これの中に書類を入れて転がして行けばいいのでは!? ふふっ、我ながら冴えわたっている発想……これで魔王様も我を魔王軍幹部へと昇進させるに違いない。しかーし! 我は正義のヒーロー! 魔王軍幹部の座に登ってあの傍若無人な魔王様を正義へ目覚めさせるのだ!!」
我はまずそのガラスドームを出口に転がせるように向きを変えた。
変えたと言っても結構な分厚さのガラスで、大きさに比例してかなり重量があった。
ギックリ腰になってしまう可能性も考えて、我はできるだけ腰に負担をかけないようにやっと動かしたのだ。
背中や額から汗が伝う。それを懸命に拭いなら、我は頑張った。
――これが働くということか……
などと考えながら、目ぼしい書類をそのガラスドームの中に詰め込んだ。
詰め込めるだけ詰め込んで、我はそれを押した。
重い。
重いと一言で言ってしまうには簡単すぎる。
重すぎるのだ。
しかし、書類を何往復もして魔王様の元へと届けるのはそれ以上の労力を使うことになる。
重すぎると言っても動かない訳ではない。
地道に我はその書面の詰まったガラスドームを押して、魔王様のところへと向かい始めた。
の、だが、ものの3分程度で我は体力の限界がきて一休みすることになった。
それでも、これを魔王様に届けることが我に与えられた責務。
例えそれがどれだけ理不尽なものであったとしても、我はあの傲慢で常に上に立って何もかもを見下すあの魔王様のできないことを代わりにやっているのだ。
それに、転生前でも、転生後でも誰にも必要とされなかった我に対して、あの傍若無人の魔王様が褒める言葉を口にしたのだ。
ここで頑張らずに、いつ我は頑張るのだ。
少しばかり休憩して再びそのガラスドームを押し始めると、そこら中にいた異形の者たちが集まってきた。
なんなのか分からなかったが、我と同じようにそのガラスドームを押してくれた。
彼ら、あるいは彼女らがもともと人間だったとして、どれほど人間らしい意志が残っているのか分からないものの、我が頑張る姿を見て同じように押してくれたのだ。
もしかしたら意図は何も分かっていないただの行動の模倣だったとしても、我はその姿に感動した。
「よし、行くぞ! 雇われ戦隊シャチクナンジャーたち!! 隊長に続け!!!」
他の異形の者が押してくれていてもかなり重いガラスドームを我も必死に押した。
そして、やっとのことで魔王様の元までそれを運びきった時の達成感たるや、今まで労働の1つもしたことがない我は自分の人生をいつまでもおざなりにしていたことを悔いた。
求められ、そして自分なりに知恵を絞り、周りの者と協力して1つの目的を達成することのこの気持ちよさはひきこもりでは永遠に分からなかったのだと思うと、涙さえ――――
バシャン!
「遅い。いつまで私を待たせるつもりだ。それになんだその有様は。転がしたせいで中の書面の順番もぐちゃぐちゃになっているのではないだろうな? 順番が分からなければ余計な手間がかかるだろう。もう少し賢いやり方は思いつかなかったのか」
我は確信した。
労働はクソだ。
働いたら負けだ。
我は誇らしきひきこもり……いや、自宅警備員なのだ。
自宅を常に警備している。特に自室の辺りを重点的に。
やはり労働というものは、選ばれし我のようなものがすることではない。
労働反対! ダメ、絶対、労働!!!