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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第2章 人喰いアギエラの復活を阻止してください。▼
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真剣に向き合ってください。▼




【メギド 魔王城庭の端】


「人間はあまりにも醜悪で、大義名分を口走りながらも私利私欲の為なら相手を容易に犠牲にする最低な生き物で、私は大嫌いです」


 蓮花は淡々と、人間の醜悪な部分を列挙して嫌悪を示した。


 いつも何を考えているのか分からない蓮花の表情に、憎しみが宿り、それはとても分かりやすく、そして――――


「自分が人間であることさえも……」


 とても人間らしい感情を持っていることが分かる。


 嫌悪している存在と自分が同じであることに苦しんでいる様子だ。


「もう全て滅ぼしてしまえるならそうしたいですが、ゴルゴタ様の命と天秤にかけたら、ゴルゴタ様の命の方が大切です。なら、私は人間と関わらない生き方を選びます」


 人間を滅ぼすという目的の一致だけでここまできた蓮花の言葉とは思えなかった。


 それがゴルゴタとの唯一の共通点であり、その接点がなくなればゴルゴタと目指すものが異なってしまい、たもとを別つことになる。


 ゴルゴタ自身、自身が死ぬことなどどうとも思っていないはずだ。

 ゴルゴタ自身を助ける代わりに人間を滅ぼすのを諦めるというのは、あまりにもゴルゴタの考えとはかけ離れている。


 それに、人間への怨嗟はそれほどまでに簡単に捨てられるものではないはずだ。

 人間全てを滅ぼしたいのに、何故ゴルゴタ1人の命とそれが吊り合うのか分からない。


「何故ゴルゴタにそう入れ込む? ただ利害関係が一致しただけではないのか?」

「…………こんなことを言うつもりではなかったのに……」


 蓮花は髪の毛をぐちゃぐちゃと自身でかき乱して混乱を示す。


 脈が速い。

 息も乱れているし、手に持っているナイフの切先も手の震えと同様に震えている。

 発汗もしており、目もどこを見ているのかわからない状態で、せわしなくあちこちを見ていた。


「メギドさんは私がゴルゴタ様に忠義を尽くしていることに疑問を持っているようですが、正直……畏れ多くも、私は弟とゴルゴタ様が重なって見えて……弟を助けられなかった私はそれを悔い、少しでもその罪滅ぼしになるなら、ゴルゴタ様を助けたいと思っただけです」


 ――罪滅ぼしになどなりはしない。永遠にお前は悔い続けることになる


 私はそう思っても口に出さなかった。


 激しい怒り、憎しみ、苦しみ、痛みの原動力であるソレは、蓮花の心を蝕み続けている。


 復讐を遂げた後も尚、消えない憎しみが蓮花を動かしている状態だ。


 恐らく、人間を滅ぼし尽くしても蓮花の憎しみは消えることはないだろう。

 その記憶に刻み込まれている苦痛はけして消えたりしない。


 だが、それを昇華させ、覆させるほどの愛しさや慈しみの感情を持ったのなら、その憎しみのエネルギーよりも強くそれは動くのだろうか。


「…………そうか……それほどまで、悔いているのか」

「……後悔しなかった日はありません。このまま毎日ずっと、毎朝、毎晩、夢の中でさえも後悔し続ける生き方なんて、そんなの生きているとは言えません。ですが、ゴルゴタ様の為にこれから生き直すことができるなら、それが私の選べる唯一の生き方です」


 死刑囚になると覚悟して犯行に及んだはずだ。

 狡猾に殺しを隠すこともできたはずだ。


 だが、そうしなかった。


 これから先も生きたいとは思っていなかっただけに、蓮花が生きるという目標を見出すには相当の覚悟が必要だったはず。


 余程、何かそう思わせる事柄がこの2人の間にあったのだと考えるのが妥当だ。


「だから、私はゴルゴタ様のことを真剣に考えています。メギドさんもゴルゴタ様のことを真剣に考えてください」


 あたかも私がゴルゴタのことを真剣に考えていないかのように言われ、苛立ちを覚える。


 私ほどゴルゴタのことを真剣に考えている者など、センジュを除いて他にいない。


 横から入ったぽっと出の人間に口を挟まれるようなことではないと考え、憤りを露わに私は返事をした。


「私は真剣に考えている」


 私の返事を聞いた蓮花は首をゆっくり横に振る。


 横に振ったことで黒い髪が更に目にかかり、暗い表情になった。

 いつにも増して死んだような目で、しかし鋭い目をしている。


「いいえ。貴方はここへ来てから私の行動を注視するばかりで、ゴルゴタ様のことは真剣に考えられておりません。貴方は自分の事を最優先にしすぎなのです。だから現在こうなっていると、分からないのですか?」


