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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼
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センジュからサティアの話を聞きますか?▼(1)




【魔王城 100年前】


 クロザリルは魔王城の庭の薔薇の手入をしているセンジュを穏やかに見守りながら、いつものようにお茶を飲んでいた。


 いつも通りの風景だった。


 ここ最近は魔族も人間も極力関りを持たずに穏やかな日々が続いていた。

 お互いに確執かくしつはあれど、今は目立った争いもなく、平和は形として保たれている。


 ――あと何年これが続くのか……


 と、クロザリルは退屈に感じながらもお茶を飲み、薔薇を眺め、本を読んでいた。


 少しして薔薇の手入を手早く済ませたセンジュは、クロザリルの元へと戻り、美しい薔薇をテーブルの上の花瓶に手際よく生ける。


「ねぇセンジュ、何か面白いことはないのかしら?」

「面白い事でございますか? そうでございますね……星の巡りによると、本日は皆既日食があると予想されますが」

「太陽が欠ける現象を見ても、私は別に面白くないわ。それに、太陽は眩しすぎるもの」


 クロザリルは遠い目をして空を眺める。


 空に浮かぶ雲の形を見ながら、ぼんやりと何の形に見えるか考えるほど、何もなく退屈な毎日だった。


「はぁ…………」

「城の外に出たいとお思いですか?」

「そうね。でも『血水晶のネックレス』は魔王城にいないと効力を発揮しないから、出られないのは分かっているわ。この責務を全うすること……それが私に課せられた使命……」


 悲しい目をしているクロザリルに、センジュは何と返事を返して良いか分からなかった。


 先代魔王、クロザリルの父のアッシュは勇者に殺された。

 そしてアッシュが亡くなった今、世襲制である魔王という立場のその責務は、全てアッシュの子のクロザリルが背負うことになった。


 本当は魔王なんかになりたくなかった。


 普通の女の子として、普通の女性として、普通に恋をしたりして、自由に生きてみたかった。


 そのクロザリルの思いを知っているセンジュは、なんと声をかけていいものかと思いを巡らせるが、気の利いた言葉の1つも出てこない。


 何の話をすればクロザリルが喜ぶのか考える。


 花の話か、昆虫の話か、植物の話か、機械の話か、天気の話か、気候の話か……


 そのどれをとっても面白いと思えるような話はない。


「例えばこんな話はどうでしょう? 海上での竜巻によって巻き上げられた魚が、雨水と共に降ってくる現象があるのはご存じですか?」

「知っているわ。カエルが降ってくることもあるのでしょう? 毒のあるカエルなら、酷いことになるわね」


 と、そこで会話が終了してしまう。


 クロザリルは本で色々な体験を頭の中でしていた。


 別に魚が降ってきても、カエルが降ってきてもさして驚きはしない。


 だが、その日は魚でもなく、カエルでもなく、別のものが魔王城上空から降ってきた。


 何かが急激に接近する気配を感じ、センジュとクロザリルが視線を向けた時にはかなり()()は接近していた。


 敵襲があるはずないと思っていたが、クロザリルとセンジュはすぐに戦闘に入れるように身構える。


「――――…………ぁぁぁぁぁあああああああ!!!」


 ドザァアアアアァッ!!


 叫びながら斜めから飛んできた()()は、地面に思い切り叩きつけられないように、なんとか勢いを殺したものの、派手に薔薇の茂みの中へと落下した。


 少なくとも何かの敵襲であるという事はないらしいが、激しく薔薇の生えているところへ自ら突っ込んでいったのだ。


 落下する衝撃は植物で緩和されたとはいえ、そのいばらの棘で身体中が傷だらけになってしまっているはずだ。


「なにかしら……」

「お嬢様はこちらでお待ちください、わたくしが――――」


 そうセンジュが言っている中、クロザリルはその薔薇に突っ込んでいった者の元へと走った。


 何か、この退屈な毎日が変わる予感を敏感にクロザリルは察知したからだ。


 危険なものかもしれない、攻撃を受けるかもしれない、そんなことも考えない訳ではなかったが、クロザリルはそんなことを気にせず、この退屈な毎日が何か変わればいいという単純な思いから()()に駆け寄った。


