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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼
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イベリスの回想を聞きますか?▼(2)




【イベリス 回想】


 私たちは魔王を打倒した「勇者パーティ」としてセカンドネームが与えられた。


 どうやら、勇者というものとして登録するとき、今の名前を捨てなければならないらしい。


 馬鹿馬鹿しい制度だと思ったが、自分の好きな名前に変更できるようだった。

 親から与えられた名前ではなく、自分で好きな名前を登録できる。


 だが、私たちに与えられた名前は到底名前とは言えないような記号だった。


 ×××は「ああああ」私は「あああい」■■■は「あああう」●●●は「あああえ」。


 本当に馬鹿馬鹿しいものだ。

 到底名前とは思えないものに……――――ただの実験体に成り下がったのだ。


 時折、目を覚ますことはあったが、殆どの間、私たちは何か解らない液体の中で身体の保存を最優先され、保存されていた。


 ときどき私たちの身体の組織を採取して、非人道的な実験をしていたことくらいは分かる。


 私は朦朧もうろうとする意識の中でも、必死にここから出る方法を考えた。


 1度、私たちは勇者連合会の実験中に意識を覚醒し、逃げようと抵抗したことがあった。

 結果として、それは失敗した。


 それがきっかけで、私たちの拘束はより強固なものになった。


 そして、何年、何十年経ったかは分からなかったが、記憶をいじる技術ができたようで、私たちには記憶操作の魔法がかけられた。


 過去の一切を忘れるように。


 そうして私たちは記憶を失うことになった。


 私はまだいい方だ。


 私の人生は孤独なものだった。

 家族も魔族に殺されたからいなかった。


 だが、■■■や×××、●●●は家族もいた。

 楽しい子供時代の記憶もあったはずだ。


 だから尚更悔やまれる。


 彼らの今後の未来について。

 もう取り返しのつかないこの状況に。


 どうやらそこから70年もの時が経った頃、私たちは勇者連合会の者たちによって解放された。


 まさに、魔王が人間を再度、蹂躙じゅうりんし始めたというのだ。


 記憶がないというのはどうにも不便をしていたが、だが、基本的な事は全て覚えていることに違和感はあった。


 何故、私は魔法の記憶を残し、魔法を使えるのか。

 何故、私は■■■、×××、●●●のことを断片的に知っていたのか。

 何故、私たちは誰に指示されるでもなく、当然のように魔王討伐に向かったのか。


 疑問はあったが、思い出そうと考えても思い出すことはできなかった。


 ただ、暴れているという魔王がいるこの城へとやってきた。


 そして、魔王と魔王の連れている人間の女に騙され、無様にもこのような地下牢に繋がれ、酷い目に遭わされている。


 身体の感覚がない。

 この武骨な石の床を冷たいとすら感じられない身体にされた。


 こんな状況で言えることではないが、不幸中の幸いと言うべきか、こんな形であれ私は正しい事を思い出して良かったと思っている。


 しかし、それは私だけだろう。


 ■■■、×××、●●●は思い出したくもなかったはずだ。


 現に、■■■――――ウツギは半ば発狂してしまっている。


 私も今、やっと正気を保っているだけの状態だ。


 こんなことになって遺憾いかんに思うが、私は孤独に慣れている。

 だが、他の者はそうじゃない。


 特にアザレアは……――――。




 ***




【メギド 現在】


「アザレアは……何だと言うのだ」


 私がぐったりしているアザレアの腕を引き上げているところ、イベリスは口ごもる。


「…………魔王メギド、貴方に良心が少しでもあるなら……アザレアたちが目を覚ます前に、私たち全員を殺してくれはしないだろうか」


 消え入りそうなかすれた縋る声に、私は表情を歪める。


 私の目的は母上を殺したときの不思議な力の出どころを知ることだ。


 それはイベリスでは分からない様子。

 ならば、この母上を直接手にかけたアザレアから情報を聞かなければならない。


 例えこの者たちの精神が狂気に呑まれ、地獄の苦しみを受けることになっても私が超常的な存在に勝つには情報が必要だ。


 かくなる上は蓮花を使ってでも。


「なら、蓮花に記憶を再度調整させてもいい」


 あの食えない女が協力するかどうかは分からないが。


「私は情報が聞きたいからお前たちを生かしておいているだけに過ぎない。母上をお前たちに殺された私が、お前たちに慈悲を与えると思うか?」

「……それもそうだな……元より、覚悟を決めて記憶を戻してもらった……悔いはない……はずだったのだがな……」


 絶望するイベリスは、涙を流しながら苦しそうに嗚咽をし始める。


 泣き始められても私には憐憫れんびんを感じることはなかった。

 やはり、母上を殺された憎しみが私の中にあるからだろう。


 すると、地下牢に誰かが入ってきたのを感知した。


 人数は1人だ。


 ゴルゴタが戻ってきたのだとしたらやっかいだ。


 だが、蓮花1人なら都合がいい。


 なんとか丸め込まなければならない。

