魔王城の様子を観察してください。▼
【魔王城付近 アザレア一行】
予定より時間がかかってしまったが、アザレア一行は魔王城の付近までたどり着いた。
異様な雰囲気が魔王城の方から漂ってくる。
目視で城が確認できる位置にいるが、周囲にいた魔族に悟られないように細心の注意を払い、催眠効果のある毒草を使って、エレモフィラが魔法で抽出した成分を魔族に直接注入することで眠らせながらここまで来た。
それは無益な殺生をアザレアが嫌ったからだ。
それでも、エレモフィラは採ってきた毒を魔族に試す為、いくつか使ってみた。
致死量の見極めは難しかったが、エレモフィラは魔族が死ぬ前に解毒し、延命させていた。
そうした行為により魔王に情報が漏れてしまう可能性はあったが、情報を漏らさないよう、動けないようにして朦朧とする毒草を使って拘束しておいた。
ただちに魔王に情報が渡ることはないだろう。
「警備は思ったより手薄だな」
「慎重に行きましょう。車ではこの辺りまでが限界ね」
「よっしゃ! 魔王をぶっ飛ばしに行こうぜ!」
「ちょっとウツギ、大きな声出さないでよ。慎重にって言ってるでしょう?」
「あぁ、わりぃ……」
アザレア、イベリス、ウツギ、エレモフィラ、イザヤは周囲を最大限警戒しながら、ベレトカーン号を停めて、徒歩で魔王城へと向かった。
その道中、様々な生物の遺体が無残に放置されているのを見た。
種族は様々だが、人間のものも数多く存在する。
白骨化しているものもあった。
「畜生……今の魔王、とんでもねぇ極悪野郎だぜ……」
ウツギはその無残な姿を見て悔しそうな表情をして、誰の遺体か分からないものに両手を合わせて祈りを捧げる。
「気を一瞬でも抜くな。どこから来てもおかしくない。最大限気配は消してるつもりだが……その程度で不意をつけるとも思えない」
「毒は色々他の魔族に試してみたけど、効くと思うわ。真正面から行っても勝ち筋じゃないと思う。もう少し近づいたら毒の霧で城全体を奇襲しましょう」
「本当にその作戦で行くのか? 俺はやっぱ納得いかねぇ……卑怯だ」
「話を蒸し返さないで。大勢の命がかかってるの。卑怯とか言っていられないでしょ」
途中に罠のようなものも沢山見つけたが、それらはイベリスとエレモフィラが解除し着実に魔王城に進んで行った。
古風な物理的な罠もあったが、魔法による罠もあり、罠の種類は多彩だった。その一つ一つを確実に回避していく。
「この距離なら毒の霧を上手く制御できると思う。魔王にも多少効くといいけど」
魔王城にかなり近づいたころでエレモフィラが毒を焚く準備を始めた頃、魔王城の敷地内で異変をウツギとイザヤが見つけた。
「なぁ……なんか、俺の見間違いだったらいいけど……見えるか? イザヤ……」
「あぁ…………エレモフィラ、毒を焚くのは待った方が良さそうだぜ」
「なんで?」
ウツギとイザヤは顔を合せて険しい表情をする。
口で説明するには両者とも話が上手い方ではなかったので、実際に見てもらう事にした。
「見えるか? あっくん、いーさん、えーちゃん」
ウツギらが指を指している方向は同じなのだが、目を凝らしてもエレモフィラらには特段異常があるようには見えなかった。
「何も見えないけど……結構遠いし」
「リーン族の視力だから何か見えているのだろうな、何が見えているか教えてくれるか?」
イベリスがウツギに尋ねると、ウツギは険しい表情をして言いよどむ。
「あぁ……えーと……なんていうか、人がいる……沢山……」
「なんだって? それで、どんな様子なんだ?」
「なんか……立ってるっつーか、立たされてるっつーか……」
アザレアやイベリスも目を凝らすが、何かまばらにあるくらいで何がいるかや、どのような状態なのかは分からない。
ウツギが更に目を凝らして見ていると、動かない人々の中で1人だけ動いている人を発見する。
「あ……なんか、動いてるやつがいる! なんだ……? 立たされてる人たちに何か飲ませてる……世話してるのかな? 黒髪の長い……女だ……顔に怪我をしてるみたいだ。っていうか、身体中に包帯が巻いてあるし、血まみれだ……」
「なんだって魔王城に人間がいっぱいいるんだ……何にしても毒の霧なんてやったらあいつらまで巻き込んじまうぜ?」
「あの世話してる女に聞いてみるか? 怪我してるっぽいし、無理やり従わされてるんじゃね? 何か魔王の情報を聞けるかもしれないぜ?」
