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【メギド 魔王城地下牢】
気絶した勇者パーティ4人の処遇についてゴルゴタとセンジュと話し合ったが、話がまとまるまでにかなりの時間がかかった。
部外者らしいイザヤはやかましいだけなので蓮花に気絶させられ、同じく床に横臥している。
ゴルゴタは伝説の勇者らに対し、長期間の拷問を主張。
瀕死状態まで追いやり、蓮花に回復させて、何度も何度も拷問し尽くすことを望んだ。
センジュは拷問などせず、すぐに殺して始末することを主張。
母上を殺害された憎しみで、まさに鬼の形相であった。
「おい兄貴ぃ……てめぇはどうなんだよぉ……? 本当はぶっ殺してぇんだろぉ……? キヒヒヒヒヒ……」
ゴルゴタはしきりに私を挑発してきた。
確かに母上を殺した勇者らに対して、少しも憎しみがないと言えば嘘になる。
だが、ここでひたすら拷問をして精神を崩壊させるのも、即座に殺害して幕をひくのも私は納得がいかない。
まずは情報が第一だ。
天使族が言うように勇者の選別が突然であるのなら、何かその前兆をこの者たちが知っているはずだ。
そこを聞き出し、伝説の勇者の発生を抑えることの方が建設的だと考える。
だが、その当人らは気絶したまま起きる気配がない。
蓮花は
「記憶が戻ったショックで気絶しただけでしょう。目覚めた際にどうなっているかは分かりませんが、その内目を覚ますでしょう」
と言っていた。
問題は記憶が戻った際に、私にとって有益な情報が得られるかどうかだ。
「メギドお坊ちゃま、危険です。目を覚ます前に始末いたしましょう」
今までにないほど殺気立っているセンジュの言葉に、私も「落ち着け」とは言うものの、怨嗟の感情を必死に抑えているセンジュは爆発寸前だった。
これ以上この者らと同じ空間にいるのは限界だろう。
「今は発覚したばかりで、こうして目の前にいるから冷静な判断ができない状態だ。幸いにも蓮花が動けないようにしてある。一度ここから離れて頭を冷やせ。私も冷静に考えたい。確かに目の前に母上を殺した者がいると、この私ですら冷静に考えるのは困難だ」
私が勇者らから目を離し、別の方向を向いて落ち着きを取り戻そうとすると、ゴルゴタはそれが面白くないらしく私に絡んでくる。
「けっ、もったいつけんなよ! 冷静になる必要なんかねぇだろぉ……?」
「…………メギドお坊ちゃま、記憶を取り戻した今、如何なる脅威になるとも分かりません。即座に始末してしまいましょう」
――センジュもかなり冷静さを欠いているな……
ゴルゴタの意見も聞こえていない訳ではないだろうに、センジュはいち早く始末することを話の流れを無視して主張してくる。
「駄目だ。私たちは今全員冷静ではない。1度この場を離れ、冷静に考え結論を出すべきだ。センジュ、らしくないぞ。落ち着け。母上を殺された憎しみは私も分かるが、情報を聞き出す方が重要だ」
「しかし……っ!」
「センジュ、控えろ。これは命令だ」
これほどまでに冷静さを欠くセンジュは珍しい。
だが、そのセンジュに対し、私は語気を強めて命令した。
センジュは苦虫を噛みつぶしたような表情をするが、私の命令に対して謝罪の言葉を口にする。
「かしこまりました。申し訳ございません。メギドお坊ちゃま。わたくし、落ち着くために一時ここから離れ、蓮花様のご様子を拝見してまいります」
その場に背を向けて、去ろうとするセンジュの腕を素早くゴルゴタが掴み、捻りあげた。