 とはいえ、蓮花を丸め込むのは容易ではないだろうが。


 私が考えを巡らせながら気を張っていると、その足音や匂いからそれが蓮花だと分かると一先ずは安堵する。


「………………」


 この私に対して全く興味なさそうに、蓮花は勇者らの方を見て、意識が戻ったイベリスを確認する。


 すぐにそちらに注意を向けた。


「記憶は戻りましたか?」


 やる気のなさそうに蓮花はイベリスに声をかける。


「……あぁ……だから頼む……アザレアが目を覚ます前に、私たちを殺してくれ……」


 私に懇願したことと同じことを蓮花に要求する。


「私の一存では致しかねますね」


 事務的な話でイベリスの懇願をさらりと受け流す。


 イベリスは絶望的な感情で埋め尽くされただろう。


 それから、ぶつぶつと「殺してやる」とつぶやき続けるウツギの方に目をやり「これは重症ですね」と独り言を言う。


「肩の花、今も痛いですか?」


 不意に私の方を見もしないで、まるでついでの事のように蓮花は言った。


 腹が立つ。

 どうにもする気はないくせに。


「あぁ。だが、解呪する気はないのだろう。私が苦しんでいる姿を見て面白いか?」

「別に面白くはありませんよ」


 これで少しでも面白いと思っている方がまだ許せるが、蓮花は本当に興味がない様子で私の問いを一蹴いっしゅうする。


 仮に面白がっているのなら、どうしようもない快楽殺人者、猟奇殺人者で説明もつくのに、つくづく食えない女だと感じる。


「なら、何故聞いた?」

「解呪はできませんが、局所的に痛覚を遮断するくらいの処置はできますよ」

「…………」


 何のために私にそのような言葉をかけるのか分からない。


 だが、別の意図を感じ取ることもなかった。

 ただ単に私の身を気遣ってそう言っているように見える。


 ――いや、この女の本性を忘れるな。絶対に信用するべきではない


 睨みを聞かせて蓮花を見ていると、その沈黙の間で蓮花は悟ったのか言葉を続けた。


「妙に勘ぐられているようですが、私は貴方の不調をゴルゴタ様に知られたくないだけです。冷や汗が出てますよ。その『時繰りのタクト』で見てきた未来を知られると彼女の件で障りがありますから」

「ふん……それは分かりやすい回答で助かる」


 私が見てきた未来をゴルゴタに知られたら、サティアの件で障りがあるのは事実だろう。


 センジュの為にも私の不調はゴルゴタに露見させたくない気持ちも理解できる。

 そういう動機で言っているのならそれは事実であろう。


「そんなことを言って、不意打ちで私をこの者たちと同様に全身不随にしてサティアの場所に行くつもりなのではないだろうな?」


 それでもなお疑う私に対して、蓮花は相変わらず顔をこちらに向けもせずに話を続ける。


 蓮花はウツギの状態を魔法を展開して探っている様だった。


「疑り深いのは結構ですが、貴方にそんな悪意を向けた時点で貴方は私が行動に出る前に気づくでしょう。そんな小賢しい真似が通じる程、貴方の事をあなどってはいませんよ」


 一連の私に対する散々な非礼な態度にしては、口で言っていることも嘘ではないと分かる。


 これだけ舐めた態度をとっているにも関わらず、私に対してかなり正当な評価をしているらしい。


「…………本心はなんなのだ? ゴルゴタを何故裏切るような真似をする?」


 核心に迫った質問をすると蓮花は少し沈黙したあと、やっとこちらを向いた。


「あー……そうですね……うーん……その質問の返答にはとても困ります……」


 また、私から視線を外して檻の隅の方を見ている。


 わざわざ私の方を向いて、わざわざ視線を一定の方向に向ける。


 明らかに露骨な反応だ。


 やはり、私に「気づけ」と言っているように見える。

 何か事情があって言えないと気づけと言われているようだ。


 そして視線を私に戻し、近づいてきた。


「それより、ゴルゴタ様に見つかる前に、肩、出してください。話し込んでいる場合でもないでしょう」

「話を逸らすのは上手いな」

「処世術は一通り心得てますから」


 私はしゃくだったが自分の肩を出し、蓮花に死の花を見せる。


 根がかなり肉に食い込み、激しく痛んでいた。


 その痛みに耐えながら、私は弱さを見せないようにしているのは大変だ。

 だが、生理的な反応である冷や汗まではいくら私と言えど止めることはできない。


「分かっているとは思いますが、念のために言っておきます。痛みは一時的に治まりますが、根治治療ではありません。放っておけば悪くなるでしょう。私がこれから麻痺させる部分以上にその花が広がれば、また痛みが出てきますよ」

「…………だろうな」


 蓮花は魔法を展開し、手際よく私の肩の表皮の部分を麻痺させて痛みを収めた。


 まるで何もないかのような感覚になる。

 というよりも、その部位の感覚そのものがなくなった。


 だが、腕は問題なく動く。

 感じていた激痛がなくなり、私は深く息を吐きだした。


 そして、ある1つの()()を思いついた。


「……こういうのはどうだ?」

「なんですか?」


 できればこの手は使いたくない。


「お前を私が助ける……というのは」


 私のその言葉に、蓮花は何かの聞き間違いではないかというような表情をして私を見ていた。




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