蓮花は人間らしい動きをしていない。▼
【メギド 蓮花の部屋】
何もかもを見透かしたような蓮花の言動について、センジュも私もただ驚くばかりだ。
どこまで知っているのか、何を分かっているのか今は分からないが、蓮花に直接聞くことができれば解決の糸口が必ず見つかるはず。
蓮花はゴルゴタに私と話すなと言われているが、蓮花自身は全く話すつもりがない訳ではない様子である。
というよりも、酷く疲れている様子で、何日も眠っていないのか、あるいは食事すら摂っていないか、なんらかのせいでかなり消耗しているのか、集中力や判断力がかなり下がっている印象を受ける。
よもや私と話すなと言われていることすら忘れている様子だ。
「同じ未来になるとはどういうことだ?」
「言葉のままの意味ですよ。ゴルゴタ様が暴れ始め、人間が減少し、勇者が現れて戦争が始まる……そうなるのでしょう?」
まるで未来を見て来たかのように、何も説明していないのに蓮花は淡々と話していた。
まさしくその通りになる未来だった。
「何故そのようなことが、部屋に籠りきりのお前に分かる? すでに『時繰りのタクト』で見てきたというのか?」
「そんな危険なことをしなくても分かりますよ。私の予想通りの展開です」
「なら、お前が裏で糸を引いているという事で間違いないな?」
少しでも蓮花がそれを肯定すれば、私はこの女をすぐさま殺す。
その殺気を感じたのか、センジュの表情も強ばる。
そんな中、蓮花は急にぐったりと座った状態から横に倒れ込んだ。
身体の疲れの限界で倒れたのかと数秒様子を見ていたが、具合が悪くて倒れたというよりは、やる気をなくして座っているのも億劫になり、ただ横になっただけのようだ。
――逐一腹立たしい女だ……
これだけ私が大事な話をしているのにも関わらず、そのやる気のない態度にどんどん私の苛立ちは募っていく。
センジュが止めても私はこの女を骨も残らず消し去ってやりたい。
そのくらい私は苛立ちを募らせた。
「それは語弊がありますね。根本的なところで裏で糸を引いているのは私ではありません」
「ではなんだというのだ、勿体つけないで言え」
それが嘘を言っているわけではないことは分かるだけに、事更に苛立ちを感じる。
――この女が首謀でないのなら、何だと言うのだ?
「…………言えませんね。私の意向とは反対に、言いたくても言えないのですよ」
この流れは鬼族の町の蘭柳が言っていた事と重なる。
判断力が鈍っている蓮花であっても、肝心なところは口を割ろうとしない。
明らかに三神伝説に連なる話に違いないと考えた。
――またその話か……やはり裏で糸を引いているのは三神か……今回はその三神の中の死神が絡んでいる可能性が高い。蓮花は死の法を覆そうという女だ。間違いなく死神が絡んでいるはず
「蓮花様、どういうことなのか分かるように説明していただけますか?」
動揺しているセンジュが蓮花にそう尋ねると、またも蓮花は数秒押し黙った。
目だけが虚空を見つめ、眼球と肺や心臓が最低限動いているだけで、他は人間らしい動きをしているとは言えない状態になる。
全く何を考えているのか分からない。
「…………詳しくは言えませんが、サティアさんの件が成功すれば、私はいなくなります」
「………………」
センジュはそれを聞いて更に動揺している様子だった。
それを捉えた蓮花はぐったり倒れ込んでいた身体をゆっくりと起こし、改めてセンジュの方を見た。
「サティアさんの件が成功する代わりに、私は消えます」
同じ意味の言葉を再び言い直し、蓮花はセンジュの方を見た。
蓮花の真っ直ぐな視線に耐えかねたのか、センジュの方が目を逸らした。
「……それはいつから御存じだったのですか?」
声が震えているセンジュに対し、蓮花は冷静だった。
特にいつもと変わらない様子で淡々と返事を返す。
「少し前からです。これはセンジュさんに言わないつもりでしたので、別の世界線の未来のセンジュさんは知らなかったと思いますが、メギドさんは魔道具を使って戻ってきて知られてしまいました。が……それも想定内です」
私が『時繰りのタクト』を使うことも織り込み済みだったということが気に食わない。
そのせいで私に「死の花」が咲いてしまった。
痛みには波があるが、再び死の花の咲いている右肩が酷く疼いて激痛が私を襲う。
冷や汗が出てきて気持ちが悪いと感じる間も与えてくれない、思考を奪う程の激痛だった。
「くっ……まずはこの花を解呪しろ……できるはずだ」
そう言われた蓮花は、目を少し細めて何もない空虚な方向を見た後に再び私の方を向いた。
「技量的には可能ですが、それをすることは許されていません」
「許していないのは死神か?」
「………………」
蓮花は死神の名を聞いて途端に沈黙した。
蘭柳がしていたのよ同じような反応に、私は苛立ちが限界に達する。
蓮花が見つめていたその方向にいるのか分からないが、その得体の知れない三神の1つ、死神と思われるものに私は声を荒げた。
ゴルゴタが蓮花のことを忘れていたことを考えれば、蓮花はやはりどうあっても消される運命だ。
――だが、何故私には蓮花の記憶が残った……?