 ――こいつ……


 暗い目の中に、確かに強い信念がある。

 退くに退けないその強い信念に、私は虚勢の言葉も出てこなかった。


 私の印象としては、蓮花はあまり強く出るタイプではないように感じていたが、私に対してここまで詰め寄ってくるのを見て考えを改めた。


 最初は私に対して恐れを強く感じていたはずだ。


 これほど感情的になるほど、蓮花は失った弟のことを大切に考えているのだろう。


 ゴルゴタに弟を重ね、ここまで感情移入できるものなのだろうか。

 私には分からない感情だ。


「…………メギドさん、最終的に貴方はゴルゴタ様を死なせたくないのでしょう? 『時繰りのタクト』というもので天使が何度未来を変えようとしても、貴方は自分の家族を殺すことはできなかった。情があるから。だから結末はいつも同じ。それを変える為に今回は衝突ではなく、対話で解決しようとしている。違いますか?」

「………………」

「でも、根本的なところは何も変わっていない。貴方は自分がゴルゴタ様を手にかけたくないという感情を優先し、殺すのを躊躇ためらっていたから今までずっと失敗してきた。ゴルゴタ様が強いから貴方が負けたんじゃない。貴方は負い目を感じ、その心の弱さが原因で勝てないだけなのです」


 ――よもや、そこまで見透かされているとはな……


 確かに私はゴルゴタを殺し切れないだろう。


 私なりに弟を大切に想っているからだ。

 だから何度も何度も失敗する。


 ならば私は非常になることに徹し、ゴルゴタを殺しきることが本当の優しさなのか?


 ゴルゴタの抱える闇を取り払うにはそれしかないのか……?


「黙って聞いていれば、随分知ったようなことを言ってくれるな……」

「……第三者だからこそ、です。大切だからこそ隔離して閉じ込めたくなる気持ちも解らなくもないです。ですが、本人の意思を尊重せずに閉じ込めるのは賛成できかねます」


 より一層口調を強く蓮花は私に言い放った。


 人間であり、人間の感情の変遷を見抜ける蓮花と私では根本的な考え方に大きな相違があっても仕方がない。


 だが、ゴルゴタが蓮花に心を開いている様子を見るに、ゴルゴタと和睦わぼくする為には、今までの私にはない蓮花の行動や思想を自分の中に取り入れていかなければ蓮花の言った通り、戦争が始まってしまうのかもしれない。


「一行の余地はある……」


 私のその返事に蓮花はスッ……と感情的な態度を一変させ、いつも通りの死んだような目に戻った。


「…………もう、結構です。私も感情的になってしまいました」


 私はその態度に更に苛立ちを覚えた。


 これ以上話しても時間の無駄だと判断されたことは明白だ。


 その態度が気に食わない。


 今は蓮花が少しは話す気になったようだったので、私は蓮花の過去についてもう少し聞き出そうと考えた。


「そこまで言うのなら、お前と弟は仲が良かったのか?」


 自分の方に立ち入られて不快そうな表情をしたが、言いよどみながらも渋々返事をした。


「……ええ、そうですね。かけがえのない存在でした。だから、出過ぎた言葉とは思いますが、御二人とも、生きている内に悔いのないよう過ごした方が良いと思います。死者は生き返らないのが普通です。二度と返事をしてくれなくなりますし、こちらの言葉を聞いてくれることもなくなります。もっと話をしておけばよかったとか、もっとそばにいれば良かったとか、そういった月並みな後悔に襲われますよ」


