元魔王が魔王軍に加わりました。▼
【魔王城 王座の間】
ゴルゴタとメギドの腹の探り合いは静かに続いていた。
互いに互いのことが分かりすぎるが、だが肝心なところは何も分かり合えていない。
こんなに長い間、同じ屋根の下にいたのに、何も分かっていない。
蓮花は比較的に遠くにいたので、2人が何を話しているのかまでは明確に聞こえなかった。
ただ、何かを話していることだけは分かる。
ゴルゴタが怒号をとばせばここまではっきりと聞こえるだろうが、何か穏やかに話している様子だ。
――ゴルゴタ様が誰かと普通に話をするのは珍しいな……メギドさんとセンジュさん以外では見たことがない
この状況、宿敵のメギドがわざわざやってきたのだから、いつ争いが始まってもおかしくないと感じる。
センジュは蓮花を守る使命を感じながらも、この場で2人がどうなるのか見届けなければならないと考えていた。
この場にいることは危険だ。
蓮花やセンジュ同様に危機を感じた魔族らは静かにその場を退場していった。
そして、王座の間にはメギド、ゴルゴタ、センジュ、蓮花、右京と、そして天使2名が魔王の座に残る。
「穏便に済ませるのはガラじゃねぇけどなぁ……なら『血水晶のネックレス』を俺様によこせ。それなら他の連中も従うしかねぇだろ」
「それは破棄した。私は今、あれがどこにあるのか分からない」
「は?」
メギドは『血水晶のネックレス』を身に着けていないことをゴルゴタに見せた。
服の中にもないことを見せる。
あの家宝である唯一無二の魔道具を簡単に手放すとは思えない。
だが、メギドがそんなあからさまな嘘をつく馬鹿であるはずがない。
しかし、本当に今は身に着けていないようだった。
「…………信じられねぇけど……マジみてぇだな」
「そうだ。この状況で私はお前の役に立つ」
「へぇ、そうかよ……」
――あの仲間の毛のない猿どもに持たせたか……? 探し出すのはかなりの手間だな……まぁ、あんなもんなくてもどうにでもなる……
口を割らせることもできなくはないが、本当に知らない可能性もある。
口を割らせられることくらいメギドは想像していたはずだ。
だとすれば、本当に知らない場所に破棄した可能性が高い。
ゴルゴタが思考を巡らせる中、メギドはゴルゴタを見下すように顔を若干上向きにして話していたが、俯くように顔を下に向け、目の前の柩と、その柩に刺さってる錆びている剣を見つめた。
「……これは、私なりの……贖罪だ……」
「…………贖罪ぃ……?」
組んでいた脚を戻し、頬杖をやめて姿勢を正しゴルゴタへ言葉を続けた。
そのメギドの様子を見て、ゴルゴタは腕組をしてメギドを睨みつける。
組んだ腕の肉をガリガリと引っ掻きながらメギドの話を聞いていた。
「悪かったと思っている」
「…………口では何とでも言えるぜ……」
ゴルゴタの腕からは引っ掻いた際にできた傷からポタポタと血が滴っていた。
肉は再生をしては再度切り裂かれ、そしてまた再生するという工程を繰り返している。
そうでもしなければ、いますぐにでもメギドに飛び掛かって首を捥いでしまいそうだった。
――今更、何言ってんだか……分が悪くなったからって急にしおらしくしやがって……そんな演技に俺様は騙されねぇ……
メギドの贖罪の言葉を信じていない様子のゴルゴタに、メギドは言葉を続けた。
「そう思われても仕方ないが、本当だ。『正直者のピアス』のみをつけて話せば信じるか?」
メギドは自分の耳から『嘘つきのピアス』を外し、『正直者のピアス』だけをしていることをゴルゴタに見せる。
これでもう、メギドは真実のみを話すことしかできなくなった。
ゴルゴタもそれを確認する。
「私はお前に謝りたい。お前が、こんなふうになってしまったのは私の責任だ。そうする他できなかった私の不手際であり、お前は1番の被害者だと思っている」
「…………」
『正直者のピアス』のみをつけているメギドが、自分に謝罪の言葉を口にしていることに、ゴルゴタは得も言われぬ感覚に陥った。
戸惑っているという状態が一番近いだろう。
メギドの謝罪など口先だけの嘘だと確信していたのに、魔道具がそこに介在することで、嘘である可能性を完全に排除している。
