表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第2章 人喰いアギエラの復活を阻止してください。▼
110/332

状態異常を調べてください。▼




【魔王城 蓮花の部屋 現在】


 ゴルゴタは、過去の全てを蓮花に話さなかった。


 メギドと兄弟であることは伏せ、自分は理不尽にメギドに捕縛され、その攻撃性から危険視されて地下牢に閉じ込められていたということにした。


 そう話をされた蓮花の方は、その話に違和感を覚える。


 確かにゴルゴタは凶悪な存在だと感じている。

 だが、前魔王のあの温厚なメギドがわざわざ危険視してゴルゴタを捕縛するのは違和感があった。


 他に危険因子などいくらでもいるはずだ。

 それに、危険因子なら殺してしまえばいい。


 わざわざ70年も殺さず、生かしたまま捕縛し続ける意味が解らない。


 他にも色々思うところはあったが、そのことは深く聞かない事にし、蓮花は別の事柄について気になったのでゴルゴタに尋ねた。


「……失礼ですが、お身体をお調べしてもいいですか?」

「は?」


 ゴルゴタは何をされるのかと思い、蓮花を警戒する。


「その『死神の咎』というものを調べたいのです。本当にそれがゴルゴタ様から取り出せないものなのかどうか、私がお調べします」

「……分かるのか?」

「ええ、体内の異物があれば分かります。魔族の身体はあまり詳しくないですが……明らかにそれは生体ではないでしょうから、分かると思います」


 ――分かったところでどうなるってんだ……


 そう思ったが、もしかしたら蓮花ならゴルゴタの望みを叶えられるかもしれないと、一縷いちるの望みをそこに見出す。


「体内の無機物を確かめたいので、服を脱いでいただけませんか?」

「はぁ!?」


 ゴルゴタは冷静にそう発言する蓮花に動揺する。


 いくらなんでも唐突過ぎだ。

 自分の裸など、センジュや母、メギド以外の誰にも見られたことがない。


 それも、子供の頃のことだ。


「服を着ておられると調べにくいので……」

「…………」


 なんと返事をしたら良いか、ゴルゴタは分からなかった。


 頑なに拒否するのも変だし、かといって快諾できることでもない。


 蓮花はその様子を見て、今まで何度も見てきた光景と重なる。

 回復魔法士は他者の裸など見慣れており別段興味も持たないが、患者側は裸を見せる事に抵抗がある者が多いことは知っていた。


 だが、まさかゴルゴタがその程度のことをで恥ずかしがっているということに驚きを感じていた。


「その……いやらしい意味で言っている訳ではありません。回復魔法士として異性の裸体は見慣れているので問題は――――」

「やめろ、俺様もそのくらい理解してる」


 理解していても、やはり何故か蓮花に裸を見られることはゴルゴタが今まで感じた事のない感情を抱かせた。


“恥ずかしい”と。


 そんなことは今まで一度たりとも感じたことはなかったゴルゴタはどうしていいか分からなくなって混乱していた。


「……性器部分だけ布をかけます。あっちを向いているので、服を脱いでこのベッドに横になってください」

「…………あぁ、分かった分かった……偉大な回復魔法士さんよぉ……変な気起こすんじゃねぇぞ……?」


 ゴルゴタからの予想外の恥じらいの言葉を聞いて、蓮花は思わず失笑してしまった。


「ふふっ……意外と可愛いところもあるんですね」

「チョーシ乗ってるとぶっ殺すぞ!」

「ええ、殺していただいて結構ですよ」

「ちっ……マジで可愛げがねぇなてめぇは……ベッドからどけ。それであっち向いてろ!」

「はい」


 投げやりにゴルゴタは蓮花にそう指示した。


 蓮花は言われた通りに立ち上がり、扉の方に向かった。


 万が一にもこの状況を誰かに見られたらゴルゴタは見たものを殺すだろう。

 それに、患者のプライバシーに配慮するのは回復魔法士としての基本だ。患者の情報は特別な理由がない限りは開示しない。


 扉は内開きでつまみを回すと施錠されるタイプの扉であったため、つまみを回して鍵をかけ、そのままゴルゴタの方を見ないように、ゴルゴタのいる方向へ後ずさりして近づいた。