普段のセンジュであるなら素早く避けることもできたはずだが、センジュはそうしなかった。
あるいは、頭に血が上りすぎて他の事に気を配ることができないのかもしれない。
「待てよジジイ。問題から目ぇ背けんな。今の魔王は俺様だぜぇ……兄貴じゃなくて俺様の命令を聞けよ。こんな話先延ばしにしても仕方ねぇだろ……今決めるんだよ」
ギリギリ……とセンジュの腕を捻りあげ続けるゴルゴタの手に、そっと手を置いて静かに答えた。
「……確かにそうでございますね。ゴルゴタ様に従いましょう。そうなれば、わたくしはゴルゴタ様に従う他ございません。さすれば、わたくしはここには不要かと思いますが、如何でしょう?」
丁寧にゴルゴタの手をほどき、センジュは浅く一礼して見せた。
冷静さを欠いているのを必死に隠すように、無理やりに笑顔を作っているせいか不自然な笑顔になっているのが分かる。
ゴルゴタはそれを察し、それ以上深くは踏み込まなかった。
賢明な判断だと言える。
「ちっ……小賢しいこと言いやがってよぉ……まぁ、人殺しのことも放っておけねぇし、行ってもいいぜぇ……でもダチュラが見張ってるから、その様子を見てろ。あいつら仲わりぃからよぉ……キヒヒヒ……」
ゴルゴタは笑いながら舌なめずりをする。
もったいつけて、こんなに歪んだ笑顔を見せながら言う次の言葉は大体ろくでもないことに決まっている。
「ダチュラが人殺しに手ぇだそうとしたら、ダチュラを殺せ……いいな?」
――やはりな、ろくでもないことだ
不気味な笑顔でそう言うゴルゴタに、センジュと私は呆れて言葉を失う。
何故に「止めろ」や「仲裁に入れ」ではなく「殺せ」になるのか理解できない。
まがりなりにも地下牢から出してもらった恩を、僅かにも感じていないのか不思議にすら感じる。
「ゴルゴタ様、何故そこまでダチュラを嫌うのですか?」
見かねたセンジュはゴルゴタに対して問い返す。
こうすればセンジュを引き留められると考えて、あえて「殺せ」と言ったのであればなかなか良い手だと私は思考する。
「別に嫌ってねぇよ? でも、あいつは俺様が洗脳しただけのやつだ。信用してる訳じゃねぇ。ダチュラに監視を命令したのも、あいつの忠義を試してんだよ……」
「ならば、何故蓮花様を信用しておられるのですか? ダチュラよりも付き合いの日も浅く、彼女が何をお考えなのかメギドお坊ちゃまもわたくしも読めません。そうであるにも関わらず、何故ですか?」
「…………」
ヘラヘラと笑っていたゴルゴタの表情は曇った。
機嫌を損ねたように見えたが、すぐにまた不気味な笑顔を作り上げ、笑う。
「根本的に、てめぇらに言っておくことがあったなぁ……よく聞いておけよぉ……?」
不気味な威圧感を放ちながら、ゴルゴタは私たちに叫ぶように言い放った。
「俺様を閉じ込めやがったてめぇらなんざ、一切信用してねぇ! 俺様とあの人殺しは従順な関係だ。詮索される覚えもねぇ! いいか!? 俺様とあいつの間にずけずけ入ってくるんじゃねぇ!!! 立場を弁えやがれ!!」
豹変したゴルゴタは近場にあった檻の1本を掴み、いとも簡単に引きちぎった。
それを怒りに任せてセンジュに向かって振り下ろす。
ガキンッ! という鈍い音がしたが、センジュはその鉄の棒を素手で受け止め、困ったような表情をしていた。
「…………ゴルゴタ様、貴方様が誰かを信じる気持ちになられたことについては、このセンジュ、大変喜ばしく思います。ですが、蓮花様は我らにとって脅威になりえる存在です。それをお忘れになりませんようお願いいたします」
