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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第2章 人喰いアギエラの復活を阻止してください。▼

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ゴルゴタの過去を聞きますか?(2)▼




【ゴルゴタ 1年前 魔王城地下牢】


 俺様は永遠にここにいるものだと、絶望を感じていた。


 もう何もかも諦めていた。


 毎日、センジュが食い物を持ってくるたびに話すことも何もない。

 センジュも俺様が話さないことを悟ると、初めの頃のように話しかけてくる回数も減った。最低限の言葉を残し、頭を下げて地下牢から出て行く。


 兄貴も殆ど顔を見せなくなった。

 もう何年も顔を見ていないように思う。


 俺様の髪の毛は伸びっぱなしになっていた。


 最初は髪を切るのも自分でやっていたが、もうそんな気力もない。

 自分の髪が絡んできて鬱陶しいとすら感じなくなってきていた。


「…………」


 俺様の見る景色はいつも武骨な鉄格子の部屋だけだ。


 もう魔王城にある本も全部読みつくして頭に入れた。


 それだけではなく人間の書いた本もセンジュは持ってきたが、俺様はそれだけは絶対に読まなかった。

 触れもせず、焼き尽くした。


 しいて言うなら俺様が読んだ中で一番印象に残っているのは、自分のことを「様」づけで呼び、傍若無人の限りを尽くす悪魔族の話だ。


 その悪魔族は暴力で何もかもをねじ伏せ、蹂躙じゅうりんし、支配した。

 それは、お袋よりも前の古い魔王の話だ。


 俺様もそんな風になりたいと、いつしか一人称を「俺」から「俺様」へと変化させて、「兄ちゃん」ではなく「兄貴」と。

「センジュ」ではなく「ジジイ」と、いつしかすべてを蹂躙する悪魔になれるという空想を繰り返していた。


「…………」


 死のうとすることも諦め、生きることも諦め、喋ることも諦め、考えることを諦め、何もかも諦めていた俺様の中にあるのはただ1つ。


 人間への憎しみだけだった。


 どうせ、センジュは俺様が人間を受け入れているかどうか試すために、人間の書いた本を持ってきて試しているのだろう。


 最早、それに腹が立つこともない。

 感情がほぼ死んでいると言ってもいいだろう。


 そんな永遠が続くと思っていたある日、いつもと違う事が起きた。


 聞きなれない足音が聞こえ、嗅ぎなれない匂いがした。

 センジュや兄貴ではなく、他の何かだ。


 種族は……悪魔族。


「困ったわ……入ってみたけど……出方がわからない……」


 その独り言は女の声だった。

 明かりのないこの地下牢でも俺様やその女は互いが見えているはずだ。


「おい」

「キャァッ!」


 俺様が声をかけると、悪魔族の女は悲鳴を上げて飛び上がった。


「はぁ……驚いた……そこに誰か……いるの……?」


 恐る恐る女は俺様の方に近づいてきた。

 ゆっくりと、着実に。


 俺様はこの女を利用しようと考えた。


 ここは魔王城で働いている連中の知らない場所だ。

 センジュと兄貴しかこの場所を知らない。


 だから、ここにそれ以外が入ってくるということは、この女は禁じられたことを破る性格である可能性が高い。


 俺様がうまく利用できれば、もしかしたらここから出られるかもしれない。


 瞬時にその計画は俺様の頭の中に浮かんだ。


「あぁ……ここにいるぜ……もっと近くに来いよ……」

「ここは牢屋でしょう? 貴方、何か悪いことをしたの?」

「いいや? 俺様は何もしてねぇ……でも、ずぅーっとここに閉じ込められてるんだ……」

「何もしてないのに……?」


 何もしていないのは事実だ。


 女を良く見ると豊満な胸を隠すように厚着の女中の恰好をしており、肌の露出は首から上、手くらいしかない。


 センジュが持ってくる何かの資料で同じような服を見たことがある。

 これは、召使めしつかいの着る服だ。


 髪は緑色で短く切られている。

 あまりお袋のような女らしさを感じない。


「俺様の事、信じてねぇだろ?」

「…………こんなところに誰かいるなんて全然知らなかったの……突然言われても、分からないわ」


 動揺しているようだが、それほど馬鹿でもなさそうだと俺様は感じる。


 馬鹿でも構わない。

 俺様が完璧に誘導すれば問題ない。


「俺様を見たことはメギドやセンジュに言わねぇほうがいいぞ……俺様のことを知ったとあれば、一使用人なんざ、ぶち殺されて始末されるに決まってる……キヒヒヒ……」

「……分かったわ」

「話が早くて助かるぜぇ……センジュが飯を持って来るまでまだ時間がある。ここは退屈だ……すこーし話し相手になってくれてもいいんじゃねぇ……? 俺様はゴルゴタ。てめぇは?」

