表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼
151/332

死神とは交渉できない。▼




【メギド 魔王城地下牢】


 蓮花は私の後ろを凝視している。死神の姿が見えているのだろうか。


 蓮花の目の光の反射している像に目を凝らしても、目の表面の反射には何の姿も映っていない。


 だが、確実に何かいるのは確かだった。


 実際に声も聞こえるし、感じたこともないような物凄く嫌な感じもする。


 そして、それが三神伝説の1方、死神であることも半ば状況を総合して考えれば事実だろう。


 振りむいてそれを確認したいが、1度でも振り向いてしまったら、もう後には引けない気がして私は判断しかねていた。


 しかし、ここで戸惑っていても私の手に入れたい情報が手に入る訳ではない。

 死神、ひいては三神の存在をあれだけ確認したいと思っていたではないか。


 しかし、どうしても私は振り向くことができなかった。


 ――これが神の威圧感か……蓮花や、他の者たちがこぞって口を閉ざす訳も今なら分かる……


「振り向いても構いませんよ。振りむいても何もいませんから。ええ。何もいないのです。これは貴方の幻聴かもしれません。ですが、幻聴であると定義しても、貴方と、そこの人間の女には私の声が聞こえているでしょうけど。2人が同時に同じ幻聴を聞くことはあり得るのでしょうか? 作り話ではないのですから、そう簡単に辻褄つじつまがあってしまうなんて、ありえないと思うのですよ。しかし、事実は小説より奇なりなどという人間のことわざがありますが、言い得て妙というやつですね。死の法を犯す輩がいるのには頭を痛めているのですよ。犯すなんて軽い言葉じゃ言い表せないですね。死の法をくつがえそうなんて、まさかそんなことあり得る訳ないじゃないですか。なんて思ってた私は、まるで鳩に豆鉄砲って感じですよ。鳩に豆鉄砲なんて撃ってどうしようっていうのですか? 鳩が驚いて逃げるだけだとお思いですか? その鳩が豆鉄砲を撃ってきたものをその爪で殺すと、何故思わないのでしょうか。不思議ですね。本当に不思議です。まったく不合理にも程がありますよ。だから私は困っているのです。やりたい放題やってくれた結果がこれですよ。分かりますか? やりたい放題なんてされたら困るのです」


 後ろにいる死神と思わしき何かは延々と喋り続けている。


 三神伝説の死神がどのような者なのか記す書物などなかったが、こんなに多弁に喋ると記載されていたら、随分と「死神」などという物騒な字面から連想されるおどろおどろしさはなくなってしまうだろう。


 仮に、私が書籍を執筆する機会があったら試しに書いてやろうではないか。

「死神は鬱陶しいほど多弁に喋る」と。


「……死神か?」


 延々と喋り続けている死神らしき何かに、私は切り込んだ。


 この私ですら、こんな間抜けな質問をするのが精いっぱいだ。

 言葉を間違えれば私はすぐさま殺されるのかもしれないと考えると、慎重にならざるを得ない。


「おやおや、随分素っ頓狂な事を言うのですね。うん? 今は“素っ頓狂”などと言うのは死語ってやつですか? 時代のバージョンアップは目まぐるしいですね。この私がバージョンアップなどという外来語を使っている時点でもう時代は変わったのでしょうね。大抵のことは流してしまいますが、死の法を覆せる存在が現れたことだけは右から左へ、左から右へ、上から下へ、下から上へ流してしまうことはできないのですよ。おっと、この世の物理法則的には下から上に流れるなんて言いぐさはおかしいですかね。流れは下に落ちるのみです。けして上に登ってきてはいけないのですよ。それが自然というものです。海の水が空に降ってしまったら大変なことになるでしょう? それと同じですよ。天地がひっくり返る、なんて言いますけど、天地がひっくり返ったことなんて1度たりともないでしょう? それが当たり前なのです。この世のどこに天地をひっくり返そうなんて存在がいるのですか? ええ、あなた方に言っているのですよ。生まれた者が死ぬというのは、当然の法なのです。逆に死者が生き返ったりしたらいけないのです。海の水が少しだけでも、たった1cmだけでも空に向かって飛んで行こうとしていたらどうします? 止めませんか? 本格的に空に水が全部落ちて行ってしまったら大変なことになってしまうって分かりませんか? そんなことが許されると思いますか? この私が許すと思いますか? この、()()()