憎しみや、渇き、愛情、希望、絶望がゴルゴタの中で入り混じり、より一層混乱させた。
「謝罪では今更どうにもならないだろうが、それでも私は最善の道が何か考え、1人でここにきた。余計なのが2匹ついているが、これはいないものと考えてもらいたい。私ではなく『時繰りのタクト』についてきた付属品だ。天使と組んでお前に何かしようなどとは思っていない。天使と組むなど、悪魔族である血統の魔王家の恥だ。それはお前も解っているだろう」
「………………」
嘘はつけない状態で言っているそのメギドの言葉を、ゴルゴタは信じる他なかった。
そのメギドの様子にゴルゴタは戸惑いを見せまいと目をメギドから外し、王座の前にある柩と剣に目をやった。
だが、その目の動きでメギドはゴルゴタが迷っていることを察する。
腕をガリガリと引っ掻いていたゴルゴタの手は止まり、自分の血の感触を指先で追っていた。
その様子を見て、もう一押しだとメギドは感じる。
「今更謝罪なんざされたところで、俺様の感じた苦痛がなくなる訳じゃねぇ……都合の良いこと言いやがって……」
「都合の良いことを言っていることは分かっている。だが、今からでも……やり直していけないか……? 私が間違い続けていたと、思い直したのだ。いつまでもお前と向き合うことを先延ばしにしても、何も解決しないと」
そう言われ、ゴルゴタは蓮花の言葉を思い出した。
――過去――――――――――――――
「今まで辛かった分、笑っていてほしいのです。過去は変えられません。でも、これからのことなら変えられます」
――現在――――――――――――――
それを思い出すと、ゴルゴタは失笑した。
「はっ……ははははは……」
それは渇いた笑いだった。
いつもの狂気的な笑いではなく、おかしい訳ではなく、ただ、どうしたらいいのか分からずゴルゴタは混乱し、笑ってしまった。
その場にいるメギドとセンジュ以外は何が起こっているのか分からない状態だ。
「馬鹿馬鹿しいぜ……今更そんなこと言い出しやがって……ふざけてるとしか思えねぇ」
メギドへの憎しみが消えていなくても、それでも冷静に考えればこのメギドの言い分はそこまで悪い話でもない。
こそこそ嗅ぎまわられるよりは作戦を立てやすい上に、自分がメギドを従わせられるなら願ってもいない機会。
裏のある話だろうが、どうせ取るに足らない事柄だ。
いつでもメギドをねじ伏せられる。
多少無理なことを要求しても、今の状況ならメギドはゴルゴタに従うだろう。
「まぁ……いいや。てめぇが俺様になんかしようとしても、結局俺様に勝てねぇんだろ……?」
「残念ながらな」
「なら……俺様の目の届くとこに置いといたほうが、楽でいっか……」
ゴルゴタは、メギドから謝罪を受けることなど一生ないと思っていた。
どれだけ痛めつけても、どれだけ絶望を突き付けても、絶対にその頭を垂れることなどないと。
だから、謝罪を受けたゴルゴタは蓮花の言う通り、もし本当にやり直していけるなら……とゴルゴタは考えた。
そんなこと、考えたこともなかったので戸惑う。
――それに、呪印無しの兄貴でも俺様の敵じゃねぇ……
呪印がなくなっていることにはすぐに気づいた。
だからここへ来たことも。滲み出る強大な魔力がそれを物語っている。
メギドは『嘘つきのピアス』を付け直し、ゴルゴタの方へと向き直った。
メギドからすると、まずは第一歩というところだ。
多少無理はあったが、どうやらゴルゴタの懐に入ることができたようだ。
ここから内部の調査をし、何が起こるのか探り、そしてアギエラ復活もゴルゴタ暴走も止める。
今までろくに兄弟で普通に話すこともなく、今ぎこちない最低限の和睦をしたメギドとゴルゴタは、途端に何を話せばいいか分からなくなった。
それを横にいる天使に悟られるわけにも行かず、メギドは視線を外した先の燦々《さんさん》たる魔王城の状況について口にした。
「まずはこの酷い惨状の魔王城の掃除をするところから始めるべきだな。死体と血、腐臭、酷いものだ。こんなに酷いところでは優雅な生活はできない」
再度自分勝手なことを言い始めるメギドに対し、ゴルゴタはやはりメギドに対して苛立ちを感じる。
「まず? “まず”ってんなら、そこ、どけよ。もうテメェの席じゃねぇ。俺様の席だ」
