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【メギド 魔王城地下牢】
ゴルゴタは相変わらず勇者らの前に座ってジッと睨みつけていた。
指を噛み千切りながら、床面に何やらその血で描いているようだった。
絵のような、記号のもののようなものを描いているように見える。
「ゴルゴタ」
私が呼びかけると、ゴルゴタは目だけ動かし私の方を一瞬見た。
すぐに視線を移し、一緒にいた蓮花の方を見て「よぉ」と軽く声をかける。
蓮花は軽く会釈し、ゴルゴタの描いている血の何かを見た。
それは、人間の拷問の方法の絵だった。
人間の身体の部位をどのようにして痛めつけるか、床にびっしりと狂気的な絵が血で描かれていた。
「ジジイはどうした……?」
「センジュはまだ考える時間が必要だと言っていた。ここへ来ては冷静さを欠くとの判断で自室で考え事をしている」
「ふぅん……あっそ」
ゴルゴタは大して興味もない様子で勇者の方を鋭い眼光で睨みつける。
「意識は戻りましたか?」
「いーやぁ。軽く痛めつけてみたけどよぉ……目ぇ覚まさねぇなぁ……キヒヒヒヒヒ……」
ガリッ……ガリッ……
自分の血で服の右袖は真っ赤に濡れてしまっていた。
いつも通りのゴルゴタだ。
豹変してはいない。
あの時の狂気に沈んだゴルゴタではないことを確認し、私は安堵した。
あの時、私は空間転移の負荷のハンデはあれど、いとも簡単にゴルゴタに殺された。
いや、実際は殺されたわけではないが、あれは間違いなく致命傷だった。
殺されたと表現しても間違いはないだろう。
傷めつけたという勇者らの方を見ると、頭部から出血している様子が見えた。
ただ、打撲痕ではなく、創痕だ。
流石に殴打しては二度と起きなくなる可能性がある事をゴルゴタも分かっている様だった。
「なぁ、早く目ぇ覚まさせろよ。痛覚も戻して……んで、俺様が考えた拷問方法を片端から試してやりてぇんだ……ヒャハハハハハッ」
「……恐らく、70年分の記憶の処理を脳内で今している最中です。自然に目覚めるのを待つのがよろしいかと。記憶の混濁があっては本末転倒ですし」
「情報を得る為かぁ? ンなことは俺様にとってはどうでもいい事だぜぇ……でも、ま、こいつらが泣き叫んで“ゴルゴタ様、殺してください”って懇願してくるのが見てぇんだよ……もう何十年も待ってんだ。数時間くらい俺様だって待てるってもんよ……キヒヒヒヒヒ……」
ガリッ……ガリッ……
とても耐えられているようには見えない。
こんなにこの場所を血まみれにして、それでもずっと目を覚ますのを今か今かと見ているゴルゴタは、いつ痺れを切らして飛び掛かって何人か殺してしまってもおかしくはない。
「ゴルゴタ様、少々よろしいでしょうか」
「あぁ? なんだよ」
蓮花が話しかけると、ゴルゴタはあまり機嫌が良くなさそうに返事をした。
その態度に臆さず、蓮花はゴルゴタに耳打ちする。
「例の件で、ゴルゴタ様と2人きりでお話がしたいのですが」
露骨に私に対して「邪魔だ」と言う蓮花の態度に私は苛立つ。
私とて好きでこんな泥臭いことをしているわけではないのだ。
「例の件? ……あぁ、アレね。いいぜぇ……俺様もこんなところにずーっといるのは飽きちまうからなぁ……飯でも食って痛めつける体力の準備でもするかぁ……」
重い腰を上げてゴルゴタは立ち上がった。
蓮花に向かって「行くぞ」と言って地下牢を出ようとする。
私など最早眼中にすらないのか、私にどうしろという指示は出てこない。
「あ? ダチュラはどうしたんだよ」
ここで正直に「書庫で寝ている」などと言ったらダチュラの首は飛ぶだろう。
文字通り、空中をダチュラの首が舞う映像を想像するのは容易い。
「殺気立っているお前に会いたくないのか、私を監視しながらも姿を隠している」
「…………まぁ、そういうことにしておいてやるよ」
恐らくゴルゴタはこのあからさまな嘘を見抜いている。
その上でダチュラについては言及してこなかったし、特別怒りを感じている様子もない。
ただ蓮花を連れて、地下牢を出て行く。
ゴルゴタの指から滴っている血が転々と出口まで続いていた。
ここで私は誰の監視も外れた状態になった。
ゴルゴタは勇者が目覚めるまでこの地下牢には戻ってこないだろう。
この場所はゴルゴタが閉じ込められていた場所だ。
ここに率先して入りたいとは思っていないだろう。
――さて、サティアの今の状態を確認しておくか……
ここには誰も来ないということを考え、地下牢の奥へと私は進んだ。
見てきた未来では地下牢の最奥の更に奥に部屋があった。
そこにサティアがいる。
私の姉が。
ゴルゴタの姉が。
異形の姿をしてそこに閉じ込められている。
いつの日か、殺してくれる人が現れることを願いながら、待っている。
奥の壁にある注意を払わなければ見えない魔法式を解いて、私はその中に入って行った。
入った瞬間に空気の違いを感じる。
これをなんと表現したらいいかは分からないが、明らかに空気が違う。
そして音のような、声のようなものがする方向へと私は歩いた。
その最奥の牢の中に、サティアはいた。
いやサティアだったものだ。
