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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼

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プサイの町が燃えています。▼




【メギド 魔王城 地下牢最奥】


 ――私の姉だと……?


 目の前にいる「サティア」という少女が私の姉だと言うセンジュの言葉は、嘘偽りがないものであることは分かる。


 私はその少女の顔を見た瞬間、まるで鏡を見ているようだと感じた。

 私の幼少期の顔にそっくりだ。

 更に言うのなら、当然母の顔にも似ている。


 まるで幼い姿で母が蘇ったのかと錯覚するほどだ。


 だが、やけにそれは現実味がなく、そしてこの状況において何故そのようなものが出てくるのかと思考を巡らせる。


 この状況で頭を抱えるが、考えている時間が惜しい。


「情報量が多すぎる。私の不在時に何があったのか簡単に話せ」

「それは、とても長い話になりますが――――」

「駄目だ。ゴルゴタが暴走し始めたのだとしたら、ゴルゴタを追う必要がある。まだゴルゴタの魔力をかすかに感じる。そう遠くへは行っていないはずだ。話は最小限に留めろ」


 私はセンジュにそう命じると、センジュは1秒、2秒考えた後に要点をいくつか話し始めた。


「先にも申し上げた通り、ゴルゴタお坊ちゃまは業を煮やしてついに行動に移されました」


 何故突然業を煮やしたのか分からないが、センジュの話を遮ることなく話の続きを聞く。


「暴れ狂うゴルゴタお坊ちゃまからサティアお嬢様を守る為、わたくしはこの地下牢でゴルゴタお坊ちゃまをやり過ごしました。なので、どこに行ったのかは分かりません。恐らく、魔王城から近い人間の町へ人間を殺しに行ったのかと思います」


 サティアは何の話をしているのか分からない様子で、私とセンジュの姿を交互に見ている。


 幼いながらにも私同様の賢さがうかがえた。

 ここで口を挟んでこないのは賢明な判断と言えるだろう。


 こんな状況で、突然現れた幼い私の姉。

 何か関連があるはずだ。


 ――こんなタイミングで、今まで考えもしなかった姉が急に現れるのは明らかに不自然だ


 当のサティアは何も分かっている様子はない。


 それに、私の姉だというのなら、少なくとも78歳以上であるはずだ。

 それにしてはどう見ても幼すぎる。


 今までどのような状態だったのか聞き出したいが、今は時間がない。


「……私の姉だというそのサティアについて色々聞きたいことがあるが、まずはゴルゴタの気配が消える前にゴルゴタを追う」


 空間転移魔法を使って追い付くべきか考えた。


 どの道『時繰りのタクト』を使うなら移動に時間をかけるよりは私の身体の負担はさておいて、事情だけでも聞き出す必要がある。


 暴れ狂っているというのであれば、話がすんなりできるとは思えないが、飛んで行くにも空間転移の負荷でろくに飛べない。


 ならば一か八か空間転移でゴルゴタを追い、何故こうなったのか確認しなければならないだろう。


 私はゴルゴタを追うべく空間転移魔法を展開した。


「メギドお坊ちゃま、まさか『時繰りのタクト』を使うおつもりなのですか?」


 センジュの鋭い指摘が入る。

 私の捨て身の行動など、簡単に見透かしてしまう。


「あぁ、手遅れになっているのなら使わざるを得ないだろう」

「いけません! メギドお坊ちゃまの想像よりもはるかに強い苦痛が――――」


 牽制するセンジュの言葉を最後まで聞かず、私はゴルゴタの元へと空間転移した。


 仮に呪いの花が私に咲いたとしても、蓮花が解呪できる。

 素直に応じるとは思えないが、私に借りを作っておくのもゴルゴタとしては悪い事でもないだろう。


 転移すると一瞬で景色が変わり、プサイの町へとたどり着いたようだ。


 魔王城から南東の場所に位置する町で、それなりに栄えている町――――


 だったのは数分前のことだ。


 プサイの町はそこかしこの建物が倒壊しており、焼き尽くされている最中だ。


 そこら中から人間の悲鳴らしきものが聞こえてくる。

 当然、逃げ遅れた人間の肉の焼ける匂いもして、私は気分を害する。


 ――近い……


 ゴルゴタが近いということは分かるが、私は度重なる空間転移の負荷で身体に相当な異常を抱えていた。


 酷い頭痛、嘔気おうき、身体中に痛み、口や鼻、目、耳などからの出血もある。


 麗しいこの私がこんな無様を晒すなど、この世に刻みつけたくもないことだが、この世界線は『時繰りのタクト』で消える運命だ。

 問題ない。


 今にも私はその場に倒れ込んでしまいそうだったが、それでも騒動の中心にいるであろうゴルゴタの場所まで身体を引きずって歩く。


「げほっ……がはっ……はぁ……はぁ……」


 ――こんな状態で、暴れ狂っているゴルゴタと話ができるのか?


