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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼
145/332

状態異常:眠り。▼




【メギド 魔王城 現在】


「もういい。それ以上は聞きたくない」


 センジュの悲痛な叫びのような、地獄を追体験しているような告白は終わった。

 正確に言うなら、私の拒絶の言葉によって終わらせた。


 その後の空白の時間であったことは想像に難くない。


 私の父である蘭柳と、ゴルゴタの父であるアガルタと何故子を成したのか、何故人間を痛めつけるようになったのかは容易に想像できる。


 そこまで生々しい話は聞きたくはない。


「………………」


 なんと声を掛けたものか、何と返事をしたものか、どのように判断をしたら良いか、私には分からなかった。


 センジュがサティアの件で責任を感じ、魔王城地下牢の奥にかくまっていたことは明白に分かる。


 だからこそ、魔王城を長くあけたくなかったのだろう。

 万に一つもサティアのことは誰にも知られたくなかった。


 だが、死をも超越する蓮花の技術を見込んで蓮花にそれを打ち明けた。


 蓮花がどう考えたのかは分からないが、センジュの願いを聞くことにしたのだろう。


 それで身体に鞭を打ってまで研究や実験を繰り返していた。


 だからセンジュはゴルゴタの側についてでも、この場所に、蓮花の側から離れたくなかったという心情はくみ取れる。


 蓮花に何かあればセンジュのほんの僅かな、一縷いちるの希望がなくなってしまう。


 だから自ら蓮花の護衛として立ち回り、蓮花を守っていたのだ。


 私が蓮花と初対面のとき、蓮花を狙った攻撃をセンジュが庇ったのも頷ける。


「……事情は分かった。センジュの心情をすべては汲み取れないが、全く分からない訳ではない」

「はい……ありがとうございます」


 力なくセンジュは返事をする。


「サティアの件は元に戻せるよう考える。センジュの悲願を無下にはできない」

「…………ですが、現状……解決できるとは思えません。元々無理な願いだったのです。この世の摂理を超越する力を望んでしまった……それが戦争の引き金になってしまうのなら……」

「諦めるな。1度や2度の失敗でくじけていたら、お前はとうに諦められているはずだ。私も真面目に姉のことを考える」

「メギドお坊ちゃま……ありがとうございます」


 震える身体を必死に抑えながら、センジュは私に深々と頭を下げた。


「頭をあげろ。蓮花は、自分がサティアを元通りにすればいなくなると言っていたが、それがどういう意味なのか本人に聞いてみるのが手っ取り早いな」

「それを蓮花様がお話するとは思えませんが……恐らく、()()()されているのでしょうから」

「…………口止めされているというのであれば、それはそれで聞きようがある」


 私は蓮花を起こそうと蓮花の眠っているベッドの横まで移動する。


 地面に横臥おうがしている人間につまづきそうになりながらも、それをまたいで移動しなければならない。


 眠っている蓮花の表情を見ると、まるで死んでいるように静かに眠っていた。


 呼吸の音もさほどなく、わずかに肺の辺りが動いている程度だ。


「しかし……我々がこんなに真剣に話をしているというのに……この女は呑気に寝ているとはな」


 無防備だ。

 明らかに眠っている。


 眠っているフリなどではなく、完全に眠ってしまっている。


 余程疲れが溜まっていたのだろう。


「……もし神が絡んでいるとしたら、センジュ、お前には勝算はあるのか?」

「…………わたくしは、少しいとまをいただき、心当たりを当たります」

「心当たりがあるなら、当たってみればいい。だが、最終的には神に対抗できる手段が見つからなければ、この女の自由は奪う。殺しはしない。だが、世界を滅ぼし始めることができるこの女を自由にはさせておけない」


 ベッドの横で私たちがこれだけ話し込んでいるにも関わらず、蓮花は目を覚まさない。


 センジュが優しく蓮花の肩に手を置き、少し揺らしながら「蓮花様、起きてくださいませ」と声をかけると、重いまぶたを開けて、再度また眠った。


 一時的に眼を覚ましたようだが、完璧にまたすぐに寝た。


 相当疲れているのだろうが、このまま寝かせておくほど私は優しくない。


 バシャン!


