死の花を枯らしてください。▼
【メギド 魔王城 城内】
あの庭での話し合いから1日が経った。
私は相変わらずダチュラに見張られながら生活し、ゴルゴタはセンジュと蓮花と話をしているのを見かける。
ゴルゴタは私に対してアギエラを復活させろとは言ってこない。
本当に人間の殲滅については猶予がありそうな様子だ。
それに、そのために呼ばれた鬼族の長である右京は別に何をさせられるわけでもなく、相変わらず雑用をさせられていた。
ゴルゴタは右京の事などどうでもいい様子で、主に蓮花と話をしていることが多い。
右京は右京で城にいる鬼族の開放の為に画策しているようだったが、目だった功績は見受けられない。
蓮花の行動に注視しながらも、私は城で優雅な暮らしを取り戻していた。
ダチュラが見張っていること以外は以前の生活とそれほど変わりはない。
私は自室で大窓の窓際にある椅子に座りながら、頬杖をついて外の薔薇を眺めていた。
その一部だけを切り取れば元の生活に戻ったかのような錯覚に陥る。
「メギドお坊ちゃま、久々にわたくしが淹れた紅茶でもいかがですか?」
センジュが私と話をする機会もあった。
ただ、ダチュラが聞いているために核心に迫った話はできない。
あれこれと積もる話もあるのだが、ゴルゴタに筒抜けだと思うとあまり何もかもを話すわけにもいかない。
「あぁ、そうだな。センジュの淹れる紅茶が一番だ。久々に淹れてもらおうか」
「では、紅茶のセットをお持ちいたします」
優雅に部屋を去ったセンジュは、私が窓の外を眺めている間の数分程度経った後に、再度部屋に戻ってきた。
「ゴルゴタの様子はどうだ?」
見ていれば分かることだが、センジュが知っていることを聞こうとセンジュに尋ねる。
「見ての通りでございます。最近はとても楽しそうでいらっしゃいます」
指し障りのない答えが返ってくる。
恐らく、自身のことを言わないようにと口止めされているのだろう。
「なら、蓮花の方はどうだ?」
「……蓮花様のことについてはメギドお坊ちゃまに話さないようにとゴルゴタお坊ちゃまから言われておりますので……申し訳ございませんが」
「だろうな」
蓮花のことはカノンや拘置所の書類を見てある程度は知っているが、本人については未だに謎が多い。
弟がいたことは資料にも書いていなかった。
カノンも知っている様子もなかったので、その弟が鍵になってくるのだろう。
こんな状況であるから、蓮花の出生についての情報は手に入らないだろう。
蓮花の親について何か情報があればいいが、カノンが知っているだろうか。
――カノンに蓮花の両親について聞いてみるか……?
蓮花は「弟が殺され」と言っていた。
誰かが誰かを殺すというのは別段珍しくない事だ。
誰かが殺されるたびにその種族ごと滅ぼそうと考える者が現れていたら、とっくにこの世からすべての生き物が死に絶えているだろう。
弟が殺されたからといって人間そのものを破滅させようと考えるのは考えが飛躍しすぎている。
ゴルゴタについては魔族であるから、その考えは分からないでもないが、蓮花の方は元々回復魔法士で人の命を救う仕事をしていたはずだ。
それを正反対の方向に行く理由がいまいちわからない。
だが、それを私から聞いても蓮花は硬く口を閉ざすだろう。
ゴルゴタを上手く誘導して聞き出す他ない。
「…………ゴルゴタお坊ちゃまは、蓮花様がいらっしゃってから変わられました。良い傾向だと思います」
「庭のアレを見てもいい傾向だと?」
「あれはゴルゴタお坊ちゃまがされているというよりは、蓮花様がされております」
「それだ。そこが悪いのだ。蓮花はタチが悪い。そう思わないか? ダチュラ?」
黙って聞いていたダチュラに私は話を振った。
「……ええ。最低で最悪な女」
