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【メギド 魔王城 蓮花の部屋の前】
「メギドお坊ちゃま、ここをお通しすることはできかねます」
蓮花は自分の部屋にいる様子であった。
そして、私の読み通り、蓮花にはセンジュがついていた。
蓮花の部屋の外で、ただ悠然と立っているだけなのに、他の魔族にはない威圧感がそこにある。
私が蓮花に話があると言って来たのに関わらず、センジュがそれを通しはしなかった。
「お前も蓮花に色々と聞きたいことがあるだろう」
「はい。ですが、蓮花様は今、ゴルゴタ様に命をうけた仕事でご多忙なのでございます。メギドお坊ちゃまであってもお通しすることはできかねます」
断固たる拒絶を示し、センジュは私を蓮花の部屋へと通そうとしない。
「ならばお前と話をしよう。それならばいいだろう?」
「……ダチュラが聞いていても構わない話でしょうか」
後ろを向くとダチュラが私にぴったりと貼りつき、私とセンジュの方を睨んでいる。
何か下手な話をすればゴルゴタに話がいくだろう。
「こそこそと話すのがまずいのならば、堂々と話せばいい。ダチュラ、ゴルゴタには好きなように報告しろ」
ダチュラは不満そうな表情をしていたが、私たちを止める術がないのか黙してこちらを睨んでいるだけだ。
それに、ダチュラにとっても色々と聞きたいことがあるだろう。
ここは睨みながら牽制しつつも、私たちから情報を得ることを望んでいるはずだ。
「センジュ、落ち着いたのか?」
「…………いいえ、心穏やかではありませんね」
まだセンジュはまだ殺気立っていた。
幾分か落ち着きを取り戻している様子だが、それでも地下に母上を殺した勇者が生きているのはセンジュにとっては心穏やかではいられないことなのだろう。
「そうか。蓮花とあれから話をしたのか?」
「いいえ。蓮花様はかなり集中なさっている様子でしたので、わたくしは何も」
「何に集中しているというのだ? ここにきてからずっとそうだが、何の研究に打ち込んでいる? センジュ、知っているか?」
「……お見受けしている通りの事だと存じます。それ以上のことは申し上げられません」
「私に何を隠している……? センジュ、お前は知っているのか?」
「………………」
言葉を濁し難色を示すセンジュに対し、私は疑念を抱く。
蓮花の事に対して口止めをされているのは分かるが、センジュ自体も何か私に隠している様子に見える。
嘘をついても私にはすぐに分かる。
つまり、沈黙は肯定ということだ。
「私に隠しだてしている場合ではないぞ。もう猶予がないのだ。蓮花に洗いざらい吐かせる必要がある。あの女は色々隠している」
「……でしたら、ゴルゴタ様に直談判されてはいかがでしょう? ゴルゴタ様が蓮花様が隠し立てしていることを暴きたいと言うのであれば、わたくしもそれに従うしかございません」
「ほう……まぁ、先ほどダチュラに聞いたことをダシにすれば、少しはゴルゴタも効く気になるかもな」
私がダチュラを振り返りそう言うと、ダチュラは狼狽した。
余計なことを話すなとゴルゴタに散々念を押されているダチュラは、ゴルゴタに情報の出どころを知られたくないだろう。
「ちょっと! 辞めてください! あたしがゴルゴタ様にまた怒られちゃうじゃないですか!?」
「口を滑らしたお前が悪いだろう」
「なら、もう二度とメギド様とは口をききませんわ!」
「最初からそうすればいいのだ。お前はわきが甘い。だから私たちがこんな苦労を強いられることになった」
「それは前にも申し上げた通り――――!」
蓮花の部屋の前で私たちが話をしていると、センジュの後ろの扉がゆっくりと開いた。
そして中から蓮花が顔を覗かせる。
目は充血しており、生気のない目が更に死んでいるように見える。