 血まみれの服を脱いでいるゴルゴタは、まだ乾ききっていない血まみれの服を乱暴にその辺に脱ぎ捨てていく。


 一通り脱ぎ終わったあとはベッドに乱暴に横になり、自身の性器部分だけ隠すように乱暴にシーツを引きちぎって布をかけた。


「脱ぎ終わったぜ……」

「もうそちらを向いてもよろしいですか?」

「あぁ」


 蓮花はゴルゴタの方へと向き直り、ゴルゴタを見た。


 頭から足まで殆ど血塗れだった。

 当然、ベッドも血まみれになってしまっている。


 ――せっかく与えてもらった私のベッドが……


 そんなことを考えながらも、蓮花は意識を集中して邪念を追い払った。


 早速、頭の方から手をかざして魔法を展開させる。

 ゴルゴタが落ち着かない様子だったので、蓮花は優しく声をかけた。


「気になるようでしたら目は閉じていただいて結構ですよ」

「てめぇがおかしな真似しねぇように見張ってんだよ……」


 戸惑い、混乱しているゴルゴタは弱々しく蓮花にそう言った。

 その言葉を聞いて、蓮花はゴルゴタを安心させようと真剣に答えた。


「ゴルゴタ様、私は真剣です。ふざけたことは致しません。安心なさってください」

「………………」


 ゴルゴタは蓮花の真剣な眼差しを見て、妙な感覚がした。


 今まで、ゴルゴタ自身に真剣に向き合ってくれた者がいただろうか?


 センジュやメギド、他の奴ら、ダチュラも含めてゴルゴタは真剣に自分と向き合ってくれていると感じたのはこの時が初めてだった。


 ゴルゴタの母も、どちらかと言えば病弱なメギドの方を大切にしていた。


 だから、これはゴルゴタにとって妙な感覚だった。


 頭から徐々に首、肩、胸、腕、手、腹部、脚、足を蓮花は真剣に調べていく。

 すると、ゴルゴタの言っていた通りそれが何かは明確には分からないが体内に多くの異物が散らばっていることが確認できた。


「…………確かに、何か異物が身体全体に溶け込んでいるのは分かります……これなら……もう少し時間をいただければそれを排除することも可能かと思います」


 思ってもみない蓮花の返事に、ゴルゴタは飛び起きて蓮花の肩を掴んだ。


「できるのか!?」


 最早、自分の性器が起き上がった衝撃で多少露出したことなど、ゴルゴタは全く気に止まらなかった。

 蓮花も真剣にゴルゴタの身体を調べ続ける。


「『死神の咎』と言いましたね……死の法の呪いに近いものを感じます。これなら、ゴルゴタ様の身体から剥がすことができるかもしれません。もう少しお時間いただければ、調べてみます」


 ゴルゴタの永遠に抱えてきた苦しみが、そこでフッと消えたような感覚がした。


 ――本当にこの女ならそれができるかもしれない……コイツの力量なら、もしかしたら……


 涙すら目に浮かんできた。

 だが、蓮花の前でみっともなく涙を落すわけにはいかない。


 しかし、ゴルゴタの白目が少しばかり充血し、涙を堪えている事など蓮花はすぐに分かった。

 見ないふりをして、ゴルゴタの身体の方を入念に魔法を駆使して調べていく。


 ――ここで私がハンカチなんか渡したら、怒るんだろうなぁ…………


 ゴルゴタはできるだけ自分の感情を殺し、冷静を装って蓮花に言う。


「へぇ……てめぇ……それが嘘だったら許さねぇからな?」

「ええ、確信はありませんが、やってみる価値はあるかと。ただ、剥がすにしても苦痛はあるかと思います。耐えられますか? 神経系統にもかなり溶け込んでいる様です。剥がす時には相当の痛みを感じることになると思います。それに、これだけ全身に複雑に絡み合っていることを考えればかなり時間がかかります。長い間、苦痛に耐えられるその覚悟があるのなら」