この女が賢ければ私の口車には二度と乗らないだろう。
だが、ダチュラは私の問いかけに対して返事をした。
この前のあれがあったにも関わらず、まったく学習していない。
余程蓮花への鬱憤が溜まっているらしい。
「ここは私たちで組まないか? 私は蓮花と2人きりで話がしたい。お前もたまにはゴルゴタと落ち着いて2人きりで話がしたいだろう? 役割分担だ」
「……そんなことしたら殺されます。メギド様から目を離すなと言われていますし……それに、ゴルゴタ様はあたしと話したくないと思います……」
「そう卑屈になるな。ゴルゴタは単純だ。ゴルゴタの好物でも持っていけば簡単についてくるに決まってる」
とは言ったものの、ゴルゴタの好物は私は分からない。
センジュなら知っているだろうかと尋ねる。
「センジュ、ゴルゴタの好きなものは何だ?」
「そうでございますね……龍族の肉はお口に合ったようですが」
「上位魔族の肉は早々用意できるものではないな」
そんなことをしたら人間との戦争の前に、龍族と揉めることになってしまいそうだ。
窓の外の薔薇を見つめていると、花が目に入る。
花は喜ばれるものであるということが挙げられるが、ゴルゴタにそんなものを贈ったところで到底喜ぶとは思えない。
「花で喜ぶタイプでもない」
「ゴルゴタお坊ちゃまはご自身で欲しいものは勝ち取りに行く方です。何かを与えられても喜ぶようには思いませんが」
「確かにそうだな。支配者というのは搾取するのが当たり前か……ダチュラが上手くいかないということは、色仕掛けも通用しないようだな」
性欲がない訳でもないだろうが、今は檻から出た際の刺激の方がゴルゴタにとって新鮮で性欲などどうでもいいことのようだ。
それに、魔族は人間と違って万年発情期ではない。
然るべきときに魔族は繁殖する。
ゴルゴタの精神は子供の頃のままだ。性的な興奮などというものからかけ離れた生活をしていたせいで、欠如してしまったのかもしれない。
かくいう私も、別に女に興味はない。
ずっとそうだ。
ずっと、魔王城で王座を守り続けてきた。
それだけだ。
センジュは私の子息についてあまり何も言ってこない。
代々魔王家に仕えてきたセンジュだ。
これからも魔王家に仕える者として、この魔王の血筋の子を望むはずだが強くは言ってこない。
言いづらいのは分かっているが、私としても気を遣う。
「ともすれば、1人になるときと言えば……排泄のときくらいか?」
「確かにそうかとは思いますが、蓮花様を近くに待機させていると思います。あまり好機ではないかと――――」
と、センジュが話しをしている際に、何やら城内が騒がしくなったのが分かった。
外から何やら騒がしい声が聞こえる。
その中にはゴルゴタの笑い声も聞こえた。
ゴルゴタが笑っているということは、大抵ろくでもないことだろう。
「何かあったようだな。騒がしい」
「様子を見に行かれますか?」
「……あぁ」
私は気乗りしなかったが、椅子から立ち上がって声のする方へと向かうことにした。
センジュと、ダチュラは私の後ろを静かについてきていた。
声のする方向へ向かって行くと、そこには案の定蓮花とゴルゴタがおり、1人の女の人間を囲んでいた。
「なるほど……これも死の法に近い呪いを感じますね」
「はぁん……これがねぇ……」
近づくと、見覚えのある者が目に付いた。
血のように赤い、薔薇のような死の花だ。
天使族の街で見たあの呪いの花。
それが人間の女の身体から生えている。
その人間は町から攫ってきたであろう人間から咲いているようだ。
人間は激痛を感じているのか、のたうち回ってその花を毟ろうとするが、身体の奥深くまで根ざしているその花がそう簡単に取れるはずがなかった。
引っ張る度に激痛が走るのか、のたうち回って叫び声をあげている。
――何故だ……?
