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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第2章 人喰いアギエラの復活を阻止してください。▼
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償えない罪を告白してください。▼




【魔王城】


 罵詈雑言や暴力を受ける覚悟は蓮花はできていたが、ゴルゴタはただ黙して蓮花の目を見るだけで何の暴力も行使しない。


 奇妙な間が続いていく。


 流石に悪いと思った蓮花はゴルゴタに謝罪の言葉を口にした。


「ごめんなさい。魔人化の話も悪くはないんですけど……私も、私が忌むべき人族ですから。私は……自分が生きていることに耐えられないんです。死刑囚でしたし、それで満足してたのに、今人間を滅ぼす為にこんな必死になって……感情的に矛盾してますけど」

「ふーん……」


 死ぬのは、遅いか早いかの違いでしかない。


 だが、回復魔法士であるがゆえ肉体的な衰えですら制御できてしまう。

 老衰や病気で死ぬことはないだろう。


 それは直接的な致命傷がなければ永遠の時間も生きられてしまうということだ。


 自殺することもできるが、蓮花にとって自殺はあまりしたくない方法であった。


「私は…………憎悪に動かされるまま、ゴルゴタ様のところへ来ました。それは、私の人間を滅ぼすという願いを叶えてくれると思ったからでもありますが、私を無残に殺してくれるという期待もあってのことでした……もう、生きて希望を見つけることはしたくありませんし、その見つけた希望をまた失うのが何よりも恐ろしいと感じています」

「へぇ……? てめぇはそんなに死にてぇのかよ?」


 幾分か投げやりの返事に、蓮花は返答をする。


「そうですね……生き長らえたくはありません。私は自分の感情の制御が効かないのです。だから取り返しのつかないことを既にしでかしています。だから特級咎人になったんですよ」

「その烙印……そのとき、何があったのか聞いてなかったなぁ……」

「…………」

「キョーミなかったけどよ、今はちったぁキョーミあるぜぇ……? あの野郎もてめぇの事件の動機について聞きたがってた……教えろよ。てめぇを感情的にするような激しいのがあったんだろぉ……キヒヒヒ……」


 明らかに蓮花の表情は曇った。

 先ほどよりもより濃く、今にも雷雨が降りそうなほどの曇った表情だ。


「…………言いたくありません」


 その返事をした直後、ゴルゴタは蓮花の首を目にも留まらぬ速さで掴んだ。

 首に強い圧迫感を感じて蓮花の呼吸が困難になる。


「最近は随分ワガママ言うようになったじゃねぇか……俺様の命令が聞けないってのか? あぁ? 俺様の玩具が俺様に歯向かうなんて、おかしな話だと思わねぇかぁ……?」

「かはっ……ぁ……それでも……話したくありません……」


 怒っている様子ではないゴルゴタを見て、蓮花はそれに気づかないわけがなかった。

 このまま押し切ってもゴルゴタは蓮花を殺さない。


 苦しむ蓮花からゴルゴタが手を離すと、咳き込みながら首元を抑えて真っ直ぐにゴルゴタを見つめる。


 何があっても言う気がないと感じたゴルゴタは、暴力以外の方法で聞き出そうと考えた。


「そんなに話したくねぇのか……じゃあ、どうして話したくないのかは話せるのかよ……?」

「…………興味本位で聞かれたくないこともあるでしょう。ゴルゴタ様も、過去の事は聞かれたくないのではないですか?」


 蓮花からそう聞かれた際、ゴルゴタの表情は引き攣った。

 メギドや人間への憎しみで表情が歪む。


 蓮花はそれを見て、あまりこの話に深く踏み込めばゴルゴタによって殺されるかもしれないと考えた。


 だが、蓮花はそれでも引き下がりはしなかった。


「私はゴルゴタ様の過去を聞きだそうとは思いません。それに、それを聞いても、私はゴルゴタ様に一個人として何もして差し上げられません。ですが、回復魔法士として精神的な治療を施すことはできます。でも、お互いにそんなことをすることは望んでいないでしょう」