 と強めに魔法で生成した水をかけると、まさに寝耳に水という感じで蓮花は飛び起きた。


「な、何事ですか!? 敵襲ですか!?」

「起きたようだな」


 蓮花は辺りをキョロキョロと見渡して、私とセンジュの様子を見て敵襲などないということに気づき、嫌そうな目で私を下からねめあげる。


「起こし方、他にあるんじゃないですか」


 別に不機嫌になるわけでもなく、蓮花は淡々と文句を述べる。


 恐らくタカシならこの場面では「魔王が直々に敵襲で来たのかよ!」などとツッコミを入れるだろうが、蓮花はそういった陽気さがないようだ。


「優しく起こしても起きなかったので、乱暴に起こしたまでのことだ」

「…………で、話は終わったんですか?」

「粗方話は聞いた」

「それで、どうするっていうんですか?」

「お前がサティアの状態を戻したら、お前が消えるということについて聞こうと考えた」


 ガリガリと自分の後頭部の辺りを引っ掻きながら、蓮花はまたもや視線を部屋の隅の方に向けた。


 私も目を配るが当然そこには何もいないし、何も感じない。


「言えませんね」

「言えないならそれでもいい。黙っていればいいだけだ。だが、私はお前の様子からすべてを見抜く」

「……そうですか。では、なんなりと……と、言いたいところですが、私はゴルゴタ様が心配なので地下牢へと行きます」


 ベッドから起き上がると、またもや逃げるように扉の方へ向かう蓮花を私は止める。


「おい、身勝手が過ぎるぞ」

「…………そういえば、ゴルゴタ様から貴方と話さないように言われてたのを思い出しました」

「都合がいい記憶能力だな。ともあれ、私と話さなくてもいい。私の質問を黙ってそこで聞いていろ」

「……………」


 まるで「仕方ないなぁ」と言わんばかりに黙って壁に背をもたれさせ、けだるそうに座った。


 本当に逐一ちくいち頭にくる。


「お前は死神に口止めされている。そうだな?」

「…………」


 蓮花は目をそらして部屋の隅に目をやる。


 よもや、それは意図的にしていることのように思えた。

 必ず死神に関する蓮花は部屋の隅の方に視線をやる。


 それを「察しろ」と言っているように見える。


「私が華麗に推測するに、サティアは死の法を犯して無理やり生かされている存在。それは死の法を犯した者への罰としての意味を持つ。それが元に戻るなど、死の法に抵触した者を縛る者にとってあってはならない事柄。だからお前は消される。そうだな?」

「……」


 蓮花は部屋の隅を見続けている。

 心なしか脈拍が早くなっている様子だ。


 まるで、何かの出方を伺っている様子だった。


「だが、そこで理解できないことが起こる。お前が消されるのは理解できるが、お前の記憶までもが消されるのだ。それも、全員ではない。ゴルゴタとセンジュはお前を忘れている様子だった。私や、蘭柳はお前の記憶があった。つまり、お前が存在そのものがなかったことにされる訳ではないということだ。何故ゴルゴタとセンジュがお前のことを忘れていたのか。それに死神にとってどのような利点がある? ゴルゴタが暴れ出すことによって利点があるか? あるいは神や魔神もこの件に絡んでいるというのか?」

「………………」


 相変わらず、部屋の隅の方を見ている。


 何の反応もない。

 と、思ったら髪の毛を鬱陶しそうに両方かき上げ、私の方を見た。


 私の方をただ死んだような目でじっと見ている。


「ゴルゴタが記憶喪失になり、殺され、人間と魔族の戦争が始まったことにより恩恵を受ける者がいるのか、あるいは別の何かなのか?」

「…………」


 ――なんだ? 急に蓮花から何も読み取れなくなった……


 脈拍も安定し、発汗などもしていない。


 目は私を見つめ、特に動じている様子はない。


 これがセンジュの言う「心を閉じた」ということなのだろうか。


 ありえない。

 いくら心を閉じると言っても、簡単にできるわけがない。


「……何にしろ、お前が引き金になるのだから大人しくしていろ。分かったな」

「………………」


 本当に何の反応もない。


 私が怪訝けげんな表情をしていると、蓮花は部屋の隅の方を指さした。


 その指さした方向を見ても、やはり私には何も見えないし、感じない。

 一度振り向いてから蓮花の方をまた向くと、何事もなかったかのような表情をしていた。


「なんだというのだ」

「いえ、これ以上お話を私に聞かせても無駄だと思いますので、ゴルゴタ様のところへ向かいます」

「お前1人で行かせるわけにはいかない。少し待っていろ。センジュと私が勇者らの処遇に関する話をまとめるまで部屋から出るな」


 まるで「まだ終わっていなかったのか」というような表情をして、蓮花は返事をした。


「…………では、また眠りますので全部話し終わったら起こしてください。いいですか? 全部話が終わってから起こしてくださいね?」


 そう念を押して言うと、蓮花は当然のように再びベッドの方へと向かい、私が水をかけて濡れていない方の乾いた血がべっとりついている方で眠り始めた。


 相当身体が限界なのか、すぐに眠りについていったようだ。


 相変わらず自由奔放なやつだと感じる。


「……いちいち腹を立てていては身が持たない。センジュ、勇者の処遇についてのお前の意見を聞かせてもらおうか」


 蓮花から目を外し、私はセンジュの方へと向き直った。


「わたくしは……やはり冷静に考えることが出来かねます。情報を得てからの方が良いと分かっていても、それでも……クロザリルお嬢様を殺した者たちを目の前にすると、わたくしは憎しみで目を曇らせてしまいます。危険因子は排除しておくべきだと思いますので」