「そういう口答えをしてくるなっつってんだよ!! アイツは俺様を裏切らねぇ!! 見てりゃ分かるだろぉ……てめぇらみてぇな俺様の寝首掻こうとしてる輩とアイツはちげぇんだよ!!!」
あれだけ誰の事も信用せずに、簡単に魔族も人間も殺し、苦しめることしか考えていないゴルゴタが、そこまで蓮花を信用しているのは意外としか言いようがない。
あるいは、もうすでに蓮花に何か魔法をかけられている可能性すらある。
「ゴルゴタ、蓮花に何かされた覚えはあるか?」
「あぁ……?」
「らしくないぞ。蓮花は脳を改造する実験をしていたことがあるようだ。お前、既に何かされ――――」
私の言葉を遮るように、今度はセンジュに向けていた鉄の棒を私に向けてきた。
そうなるとは思っていたが、明らかに冷静さを欠いている。
氷の魔法を瞬時に展開し、その氷の礫をもってゴルゴタの腕を吹き飛ばした。
そして身体を無理やりに氷の魔法で固定し、動けなくさせた。
いくら細胞が『死神の咎』で無限に再生するとはいえ、絶対零度の中では物質は動くことはできない。
つまり、ゴルゴタは全く身動きがとれなくなったということだ。
固定しているのは腕、脚のみであるので生命活動には影響はしない。
無理に動けば肉体ごと氷が割れてしまうだろうが、ゴルゴタはそうせず大人しくしていた。
「おうおう……てめぇも結局実力行使ってわけかよ……?」
「私たちは話し合いをしているのだ。お前をどうこうしようとは考えていない」
「俺様を殺せねぇもんなぁ……? こうするしかねぇんだろ……」
憎しみに満ちた目でゴルゴタは私を睨みつける。
私への憎しみは薄らいではいない。
一度また呪いを受けたのなら、私は再び解呪が必要になるだろう。
そうならないように注意深く警戒しなければならない。
蓮花が解呪できるだろうが、蓮花が解呪することをゴルゴタが良しとするわけがない。
「ゴルゴタ様、メギドお坊ちゃま、落ち着いてくださいませ」
私とゴルゴタの間にセンジュが入り、仲裁しようとする。
子供の頃はよくあったことだが、もう子供の喧嘩では済まない。
センジュとて本気で仲裁に入ればただでは済まないだろう。
「一番落ち着いてねぇジジイがそれを言うかよ」
一見落ち着きを取り戻したように見えるが、センジュの意識は未だに勇者らの方に向いている。
憎しみを抑える片手間で私たちの仲裁をしているように見える。
この場にいて冷静なのは私だけと言う訳だ。
「私は、お前が既に蓮花の術中に嵌まっているのかもしれないと考えている。考えれば不自然だ。お前が人間の女に信頼を置くなど。言葉巧みに騙されている可能性はないのか? あの女ならやりかねない」
私が言った言葉で、ゴルゴタは一層怨嗟を滾らせた目で私を睨みつけてきた。
よほど癇に障ったらしい。
身体が砕けると分かっていながら、ゴルゴタは無理に身体を動かした。
ブチブチと嫌な音と共にゴルゴタの血液が溢れ始める。
「やめておけ。無限に凍らせることもできる」
「それじゃ俺様を殺せねぇ……キヒヒヒヒヒ……ヒャハハハハッ! そんなにアイツが信じられねぇなら教えてやるよ……俺様がアイツを信用してんのはなぁ……頭をいじくられたからじゃねぇ!」
かなりの量の血が凍てついた場所にかかり、湯気がたっている。
にも拘わらず、ゴルゴタは肉が裂けてもそれを振りほどこうとし、ついには腕の1本を強引に引きちぎった。
そして、心の底からの叫びをあげる。
「蓮花が俺様を殺せるからだ!!」
――何……?