ゴルゴタと話していないときはいつもこの目だ。
ゴルゴタと話しているときは幾分か生きている者の目をしているのに。
「すみません、集中しているので、お話は別の場所でお願いしてもよろしいですか? 今、大事なところなのです。妨げないでいただきたい」
冷たい声色で、死んだ瞳を私やダチュラに向ける。
要するに、私たちがここで大騒ぎをしていると「うるさい」「邪魔だ」という事だ。
余程集中しないとできない何かをしている様子。
部屋の中をちらと見るが、息のある人間が何人も転がっているのが見えた。
紙やペンなどもそこら中に落ちているし、散らかっている。
だが、肝心な何をしているかまではその隙間から見える部屋からは分からなかった。
――この私の城で、この私に対して随分生意気な態度を取るではないか
「私に付き纏われたくなかったら、隠していることを全部話せ」
「…………なら耳栓をして集中いたしますので、結構です」
バタリ。
私と話すなと言われていることを守っているのか、集中していたところを邪魔されて不快だったのか、あるいはその両方か分からないが蓮花は私と話すことはしないようだった。
ならば先ほど話していた通り、ゴルゴタを差し向けて暴かせる他ない。
あるいは、排泄の為にこの部屋から出るときについて出て様子を見る他あるまい。
だが、そんな卑賎な真似をしては、この美しき私の沽券に関わる。
ガチャリ。
「ちなみに、ゴルゴタ様に何か告げ口をしても無駄です。私は集中したいので何かあっても明日にしてくださいと言ってあります」
バタリ。
一瞬再度顔を出したが、言いたいことだけ言って蓮花は再び部屋の扉を閉めた。
――なんと無礼な……そして用意周到。隙がない。ゴルゴタにそんな指示を出せるのは、ゴルゴタは蓮花の研究の何かに期待してのことだろう……こうなればゴルゴタ本人から直接話を聞いた方が話しが早そうだ
「ならゴルゴタに直接聞く」
「お止めになられた方がよろしいかと思います」
センジュの前から踵を返し、王座の間に向かおうとする私をすかさずセンジュが引き留めた。
「ゴルゴタ様は未だ地下にて勇者らの牢の前から動きません。今は特に、わたくし以上に殺気立っておられるので話をするのは困難かと」
「…………はぁ……ならば、私は別の方法で調べるから良い」
これ以上ここにいても不毛だ。
ならば、私は別の方法で探っていくとしよう。
センジュも浮かない表情をしていたが、それで私に一礼し、そして蓮花の部屋の前で完璧に警護の任に戻った。
「メギド様、今度はどちらに行かれるのですか?」
「書庫だ」
「書庫?」
「私とは二度と口をきかないのではなかったのか?」
「っ……ええ、そうですとも!」
――やはり単純な女だ
ダチュラは邪魔だ。
蓮花が私たちを邪見にしたのと同じか、それ以上に。
横からぐちゃぐちゃと話しかけられると私も集中できない。
横に居られて見張られているだけでも集中力を欠くというのに、くだらないことを話しかけられたら余計に集中することができない。
黙らせておいたほうがマシだ。
私は書庫に向かって歩き出した。
この広い城内で歩いてどこかに向かうのは疲れる。
こんなときにタカシがいれば乗って行けるのに、と、私は考え、私はダチュラに乗ることを考えた。
考えて間もなくダチュラの肩に飛び乗った。
するとダチュラはたちまちバランスを崩し、その場に倒れ込んでしまった。
「いったぁ……! いきなり何するのよ!?」
「歩くと疲れるからな、お前に乗って移動しようと考えた」
「ふざけないでよ!! ここから書庫なんて大した距離じゃないでしょ!?」
――まったく、私に敬語を使うのか使わないのかはっきりしてもらいたいものだ
「一介の使用人風情が私に意見するな。私を乗せて書庫までお前が歩け」
「無理に決まってるでしょ!?」