センジュとサティアを地下牢で見た時、センジュは蓮花の話を一切していなかった。
もし蓮花の力でサティアがどうにかなるのだとしたら、真っ先にセンジュから蓮花の話が出るはずだ。
センジュも蓮花のことを忘れていたと考えているのが妥当。
出先で蘭柳は蓮花のことを知っていたことを考えれば、魔王城内にいる範囲で大規模な蓮花の記憶の喪失があったと考えられる。
それは神の力を借りなければ成しえない事柄だ。
「死神がいるというのなら、堂々と姿を見せたらどうだ!?」
「…………」
部屋の中の気配に集中するが、異質なものは何も感じない。
そう異質なものを感じ取れるなら、とっくに私はその違和感に気づいているだろう。
相手も一筋縄ではいかないようだ。
神と敵対する日が来ようなどとは思いもしなかった。
少し前まではいるかいないかすら考えていなかったというのに、問題を突き詰めていくと必ずその問題に突き当たる。
私が何もいない空間に向かって睨みを利かせている間に、蓮花はぼそぼそと話し始める。
「……まぁ、でも……私はサティアさんの件を遂行するのみですけど……」
ゆっくりと立ち上がり、蓮花はフラフラと部屋の外へと向かって歩き始めた。
私は絶対にそれはさせてはならないと感じ、蓮花の腕を掴みそれを阻止する。
人間は恒温動物であるにも関わらず、蓮花の腕は冷たい。
行動を阻止するのは簡単だった。
身体も細く、力のない女だ。
仮に私を全身不随にする真似をしたとしても、こんな状態であっても私はそれよりも早く動くことができる。
私の前にはこの女は無力だ。
「待て……同じ結末になるのなら、どうすれば回避できるのか考えるべきだ」
「考えるだけ無駄だと思いますよ」
未来を見てきた私よりも、この先の出来事に対して詳しく知っているように感じ、腹が立つ。
この女といると苛立つことばかりだ。
「お前はなまじ賢いだけに質が悪いな。私が考えている間、お前は何をすることも許可しない」
「……何の権限があって、貴方は私に命令を下せるのですか?」
「このことがゴルゴタに知れたら、お前はそれどころではなくなってしまうぞ」
「私の予想が正しければ、ゴルゴタ様は私を止めることができませんね」
私にいとも簡単に捉えられている蓮花に、あのゴルゴタが劣るとは思えない。
「ほう……何故だ?」
――興味深いではないか。聞いてやろう
「サティアさんのいる場所に行くには、今ゴルゴタ様のいる場所を必ず通る必要があります。ですが、未来ではサティアさんの件が解決している。つまり、私はそこを無事に通り抜けられている訳です」
「だが、今回は私がそれを許さない」
「そうですね……困りました……と、言いたいところですが、それはセンジュさんの意向次第です。違いますか?」
そこで私は痛みで思考が明らかに鈍っていたことを思い知らされる。
センジュは明らかにサティアに固執している。
それを考えれば、センジュが私やゴルゴタを抑え強硬手段に出てもなんらおかしいことはない。
「センジュさんが貴方を妨害すれば、私を止める術はありません」
穏やかではない話を蓮花がしている中、センジュは私側でも、蓮花側でもない立ち位置にいた。
いつも中立の立場を保っているセンジュだが、センジュが固執していることとなれば、私情を挟むこともあるだろう。
だが、それでは困る。
「センジュ、お前は冷静な判断ができるな?」
「…………」
いつも冷静に、的確に物事を判断するセンジュが迷っている姿を見て、私は驚きすら感じた。
「良くないですよ。事情も聞かずにそんなふうに圧力をかけるのは」
「人間と魔族の全面戦争になるのだぞ」
「それが然るべく起こるのなら、それが運命なのでは?」
諦めきったような言葉を口にする蓮花に、私は失望した。
あれだけゴルゴタの為にと前向きになっていた姿勢の残遺が全く感じられない。
「理解できないな。ゴルゴタが死ぬということを理解していながら、何故破滅的行動をとる? お前にとってゴルゴタはその程度の存在なのか? 人間を滅ぼすことも、ゴルゴタの命には代えられないと言っていた言葉に偽りはなかったはずだ。お前は偉そうにゴルゴタのことを真剣に私に考えろと言っただろう。お前はいつその考えを変えた?」
「…………」
またも蓮花は虚空を眺めて沈黙した。言葉に迷っているのか、また私と話すのが面倒になったのか分からないが、返事をしないまま数秒が経過する。
「メギドさんは、何を守りたいんですか?」
こともあろうか、私の問いを無視して自分の問いを投げかけてきた。