血の色がまだ新しい。▼
【メギド 魔王城】
「なんだ……これは……」
私が魔王城に戻ると、予想外の事態が起こっていた。
私が魔王城から離れて、時間にしても約2時間程度しか経っていないのに、そこには2時間前とは全く違う光景が広がっている。
代々伝わる魔王城の大部分が、何らかの原因で崩壊していた。
そして、外に括りつけられている人間は1人残らず殺されている状態だ。
1人1人、切り裂かれたり、引きちぎられて殺されている。
――私の離れているときに、なんて間の悪い……たった2時間だぞ……何があったんだ……
敵襲でもあったのかと考えた。
私は空間転移負荷の苦痛に耐え、もつれながらも魔王城の中へと翼を羽ばたかせて飛んで向かっていく。
倒壊して扉が崩れており、意味を成していない扉の横の壁に大きな穴が空いていた。
そこから中へと入ると、私の目に移った色は“赤”だ。
白い大理石が血でほぼ一面真っ赤に染まり、そこら中に雑多な魔族の死体が転がっていた。
生きている者がいるかと私は意識を集中させたが、呼吸をしているものは魔王の王座の間にはいない。
私はその死体の中にゴルゴタとセンジュ、蓮花の姿を探したがいなかった。
一先ずはそのことに安堵する。
魔王の座の前の母上の柩に刺さっている剣を確認すると、それはそのまま、触れられていない様子だ。
憎らしく母の柩に刺さって鎮座している。
――剣が抜かれていない。勇者がきた訳じゃないのか……?
崩壊の仕方に目を向けると、外側から攻撃を受けたというよりは内側から壊されているように見える。
――考えられる可能性で一番高いのは、ゴルゴタの暴走……
何故だ。私が勝手に外出したことでゴルゴタがキレたのか。
だが、ダチュラらしい死体はない。
それに、私が外出した程度で城が半壊するほど暴れるとも考えにくい。
あるいは、地下の勇者らと揉めたのか。
だが、全身不随で口もきけない者と揉めるはずがない。
いくらゴルゴタとはいえ、物言わぬ者に感情が爆発したからといってここまでにはならないだろう。
それに、センジュが必ず止めに入るはずだ。
――センジュやゴルゴタはどこだ。無事だと良いが……
私はまずセンジュとゴルゴタを探した。
魔力の質や、生命反応を探して私は意識を集中させる。
周囲に集中して確認すると、城内にある生体反応は2つだけだった。
地下の方にいることだけは分かる。
――センジュか……? センジュと……もう一人誰かセンジュの近くにいる……蓮花か? 蓮花がいれば色々情報が引き出せるはずだ
それが分かると私は地下へと向かった。
地下につくと、牢屋の回復魔法士は1人残らず殺されていた。
檻は乱暴に壊されたように引きちぎられ、中の人間も切り裂かれたり、無理やり首を引きちぎられたり、腕や脚を引きちぎられて死んでいる。
無残な状態だ。
内臓物がそこら中に飛散っており、異臭もかなり強い。
あまりにも酷い匂いが立ち込めており、私は腕で鼻を覆いながら牢を進む。
――間違いない、ゴルゴタのやり口だ
ともすれば、外に括りつけられている人間も、ゴルゴタが殺して回ったのだろう。
わざわざそんなことをするなど、完全に正気を失っているようにしか思えない。
それを横目に確認しながら、私は地下牢を進んでいく。
地下牢の奥だ。
勇者らが繋がれているかどうか確認したが、当然のように勇者らも殺されていた。
回復魔法士らと同じような殺され方をしている。
恨んでいる者を殺すやり方にしてはやけにあっさりしているように感じた。
あれだけ恨みつらみがあって、拷問にかけるとまで言っていたのにも拘らず、殺し方を見ると他の雑多な死体と変わらない。
血の匂いや色はかなり新鮮で鮮明な赤だ、血の凝固も進んでいない。
ほんの数分程度前の出来事のようだった。
――悠長に食事などせずにすぐに戻ってくれば、その兆候を見つけられたはずだ。しくじった……
私は腰に持っている『時繰りのタクト』に触れるが、まだこれを使うには情報量が少なすぎる。
戻る時間が長くなるほど身体への跳ね返りも大きくなるはずだ。今取り返しのつかない状況になっているのなら、早々に情報を集めて『時繰りのタクト』を使うべきだ。
そう考えながら、牢の最奥まできた。
だが、私は最も奥についたのにも関わらず、センジュの姿は発見できない。
しかし、私はこの更に奥にセンジュがいることは分かった。
進み方が分からず、いっそのこと破壊してしまおうかと考えていると、最奥の壁が魔法によって開かれた。
私はこの地下牢にこんな仕掛けがあったとは知らなかった。
この地下牢の奥に更に奥があるとは、何の意図があってこんな構造になっているのか疑問を抱く。
だが、今はそれを気にしている余裕はない。
「メギドお坊ちゃま!」
その開かれた壁からセンジュが血相を変えて私の元へと駆け寄ってくる。
センジュが無事で一先ず安堵するが、この状況で安堵していられる程私も楽観的にはなれない。
状況としては恐れていた事態が起きたと考え、その打開策を必死に頭の中で練り上げる。
「何があったんだ?」
「……ゴルゴタお坊ちゃまがついに業を煮やして、行動に移してしまったのです」
業を煮やしたにしてはやりすぎだ。明らかに何かがおかしい。
だが、漠然としたその違和感よりも、私はセンジュの後ろにいた知らない人物への違和感の方が強かった。
城にいた魔族なら全員把握しているが、その後ろにいる魔族は見たことがない。
それに、こんな気配があれば私は真っ先に気づいたはずだ。
「センジュ、この人だぁれ?」
幼い少女だ。
長い金髪で、肌は白く、幼いながらも顔がかなり整っている。
その少女は布を乱暴に巻いた程度のものしか身に着けておらず、服らしい服は着ていない。
そして、背中に黒い鳥類の翼を持っていた。
黒い蝙蝠の翼は悪魔族の翼、白い鳥類の翼は天使族の翼の特徴だ。
そのいずれでもない黒い鳥類の翼だ。
時折染色体異常で身体の色素が作られず、真っ白になってしまうアルビノや、それの反対のメラニズムというものもあるが、それは身体全体に現れる。
少女の肌は白く、メラニズムではないことが分かる。
それに匂いも、悪魔族でも、天使族でもない。
混じっているように感じた。
その少女は私から隠れがちにセンジュの影に隠れて私を見ている。
「メギドお坊ちゃま、こんなときになんですが、お話したいことがございます」
「……その少女の事か?」
「はい……この御方は、サティアお嬢様……」
――……お嬢様?
センジュがその少女を「お嬢様」と言ったことに対して、私の疑問と嫌な予感は見事に的中した。
「この方は……メギドお坊ちゃまのお姉様でございます」
何が起きたのか、それがどういう意味なのか、私は情報の整理が追い付かなかった。