「あたしは……ダチュラ」


 ダチュラはおずおずと俺様の方に近づいてくる。

 俺様を見て、ダチュラは一言こう言った。


「綺麗……」




 ◆◆◆



【数カ月後】


 俺様は、着実に事を進めていた。


 ダチュラは俺様の言う事をなんでも聞くようになった。

 それも、喜んでだ。


 一種の洗脳術もセンジュの持ってくる本に書いてあったので、俺様はそれをダチュラに試してみた。


 その結果は大成功と言える。

 俺様が「死ね」と言えばダチュラは喜んで自害するだろう。


「ゴルゴタ様、いよいよですね。ご準備はよろしいですか?」

「あぁ、いいぜぇ……上手くやれよなぁ……じゃなきゃてめぇの首は床の上だぜぇ……キヒヒヒ……」

「はい。心得ております」


 俺様はダチュラに、この檻の鍵を取ってくるように命令した。


 俺様がここに閉じ込められた当初はセンジュが肌身離さず持っていたらしいが、70年も経った今、その鍵は肌身離さず持ってはおらず、センジュの部屋のどこかにあるらしいことを、センジュからそれとなく聞き出していた。


 鍵の形や模様ははっきり覚えている。


 紙に俺様が絵を描き、ダチュラに渡していた。


 それほど絵が上手いとは言えないが、特徴は十分に把握しているので問題はないはずだ。


「ジジイはどんなにくだらねぇことでもすぐに気づく。てめぇが部屋に入ったことなんざ、すぐにバレるだろうなぁ……手際よくヤレよ……」

「はい」


 そうしてダチュラは地下牢から出て行った。


 ジジイが庭の手入れをする時間も、兄貴が風呂に入る時間も、全部俺様は把握していた。兄貴たちの行動は規則的で乱れがない。


 必ず同じ時間、同じことをしている。


 予定外のこともたまにはあるが、兄貴は魔王城にひきこもり。ジジイは庭の手入れと他の使用人らへの指示。他の事は何もない。何もかも決まりきった毎日だ。


 ――俺様を閉じ込めておいて、随分悠長にしてやがるぜ……イラつくぜぇ……


 俺様はダチュラに初めて会った後、食い物を持ってくるジジイと何年かぶりに普通に話をした。


 怒りに任せた怒号を飛ばす以外の普通の会話ができるようになったことを、ジジイは喜んでいる様だったが、それもジジイに警戒されないように自然に、時間をかけてやった。

 数か月もだ。


 何年かぶりに俺様が普通の話をするようになったことをジジイは喜んだ。

 怪しむどころか、喜んで怪しむほどの余裕はなかったらしい。


 余程俺様が普通に話したことが嬉しかったようだ。


 ――70年も老いぼれて鈍くなってやがる……キヒヒヒ……


 下準備は完璧だ。


 ダチュラは魔王城で働きだして結構長いらしい。


 10年だか、20年だか忘れたが、他の使用人からも信頼されている。


 俺様は運がいい。

 他の下っ端使用人だったらこう上手くは行かなかっただろう。


 俺様のことでダチュラの振る舞いが不自然にならないようにと、何度も何度も注意をして、自然に振舞わせた。


 兄貴は嘘が見抜ける魔道具をつけているが、ダチュラから俺様に関する質問は一切しないだろう。


 俺様のことはジジイと兄貴が完全に隠しているから、兄貴の方から俺様に関する情報をダチュラに言う訳がない。


 とは言え、小さな1つの不自然さに奴らは敏感に気づく。


 だからダチュラにはよく言って聞かせた。

 俺様の事は地下牢から出たら一切考えるなと。


 暫くして、ダチュラは難なく鍵を持ってきた。


「鍵、ありましたゴルゴタ様」

「どこにあった?」

「センジュ様の机の引き出しの中にありました。鍵がかかっていましたが、ゴルゴタ様に教えていただいた方法で簡単に開きましたわ」

「けっ……不用心なこったなぁ……キヒヒヒヒ……」


 ジジイの部屋の鍵が魔法で作られた鍵でないことは話していて分かっていた。