センジュの説明の通りの異形の者の姿がそこにはあった。
私に気づいた異形のものは私の方へと近づいてきて、手のようなものを伸ばしてくる。
「ぎ……が……あぁ……」
「…………」
それは、未来で見た私の生き写しといっても過言ではないサティアの面影は一切なかった。
それを、あの美しさを元通りにしたのなら蓮花の腕前は確かに回復魔法士として、解呪師として信頼できるものであるだろう。
私はただ、目の前にある肉の塊が到底もとに戻るとは考え難い。
だが、蓮花は死の法を見事超越した。
――いや、待て……
そこで、未来ではサティアは元の姿に戻って生きていたことを思い出す。
センジュは蓮花にサティアの安らかな死を望んだはずだ。
だが、蓮花は「死」ではなく「生」をサティアに与えた。
それが死神の逆鱗に触れたのではないだろうか。
本来であれば生き返ってはならない者の復活。
死の法を根底的にひっくり返す暴挙。
それをあの女は犯した。
そもそも「消される」とはいったいどういうことだ。
死神はその場で蓮花を無残に殺してしまうか、あるいは異形のものへと変えてしまっても良かったはずだ。
だが、未来では蓮花は城にいなかった。
何の面影もなく消されていた。
――消された……この世から? いや、ニュアンスとして……殺されるとは少し違う印象を受ける。蓮花は殺されるのなら「殺される」という表現を使うような性格だ。だとしたら「消される」とはいったいどういう意味なのだ……? 記憶からも消されるという意味であるなら、私に蓮花の記憶が残っているのはおかしい
考え事をしながら、サティアの状態を確認する。
とは言ってもどんなに観察しようとも私にはサティアの現在の状態の解決方法は分からない。
――さて、サティアの現状も把握できたが……
確かにこれは酷い有様だ。
試しに私が塵も残らない程の炎で焼き尽くしてみようか?
いや、センジュがその程度のことを思いつかないはずがない。
やはり、どのような手段を用いても、これは変えることのない事実。
死の法を破った者たちへの死神からの罰。
「…………当の死神と取引ができれば手っ取り早いが、絶対の法を司るものに今回だけという特例を設けてもらうのは無理があるだろうな……」
それに、今のところ死神の線で考えてはいるが、本当に死神など、三神などいるのかどうか確信が持てない。
もしかしたら本当にただの偶然でこうなっているのかもしれない。
説明できないことを全て神のせいにして逃げてしまっているだけではないのか。
何か、見落としていることがあるのではないか……。
「ぐぅっ……」
まただ。また肩の花が疼く。
たった3時間戻っただけでこの有様だ。
これではあと2回も3回も『時繰りのタクト』で戻るのは無理がある。
このまま私の身体にいつまでもつけている訳にもいかない。
だが、蓮花が抑止されている以上、解呪は望めない。
――『解呪の水』があれば……
と考えたが、仮に『解呪の水』があったとして、これを解呪できるかどうかは確信が持てない。
ふと、蓮花が他の者の呪いの花を引きちぎっている光景が思い浮かぶ。
あのときは解呪するのが良くて、何故今は駄目なのだろうか。
――そう言えば、あの時蓮花の様子は少し違和感があった……
脈拍が早く、発汗していた。
捉え方を変えれば、何やら動揺しているようにも思える。
「あのときか……あのとき、蓮花は死神の接触を受けたのか……? 私を含めた全員は何も感じ取れなかったが、蓮花だけは死神に接触を受けていた……?」
それが可能なのかどうかは判断しかねる。ただの推測だ。
では、死神が蓮花と会うその前に戻れば私の花は解呪されるのではないか?
ただ、それは失敗したときのリスクが大きすぎる。
しかし、このままずるずると現状を引き延ばし、結果として失敗した場合は更にリスクが大きくなる。
――……分岐点としてはそこを目指せばよいとして……このままいくのならこの花をどうにかしなければ、結局私はゴルゴタに呪われた時と同じだ。全力を出し切ることはできない
再び肩を露出させ花の状態を確認してみる。
なんだか、少しばかり花が大きくなっているようにも感じた。
私を養分とし、成長を続けられたら私も無事では済まないだろう。
あるいは、蓮花がするのが駄目なのであれば、枯らせる方法だけでも聞けば私にも解呪はできるだろうか?
それとも、それをカノンに伝えてカノンに解呪させるか。
――待て、よく考えればこの花の解呪を死神が良しとしない理由はなんだ……?
それもまた死の法に乗っ取った何かなのだろうか。
時間が戻れば当然死者も死んだ事実がなくなる。
だから駄目なのか?
と、私が痛みを堪えて考えを巡らせている間に、勇者らの1人が意識を取り戻したようだった。
「…………――――――――」
何か言っているが、私の聴力を以てしてもあまりにボソボソと言っているので聞き取れなかった。
危険を承知で勇者らの1人――――全身にタトゥーを入れている青年に私は近づき、何を言っているのか聞こうとした。
すると――――
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる」
溢れんばかりの呪いの言葉が延々とその口から紡がれていた。