 蓮花の前向きな返答に対し、ゴルゴタは「ハハッ……」と失笑する。


 ずっと死ぬことなど諦めていた。

 自暴自棄になっていた。

 自分の生を大切にできなかった。


 それが、こんな形で解決する糸口が見つかるとは思わなかった。


「……俺様を殺せるヤツがこんな近くにいるとはな……70年も経って時代も変わったってことか……キヒヒヒ……」


 70年前にはできなかったことが、長い年月を経ることで可能になるほどのところまできていた。


 回復魔法などという怪しげな魔法は魔族は忌避していた分野であり、これは人間の「死者を生き返らせたい」という切なる願いの結晶だ。


 魔族だけでは成しえなかったことだということが分かる。


 蓮花は死刑囚であった身だ。

 希死念慮も強い。


 そんな存在がまさにゴルゴタの元へとやってきて、人間を滅ぼしたいなどと言わなければ今ここにいることもなかっただろう。


 幾重にも重なる奇跡がゴルゴタへ一縷の希望を持たせたのだ。


「もう服を着ていただいて結構です……が、身体の血を拭いてください。そして血液の付着していない衣服をお持ちいたしますので、そちらに着替えていただけますか?」

「……テキトーでいい」

「このことは誰にもお話しません。回復魔法士として守秘義務がありますので」

「…………そうか」


 なんだか気の抜けたような返事を繰り返すゴルゴタに、蓮花はなんと声を掛けたものかと考えたが、あくまで今は回復魔法士として声をかけた。


「『死神の咎』から逃れたいのなら、私がなんとかします。死の法をもう少しで紐解ける私に任せてください。必ずゴルゴタ様をお助けいたします」

「………………」


 ゴルゴタは人間など、全員無能で無価値でゴミで屑な毛のない猿だと思っていた。


 その中にこれだけ魔族に引けを取らない存在がいるなど、考えたこともなかったし、全て滅ぼし尽くすことしか考えていなかった。


 ――滅ぼし尽くすという考えを改めるべきか……? 毛のない猿全部滅ぼしたら、その先の可能性の全部を潰すことになる……また俺様に何かあったら、毛のない猿の知識が必要になってくるかもしれない。いや、ちげぇ……コイツが凄ぇだけで、他の毛のない猿はただのゴミどもだ……


 しかし、その当人蓮花は自分も殺してほしいと言っている。


 もし、ゴルゴタにまた何かの拍子に不都合なことがおきたとき、蓮花の知識と技術がまた助けになるかもしれない。


 蓮花は確固たる意志を持って「殺してほしい」と言っているのはゴルゴタも分かっていた。

 無理やり延命させても、蓮花は自害するだろう。


 そんなことをゴルゴタが考えていると、蓮花はゴルゴタに声をかけた。


「ですが…………私の意見ですけど……」

「……ンだよ……」


 ゴルゴタに背を向け、蓮花はベッドに腰かけた。

 言いづらそうに指をカリカリと弱く引っ掻きながら言いよどむ。


「……私はゴルゴタ様に死んでほしくありません。人間を滅ぼした後も」

「はぁ……?」


 やっと自分が死ぬ糸口が見つかったというのに、それを実行しないようなことを蓮花が言ったことにゴルゴタは戸惑った。


「その『死神の咎』を剥がすのは恐らくできますし、お望みであればやります。でも、ゴルゴタ様に死んでほしくないんです。しかし、自身の死を望む者の1人として生きることを強要はしたくありません。ですが、死んでほしくないのは私のわがままです」


 何を言っているのか、ゴルゴタは理解が追い付かなかった。


 ゴルゴタは、自分の生を望む者が他に2人いるのを思い出した。

 メギドとセンジュだ。


 それと同じことを蓮花は言っている。


 だが、生きることを強制したメギドやセンジュとは違う、ゴルゴタ本人の意思を尊重した上で、それでもなお自分に生きていてほしいと言ってくる蓮花の意図が分からなかった。


 だが、自分を良いように操ろうという悪意は蓮花から感じ取れない。


「…………なんで死んでほしくないんだよ。てめぇを殺してほしいっつーやつの言葉とは思えねぇな……」

「絶望して死刑を待っているだけの私に、束の間ではありますが生きる目標をくれた方ですし……それに、ゴルゴタ様といると楽しいです。憎しみに狂っていたことを忘れることがあるくらい。楽しいなんて、久々に思いました。何年も忘れていたことです」

「……まぁ、俺様も……てめぇが来てから退屈しねぇなぁ……?」

「それに……」

「…………」

「……助けたいと願っていた人を私は失ってしまいました。頑張って勉強したり、血の滲む努力をしたことが全部無駄になったと思ったのです。ですが、こうしてゴルゴタ様の助けになれることが私は嬉しい。『死神の咎』で無理やり生かされるのではなく、自身の意思で生きたいと、そう思ってほしいのです」