 急にドスの効いた低い声になり、更に私に圧力がかかった。


 いつも無表情の蓮花も、この場をどう切り抜けたらいいかと必死に考えていると手に取るように分かる表情をしている。


「やはり死神か……三神伝説の一角であるなら、他の2神……神と魔神のことも知っているのか?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 まるで、心臓を掴まれているような感覚がした。


 ()()()というよりも、本当に心臓を掴まれているように思う。


 私の心臓の辺りがやけに冷たく感じる。

 このまま握りつぶされてしまうのではないかと思う程、嫌な感じがした。


 人間や他の魔族に対してするような駆け引きは通用しないだろう。


「それを許さないから、わざわざこの俗世とやらに干渉してきてまで、糾弾きゅうだんしにきたのだろう。延々と舞台裏にいる三神の一角が、わざわざこんなところに出てきていることに私は驚いているくらいだ」

「私の見立てでは、貴方はわざわざ言われなければ分からないような愚か者ではないはずです。言われなくても分かっているはずです。なのに、こんなことをしようとして、その実は私に神や魔神のことについて聞き出そうなんて腹積もりでいる訳です。狡猾と言うべきでしょうか? それとも、私の見立てがとんでもなく間違っていたのでしょうか? 底抜けに愚かなのですか? それとも私をおびき出せて嬉しいと思っているのですか? いいですか? 私と交渉をしようなんて愚かな事を考えるのはおよしなさい。私は、いえ、()()()は姿を見せてはいけないことになっているのです。昔は我々も少しばかり干渉しましたが、そのせいで大変な事になってしまいました。だから()()()は俗世に干渉することを互いに禁止にしたのですよ。ですが、こうして例外が起きたときは仕方なく、俗世に干渉するのです。これだけ情報を私から引き出せたら十分ではありませんか?」