「イタタタタタ……」


 そこには、真っ白な1対の白い翼が背中についている者――――天使がいた。


 クロザリルと同じ長い金髪で、目は青く水晶のようだった。

 肌は羽と同じくらい真っ白で、華奢な身体の青年の天使。


 薔薇の棘で傷つき、白い翼は血でところどころ赤くなっている。

 肌も傷つき、細かい傷から血が滲んでいた。


「あ……ごめんなさい……ちょっと風に煽られて……バランスを……イタタタ……」

「…………」


 魔道具のおかげで、それが嘘でないことはクロザリルにはすぐわかった。


 天使族の青年は荊が絡まり、動けなくなってしまっている。

 下手に動くとまた身体に切り傷が出来てしまう状態だ。


「少し待って。今、外してあげるわ」


 クロザリルは絡まってしまった薔薇の荊を丁寧に1つずつ取っていった。

 その際にクロザリルも鋭い棘で指を傷つけ血が出てしまうが、それも構わず、クロザリルは丁寧に天使の荊をとった。


 粗方荊を取り終え、天使が自由になった時には、同時に服もボロボロになってしまっている状態だった。


「何故、天使が魔王城付近を飛んでいたの?」

「魔王城付近だとは知らなかったな……っていうことは……貴方が魔王クロザリル……?」


 魔族と人間の確執よりも、ずっと深い確執を持つ悪魔族と天使族の関係性で、天使が魔王である悪魔のクロザリルを知らないはずがない。


 そうであるはずなのに、その天使は目の前にいるのが魔王であるということすらやっと気づくなんて、どんな教育をされたらしたらそうなってしまうのだろうかとセンジュとクロザリルは目と耳を疑う。


「ええ、私が魔王クロザリル。貴方は?」

「僕はイドール」


 簡単な名前の紹介だけで自己紹介は終わってしまった。


 その情報の少なさから、クロザリルは天使全員がつけている腕章を確認し階級を確認しようとしたが、イドールは腕章をつけていなかった。


「階級は……? 天使族なら、階級を表す為の腕章を必ずつけているはずよ」

「えーと……あはははは……僕、堕天だてんさせられちゃいまして……」


 ――堕天ですって……?


 天使族の「堕天」とは、天使族として認めてすらもらえず、存在を否定され、黒い腕章すらも渡されない。

 ただの白い鳥類の翼のついているだけの出来損ないという烙印を押されるという意味だ。


 相当な何かをしなければ、堕天などさせられないはずだ。


 だとしたらこのイドールという天使は、天使一族から破門されるほどの悪いことをした可能性がある。


「貴方……悪い事でもしたの?」

「悪い事か……父さんにとって不出来な息子だった罪……が、悪い事かな。あはははは……天使族の恥さらしだって言われちゃって……天使の町から追い出されちゃった」


 イドールは笑いながらも、その顔には暗い影がある。


「行く場所もなくて困ってたっていうか……どうしたらいいか途方に暮れちゃって……どこに行こうかなーって考えながら飛んでたら、急に強風に煽られて……」

「…………そうなの……」


 笑いながらも表情の曇っているイドールに対して、クロザリルは自分を重ねた。


 祖父のヨハネから悪魔族の魔王の世襲制が始まり、父のアッシュまでは強固な純血主義で、悪魔族は悪魔族と子をなすべきだと言われ続けてきた。


 純血主義、そして女は子を産み、魔王の座などに立つべきではないと言われて育った。


 だからクロザリルは「自分は父から排除されている」と思っていた。


 父のアッシュは厳格で古い考えの悪魔だったので、クロザリルの自由など実質ないようなものだった。


「行く場所がないなら、しばらくここへいてもいいわ」


 イドールはクロザリルと同じ「排除された者」だとしたら、そのときにクロザリルがしてほしかったことを、イドールにしようと手を差し伸べようと考えた。


 センジュはその考えに絶句し、驚いていた。


 天使族と悪魔族の埋められない確執、差別や偏見は、代々悪魔族の魔王家に仕えてきた鬼族であるセンジュにも根深く浸透していた。


 先々代のヨハネ、そしてアッシュも純血主義の生粋の天使嫌いだったからだ。


 天使は如何にいやしい存在かということを聞いて、センジュは今まで生きてきた。


 だからこそ、クロザリルの天使への対するその優しさは意外であり、酷く驚いたのだ。


「え……でも、悪いよ」

「いいじゃない。行く場所ないんでしょう? 私は毎日同じことの繰り返しで退屈していたの。天使の世界の事を私に教えてくれないかしら? 滞在の費用はそれが対価でいいわ」


 それを聞いてイドールの方が驚いた表情をした。


「天使族の話なんて全然面白くないよ? 階級、階級ってうるさいばっかりだし、黒い翼だとか、白い翼だとか、そんな話ばっかりだよ?」

「ふふふ……そういう話でいいの。さぁ、まずそのボロボロの服を着替えましょう」


 イドールは初めは遠慮していたが、最終的にはクロザリルの提案に従った。




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