 私がゴルゴタの方へと向かっていると、ゴルゴタの方も私に気づいたようだ。

 明らかに私の方へと近づいてきているのが分かった。


 それに気づいてから、そう長く時間はかからずゴルゴタは私の前へと現れた。


 バサバサと龍族の翼をはためかせ、ゴルゴタは私の前に降りたった。


 目が霞むが、私はゴルゴタの姿を捉えた。

 酷く禍々しい殺気を放っていることだけは分かるが、目が霞み、ゴルゴタがどのような表情をしているのか分からなかった。


「ゴルゴタ……」


 消えそうな声でゴルゴタを呼ぶと、いつもにも増して機嫌が悪そうな声で返事が返ってくる。


「はっ……兄貴かよ……そんなボロボロになってまで俺様を追いかけてきて、間抜けも良いところだなぁっ!!」


 ドズンッ!


 ゴルゴタが私の腹部を思い切り殴りあげると私の身体は宙を舞い、そして重力に引き寄せられるまま落下し、無残に背を打ち付けて身もだえる事しかできなかった。


 呼吸ができず、吐くものもないのに自分の胃液を無様に吐瀉としゃするしかできない。


「俺様を70年も閉じ込めやがった痛みはこんなもんじゃねぇぞ……ヒャハハハハッ! 甚振いたぶり尽くして、てめぇも殺してやるよ!!!」


 意識も霞む中、ゴルゴタの怒声を聞いたときにはもう話し合いなどできないと私は覚悟を決めた。


 私は力を振り絞って全力の魔法を展開し、ゴルゴタへ容赦なく攻撃を浴びせる。


 絶対零度の氷の魔法をゴルゴタに叩き込み、身体の自由を完全に奪った。


 私は口から血を吐きながらも、腹部を抱えて立ち上がる。


 骨が折れ、臓器のいくつかが破裂していることくらいは分かった。

 このままでは私は間もなく絶命するだろう。


 それほどまでの殺意や憎悪を私に向けてくるとは、天使族の言っていた豹変とはこのことだろうと確信する。


「話がしたいだけだ……ごふっ……私はもう長く持たない……何があったというのだ? 私が城から消えた2時間あまりのことで……」


 やっと焦点の合った目でゴルゴタを見ると、ゴルゴタの目には殺意が爛々《らんらん》とたぎっていた。


 よく見ずとも身体中、人間の返り血を浴びて真っ赤に染まっているのが見える。


 消えそうな意識を保ちながら、私はゴルゴタの声を待った。


「俺様はもう我慢の限界なんだよ! 悠長にアギエラ復活なんざ待ってられねぇ!! 俺様はもう、この煮えくり返ったはらわたの衝動のままに毛のない猿をこの手で! 一匹残らずぶっ殺すことにしたんだ!!」

「母上の仇の勇者を殺して、それで満足したのではないのか……」


 絞り出すように私が血と共に声を出すと、ゴルゴタは怨嗟をたぎらせた笑みを浮かべる。


「あぁ……アレね……キヒヒヒヒヒ……ヒャハハハハハハッ! 散々拷問してやろうと思ってたけどよぉ……面倒になったから簡単にぶっ殺しちまったぜ……元々動かねぇ身体だ。始末するのは簡単だった……断末魔の叫びが聞こえなかったのが心残りだがな!!」


 ――駄目だ……身体が限界だ……話に集中できない……


「何故だ……勇者らを殺すにしても、他の人間をこんなに殺せばどうなるか分かっていたはずだ……お前は……蓮花と約束しただろう……人間を殺し続けると自らの破滅を招くことになると……」


 血を吐きながら、私は賢明に言葉を続ける。

 辺りを見渡しても、蓮花らしき姿はなかった。


「蓮花はどこにいる? お前と一緒ではないのか……?」


 いつも、目を離すことなく側に置いていた。


 最後に見た時もゴルゴタの指示でセンジュが蓮花を護衛していた。


 そこで、改めて違和感に気づく。


 ――待て……蓮花と一緒にいたセンジュは、何故蓮花と共にいなかったのだ……?


 その疑問について考えている間もなく、ゴルゴタから想像だにしていない返答が返ってきた。


「れんかぁ……? 誰だよ、そいつ……」




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