「安易に近づくのは得策ではないと思うが? 我々からして何の情報もない相手なのだからな」
イベリスは露骨に警戒感を示す。
アザレアもどうするべきか考えていたが、どうするべきかは明確には思いつかない。
そう考えればウツギの案も悪くないのではないかと感じた。
「あ! ちょっと待って! なんか魔王っぽいのが出てきた!」
「なんだって? どんな様子だ?」
ウツギとイザヤはそれに目を凝らす。
「黒髪の女に近づいて……あ! 殴った! ひでぇ……」
「人間が余程嫌いなようだな……」
「女の方は泣き叫んでる……“ごめんなさい”、“許してください”、“ゴルゴタ様”……やっぱりあの魔王っぽいのが魔王ゴルゴタみてぇだな……」
アザレアらには何が起こっているか分からないが、ウツギとイザヤには魔王城の庭の様子は視覚的にも、聴覚的にも知覚できた。
身体能力上昇の魔法も相まって、その場にいるように何が起こっているか分かった。
「何度も女を殴ったり蹴ったりしてる……“早くしろ”、“ぶち殺すぞ”、“今夜の飯になりてぇのか”……だってよ。あの女の人ぜってー魔王の仲間とかじゃねぇよ。早く助けに行こうぜ!」
そう提案するものの、アザレアとイベリスは口に手を当てて考えている様子だった。
ウツギは今すぐにでも助けに行きたい衝動に駆られる。
それをエレモフィラがウツギの服を掴んで牽制する。
「……魔王が城の中に戻って行った……女はうずくまってる……殴られた箇所を抑えて泣いてるみてぇだ……あんなの可哀想だろ……いや、今がチャンスだ! 魔王が城に引っ込んだことだし、話を聞きに行こうぜ! このままだとあの女の人殺されちまう……!」
「確かに緊急性があるな」
アザレアはその場の様子は分からなかったが、ウツギがそう言うのなら本当なのだろう。
手をこまねいている間に人ひとりの命が失われてしまうかもしれないと感じると、アザレアはウツギの案に乗ることにした。
「その立たされている人らが騒ぎ出したら感づかれるぞ」
イベリスは強い警戒感を持って慎重さを重視する。
「うーん、なんか……皆、様子がおかしい。生きてるには生きてるみてぇだけど……どっか明後日の方向見てたりぐったりしてたりしてる。独り言みてぇなの言ってるやつもいる……」
「その動いている女性が一番、人気の少ない場所に移動するまで待つか? 大騒ぎになったら元も子もない」
「そんな保障どこにもないだろ?」
「いや、先ほど“早くしろ”と魔王が言っていたのだろう? だとしたら一番端の人間の元まで行くはずだ。世話をしているのならな」
「もう終わってる可能性もあるぜ? でも……俺らから見て奥側から俺ら側の端の方に順番になんかやってるな。これなら騒ぎにならないように誘導できそうだ」
イベリスは終始渋い顔をしていたが他に有効な手段もなく、少しでも情報がほしいところであったのでウツギの案に渋々同意した。
「誰が行く? 全員で行くのはリスクが高すぎる」
「俺が行く。イザヤも来るか?」
「そうだな、何かあった時の為にウツギと一緒に行く。もし他の魔族や魔王に気づかれたら、その時は頼んだ」
そう言ってから一間もおかず素早く移動し、ウツギとイザヤは最大限警戒しながら、魔王城の外壁までたどり着いた。
周囲にあまり魔族はいない。
ウツギらが魔族の少ない場所を選んだというよりも、そもそも魔族があまり魔王城周辺には配置されていないようだった。
――警備もいらねーほど強いってか……随分自信家な魔王だ……
ウツギとイザヤは言葉を発することなく、アイコンタクトで意思の疎通をした。
会ってから間もないのに不思議とウツギとイザヤは同じリーン族であることもあり、親しくなった。
それに、価値観や考えが近いからか言葉にしなくても通じ合っている感じがする。
潜入に最も適した2人と言えるだろう。
魔王城敷地内に入って、間近で見るとより悲惨な光景が鮮明に映った。
沢山の人が等間隔に立たされており、足には杭が打ち込まれて動けないようにされていた。
座ったり横たわったりできないように背中側に支柱が立てられていて、それに頑丈に人々が括りつけられている。
糞尿もそのまま垂れ流しの状態で異臭が立ち込めていた。
その誰もが意識が鮮明でなく、うつろな目をして虚空を見つめていた。
意識はあるようだったが、ウツギらを見ても何の反応もない。
生きているようだったが、気絶している者も多くいた。