 ジジイは歳のせいか、古いものを好む。

 魔法の鍵なんて洒落た方法は取らずに、物理的な鍵を使っているはずだと考えていた。


 物理的な鍵であれば簡単にこじ開けることができる。


 ガチャリ……


 あっさりと俺様を閉じ込め続けていた牢屋の鍵は開いた。


 ――やっとここから出られる……


 俺様は牢屋から出たら真っ先にすることは考えていた。


 この憎しみを、この怒りを、この呪いを兄貴にぶつけることだ。


 そして、『血水晶のネックレス』を強奪し、俺様が魔王として君臨する。


 俺様が牢屋の外に出れば、兄貴はすぐに気づくはずだ。


 だから、魔力や匂い、その他5感に訴える要素を一時的に消す魔法を展開させた。

 これで俺様に兄貴は気付かないだろう。


「俺様は行く」

「はい、次期魔王様。お待ちしておりますわ」


 この大して広くない独房の中で、本を読みながらどれほど俺様がこの日の為に訓練したか、魔法の練習をしたか、兄貴の身体に刻み込んでやる。


 俺様は魔法は得意ではなかったが、嫌でも勉強せざるを得なかった。

 その成果を試すことができることに歓喜する。


 ――俺様に本を与えたのは間違いだったなぁ……


 兄貴は憎いが、殺しはしない。

 殺すよりもずっといい方法を思いついた。


 それは、この牢屋に兄貴をぶち込むことだ。


 俺様が感じたこの苦痛の全てを兄貴に味わわせてやる。


 俺様は長く伸びていた自分の長い銀髪を、自分の爪で切り落とした。

 頭が軽くなり、身軽になる。


 ――兄貴……今頃王座に座ってぼんやりしてる頃だろうな……驚いた顔が目に浮かぶぜ……ヒャハハッ……


 俺様は牢屋の外に久々に出た。


 地下牢の空気であることに変わりないのに、全く別の空気を吸っているような感覚に陥る。


 今はセンジュは庭の手入れをしていて城の中の警備は手薄のはずだ。


 地下牢に続く場所は隠し部屋になっている。


 そこからゆっくりと俺様は魔王城の廊下に出る。


 すると懐かしい記憶が蘇ってきた。


 ――過去――――――――――――――


「兄ちゃん、早くしろよー!」

「廊下を走るな。行儀が悪いぞ……はぁ……はぁ……」

「ギョーギとかより、歩いてるだけなのにそんな息切れしてる方がヤバイんじゃねーの?」

「なんでお前がついてくるんだ……」

「だって母さんが兄ちゃんが倒れねぇように部屋まで送れって言うからさぁ」

「はぁ……私は平気だ……」

「しっかたねーなー、ほら、兄ちゃん、背中乗れよ」

「必要ない」

「いいから、そんなペースじゃ日暮れちまうだろ。母さんには内緒だぜ? 兄ちゃんに運動させろって言われてんだから」

「お前がそこまで言うなら乗ってやらないでもない」

「おっとっと……兄ちゃん、俺の肩に立つなよ! 俺は背中に乗れって言ってんだよ!」


 ――現在――――――――――――――


 ――ちっ……嫌な事思い出させやがる……


 俺様は70年ぶりに魔王城の内部に出たが、自分が城のどのあたりにいるのかすぐに分かった。


 ここから西に向かって3つ目の曲がり角を曲がった後、南に真っ直ぐ進めば魔王の王座がある。


 進んで行くほどに色々なことを思い出す。


 兄貴やセンジュ、お袋と過ごした魔王城は何一つ変わりなかった。

 全てに手入れが行き届いている。


 ――過去――――――――――――――


「ゴルゴタお坊ちゃま……メギドお坊ちゃまは、貴方様とご一緒にやり直していきたいとお考えなのです。憎しみなどお忘れになってくださいませ。憎しみなど何も生みだしません」

「何度も何度もしつけぇな!! 一緒にやり直すなんざ無理に決まってんだろ!! そんなに兄ちゃんが……兄貴が……人間を……毛のない猿を庇うなら、兄貴は裏切り者だ!!!」

