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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼
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センジュからサティアの話を聞きますか?▼(3)




【魔王城 96年前】


 夜中にイドールが目を覚ました際、いつも隣で眠っていたサティアがいない事に気づいた。


 いつも、サティアが起きた際には必ずクロザリルかイドールが起きて対応していた。


 夜泣きはもちろんのこと、お手洗いに行くときですら、必ずどちらかが付き添った。


 それに、その際は必ずサティアからクロザリルかイドールを起こしていたが、しかし今回はそれもなく、不審に思ったイドールが心当たりの場所を探したがやはりどこにもサティアはいなかった。


「クロザリル、サティアがいないんだ」


 その言葉を聞いたクロザリルは一瞬で目を覚まし、飛び起きてサティアを探した。


 魔王城敷地内にサティアがいないことが分かると、全面的に捜索がされた。


 ちょっとした隙間、魔王城内の敷地の全て、草の根を分けてまで捜索活動は行われたが、やはり魔王城にはいなかった。


 関知魔法の精度もそれほど正確なものでもなく、サティアの捜索は難航した。


 考えられる可能性は、やはり魔王城から外に出た事。


 混乱しているクロザリルは、魔王城敷地内から自ら探しに出るという行動を起こそうとした。


 だが『血水晶のネックレス』の効果でぎりぎり魔族と人間の均衡が保たれているこの状況で、ネックレスの効果を失わせたら魔族が暴れ出し、大きな火種を作ってしまうことも十分考えられる。


 だが、愛娘まなむすめを見失ったクロザリルは冷静な判断ができなかった。


「いけません! クロザリルお嬢様!!」


 どれほど懸命にセンジュが止めようとも、クロザリルは引き下がることなく魔王城敷地内から出てしまった。


 センジュは止められなかった。


 娘を探す母の強い思いを強くは止められず、本気で止めることはできなかった。


 センジュが本気を出せばクロザリルを止めることは、それほど難しい事ではなかったはずだ。

 だが、感情が邪魔をし、できなかったのだ。


 イドールはクロザリルとは別の方向を探すことにした。

 そうしてセンジュとイドール、クロザリルは方々に散り、サティア捜索を始める。


 クロザリルはただ、つたない関知魔法を頼りに、サティアが向かったと思われる先へと翼をはためかせて向かう。


 ――お願い……無事でいて……


 しかし、その切なる願いは簡単に踏みにじられることになる。


 魔王城から北東の方角にあるカイの町にクロザリルはたどり着いた。


 そこに着いたときにはカイの町の人々は夜中であるにも関わらず、町の住民が家の外に出て大騒ぎしていた。


 もしかしたら、そこにサティアがいるかもしれない。


 急に人間の町に高位魔族である天使族とも、悪魔族とも見えるサティアが現れたとあれば大騒ぎになっても仕方がない。


 必ずそこにサティアがいると確信して、クロザリルはそこに向かう。


「サティア!」


 クロザリルは声を振り絞って娘の名前を呼んだ。


 すると、大騒ぎになっていた人間たちが全員クロザリルの方を向いた。

 そして、更に事は大騒ぎになってしまうのだった。


 その見目の麗しさはこの世のものとは思えない程、その髪はまるで空から垂らされた一筋の光、その目は血の色のような真紅で宝石のよう、肌は真珠のように白く艶やかで、背負う翼は闇夜のように漆黒で世界を包み込まんとするほど、長い尾はまるで蛇のように滑らかで致死性の毒を持つ……それが今の魔王、クロザリル。


 人間の間でクロザリルはそう伝えられていた。


 実際にクロザリルの姿を見たのは、カイの町の人間も初めてであったが、すぐにそれが魔王であることを知覚する。


「何故魔王がこんなところに……」

「驚かせてしまって申し訳ないわ。すぐに帰る。危害を加えるつもりはないの。ただ、黒い鳥類の翼を持つ女の子を見なかったか聞きたいだけ――――」


 クロザリルは人間たちの集まっている中心部の方から、血の匂いがするのを感じた。


 それも、人間の血の匂いじゃない匂い。


 まるで、天使の血のような、悪魔の血のような……――――


「サ……ティア……?」


 血の匂いの出どころを見ると、()()は、バラバラにされている途中だった。


 もう脚が胴体から切り離され、左腕には途中までノコギリが入っている。


 鈍器で殴られたと思われる頭部からは出血し、長い金髪は真っ赤に染まっていた。

 目は見開かれており、恐怖に引き攣った表情のまま死亡している。


「あ……ぁああ……あぁあああぁああっ!!!」


 クロザリルはそれが何か別のものであってほしいと願いながら、()()に駆け寄る。


 もう冷たくなっており、血も止まっている。

 もう、血が噴き出るように心臓は動いていないからだ。


 抱き上げても、以前のようにしがみついてくることはない。


 だらりと腕は落ち、ノコギリが食い込んでいる腕はそのまま千切れてしまいそうになっている。


 笑ってくれる笑顔もなく、ただ恐怖の表情がこびりついているだけだ。


「どうして……どうしてこんなことを……!」


 憎しみより、悲しみが強いうちはただ涙を流せばいいだけだ。


 激しい悲しみは憎しみを凌駕する。

 だがそれは一時的なことだ。悲しみよりも憎しみの方が強くなったら、その矛先は必ず何かに向かう。


 多くの場合は他者へと。


 周りにいた人間たち全員に、逃げられないように足を氷結で絡めとり、動きを封じた。


「誰がやったの……」


 クロザリルは自身につけていた『正直者のピアス』を外し、ピアスの穴もあいていない、一番近場にいた人間の耳に無理やり突き刺し通した。


 痛みでその人間は顔を引きつらせるが、クロザリルはその血にまみれた手で人間の顔に爪を立てながら言う。


「言いなさい」

「あの人と、あの人と、あの人が殴り殺しました。そして、あの人と、あの人とがバラバラにしようと言いました。そして、あの人と、あの人と――――」


 魔道具により、何もかも正直に答えるしかない人間の、指さす先の1人1人をクロザリルは正確に記憶する。


 だが、その人間が指さした先の者たちは、結局その場にいた全員の関連を示唆していた。


 その中から直接サティアを殺したと言った者に、またもや無理やり『正直者のピアス』を耳に貫通させる。


「どうして……どうして殺したの……?」

「バケモノがきたと思ったから。黒い翼の……呪われている天使が来たのかと思った。天使族は黒色を嫌う。対立する悪魔族の翼の色と同じだからだ。真っ黒な翼の天使なんて、追い出されて当然だ」


 違う。


 サティアはこれ以上のない祝福を受けて生まれてきた。

 天使族に追い出されてきた訳じゃない。


「不吉の象徴。そんなもの、生かしておく必要なんてない。天使もそう思っているはずだ。この世に生まれてきたことそのものが間違いなんだ。不吉な存在は邪気を集める。だからバラバラにして四方に捨てて邪気を散らす必要があるんだ」


 何を言っているのか、わからない。

 酷い妄言だ。


 生まれてきたことそのものが罪になることなんてない。


 サティアは「排除された者」なんかじゃない。

 求められ、愛されて生まれ、愛されて育ったのだから。


「私たちは魔族なんて、全員死んでいなくなってほしいと思っている」


 その言葉にクロザリルは絶望した。


 それは、聞いた人間がたまたま悪かったのかもしれない。

 それとも、全員がそう思っているのかもしれない。

 だが、クロザリルはもう誰かの意思を確認することができるほど、冷静さを保っていられなかった。


 そして、カイの町はクロザリルによって炎に包まれ、滅びたのだった。




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