そこで「私は魔王を引退したとは言っていない」と言いたい気持ちはあったが、メギドはその言葉を喉元で堪え、素直にそれに従った。
メギドも今までのゴルゴタへの態度を幾分か変えなければならないとは考えていた。
今までと同じではまた同じことになってしまう。
行動の一つ一つを正確に選んでいく必要がある。
「……仕方ないな」
メギドは魔王の座から立ち上がり、ゴルゴタにその席を譲った。
だが、ゴルゴタは魔王の座に座ろうとしない。
「てめぇは常に俺様の目の届くところにいればいい……監視ってのはそういうもんだろぉ……?」
「ふん……風呂を覗かれる趣味はないのだがな」
「けっ……俺様もてめぇの裸なんざ見たくねぇよ。そんなことより……」
グチャッ…………ゴロリ……
メギドの両端に立っていた大天使の頭は一瞬で床に落ちた。
一瞬でゴルゴタは天使2名の首を落し、メギドの背後に立った。
胴体から離れた頭がゴロゴロと血を吹き出しながら転がり王座の前の段差を落ちて行った。
身体の方はその場に崩れ落ちて倒れる。
メギドの魔力にかき消される程度ではあったが、それでも白い腕章をつけている上位の天使が全く抵抗する間もなく絶命したことに、右京は改めてゴルゴタに恐怖した。
蓮花は天使から噴き出す血を見て、「天使の血も人間のとあまり変わらないなぁ」とぼんやりと考える。
センジュは浅くため息をつきながら片手で頭を押さえた。
「さっきから白い羽根が目障りったらねぇな……俺様は天使なんざ側に置く気はねぇ……見てるだけで吐き気がしてきやがる……」
手についた血を勢いよく振り落としながら、ゴルゴタはメギドに背を向けたまま話をする。
炎の魔法を展開し、天使の死体を焼き尽くした。
死体であれ白い翼など見たくもなかったからだ。
白い羽根が焦げて黒く炭になっていく。
白い腕章も炎で焼き尽くされて黒く変色していった。
それを横目に見てメギドとゴルゴタは「ざまぁみろ」と思っていた。
死体からカーペットに引火した部分はメギドが水をかけて消す。
「せっかくの上質なカーペットが台無しだな……が、その意見には全く同感だ。天使が近くにいると慢性的な吐き気に襲われて敵わない。天使という言葉すら、聞いただけで気分が悪くなる」
メギドもゴルゴタが背後にいることに何の警戒感もない。
お互いに背を向けたまま話を続ける。
隣で天使が燃えていることなど全く気にも留めずに。
「てめぇ、俺様にわざと殺させたなぁ……? 相変わらず性格わりぃなぁ……キヒヒヒヒ……」
「いくら蛇蝎の如く嫌う天使であっても、私は何者も理由もなく殺したりはしない。まぁ……突発的な“事故”に巻き込まれて死ぬのなら仕方がないがな……助ける義理もない」
「キレイゴトばっか言いやがって」
ゴルゴタはゆっくりとメギドに近づき、耳元で誰にも聞こえないように囁きかけた。
横で天使の激しく燃えている音だけが魔王の座の間に響いており、センジュや右京にはその囁き声は聞こえなかった。
「これだけは言っとくけどなぁ……あの人殺しに手ぇ出したら、ソッコー殺すからなぁ……? それだけは頭に入れとけよぉ……兄貴ぃ……」
ここで蓮花に対して直接牽制してくるとは思わず、メギドは返事を迷った。
前回のときにあれだけ蓮花に色々問い詰めて興味を示した手前、簡単に「興味がない」とは言えない。
だが、明らかに興味があるように答えるのも悪手だ。
ここは控えめに言っておいた方が良いと判断する。
「……まぁ、興味はあるがな」
「俺様の玩具だ。兄貴には遊ばせねぇぞ」
それだけ言ってゴルゴタはメギドから離れた。
その頃には天使は燃え尽きて灰燼と化し、この世から跡形もなく消え去った。
「喜べ! 前魔王のメギドが俺様に下った! ニンゲンどもの最期も近いぜぇ! ヒャハハハハッ!」
その発表をセンジュと蓮花と右京が聞いていた。
蓮花は拍手をするべきかどうか考えたが、恐る恐る拍手をする。
パチ……パチパチパチ……
蓮花ただ1人がたどたどしい拍手をしていた。
メギドがゴルゴタに下ったことに右京は絶望した。
メギドがゴルゴタの暴挙を止めてくれると思っていたからだ。
そして、物語の歯車は軋みながらも回り続けるのだった。