「ゴルゴタお坊ちゃま……」

「センジュ……もう俺はてめぇのことも信じられねぇ……俺に訳わかんねぇもん植え付けて、俺をバケモノにしやがった……てめぇはもう家族なんかじゃねぇ! その気色わりぃ呼び方は辞めろ!!」

「…………ゴルゴタ様、申し開きはございません……」

「だったらとっとと失せろ!!!」


 ――現在――――――――――――――


 ジジイの処遇ももう考えている。


 俺様の奴隷だ。兄貴を裏切らせて俺様の奴隷にする。


 ジジイは俺様を殺さない。

 俺様に手を掛けることはない。


 俺様への強い罪悪感を持っているからだ。

 だからジジイには手を出させない。


 いくらあれから70年も老いぼれたとはいえ、ジジイの力量くらいは分かってる。

 敵に回すよりは手の内に置いた方が話しが楽だ。


 着実に俺様は魔王の王座に近づいて行った。


 ――もう少し、もう兄貴が近い。やけに心臓の音がうるさく感じやがる……


 少しのミスで俺様はまたあの地下牢にぶち込まれる。


 今までの牢屋での生活を思い出すと、手の震えさえ出てきた。


 ――過去――――――――――――――


 ――もし、ここで叫び続けたら、誰かに聞こえて俺を出してくれるか?


 ――いや、この地下牢から外に音が漏れる構造になっているとは考えにくい……


 ――俺だってこんな場所があるとは知らなかった


 ――何のためにこんな場所があるんだ?


 ――こんなビクともしねぇ檻を即興で作ったとは思えねぇ……


 ――何かをここに隔離するために作ってあったとしか思えねぇ……俺は、最初から魔王になる資格がなかったのか……兄ちゃんが俺を閉じ込める為に作ったのか……そうだ……そうに違いない……


 ――現在――――――――――――――


 兄貴やジジイに何度聞いても答えなかった。

 何のための檻なのか、兄貴は知らないと言っていたが、ジジイは心当たりがあるようだった。


 ――絶対に聞きだしてやる……


 あの角を曲がればすぐに魔王城の王座だ。


 俺様の気配を消す魔法がどれほどの完成度なのかは比較したことないので分からない。兄貴が気づくかどうかは俺様には分からなかった。


 気付かれない方が良いが、俺様はどこか、気づいてほしい気持ちもあったのかもしれない。


 王座を俺様が見た時、金色の長い髪が見えた。

 それに悪魔族の尾や、悪魔族の翼も。


 もう随分見ていないが、あれは兄貴に違いない。


 俺様はそのまま暫く動けなかった。


 ただ茫然とそこに立ち尽くし王座に座っている兄貴を見ていると、様々な感情が湧き上がってくる。


 悔しさ、嬉しさ、憎しみ、悲しみ、怒り……


 気づいたら、俺様は不意打ちをしようと思っていたのに、呪いの魔法を発動させた。


 兄貴がそれに気づかないわけがなかった。


「誰だ?」


 兄貴は後ろを振り向きもせず、何も構えず、静かにそう言った。


 その言葉で俺様は自分の中で何かが「ブツリ」と切れた音が聞こえた。


 ――誰だ、だって……?


 兄貴が俺様の事が分からないことに対し、激しい怒りが込みあがってくる。


 抑えきれない。


 ――ふざけんなよ!!!


