スキル:挑発。▼
【メギド 魔王城】
「メギドさんにとって一番大切なものはなんですか?」
質問の要領を得ない上に私の質問を無視したことなど、数々の非礼が私に限界まで苛立ちを募らせ、私は蓮花を掴む手に力が入る。
それを「痛い」と感じているかもしれないが、蓮花は表情を変えなかった。
こんな細い腕、一瞬で折ることなど可能だ。
いっそのこと両腕を切断し、二度と魔法が使えなくしてしまえば、この女が生きていても脅威とはならない。
そうしてしまおうかと考えていた最中、蓮花は更に言葉を続けた。
「ゴルゴタ様ですか? それとも魔族? それとも人間……?」
「何……何が言いたい?」
「私には、貴方自身は本当に大切なものがなにかよく分かっていないように見えます。それは王たる立場が邪魔しているからです。本当に大切なのはなんですか? 貴方は多くを求めすぎています。どれかは切り捨てなければならないのです」
それは私が右京に言った言葉の通りだ。
何かを切り捨てなければならないことくらい、右京と違って私は弁えている。
「私の腕を掴んでいるのは賢明とは言えませんね。貴方の脈拍や発汗量などから貴方の心情を読み解くことくらい、私にもできます。貴方は今鼓動が早い。それは呪いの花による激痛に耐えているからでもありますが、何が大切なのか問うたとき、若干ではありますが、脈が更に速くなりました。動揺している様子が伺えます。明確な返事がすぐにできないから、脈が速くなったのです。違いますか?」
心の内を除かれるというのは気味が悪いと初めて感じた。
だが、その程度のことで私は蓮花から手を離したりしない。
ここで私が手を放したら、それこそ蓮花の思惑通りとなるだろう。
そのくらい今の私にもわかる。
「私は公平に見ているつもりだ。ゴルゴタを特別視しているのは否定できないが、魔族も、人間も、分け隔てなく命というものは簡単に切り捨てるなど許されない。誰にとっても、かけがえのない者がいる。戦争となればその多くが失われるのだ」
「模範的な回答ですが、それは貴方の個人的な回答ではありませんね」
「だったらなんだというのだ。私にそのようなことを聞いて、何の意味がある?」
「私は確認したかったのですよ。貴方の大切なものの中にセンジュさんは入っていないということを……」
根も葉もないことを蓮花に言われ、私は瞬間的に頭に血が上った。
蓮花の腕を掴む手に力を込めると、バキッ……という音と共に蓮花の右腕の骨は折れた。
それに悲鳴をあげるでもなく、蓮花は少し顔をしかめた程度だ。
それを見てセンジュが慌てて私の手を取るが、蓮花は「大丈夫です」とセンジュの行為を止めた。
「……私の骨を折る程、動揺されているのですか?」
更に蓮花は私を煽ってくる。
その煽りに乗るのは間違いだと分かっていても、それでも横にいるセンジュのいたたまれない表情を見て、強く否定せざるをえなかった。
「とんだ言いがかりだ! 私の大切な者の中にセンジュが入っていないなどとは言っていない!」
「……しかし、貴方が今していることはセンジュさんの悲願への妨害です。貴方はセンジュさんとサティアさんを見放せば、貴方の思い通りの世界になるなら、貴方はその選択をセンジュさんに迫るでしょう」
その言葉を聞いて、更に苦虫をかみつぶしたような表情をしているセンジュを見ると、私も慎重に言葉を選ばなければならないと考える。
だが、私ではなくセンジュを焚きつけているのだと思うと更に冷静な判断を欠く。
――落ち着け、私はこんな安い挑発に乗る程愚かではないはずだ。こんなときだからこそ、冷静な判断ができなければならない
私は一息分の呼吸を置いて掴んでいた手を離し、冷静に蓮花へ返事をする。
ダラリと蓮花の腕は折れた部分から指先の方の手がおかしな方向に垂れる。