 そんなことはあるはずがない。


 私がその程度予見できないほど思慮にかけると思われていることに更に腹が立つ。


 たった25年程度しか生きていない人間に、随分偉そうなことを言われたものだ。


 私がそう考えて渋い表情をしていると、ゴルゴタはついにあまりの気まずさからか突拍子もない質問を蓮花に投げかけた。


「それで?」

「?」

「どっちが兄貴だと思う?」


 今、そんなことはどうでもいいことだ。


 あまりにどうでもいい質問をされて、蓮花は驚いて言葉を失ってゴルゴタを見ていた。


 私もその突拍子もない質問には驚いた。

 本当にこの場にそぐわない不必要な質問であったからだ。


 兄弟だという事は分かったとして、まだどちらが兄なのかということは明示していない。

 どちらが兄なのかは蓮花の観察眼からしたら明白な事であろう。


 だが、蓮花は戸惑い、迷った末にあからさまな嘘をついた。


「…………ゴルゴタ様ですか?」

「ここにきて明らかに下手な嘘をついたな」


 私が即座に指摘すると、蓮花は心当たりがあるのか露骨に目を泳がせた。


「あぁ!? 俺様の方がガキっぽいってか!?」


 そう言ってゴルゴタがわざとらしく声をあげると、蓮花は両手を左右に振りながら答える。


「い、いえ……意外性のある方かと思いまして」

「それはフォローになっていないぞ。どうした、先ほどの雄弁さはどこへ行った?」


 間髪入れずに問い詰めると、蓮花は尚もたどたどしい口調で答える。


「ゴルゴタ様の顔を立てようとしただけです」

「嘘だと見抜かれると分かっていながら、殊勝な心掛けだな」


 完全に攻防の形勢逆転した。


 ゴルゴタもこれを狙って言ったのかもしれない。

 ゴルゴタは真剣な話を誤魔化したかったのだろう。


 後ろめたさから、気まずさから、恥じらいから、あらゆる感情を持って話を逸らしたかったのだと感じる。


「……ゴルゴタ様がそのピアスをした方が良いのでは?」


 蓮花も話を逸らそうとしているのが見え見えだ。


 そんな分かりやすい誘導に乗るものか。

 と、私が考えている先にゴルゴタが返事をする。


「俺様は真実なんざ知りたくねぇ。そーゆーもんを全部分かっちまうとこういう性格破綻者ができあがるんだぜぇ……? キヒヒヒヒ……」

「性格が破綻しているのはお前の方だ」

「あぁ? …………ぶち殺されてぇのか?」

「やってみろ」

「お止めください、御二人とも」


 私とゴルゴタの間に蓮花が入り、仲裁する。

 いつもセンジュがやっている役回りだ。


 センジュ程の実力者に仲裁されたなら否応なしに争いは仲裁されるが、非力な人間1人に仲裁され、私たちは口論をやめた。


 私たちの喧嘩を止められる人間がいることに驚きさえ感じる。


「はっきりさせておきたいのです。ゴルゴタ様は……何としてでも人間を滅ぼし尽くしたいですか? 貴方の命と引き換えになると分かっていても」

「…………さぁな……」


 迷っているような返事だ。


 あれほど確固たる意志を持って人間を滅ぼすと言っていたゴルゴタが、蓮花の問いかけに迷っている。


 私がどれだけ説得しようとも、説明しようとも、理解を示さず、殺すことに執着していたゴルゴタが迷っている姿を見て、私はこのままいけば戦争は回避されるかもしれないと考えた。


「私との約束を反故ほごにしても、ですか?」

「お前、意外と言うな……まぁ、気が向いたら……考えておいてやるよ……」

「本当ですか!? ありがとうございます!!」


 蓮花は少しだけ前向きに検討すると言ったゴルゴタの言葉に喜び、死んだ目を輝かさせた。


 どう考えても前向きに考えているとは思えない返事であったにも関わらずだ。


 恐らく、蓮花もそれを分かっている。

 分かっているからこそ、ここで押し切ってしまいたいと考えているのかもしれない。


 そこまで深い意味はなく言っただけに、ゴルゴタはその歓喜の声に戸惑いを見せた。


「お、おい、まだ考えるってだけで……――――」

「そうしたら、忙しくなりますね。魔人化の資料を基に実験をしなければいけません。庭の人間を使いましょう」


 ――魔人化だと……?


 蓮花の返事を聞いて、ゴルゴタは自身の親指を軽く噛んだ。

 いつもの乱暴に噛み千切るような嚙み方ではない。


「…………ふーん……魔人化の話が前向きになる程のことなら……まぁ……それなりに前向きに……な……? キヒヒヒヒ……」

「魔人化とはなんのことだ?」

「てめぇには教えねぇよ……なぁ? 人殺し? あーあ、俺様がコイツと兄弟だってバレちまったし、もう話は済んだ。戻るぞ」

「ええ……やることが山積みですし……」


 魔王城の中へと歩き出したゴルゴタに、蓮花はついて行く。


 私は勝手に呼び出された挙句に勝手に置いて行かれることになり気に食わなかったが、私も庭の端の方で立ち尽くしている訳にはいかないのでゴルゴタの後ろをついて行った。


「長期的な実験になりますね。私も魔人化の分野は初めてなので、実験と研究はかなり必要だと思います。時間が足りませんね……」

「……てか、それなら鬼族の長いらなくね? いても邪魔だし、追い返すか」

「貴重なサンプルもいくつかありますし、鮮度がいいうちに早速実験に戻らなければ……」

「お前……俺様の話聞いてねぇだろ……研究に実験に、ほーんとお前好きだよなぁ……キヒヒヒヒ……」


 後姿を見ると、2人はやけに親しそうに見える。


 まるで昔の私とゴルゴタを見ている様で、自分の至らなさを思い知らされるかのような感覚に陥った。


 ――……まぁいい……ここにいる間に動向を探ればどうとでもなる。蓮花の言うように、私も歩み寄りとやらをしてやろうではないか。信頼を得て、そして戦争を回避する。それが最善の方法だ。私なら簡単にできる


 私はそう考え、2人と共に魔王城内へと戻って行った。




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