 俺様は兄貴の前に素早く移動した。


 兄貴は俺の姿を捉える。

 驚いた表情をするよりも早く、俺様は『血水晶のネックレス』を手にかけた。


 兄貴は俺様の前では何もできないと思っていた。


 だが、兄貴は俺様の動きに合わせて身体を素早く浮かせ、俺様は『血水晶のネックレス』に爪先しか届かなかった。


 2つで1つの魔道具の、片方が外れて宙に舞った。


 その片方を俺様は素早く掴み、呪いの魔法の宿るもう片方の手で兄貴の腹部を思い切り切り裂いた。


「ぐっ……」


 呪いを受けた兄貴は、腹を押さえて床に膝をついた。


「よぉ……兄貴ぃ…………」

「ゴルゴタか……どうやって出た?」

「んなことはどうでもいいだろぉ……」

「……心当たりならある。ダチュラだろう?」


 あれだけダチュラには悟られないよう言っていたのに、あの女が駄目だったのか、あるいは兄貴が俺様の想像よりもずっと鋭いのか分からないが、察しはついていたようだ。


 だが、そんなことは今どうでもいい。


「どうでもいいっつってんだよ! なんだよ、誰だ? って? 俺様が誰か分からねぇようになっちまったのかよ……ガッカリだぜ……俺様はよぉ!!」


 腹に深手を負っている兄貴を仕留めるのは簡単だった。


 だが、俺様はそれだけじゃ気持ちが収まらない。


 死なない程度に殴る、蹴る、切り裂く、という行動を兄貴に対して行った。


 その度に呪いが上書きされ続けた。

 もう簡単に解呪することは不可能だ。


 魔道具の『解呪の水』がなければどうにもならないまでに俺様は兄貴に呪いをかけ続けた。


 そこで、俺様は違和感を覚える。


「なんで抵抗しねぇんだよ……? お得意の魔法で俺様に対抗してみろよ、みっともなく俺様に抵抗しろ!!」


 強めに傷のある腹部を蹴ると兄貴は壁に血をまき散らしながら背中を強打し、うめき声を出していた。


「……がはっ…………」

「メギドお坊ちゃま!!」


 振り返るまでもなく、その声の主が誰なのか分かった。

『血水晶のネックレス』の呪縛から解かれた違和感でセンジュはすぐに気づいただろう。


「ゴルゴタ様……何故……」

「ジジイ……俺様に少しでも、ほんの欠片かけら程でも“わりぃ”と思ってるなら、てめぇは手ぇ出すな……いくら俺様の身体が訛ってるとはいえ、兄貴の首なんざすぐ取れるんだぜぇ……?」

「おやめください……お願いします……それだけは……――――」


 ジジイは俺様の言った通り、何もせず、膝を付き手を挙げた状態で敵意がないことを示した。


 ジジイから目を離し、兄貴の方を見ると空間転移魔法を展開していた。抵抗しなかったのはこの時間を稼ぐためだったのだと気づく。


「待てよ兄貴ぃッ!!」


 俺様が兄貴の身体を掴む寸前、兄貴は空間転移で逃げた。

 痛めつけて檻に入れてやろうと思っていたのに、残念だという感情が俺様を支配する。


「ちっ……逃げやがったか……ヒャハハハハッ……あの兄貴が尻尾巻いて逃げやがった! ヒャハハハハハハッ!!」

「…………」


 笑っている俺様と、兄貴の血をジジイは交互に見つめる。


 ジジイは何も言わず、兄貴の血の跡を目で追っていた。

 恐らく、傷の深さや出血量などを見ている。


 それでも抵抗するつもりはないようだ。

 膝をついて手を頭上にあげたまま動かない。


「ジジイ、兄貴をぶっ殺されたくなかったら俺様側につくんだなぁ……キヒヒヒ……」

「…………はい。おっしゃる通りにいたします」

「………………」


 急に手の平を返すジジイに俺様は不信感を抱く。


「…………なんでだよ? 俺様を無理やり檻に戻すこともできるだろ……?」

「……わたくしは、分からないのです……70年経った今でも、ゴルゴタ様を閉じ込め続けることに、もう耐えられないのでございます…………」


 苦悶の表情を浮かべながら、ジジイは俺様に向かって言う。

 けして俺様の目を真っ直ぐには見ない。目を逸らしてそれを口にする。


「……へぇ……そうかよ……なら、暫くてめぇの部屋で反省してろ。俺様が閉じ込められた気持ちを少しでも分かりたいと思うなら、部屋から出てくるな」

「これからどうなさるおつもりなのですか……?」

「どうせ、この『血水晶のネックレス』の呪縛がなくなったことは全魔族が分かったはずだ。訛った身体に丁度いい。全員ねじ伏せて俺様のしもべにしてやる。キヒヒヒ……ジジイは手ぇ出すなよ? 俺様に少しでも悪いと思ってるならなぁ……」

「かしこまりました……」


 人喰いアギエラのことは本を読んで知っていた。


 だから、人喰いアギエラ復活をさせて毛のない猿どもを1匹残らず殲滅する計画を立てた。


 俺様がわざわざ出向いて汚ぇ毛のない猿の血を浴びる事もねぇ。


 魔王城の外には出たいが、俺様にはやることが山積みだ。




【ゴルゴタ 現在 魔王城 蓮花の部屋】


 ゴルゴタはそこまで思い出したところで、蓮花に対し、話を始めた。




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