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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼
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センジュからサティアの話を聞きますか?▼(7)




【魔王城 地下牢最奥 数日前】


 ぎ……ぎぎぎ……ぎ……


 何か「声」のようなものが聞こえてきて、その音の発信源がもうどこから聞こえているのか分かる程の距離になってきた。


 そして、地下牢の隠し扉の先の最奥まできたところで、センジュは蓮花に向き直り、丁寧に指を揃えて牢屋の中を指さした。


 その先へと蓮花が視線を移すと、暗闇の中に()()はあった。


「これは……――――死の法に呪われた片割れ……」


 魔王城地下牢の最奥にいるサティアを見た蓮花は、すぐに()()が何か分かった。


 呪われた町の中にいた異形の者たちとほぼ同じ見た目だ。


 個々はもちろんよく見れば違うが、身体が1度溶けてバラバラになり、それが不釣り合いに再結合した後の肉と骨と血の塊……死者の成れの果ての姿であることは、誰が見ても明白だ。


「この御方は、メギドお坊ちゃま、ゴルゴタお坊ちゃまのお姉様に当たる、サティアお嬢様でございます」

「ほう……メギドさんとゴルゴタ様が兄弟であることすら内密なことであったのに、更にその2人が知らない秘密があるとは、驚きますね」


 さして驚いている様子のない蓮花の冷静な声に反応し、サティアだったものはよろよろと蓮花側に近づいてきた。


 ズルズル……と不格好な肉体を動かし、転がるように近づいてくる。


 それを、蓮花は黙して見つめていた。

 特に恐れや怯え、憐れみも何もその表情や態度から感じない。


「蓮花様……わたくしは、サティア様を元の姿に……死なせてあげてほしいのです」


 言いづらそうにそう言うセンジュの言葉が静寂にこだまする。


「……不死になった者の死……ですか」


 蓮花に近づいてきたサティアだったものは、無意味な音を出しながら蓮花に()を伸ばした。


 彼女は檻の中にいるので動きはかなり制限されているが、その異形の手のような、触手のようなものを必死に伸ばしている。


 蓮花は優しく手を取った。


 どれだけ非道な殺害方法を試しても、サティアは死ぬことはなかった。


 いっそのこと殺してしまおうと何度も想い、何度もそれを実行したが、けしてサティアは死ぬことはなかった。


「わたくしは……もういいのです。わたくしはもう長すぎる程生きました……わたくしの命を支払うことでサティアお嬢様が救われるのなら、そうしたいのです。それでなんとかなりませんか……?」

「残念ですが、死の法に触れた以上、代わりの命を差し出して“はいおしまい”なんて甘いことはお考えにならない方が良いと思います」


 縋るように、あるいはわたむれてほしいようにしてくるサティアを見据えながら蓮花は冷たく言う。


 センジュは握りしめた拳を震わせていた。


「ですが、おっしゃりたいことは分かっています。そんな代償を払わずとも、私はこの異形の姿を元に戻せる可能性がある。だから、忠義を捧げているメギドさんでもなく、私に打ち明けてくれたのでしょう」