「……骨を折ったことは謝罪しよう。治すがいい。私は考えるから待てと言っているのだ。お前が口を割らないせいで情報不足なものでな。センジュを見放すことなど考えていない」
挑発に乗らない私を見た後、横目でセンジュの様子を見てこれ以上の問答は意味がないと感じたのか、ひとまずは自分の折れた骨を回復魔法を使って直した。
コキコキ……と自分の手首の骨を軽く鳴らし、正常に動くのを確認している。
「…………もう結構です。後はセンジュさんとお話してください。話し合いが終わるまでは、大人しくしていますから」
蓮花はベッドの方へと向かって行き、ベッドのに倒れるように横になった。
「疲れたので寝ます。話し合いが終わったら起こして結果を聞かせてください」
どこまでも勝手な奴だ。
ゴルゴタの前にいるときはあれほどゴルゴタに従順だというのに、私に対してのおざなりなこの態度を見ると納得がいかない。
相当に疲れていたのか、蓮花はすぐに眠りに落ちたようだった。
あまりにも無防備だ。
センジュが自分の側につくと確信しているからだろう。尚の事腹立たしい。
蓮花を殺すことを何度も考えるが、殺してしまっては結局それがゴルゴタの暴走へと繋がりかねない。
だが、監禁などするにしても、ゴルゴタが蓮花を拘束することを是とするはずがない。
――どこまでも忌々しい……これが全て計算された行為だとは思わないが、かなり計算高い女だ……結局私の質問にも答えずじまいだ
いつまでも蓮花を睨みつけていても仕方がない。
これで一先ずは蓮花が何かしてゴルゴタが破滅に向かうまで猶予ができたと言える。
これでもゴルゴタが暴走を始めるならまた他の方法を考えなければならないが、今は少しでも情報を得る以外に私に術はない。
私とセンジュの関係を崩そうとした蓮花の思惑の通り、私とセンジュの間に僅かながら皹が入ったのは間違いない。
センジュはただ申し訳なさそうにしている。
センジュとしても隠し事をしていたことへの後ろめたさがあるのだろう。
「申し訳ございません、メギドお坊ちゃま……わたくしが私情を挟んでしまったせいで、そのようなお身体に……」
「それは構わない……未来では猶予がなかった。ゴルゴタが暴走し始めてしまったからな、最低限のことしか分からない状況だ。だから詳しい話は未来のお前から聞いていない。ただ、お前の気配を辿って地下牢へと行ったらお前とサティアがいた。私が知っているのはその程度だ。後はゴルゴタが蓮花のことを忘却していたことくらいか」
サティアが今どういう状態なのか確認する必要があるが、恐らくあの地下牢の最奥にいるはずだ。
ともすれば、勇者らの牢の前にいるゴルゴタを上手く他へやる必要がある。
蓮花をダシにすれば簡単だろうが、蓮花を今地下牢へと連れて行くのはリスクが大きい。
ゴルゴタもいつまでも地下牢にいるわけでもない。
それは時間が稼げた今、問題にはならない。
ただ、次にゴルゴタと会う時は勇者らの処遇について決定していなければならないだろう。
「…………そうでございますか。そんなことになってしまうとは、考えが至らず……」
「私すら気づかなかったくらいだ。仕方がない。だが、心当たりがあると言っていたな? なんだ?」
「……メギドお坊ちゃま、言える情報はすべて開示いたします。ですが、どうしても、如何様にしても言えないこともあるのです」
三神についてセンジュはやはり知っている様子だが、やはり言えないことであるようだった。
今はそのことよりも、センジュが言える情報の全てを開示させることが最大の譲歩というものだろう。
「では、話せるところから全て話せ」
「はい……かしこまりました」
これほどまでに弱々しいセンジュは見たことがない。
申し訳なさそうに頭を垂れ、小さくなってしまっている。
「どこから話し始めたらいいやら……まず、サティア様の出自に関することをお話いたしましょう」
そこから、ぽつりぽつりとセンジュは私の姉だというサティアの話をし始めた。