「へぇ……? 俺様を治療できるって……? キヒヒヒ……」


 ガリッ……ガリッ……


 ゴルゴタの指の肉が剥がれては再生されていく。


 決して少なくない血液がゴルゴタの身体から流れ出る。


「随分舐めた口きくんだなぁ……? てめぇに俺様の苦しみなんざわかりゃしねぇよ!」


 ゴルゴタはベッドの横にあった薔薇のいけてある花瓶を拳で振り払った。


 その瞬間に中の水と薔薇の花弁、花瓶の破片が飛び散る。


 この飛び散っているものが蓮花の頭ではなかったことが奇跡のようだ。


 それほどのことが起きても、相変わらず瞬き一つしない蓮花を見てゴルゴタは怒りよりも楽しさを感じた。

 ここまで踏み込んでくる奴は蓮花とメギド以外存在しない。


 その後の蓮花の続ける言葉が楽しみにすら感じる。


「勿論、話してくれないと明確には分からないですよ。でも、過去に苦しんでいることは私でなくても分かります。それでも、センジュさんはゴルゴタ様は最近楽しそうだとおっしゃっておりました。だから、私はただゴルゴタ様にそれで少しでも楽しいって思ってくれるなら、それでいいです。今まで辛かった分、笑っていてほしいのです。過去は変えられません。でも、これからのことなら変えられます」

「…………それなら、てめぇはどうなんだよ? それだけ俺様に説教しておいて、自分は過去に縛り付けられて俺様に殺してくれって懇願してくるじゃねぇか……過去から一歩も進んでねぇのはてめぇも一緒だろ……?」


 一言も返す言葉がない。


 蓮花は過去に縛られている。

 憎しみも苦しみも過去の出来事があったから蝕まれている状態だ。


 だが、こんなときでも蓮花は正気を失わない。

 失うことはできない。


 それだけ強い精神や信念を持っているから。簡単に狂えるほどこの世界は優しくない。


「……私は……ゴルゴタ様が許せば、その憎しみも苦しみも取り払うことができますよ」


 その声色や表情からは、冗談などの類ではないとゴルゴタは分かった。

 だが、実際に何をするのかは分からない。


「……どうやってだよ?」


 治療と言っても、服薬をして憎しみまで消えるとは思えない。

 すると、蓮花の口から出た言葉は想定していた事よりも過激な内容であった。


「脳をちょっといじるんですよ。その感情や記憶を書き換えてしまうんです」

「ふーん……」


 ――コイツ、そんなことまでできるのかよ……兄貴が始末したがってたわけだぜ……


 メギドやメギドの連れていた回復魔法士が蓮花に対して異様なまでの執着を見せていた訳も納得できる。


 ――俺様も下手したら寝首をかかれてる可能性すらあるってわけだ……記憶がいじられてたらそれに気づく間もねぇとは、凶悪すぎるなぁ……キヒヒヒ……


 しかし、ゴルゴタは途方もない危険を察知するのと同時に「やっぱりコイツ、おもしれぇ」と思い直した。


 ゾクゾクする感覚がゴルゴタを襲う。


 そんな中、蓮花はゴルゴタに話を続けた。


「でも、脳をいじって記憶を書き換え、気持ちを前向きにしても、それは本人じゃないと思うんです。今まで生きてきたすべてを否定して、ただ幸せだけを甘受できるだけの存在にしても、そんなのは本人じゃない」