「はい……蓮花様、恥を忍んでお願い申し上げます。どうか……サティアお嬢様を楽にさせてくださいませんでしょうか……」


 深々と蓮花に対し、センジュはこうべを垂れた。

 声も震えている。


「わたくしが捧げられるものであるなら、何でも差し上げます……どうか……」


 ――なんでもほしいものを1つ……


 蓮花は別段ほしいものなどなかった。


 ただ人間に滅びてほしいという憎しみだけが蓮花の中にある。

 それ以外、特に願いも欲しい物はなかった。


 蓮花は何も持っていない。


 何もかも、もう手遅れだった。


 ――本当に何でも願いが叶うなら、弟ともう一度会いたい……


 その気持ちと同じか、それ以上にセンジュはサティアのことを想っている感情は分かる。


 そして、蓮花は何よりも()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()と心の底から感じていた。


「…………そうですね、では、紙を大量に用意してほしいです」

「カミでございますか……?」


 紙なのか、髪なのか分からず、センジュは蓮花に聞き返す。

 仮にどちらであったとしても、そんなものを何に使うというのだろうか。


「センジュさんの望み、引き受けましょう。それには解読式を書いて考えを整理する紙が必要です」


 その言葉を聞いて、センジュは心にかかっていた暗雲に一筋の光が射したような気持ちになり、心の底から蓮花に感謝した。


「あ……ありがとうございます!!」

「お安い御用……ではありませんが、全力を尽くします」

「しかし、お礼はきちんとさせてください」

「いいんです。困っている方を助けるのは当たり前のことですから」


 蓮花の自然なその言葉に、強い違和感をセンジュは覚えた。


「…………その中に、人間は入っていないのですか?」

「入っていませんね」


 当たり前かのように冷たく言い放つ蓮花に、センジュはやはり複雑な気持ちになった。


 蓮花はやはり脅威になりえる。


 魔族が害悪だと蓮花の中で決まれば、それはくつがえらない事柄になるだろう。

 そうすれば、今度は魔族を滅ぼすと言い出しかねない。


 そして、あらゆる方法を用いて魔族を滅ぼそうとするだろう。


 今回は人間を滅ぼす方についているからゴルゴタ側に来たが、魔族を滅ぼすとなれば人間側につくかもしれない。


 ただ、人間からしても特級咎人の蓮花の扱いは複雑なものになるだろう。

 だが、蓮花は特級咎人という烙印らくいんがあっても、それに目をつむればかなり使える存在だ。


 だからこそ、とても危うい存在だ。


 人間を、同族をまるでモノのように扱うあの冷徹さをセンジュは思い出す。


 どれだけ目の前で懇願こんがんされようと、暴言を吐きかけられようと、蓮花はただ単に、淡々と仕訳を行っていた。


 まるで機械部品の選別をするかのような扱いだった。


 とても同族を愛艇にしているようには見えない。


 ――何故……回復魔法士として名高く、気高く、仕事を全うされていたはずだ。何がここまで蓮花様を変えたのか……


「こうなった経緯は聞きません。聞かなくても、死者を生き返らせようとするその強い意志の根源は分かります。事故などではなく、殺されたのでしょう?」


 何の事情も説明していないのに、蓮花は簡単に事情を察した。


「はい……おっしゃる通りでございます」

「その点においては分かりますよ……私も弟を殺されてますから。事故とか、病気とか、そういう仕方のないことではないんですよね。明らかに他者の害意があって命を奪われたとなれば、死者蘇生に考えが及ぶのも無理からぬこと……相当の怨嗟を抱いたでしょうね。そして、望む結果にならず、前魔王のクロザリルさんは壊れてしまった……当時蘇生を行ったのは誰なのか……メギドさんたちの生まれる前……80年以上前か……そうすると天使族ではないですか? 天使族は古くから死者の蘇生術にかなり興味を持っていたようですし」


 よもや、たったこれだけの情報量でそこまで分かってしまうとは考えが及ばずに、センジュは困惑した。


「何もかもお見通しという事でございますね……」

「推測ですよ。真実は知りません。ですが、真実はどうでもいいです。結果が残っているだけですから。それだけで」


 サティアの手を離し、蓮花はブツブツ言いながら地下牢を出ようと出口へと向かった。


「あのとき成功したときは夢中すぎて、結局何が正解だったのか……けど、私は元に戻すことができた……少し頭の中の式を整理して考えれば……」


 もう自分の世界に入ってしまっている蓮花に対し、もう見ていないにも関わらずセンジュは深々と頭を下げた。


 これでやっとサティアは楽になる。

 これでやっと長年の責から解放される。


 サティアはもうこれ以上苦しむことはない。


 その喜びに、涙すら出てきた。


「では、すぐに紙の用意をいたしますので」

「はい。私は持ち場に戻ります。あまり長くあけているとゴルゴタ様に不審がられますから」

「……蓮花様」

「はい」

「何故、わたくしのお願いを叶えてくれるお気持ちになられたのですか?」

「…………」


 出口に向かっていた足を蓮花は止めた。そこで少し考えこむ。


「可哀想だから……ですかね?」

「可哀想ですか? サティアお嬢様がですか?」

「いえ、センジュさんがです。この方のことで貴方はずっと責任を感じている様子ですから。いつもセンジュさんの顔には影があります。だから、ですかね」


 意外な返答にセンジュは返す言葉を思いつかなかった。


 サティアやメギド、ゴルゴタのことで頭がいっぱいで、到底自分のことなど考えている余裕などなかった。


 だから、蓮花にそう言われてセンジュはハッとした。


「何故わたくしにそのような施しを……?」

「……なんとなくですよ。言ったじゃないですか、目の前で困っている方は何となく助けたくなるものです。まして、私にしかできない事であれば尚更」


 当然のことのように蓮花はそう言っていた。


 その言葉に一点の曇りもない。


 完全に蓮花を信じたわけではなかったが、それでもセンジュは蓮花に縋る他なかった。


 だからこの件について研究してくれるという蓮花の前向きな返事はかなりセンジュの心に強く響いた。




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