「…………干渉することを禁止にしている割には、急に勇者が現れたり、逆に魔王が人間を支配したり、神と魔神が干渉しているとしか思えない事象が起きているのだが?」


 心臓自体に感覚がないらしいが、冷たい事と、そして更に圧迫感があることはなんとなくわかる。


 まるで、撫でられているような感じだ。

 いつ握りつぶそうか考えているかのように感じる。


「ええ。あの2方には困ったものですよ。まったくいい加減にしてほしいですね。原初以来仲が悪くて困っているのです。仲が悪いのは別に私としてはどうでもいいですけど、結果として私がこんなに毎日毎日過重労働を強いられているのです。役割分担としては仕方がないにしても、私は粛々と死の法を守っているだけなのに、こんな規格外が現れると、本当に困るのです。殺してしまえば私の管轄になるので簡単なのですが、殺すにしても色々手続きがあるのです。あなた方を殺すことなど私にとっては至極簡単なのですが、他のお二方が首を縦に振らないでしょう。まぁ、首などという概念はあのお二方にはありませんが、ね。だから余計に困るのです。私があのお二方にペコペコと頭を下げてあなた方を始末していいかなど伺うなど、三神の一角であるこの私が? なぜそんなことをしなければならないのですか? そんなことはしたくないのです。ですから、私にその所有権が移される時、死の法を犯したときに私の管轄になるので、そのときにどうにかしてやろうという考えですがね。だからこうして私はただ話をしているだけなのです。しかしね、天地がひっくり返ってから、つまりは死者が生き返ってからでは遅いのですよ。事前に防がなければならないのです。それに、直接的な干渉はしない協定ですから、ひっくり返った天地を()()()()で処理するのは原則できないのです。簡単に我々が決めた協定をひっくり返していたら、法を守る側である私たちの立場がないでしょう? 我々は不完全な存在ではないのです。それ単体で完成している存在なのです。完璧なのです。我々が暴走し始めたらこの世の終わりです。互いが互いを牽制し合っているから成り立っているのです。まぁ、牽制しているのは主に私で、神と魔神の方は私から見ればやりたい放題ですけどね。これでも牽制されている方ですよ。しかし、互いの領分がありますからね。やはり押し切らず、引き切らずという状態でなければならないのです。まぁ、魔族と人間の戦争が始まっても、私にとってはとるに足らない程度ですが、それでも怠け者の私としては仕事を増やされると面倒なのですよ。だからやめていただきたいのです。それはそうと、考えたことはありますか? 生物が呼吸を1度する度に吸い込まれた微生物が大量に体内で殺されているのです。それを全て私がさばいているのですよ? 生物がいる限り、私の仕事は終わることがないのです。私としては増えすぎた生物を間引いていただければそれだけ仕事が減りますので結構ですが、微生物と違って人間や魔族などは核の質が違いますからこれがまた手間で手間で仕方ないのです」


 やたらに情報量が多いが、どうやら死神の話によると神と魔神は不仲であるらしい。


 神という超常的な存在の、概念上の話で仲が悪いとかなんとか言われても釈然としない。


 私の身に着けている魔道具が死神に通用するのかどうかはわからないが、嘘を言っているようには聞こえない。


 ――私を殺すことを神らが許さない? 何故だ……?


 それに、とにかく俗世に干渉するのは禁忌であるようだが、ならばなぜあの呪われた町は滅ぼされたのか。


 死神の言っていることは要領を得ないが、未来でサティアが生きていたことを考えると、サティアが殺されることもないのかもしれない。

 サティアは死神によって殺されない。


 ――万に1つも天地がひっくり返ったら、それはそのままということか


 理屈が良く分からないが、三神の常識を私の尺度で考えても仕方がないだろう。


 だが、三神のうちの死神が神と魔神を牽制しているという情報はかなり有力だ。


 牽制していると分かった時点で死神を取り込むことが最大の攻略方法であると考えを巡らせる。


 しかし、それなりに法に厳格な様子だ。

 簡単に小賢しい話術などで取り込まれるほど安くはないはずだ。


 だが、いくつも矛盾点がある。


 そこをまずはついていくことにしよう。


「干渉してこない決まりでありながら、何故1つの町を滅ぼしたのだ」

「あぁ、あれですか。あれは()()がおきましてね。そこの人間の女のように、まさに神をも恐れぬ大それた行為が行われていたのです。あそこは死者の蘇生の大規模実験施設がありました。研究は完成目前まで行っていましたよ。ですから、私は警告したのです。ちょうどこんな様子でわざわざ私が警告したのです。こんなに熱心に弁を振るって警告しているのにも関わらず、私の警告を無視しました。いえ、無視するのなら無視するで結構です。死の法を犯したときに処罰するだけですから。ですが――――」


 ギュッ……


 と、私の心臓が圧迫される。


 冷たい。

 まるで凍り付いてしまいそうだ。


()()()()()()()()()()()()()()()()

「捕縛……だと……?」


 私の後ろにいる死神の姿はどんな姿なのか分からない。


 だが、捕縛しようという考えに至るのであれば何か形があるもののはずだ。

 あるいは、神をも捕縛する禁じ手の魔法があったのか、そのどちらかだ。


 できれば後者であってほしいと考える。


 仮にそれらしい形があったとしても、それを拘束する程度で神を抑えつけられるとは思えない。

 魔法で捕縛ができるのなら、仮にもそれができるのならまだ希望がある。


「まさに、神をも恐れぬ恐ろしい所業です。死の法をつかさどる絶対的なこの私を捕まえようとしたのです。まさに、常軌を逸した禁に触れる行為です。流石にその行為に対して、神、魔神、私の全員の逆鱗に触れて満場一致で滅ぼされたのですよ。そして研究施設を封鎖したのです。つまり、入っただけで呪われるという町の出来上がりというわけです。それを恐れもせずにそこの人間の女は入っていきましたが、そもそもその人間の女には――――」