「よう、メギドお坊ちゃん。早速騒ぎを聞きつけてやってきたってかぁ? キヒヒヒヒ……」
「何故その人間の身体から、その花が咲いているのだ……?」
「コイツが仕組んだらしいぜぇ……? なぁ?」
「そのようです。成功したようですね」
何を言っているのか理解できない。
その花は『時繰りのタクト』の副作用だ。
何故その人間がその花の症状がでているのか分からない。
私がその人間に『時繰りのタクト』を貸すわけがない。
そして、私が所有している『時繰りのタクト』はそう簡単に盗まれたりするほど私が間抜けであることはないはずだ。
「死神の呪いとやはり同系統の呪いですね。貴重なサンプルとして研究します」
「まぁたてめぇは研究研究って……」
「死の法に近いものを探るのが近道だと思いまして」
蓮花は魔法を展開してその花の咲いている人間を調べている。
私は近づいて痛みに悶えている人間に質問をした。
「何故お前にその花が咲いている? 『時繰りのタクト』を使ったのか?」
「うぅううう……ぐぅ……はぁ……はぁっ……そうです……蓮花さんが……1日だけ時間を戻してって……あぁああぁっ……!」
「何故蓮花が『時繰りのタクト』を持っていたんだ」
「こう……言うように……と……“メギドさんに貸してもらったと言え”と……言っていました……」
「私が『時繰りのタクト』を貸すわけがない。蓮花の嘘だ」
「でも……メギド様はその場にいました……あぁっぁぁああぁ……本当に合意の上だったと……蓮花さんに過去に戻ったらそう言えと……もう……助けて……くださ……とてつもなく痛いんです……内側を食い破られているような……感じで……っ!!」
「ちょっと待ってください。今調べていますので」
蓮花はその花を念入りに調べている。
魔王城にある文献を目まぐるしくページをめくりながら、別の魔法式を展開し、次々にそれを試していった。
すると、人間に巣食っていた呪いの花は途端に枯れ始め、人間は痛みが治まったのか汗をびっしょりとかきながら懸命に空気を吸い込んで息をして安堵している。
蓮花が花の茎の部分を手で掴み、力任せに引っ張ると、その呪いの花は肉を多少跳び散しながらも引き抜くことに成功していた。
――なんだと……!? 天使族の解呪の力を持ってしてもどうにもならなかったあの呪いの花が……こんなに簡単に……
「ぎゃぁあああぁああっ……!!!」
「抜けましたね。肉は根に絡めとられていますけど、今直しますからちょっと待っていてください」
蓮花が再び魔法を展開すると、その死の花を引き抜く先にこそげ落ちた人間の肉は再生し、元通りになった。
苦しみから解放されたのか、人間は安堵しそのまま意識を失ったようだ。
この女は、『時繰りのタクト』の大きな代償をものともしない恐ろしい解呪能力を持っている。
――危険だ
無限に『時繰りのタクト』を使い続けて行けば、私の手には余る。
それこそ勝ち目のない戦いと言っても過言ではない。
だが、蓮花が誰かに使わせることによって効果を発揮するのなら、永遠に繰り返すことすらできる。
「貴重なサンプルが取れました。これで研究が1歩進みます」
もう枯れてしまったしの死の花を見つめながら蓮花はつぶやいている。
「貴様……私にどんな言葉を使ってそそのかした?」
「そそのかすだなんて、人聞きが悪いですね。私は正面から“貸してください”と言ったはずです」
「そんなことで私が貸すとは思えない。何かトリックを使ったな?」
「さぁ……未来の私の行動は私にもわかりませんから」
――待てよ。この女、もしや弟が死ぬ前まで時間を戻し、やり直そうとしているクチか? 死後何日経っている? それほど長い時間巻き戻すことは不可能だ。だが……この解呪の力があればそれは実現してしまう
私がゴルゴタを争わずに済んだ時代まで戻ることを一瞬頭によぎったが、それは無理だ。
蓮花はその当時生まれてすらいない。
やはり繰り返すことができるのは、できても数か月程度が限度。
それ以上は不可能だ。
「……ゴルゴタ様、少しこの事象を研究したいので、自室にこもってもいいですか?」
「あぁ? ……好きにしろ。ほどほどにしておけよ。ジジイはコイツのこと見張ってろ。コイツの研究の邪魔すんじゃねぇぞ」
「かしこまりました」
「では、失礼します。自室におりますので、何かあればお声がけください」
蓮花は気絶している人間の足の方を掴み、ずるずると引きずりながら自室へと向かって行った。
「……?」
何か妙だ。蓮花の声が上ずっているように感じた。
それに、人間を引きずっているだけで重労働そうだが、それにしては汗が多く出ているように見える。
脈拍が早い。
――解呪が成功して興奮しているからか?
私は数々の違和感を覚えながらも蓮花の姿を見送った。