「そうか」

「わたくしが何とか冷静を保とうとしても、ゴルゴタお坊ちゃまにあぁも挑発されては……」

「私は情報さえ聞ければいい。センジュが冷静さを保てないなら私と蓮花だけで地下牢へ行く。ゴルゴタは……」


 暴れ出す未来では、拷問するのも手間になって勇者らをあっさり殺してしまっていた。


 ゴルゴタは拷問してさを晴らしたいと今は主張しているが、なら好きなだけ蓮花に拷問の手伝いをさせた方がゴルゴタが蓮花を見張っている方がまだ安全なのだろうか。


 しかし、ゴルゴタが拷問に夢中になっている間に蓮花がサティアのいる方向へと隙をついて行ってしまう可能性も否定できない。


 かといって私が見るに堪えない拷問を見張っているのは非生産的だ。


 しかし、今は理解不能な蓮花から目を離すべきではない。


「私と蓮花で地下に行く。そして、勇者らから使えそうな情報を聞き出し、その後はどうとでもすればいい。ゴルゴタが拷問にかけたいというのなら、そうすればいい。それで少しでもゴルゴタの気が晴れるなら、私は構わない」

「……畏れ多くも……メギドお坊ちゃまは、憎いと思っていらっしゃらないのですか?」


 憎んでいるかどうか尋ねられ、私はその点について思慮してみる。

 だが、センジュが抱いているようなはっきりとした憎しみはなかった。


「どうだろうな。とうの昔に死んでいると思っていた母上を手にかけた勇者が生きていたと分かって、複雑な気持ちではあるが……だが、恐らく勇者自体が原因ではないという考えがある以上、弾劾するべきは他であるような気がしてな……」

「三神伝説でございますか……メギドお坊ちゃまは誠にご聡明であらせられます。目先の憎しみに目を曇らせるわたくしなどとは違い、大局を冷静に見つめておられる。わたくしもメギドお坊ちゃまのお力になれますよう、尽力いたします」

「センジュは心当たりがあると言っていたな。まずそれを当たれ。それと……ゴルゴタには私が見てきた未来を伏せておけ。余計な行動をとられると面倒だ」

「では、蓮花様にも口止めをしなければなりませんが……蓮花様がそれに従うとは思えません。ここ数日、様子もなにやら尋常ではない様子ですし……」


 センジュも蓮花の行動の異常性については分かっている様子だった。


 常に異常だが、ここ最近は群を抜いて異常に見える。

 仮に死神に脅されているとしたら異常になってもおかしくはないだろうが。


「ゴルゴタにサティアのことや、自分のことを忘却しているゴルゴタのことなど到底言わないと思うがな。少しでも言えば蓮花への監視が強くなり、事更に身動きがとりづらくなるだろう。蓮花はゴルゴタに事実は言わない」


 嘘はつかないが、事実は言わない。

 そういうタイプが一番扱いにくい。


 ゴルゴタの前で色々問い詰めれば正直に言うかもしれないが、本人が「消される」と言っている以上、言わせるわけにはいかない。


 貴重な情報源がいなくなるのは困る。


 それに……


「くっ……」


 肩の花の痛みで私は再度膝をついた。


 やはり、これだけ小規模の花でこれほどの痛みを伴うとは、私も計算外だった。


「メギドお坊ちゃま、大丈夫でございますか?」

「思ったより、副作用が酷い……蓮花の解呪を期待していたが、どうやらそれも叶わない今、あまり無理はできないな……センジュは私に構わず心当たりを当たれ。ゴルゴタには私が上手い事言っておいてやる」

「かしこまりました……くれぐれもご無理はなさらず。すぐに戻ります」


 そう言ってセンジュは蓮花の部屋から、いや、魔王城から出て行った。


 私はしばらく痛みでうずくまっていたが、慣れて来たのか、あるいは痛みに波があるのか分からないがある程度痛みが治まってきた頃、私は蓮花を乱暴に起こした。


 とはいえ再び水をかけたわけではなく、肩の辺りを乱暴に掴み上げベッドから引きずりおろすようにして起こした。


 その際に思い切り身体を床に打ち付け、蓮花は「痛い……」と言って身体を起こした。


「起きろ」

「………………」


 目はあけているし、立ち上がろうと動いているが返事がない。


 文句を言いたくとも堪えて私と話すなという命令を忠実に執行しているらしい。


 それが気に入らない。

 ゴルゴタに服従するくせに私には全く経緯を表する態度がなってない。


「起きたのか? 起きてないのか? 返事くらいしたらどうだ。まだ起きていないようなら今度は燃やしてやろうか? ん?」

「起きましたよ。見ればわかるでしょう。大人げないですよ」

「大人げないのはどちらだろうな。起きたならゴルゴタのところへ行くぞ」


 辺りを見渡してセンジュがいないことを蓮花は確認したが、それについて何も私に言ってこなかった。




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