「この花を解呪させないのは何故だ。死神に何か関係あるのか?」


 少しでも多く情報を聞き出さなければと、私は死神の話(というよりは既に独語だ)の間に無理やり言葉をねじ込む。


「私の話を遮らないでいただきたいですね。こんなに恐怖を感じていながら、貴方はやはり少しでも私から情報を聞き出そうとしていますね。たくましいことです。まぁ、私はあまり規律にうるさくない方ですので気が向いたので答えて差し上げましょう。とはいえ、答えは教えて差し上げませんよ。ヒントだけです。私は意地悪ですからね。と言っても殆ど答えのようなものですが。何故私がその花に干渉するかはセンジュに聞きなさい」

「センジュに……?」


 センジュは心当たりがあると言っていた。


 それが死神と何か関係があるのか?


 私が施行している1秒にも満たない中、死神は再び話し始めた。


「まぁまぁ、色々ありますが、私が言いたいのはここの異形の件は諦めなさいということです。禁をおかせばあの半ば狂っている半分龍族の男を徹底的に苦しめますよ。そうはされたくないでしょう? 私だって別に相手を苦しめて楽しむ趣味はないのです。別に苦しめても面白くも無ければ、楽しくもないですし、ただ手間を取られるだけで逆に仕事が増えて困るのです。神というものに趣味などというものは不要です。私はあのお二方とは違うのですよ。私は粛々と役割をこなしているだけなのです。ということで――――」


 死神はそこで一呼吸分の間を置いた。


 神が呼吸などという生物的な構造をしているとは考えにくいので、一呼吸分というのは物の例えだ。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 心臓が解放された感覚があった。


 ――まずい、死神が消える……!


 私は恐怖心や威圧感を無理やり振りほどいて、後ろを振り向いた。

 これを逃したら死神を取り逃してしまうかもしれない。


「…………」


 振り向いたが、そこには何もいなかった。


 ――しまった、遅かったか……


「ほら、言ったでしょう? 振り向いても何もいないって」


 それを最後に、死神の声は完全に消えた。


 確かに何も見えなかった。


 だが、確かに声は聞こえていた。

 会話もできていた。


 会話が成立していたかどうかは疑問が残るが、確かに幻聴などではない声がはっきりと聞こえていた。


「聞こえていたか?」


 蓮花にそう尋ねると、蓮花は渋い表情をした。

 いつも渋い表情をしているが、更に渋い表情をしている。


 まずは状況確認だ。


 それに、蓮花には聞きたいことが山のようにある。


「……あまり、気乗りしませんが……場所を変えませんか? 他の人に聞かれるとまずいと思いますので」


 その返答に死神の声が聞こえていたようで私はひとまず安堵する。


 私だけに聞こえていたのなら、誰にも言うことはできなかっただろう。


 それに、どう対処したらいいか分からない。

 少なくとも「ベラベラ喋るな」と釘を刺されたばかりだ。


 この場にいて聞いていた蓮花以外の者には言えないだろう。


 センジュや、それに蘭柳も事情は知っている様だったが、話さない方が賢明であろう。


 今ですら、どう対処したらいいか分からない状態であるのに。


「どこで聞かれるかわかりませんから、サティアさんのところで話しましょう」


 そう言って、蓮花は地下牢の更に奥に向かっていった。


 私も、そうする他ないと考え、仕方なく蓮花の後をついてサティアのいる地下牢奥へと向かった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