ありえない。
ゴルゴタを殺すことなどできないはずだ。
私ですらできないことが何故あの女にできるというのか。
私がセンジュの方を見ると、センジュも私の方に目配せをした。
センジュもそれを信じることができないという様子だった。
引きちぎった腕はすでに再生を始め、瞬く間にゴルゴタの腕は元通りになり、再生したその手の指の肉をガリガリと噛みながら苛立っている様子だ。
「どういう意味だ?」
「けっ……てめぇらが俺様に仕込んだ『死神の咎』を、アイツは分離できるって言ってたぜぇ……? 天才回復魔法士様だってこった……てめぇらみたいな役立たずと違ってな!」
蓮花がそう言っていたというのは、ゴルゴタを見る限り嘘ではないようだ。
――当時、センジュは身体に溶け込み二度とゴルゴタから取り出せなくなると言っていたが、蓮花の技術ではそれすらも可能というわけか……
どれだけ規格外な回復魔法士なのだろうか。
しかし、それはカノンの言っていた要素や拘置所で得た情報、本人の言っていた過去を照らし合わせると尋常ではない努力がその結果に結びついているのだろう。
一口に“天才”という言葉で片付けることはできない。
――弟の為と言っていたが……もう他界している。にも拘わらずせっせと何かを研究していると思ったら、ゴルゴタの身体から『死神の咎』を分離させる方法を探していたのか……?
「そうだとして、何故それが蓮花を信用たることとなる? 殺せるというのなら尚の事信用には足らないではないか」
「てめぇらには教えねぇよ。うざってぇなぁ……てめぇら、今度俺様とアイツのことをぐちゃぐちゃ言ってきやがったら……」
ゴォオオオオオッ!
一瞬で爆炎がゴルゴタの身体を包み込み、私のかけた氷の呪縛から解放された。
「てめぇら2人まとめて消し炭にするぞ……」
低く鋭い声色でゴルゴタは私たちを強く牽制した。
これ以上ゴルゴタと蓮花のことに踏み込んでいくのは危険だと感じる。
ゴルゴタが暴走しかねない。
「…………ふん、脳を弄られているかどうか、蓮花に直接問えばいいだけの事。お前が言いたくないのなら私が尋問する」
「無駄だぜ。アイツにはてめぇと話すなって言ってあるからなぁ……」
そういえば蓮花がゴルゴタにそんなことを言われていたことを思い出す。
今のところの蓮花の忠誠心を見るに、それが覆るとは考えにくい。
「ふむ……無言でも私が尋問すれば反応で分かる。と、考えたが、あの女はあまり感情の読み取れない女だ。特に心を閉ざされていると何も読み取れない」
「だろうなぁ……俺様もアイツの考えてることなんざ分からねぇよ……でも、俺様と同類だぜぇ……ぶっ壊れてやがる。キヒヒヒヒ……」
聞き出す方法は他にいくらかあるが、ゴルゴタが蓮花に私を近づけさせはしないだろう。
なんとか私と蓮花で話をする機会がないだろうか。
――いや……蓮花は確か私に『時繰りのタクト』を借りたと言っていたな……それが正しいのならあちらから私に接触してくるか? しかし、もう呪いの花のサンプルはとった。もう接触はしてこないか……?
そう考えると矛盾があることに気づく。
私と話すなと言われ、ゴルゴタに忠義を尽くしている蓮花が私に『時繰りのタクト』を借りに来ることは矛盾している。
――蓮花が如何様にして私から『時繰りのタクト』を借りたのか、あの花の咲いていた者に詳細を聞き出すか……
私が考えている間に、センジュがこの場にいないことに気づいた。
この場から一刻も離れたいと考え、いなくなったのだろう。
私たちの不毛な争いに見切りをつけてゴルゴタの指示に従った。
――だが、それにしてもセンジュは蓮花に対して友好的だ。先ほどは脅威になるとゴルゴタに警告していながら、始末しようとはしない。センジュも何か蓮花に頼みごとをしているのだろうか?
センジュが何を考えているかは分からない。
だが、これは良い機会だ。
蓮花という災厄になりえる存在を徹底的に洗い出し、ゴルゴタの豹変の原因を突き止める。
私はそう決心した。