それに、ここは死体だらけだ。
魔王城の敷地外に捨てられていた死体の量の比ではない量の死体が打ち捨てられている。
その腐臭と糞尿の匂いが入り混じり、ウツギは強烈な吐き気を催した。
イザヤがウツギの鼻をつまみ「嗅ぐな」と指示を出す。
涙目になりながらもウツギは首を縦に振り、吐き気を抑えて、それらの世話をしている女性に小石を投げて合図した。
女性は驚いたようにウツギとイザヤを見た。
辺りを見渡し警戒しながら、おずおずとウツギらに近づいてきた。
「新しく来た人ですか……?」
「……? ちょっと、分からないけど、あんたを助けたい。脱出しよう」
女性は殴られたり蹴られたりして腫れている顔を押さえながら、ウツギとイザヤの方を向いた。瞼は腫れ、切り傷もできていて包帯の巻かれている顔が血まみれになっている。
「助けに来たんだ」
「逃げられません……ここは危険です……逃げてください。魔王に気づかれたら殺されますよ……」
「大丈夫だ、落ち着け。俺たちがいれば大丈夫だ」
「そんな……到底2人じゃ敵いません」
女は首を左右に振って拒絶を示す。
「2人じゃねぇ、他に仲間がいる。まずはそこに避難しよう」
「仲間? 何人いらっしゃるんですか……?」
「俺ら含めて5人だ」
「5人……勝てる訳ありません……いえ、何百人いても勝てません……もうこの世界は終わりです」
相当に酷い事をされたのか、女は絶望を訴えるばかりでウツギの救出に応じようとしない。
「いいから、1回俺たちのところへ来て、知っていることを教えてくれ。回復魔法士もいるんだ。その傷も治せるよ。魔王を必ず倒すから。絶対。約束だ」
ウツギの力強い言葉に、女は少しだけ希望を取り戻したような顔をした。
だが、すぐに暗い表情に戻る。
「本当ですか……? でも、魔王を裏切ったことがバレたら……こんな……これよりずっとひどい目に遭わされます……」
女は自分の服をめくりあげ、痣や切り傷、火傷の痕などを2人に見せた。
酷い拷問に合った形跡がある。
余程のトラウマを植え付けられているのだろう。
震えて視点が定まらない目でアザレアたちに訴えた。
「大丈夫、俺たちを信じろ。どうせここで駄目だったらあんたも遅かれ早かれ殺されるだろ? なら、今が好機なんだ。頼む」
ウツギは女に手を差し伸べてそう伝えた。
自分の身体の傷を抱え震えていた女は再度辺りを見渡し、恐る恐るウツギの手を取った。
「分かりました。協力します……」
「よし、俺に掴まってろ」
女の身体を軽々と抱きかかえ、ウツギとイザヤはアザレアたちの元へと急いで戻る。
幸いにも周囲に魔族はいなかったので、気づかれることもなかった。
アザレアらの元にウツギが女を連れて戻ったとき、全員が顔をしかめた。
その女の酷い傷と血まみれの服や包帯を見て、憐れみの表情を浮かべる。
女はぎこちなく一礼した後、ウツギにしがみついて「助けてください……」と小さく言った。
「まずは治療をしましょう。動揺してるみたいだし、痛みがなくなれば少しは落ち着くはず」
身体をエレモフィラが触れようとすると、女はより一層身体をよじりながら震わせて拒絶反応を示した。
それを見てエレモフィラは「大丈夫だから」と言うが、女は頑なにそれを拒否する。
「私の身体の傷は後回しで大丈夫です……先に情報を渡します……」
「そう……無理にとは言わないから、大丈夫。見たところ、致命傷になるような傷はなさそうだから」
「…………私は……正直に言って……魔王ゴルゴタは貴方たちに敵うような相手ではないと思います……凶暴で、凶悪で、最悪な魔王です……」
「必ず倒すと約束する。だから魔王の特徴や、弱点があれば教えてほしい」
できるだけ女が警戒しないように、優しくアザレアが声をかける。
「魔王は……前魔王のメギドとは異なり、魔法よりも物理攻撃が得意のようです……勘は鋭いですし、動きも俊敏で……いつも一瞬で他の魔族を殺しています……魔族にも、人間にも、動物にも容赦は有りません……見ましたよね? 魔王城の敷地内は死体だらけです……酷い匂いで……」
ウツギはそれを思い出し口を再度抑えたが吐き気がおさまらず、吐いてしまった。
吐いているウツギを見て、事の深刻さを一行は再確認する。
「あの城にいる人間たちはどうなってるんだ?」
「あれは……城全体を攻撃されないために、わざと人間を生きたまま固定しているのです……本当に惨いことを考えます……」