 なんという綺麗事だと、ゴルゴタは呆れさえも感じた。


 だが、ゴルゴタの凍てついた心の氷が少しだけ溶けたような感覚があった。


 まるで、母クロザリルがゴルゴタにしたような無償の愛情をまた感じられる日がくるなんて、ゴルゴタは夢にも思っていなかった。


 そう感じると、ゴルゴタの意思とは関係なく、目から一筋、涙が溢れてしまった。

 ゴルゴタは慌ててそれを手で拭うが、次から次へと溢れ出てきて止められない。

 拭っても拭っても溢れてきてしまう。


 幸い、蓮花はベッドに座ってゴルゴタに背を向けている。

 だからこんな無様な姿を見られずに済んだと、ゴルゴタは安堵していた。


 蓮花はゴルゴタが泣いていることは見えずとも分かっていた。

 だから、ずっとゴルゴタに背を向け扉の方を見続けた。


 奇妙な沈黙の間があっても、蓮花はゴルゴタに話しかけはしなかった。


 恐らく、話しかけたらゴルゴタの声で泣いていることが分かってしまう。

 必死に声を殺して泣いているのに、それでは何もかもぶち壊しだ。

 患者の尊厳を守るのも、回復魔法士としての責務だと蓮花は考えていた。


 ゴルゴタの涙がようやく止まった後、ゴルゴタは考えた。


 蓮花を死なせたくないと。


 こればかりは本人の意思でなければならない。


 自分の意思で「生きたい」と思わなければなんの意味もないことを先ほど嫌という程思い知った。

 だから、同じように接する必要がある。


 蓮花に「生きたい」と思わせるような自分の言葉や行動がそれを左右する。


 ゴルゴタは自分に死んでほしくないと願う蓮花の言葉に、条件をつけて提示した。


「……てめぇがいなくなったら……また俺様が退屈しちまうから、てめぇを殺すのはナシだ」


 大層な大義名分の話をゴルゴタはできなかった。

 ただ、素直に、自分の思っていることを蓮花に伝えた。


 そう言われた蓮花はゴルゴタの方を向いて残念そうな表情をした。

 だが、絶望している顔じゃない。

 少しだけ困ったように笑っていた。


 ゴルゴタの顔についていた返り血が不自然に拭われているところを見て、蓮花は更に困ったような笑顔を浮かべた。


「ははは……ですよね……」

「その代わり、俺様が死ぬのもナシだ。それなら対等だろぉ? やっと楽しくなってきたところだ。途中退場は興醒めだぜぇ……? キヒヒヒ……」


 蓮花は考えた。


 このまま生き続けていてもいいのだろうかと。


 大切な人は死んでしまった。

 助けられたはずなのに、助けられなかった。


 それだけが自分の生きる意味だと思い、覚悟を持って殺しをし、死刑囚になった。


 死を待つだけの存在になった自分を、ゴルゴタはただ「退屈するから」という理由で引き留めている。


 勿論、蓮花の能力を買ってそう言っているのも分かるが、自分が勉強してきたこと、努力してきたことが、苦しんでいる誰かをまた助けるために使えるなら、そうするべきではないかと考えた。

 自分にしかできないことが沢山ある。


「………………わかりました」


 長い沈黙を経て、蓮花は首を縦に振った。


 それを見たゴルゴタは笑顔を見せた。


 今までの怨嗟えんさに歪む笑顔ではなく、子供の頃のように無邪気な笑顔を取り戻したように笑った。


 それを見て、蓮花も覚悟を決める。


「行くところまで行きましょう。ゴルゴタ様が統治するこの世界を私に見せてください」

「あぁ、俺様がこのクソッたれな世界を何もかもねじ伏せてやる!」

「ははは、頼もしいです。裸で言われても、ちょっと迫力に欠けますが……」

「あぁ!? じゃあさっさと服持って来いよ!!」

「持ってきますから、ゴルゴタ様も少しお休みになっていてください。丁度ベッドにいることですし」

「っるせぇ! 早くしろ!!」

「あはははは……そんなに怒らなくても……ははは……」

「笑ってんじゃねぇ!! ぶっ殺すぞ!!!」


 ゴルゴタの過去の話が、これらのやり取りが、2人を引き合わせた運命が、後に凄惨な事態を引き起こすことになることをこの2人はまだ知らなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