完璧にコピーしてください。▼
【メギド 魔王城地下牢】
私の提案に、蓮花は初めて人間らしい表情を見た気がした。
死んだような目を見開いて、唖然とした表情をしている。
だが、それも一瞬ですぐに死んだような目に戻った。
目に光がない。
いや、元々目の水晶体に光が反射しているだけなのだが、蓮花の目は髪に隠れているせいもあって全く光を反射していない。
「いやいやいや……無理ですよ」
当然のように否定的な反応が返ってくる。
「やってみなければ分からないだろう」
「100%無理です完全無欠に無理です絶対に無理ですありえないですイモムシの跳躍力だけで地上から宇宙にジャンプするくらい無理です」
蓮花は徹底的に私を否定してきた。今までにないくらい早口でまくしたてるように。
あまつさえ、意味の分からない例え話まで織り交ぜてきて完璧に私を否定した。
こんなに否定されたのは生まれてから今に至るまで初めてだ。
だが、それを聞いて、相手も一筋縄ではいかないことを改めて確認する。
この私が無理だって?
あり得ない。
この私にできないことなどこの世に存在するわけがないのだ。
「いいだろう。そこまで言うのなら、試してみようじゃないか」
「試すまでもなく、無理です」
首を左右に振ると、蓮花の髪はバラバラとまとまりなく揺れる。
「お前が想像していることとは少し違うな」
「……と、申されますと?」
「私がお前の回復魔法を完全にコピーする」
まさか、そんなことが……というような懐疑的な目を一瞬蓮花は私に向けたが、私の魔法の腕前を知らない訳でもない。
もしかしたら可能なのではないかと考えたはずだ。
「…………」
その証拠に、蓮花はそこについては否定してこなかった。
「お前はなんらかの外的圧力で不可能であろうが、私にはそんな圧力はかかっていない。そして、そんな大それた圧力をかけてくる者が仮にいるのだとしたら、私はそいつに用がある」
私がそう言い切ると、蓮花は考えるようにトントンと自分の頭を指先で軽く叩く。
悩むそぶりを見せるが、納得したように返事をした。
「なるほど。そうきましたか。しかし、いくら貴方とはいえ、そう簡単にコピーできるほど簡単な魔法ではありませんよ」
「お前にご執心なカノンの回復魔法を何度か見ているし、基本的な構造は分かっているつもりだ」
カノンの名前を出すと、蓮花は露骨に嫌そうな顔をした。
カノンは蓮花にかなり熱を上げているようだが、この反応を見る限り蓮花がカノンに振り向くことはないだろう。
逆に、カノンは蓮花のストーカーになりかねない。
というよりも、あれだけ徹底的に調べているのはほぼストーカーと言っても過言ではないだろう。
「あの程度の回復魔法士と同列にされては困りますね」
一応、回復魔法士としてのプライドがあるのか、蓮花はカノンを否定する。
「確かにお前には及ばない。だが、カノンも才能はある」
「そうですか」
「何より、私は3歳で空間転移魔法を会得した天性の天才だぞ。侮るなよ」
「……はははははっ」
失笑したように、蓮花は笑った。
どちらかというと苦笑いという感じだったが、笑っている顔を見るとこんなに違和感のある笑顔は他にないと感じる。
笑っているのに目は死んでいた。
感情を伴わない笑顔の歪さに、不気味さを感じる。
「後悔しますよ。敵に回す相手は考えた方が良いです」
「お前に心配されずとも覚悟の上だ。どの世界線でもゴルゴタは死ぬ。言うなればゴルゴタを人質に取られているのだからな。私だけが蚊帳の外では納得がいかない」
ゴルゴタのことについて私が言うと、蓮花は暫く私の顔を見つめていた。
本当にそう言っているかどうか確認したかったのだろう。
「…………ゴルゴタ様のことを真剣にお考えのようで良かったです」
どうやら私の言葉を信じたらしく、協力的な姿勢を見せた。
そうなればこちらのものだ。
「時間が惜しい。すぐにでもお前の魔法を見せろ。完璧に覚えてやろうではないか」
私がそう言った瞬間のことだった。
まるで、時間が止まったかのように感じた。
勇者らは完全に動かなくなっているし、他の者の気配は完全に止まっている。
呼吸もしていない。
心臓も動いていない。
ただ、死んでいるわけではなく、完全に停止しているという表現が適切だ。
私と蓮花だけは動いている。
蓮花は死んだような目で私の背後を見つめている。
見つめているという言い方は柔らかい言い方だ。
凝視していると言った方が適切に思う。
物凄く嫌な感じがする。
そして、私の背後から形容しがたい何者かの声が聞こえてきた。
「困りますよ。これ以上仕事を増やされては困るのです。今、とても多忙なのです。そんなに私に会いたかったのですか? 私に会うためなら自滅も覚悟の上ということですか? それはそれは立派ですね。流石70年魔王をやっていただけのことはあります。たった70年ですがね。しかし、これ以上この世の理に首を突っ込むのはやめておきなさい。貴方の命など、瞬きする程度の手間で奪えるのですから。そんな簡単にこの世から退場したくはないでしょう?」
やけに多弁なその者は、確かに私の背後にいる。
目の前にいる蓮花は私の後ろから、私の方に目をやった。
「振り向くな」と訴えているようにすら見える。
振り向きたいが、振り向かせない圧倒的な威圧感があり、この私が委縮させられているという現実を直視せざるを得ない。
「本来であればこんなことはしてはいけないのですがね。このようなことというのは俗世への干渉です。まぁ私としてはそれほどルールに厳格な方でもないのですが、いくら何でもたった1つの法も守れないようでは私の存在意義自体が揺るぎかねないと言いますか。困るのですよ。私を怒らせないでいただきたいですね。怒るというのは適切な言い方ではありませんね。私は感情などありませんから。しかし、あえてそう言った言い方をするのであれば、貴方も滅ぼされた町の者のように私の逆鱗に触れるのですか? 貴方も異形の姿に変えられたいのですか? 例外もありますが、そう簡単に例外をいくつも作る訳にはいかないのですよ。大丈夫です。“死”は誰にでも平等なのです。死の法を犯さない限りは……ねぇ?」
間違いない。
私の後ろにいるのは三神伝説、神が1人。
死神だ。