「うっ……なんて野郎だよ……最低最悪なクソ野郎だな……」
口を乱暴に拭いながら、ウツギは女の方に向き直った。
女は何度も瞬きをし、目を泳がせて魔王の弱点を探した。
そして1つの結論を導き出す。
「今の魔王に弱点があるとしたら……唯一、気に入っている人間の女です。その女を人質に取れば、魔王は攻撃の手を緩めるかも知れません……」
アザレアらは互いに顔を見合わせて動揺する。
寄りにもよって何故ここまで人間に非道を行っている魔王が、人間の女を側に置くのだろうかと。
「何故人間の女を?」
「わかりません……私も……魔王は人間を滅ぼすと言っているのに……なぜかその人間の女だけは側に置いているのは疑問です……」
「性奴隷にでもしてるのかな?」
エレモフィラは恥ずかしげもなくそう言うと全員が嫌そうな顔をしたが、そこの部分には深く踏み入れなかった。
そんなことは大した問題ではなかったからだ。
「……彼女は常に魔王の側におります。私などでは近づくことも、話すこともできません……城の中に勝手に入ったら殺されてしまいます……」
「なんとか誘い出せないか? その人間の女性が何の意図で魔王の側にいるのかも確認したい。無理やりなのか、あるいは自主的なのか……」
女は首を横に振って分からないという意志表示をする。
「詳しいことは分かりませんが……あれほど人間を憎んでいる魔王が気に入っているのですから……相応の理由があるのでしょう……ときどき彼女が魔王城の庭の薔薇を見に外に出る時があります……そのときが好機かと……魔王は薔薇に興味がないようなのでその際には同行しません」
アザレアが何とは明確には分からないが「何か妙だな……」と考えていると、横からウツギが強く否定する。
「俺はそんな卑怯な方法嫌だね! 人質とるなんて、悪人のやることじゃねーか!」
「しーっ! 静かにして、ウツギ」
「……こんな卑怯なやり方に黙ってられるかよ、人質なんてよ……そんなやり方なら俺は協力しないぜ……俺は真正面から行く」
「そうだな。俺もできればそんな方法は取りたくない。それに、魔王がそれで攻撃の手を緩めなかったら、俺たちはその女性を殺すのか?」
そうアザレアが問うと、エレモフィラやイベリスは暗い表情をした。
やはり、いくら魔王側についているかもしれないとはいえ人間を殺すことに強い抵抗感を示す。
「俺たちは魔王を倒すために来てるんだ。人殺しをするつもりはない。その人に罪があるなら然るべき罰を受けさせる。それが人間社会での人間らしいやり方だろ?」
「じゃあどうするの? 魔王の寝首でもかく?」
「そんなに簡単に寝首がかけるとは思えないが……いつ寝てるか分からないしな」
「なぁ、正面から堂々と行こうぜ? 俺たちそういう卑怯なのガラじゃねぇだろ? そんなんで世界を救ったって堂々と胸張れねぇだろうが」
「…………」
とはいえ、世界の命運がかかっている重大事項だ。
簡単に結論を出すわけにはいかない。
かといってここまできて悠長にもしていられない。
目の前で苦しんでいる人が大勢いると分かって、尚更事を急ぐ必要があると感じる。
女は怯えていたが、アザレアらの言葉を聞いていて自分を奮い立たせた。
「あの……私……怖いですけど、協力します……真正面から行っても、魔王は倒せないと思いますけど…………奇襲をかけることくらいはお手伝いできるかと……魔王城の裏口にご案内することができます」
「裏口から入るのかよ……なんかダッセー……」
「そんなに正面から行きたいならウツギ1人で行ったら? その間に私たちが魔王を後ろから奇襲するから」
「ほう、それはなかなか名案だ。気を引かせておいて不意をつければ勝機も上がるだろう」
アザレアらはその場で即興で作戦を考え、それを実行することにした。
まずウツギが正面から堂々と魔王城に殴り込みをし、注意を逸らしている間に魔王城の裏口からアザレアらが侵入。
女の案内に従って魔王城の王座にて魔王を襲撃することになった。
「今は魔王城の王座に魔王がいるはずですから、やるなら今です。人の女性が無防備にならないよう、魔王は不用意にその場を離れないはず。魔王の居場所が不明確な時に奇襲をかけても成功率は低いでしょうから……私も、命がけで挑みます……必ず、あの悪魔を倒してください……!」
震えながら懇願する女を見て、アザレア一行は覚悟を決めた。