「脆弱な……」
「あんたが言うんじゃないわよ!!!」
ダチュラは身体の鍛え方が足りない。
私に肉体労働をさせるようでは使用人失格だ。
前に魔王城で生活していた時は、私が歩かなくて済むようにセンジュが色々と手配してくれていたが、今となっては自分で歩かなければならない。
非常に不便だ。
「はぁ……仕方ない。歩く他ないのか……他に方法ないのか。こんなときにあの阿呆がいればな……ダチュラはタニシ以下だな」
「どうでもいいから、あたしの上からどきなさいよ!!!」
蛇腹鞭に手を伸ばし、私に向かって躊躇なく振り切ったときには、すでに私は宙を1回転し、床に着地していた。
「ふざけると殺すわよ!?」
「ふざけているように見えるか? 私は大真面目だ。如何に私の労力を割かずに済ませるかは重要な課題であり――――」
「もう、うるっさい!! 最低! さっさと書庫に行くわよ!?」
余程腹が立ったのか、ダチュラは私を監視する命も忘れて先に書庫に向かって歩いて行ってしまった。
――ふむ。これなら他の場所に行っても気づかれなさそうだ。とはいえ、書庫以外に行きたい場所もない。今度ダチュラを追い払いたい時には使ってみよう
諦めて私は書庫に向けて歩き出した。
***
【メギド 魔王城書庫】
私は以前よく書庫にきていた。
ただ、私は魔王城の書庫の本の内容も全て頭に入っていた。
だからここに来る必要はなかったが、この書庫の独特の匂いが好きだった。
母上がよくここで私に本を読んでくれた思い出もある。
書庫にいると私は落ち着いた。
本の種類も、本の内容も、本の位置も全て記憶している。
つまり、ここにない本が蓮花が持っていた本だということだ。
何の本を持って行ってるかで大体の当たりをつけることはできる。
とはいえ、蓮花の横に詰まれていた本の山の表題は覚えている。
いずれも死の法に関する本だった。
魔人化についての話もあったことから、魔人化についての書籍も持ち出していると考えて相違ないだろう。
私が知りたいのはその他の本だ。
――さて、ここにない本は……
本棚を見て、順番が前後している部分もあるが、ここに無い本は何なのかは分かる。
死の法に関する本、魔人化に関する本、魔族の身体に関する本、そして、三神伝説関連の本だ。
三神伝説の本はいくつかあったが、全てそれがない。
ゴルゴタがそんな本を読むために持ち出しているとは考えにくいし、センジュもここの本の内容は頭に入っているはず。
他の魔族もゴルゴタの支配の下、本を悠長に読んでいる時間はないだろう。
とすれば、蓮花以外にそんな本を持ち出さないはずだ。
――三神伝説の本など持ち出してなんだと言うのだ……蓮花も神の存在に感づいているのか?
それに、魔族の身体に関する本も持ち出していることから、やはりゴルゴタの身体から『死神の咎』を取り出す為の準備をしていると考えられる。
――ゴルゴタが勇者に殺されるという話をしているにも関わらず、それについて研究しているのならそれはゴルゴタの意思なのか? 確かにゴルゴタは自身の『死神の咎』を疎ましく考えている様子だった。だが、今はそんなことをしている場合ではない。何か急がなければいけないような他の何かがあるはずだ。三神伝説の本を持ち出しているのは死の法の件で持ちだしているのか、あるいは他に何が……
私が本棚の本を確認し、椅子に座って考え事を始める。
1分、10分、1時間と私が考えていると、ダチュラは眠くなったのか椅子に座ったまま眠ってしまっている様だった。
――私を見張るには不適材だな……もうここには用はない。もう随分時間も経ったことだし、蓮花の部屋へ戻ってみるか……三神伝説について何か考えているのなら、奴の意見を聞いても悪くないだろう
ダチュラを起こさないように、私は静かに書庫を後にした。