「へぇ……頭の中もいじくれるってか……」


 蓮花は実験の毎日を思い出す。


 毎日毎日、狂ったように実験をした。


 実験をしていなければ、蓮花も正気を保っていられなかったかもしれない。

 1つの目標に到達する為、蓮花は努力した。


 途中で訳が分からない状態になったこともあった。

 しかし、これだけは失わない。


 この憎悪と悲しみの感情は本物だ。


 ゴルゴタは蓮花という存在の危険さにゾクゾクしていたが、異常性を取り繕うようにまともな話をしているのを聞いて気持ちが少し冷めた。


 何もかも自分の思い通りにできる力がありながら、蓮花はそれを使用しない。


「できます。沢山……練習しましたから。でも、そんなことしても空しくなるだけです。私は、今のゴルゴタ様に笑っていてほしいのです」

「俺様がそうなったとして、てめぇに何の得があるんだよ。俺様の頭の中をいじくって、てめぇの都合のいいやつにしちまったらそっちの方が楽だろうがよぉ……?」

「……得……ですか…………しいて言うなら、私の罪滅ぼし……ですかね」


 ゴルゴタは険しい表情をして蓮花に詰め寄る。


 ――罪滅ぼしだと……? ふざけんじゃねぇ……


「同族殺しの罪滅ぼしに俺様を使うんじゃ――――」

「違います。同族殺しの方は別にいいんです。受け入れてます。償いたいわけじゃないです。ずっと背負っていくものだと思ってやったことですから」

「じゃあなんだってんだよ」


 蓮花はなお一層暗い表情をする。


 涙がそこまで溢れかかっているのを必死に堪える。

 ゴルゴタの前で泣き出すわけにはいかない。


 それでも、感情のコントロールが利かなかった。


「…………大切な人を守れなかった自分の罪ですよ」

「大切な人……?」


 何年経った今でも、蓮花にはその光景が頭にこびりついて離れない。


 忘れたくても、忘れようとするたびに何もかもと結びついて、何度も何度も想起させる。

 全く関係のない事柄でも、思い出さないように思い出さないようにとするほど、忘れられないものへと変わっていく。


 手に持っているナイフは勿論のこと、ティーカップ、血の匂い、怒声、笑い声……いくつも紐づいて忘れたくても忘れられない。


「私しか守れなかったのに、私はその人を守れなかった……。結構頑張ったんですけど……でも……っ……私は無力で……何もできなかった……」


 涙で蓮花の視界が歪む。


 どうしても思い出すと涙が抑えきれない。


 あの無残な光景、失った悲しみ、喪失感、絶望、わずかな希望の先の絶望、そして何もかもの喪失、抑えきれない憎しみ。


 ポロポロと泣き始めてしまった蓮花に、ゴルゴタはどう向き合っていいのか分からず困惑する。


「泣くな鬱陶しい」とか「そういうのうぜぇんだよ」とか、そんな言葉しか思い浮かばないが、その言葉が今適切でないことは理解できる。


 なんと声をかけていいか分からず、ゴルゴタはその場で黙ってしまった。


 こんなことは初めてのことだ。

 泣き叫んでいる奴らを簡単に薙ぎ払い、永遠に黙らせることばかりしていたゴルゴタは、殺す以外でどう対応していいのか分からずにいた。


 戸惑っているゴルゴタの様子に蓮花は感情をコントロールし、抑え込む。


「ごめんなさい。取り乱して……もう……結構前のことなんですけど……やっぱり思い出すと苦しくて、言えないんです……あれ以上につらいことなんてありません」


 言えないと言う蓮花の言葉に、ゴルゴタは自分を対比させた。


 思い出すほど苦しく、言葉にすらできないほどの苦しみを味わったのはゴルゴタも変わりない。


 だが、ゴルゴタは言葉に詰まって言えなくなるほどのことではなかった。


「…………俺様は過去の事、今でも苦しいなんざ思わねぇ。人間とメギドへの憎しみしかねぇよ。俺様はそんなに弱くねぇ……過去のことも俺様は話せるぜぇ……? 聞きてぇっつーならな」

「……そうですか……私は無理です……ごめんなさい……」


 悲しみと怒りを露わにしながら、声の震えてる蓮花は握っているナイフをわなわなと震わせていた。


 ナイフの刃の部分を強く握りしめるが、切れ味が悪いからか蓮花の手は切れなかった。

 だが、少しの痛みもあり蓮花は冷静さを少し取り戻し、浅く息を吐きだした。


 そして自分の涙を拭い、ゴルゴタに再度向き直った。


「…………興味本意で聞きたいわけではありませんが、ゴルゴタ様の過去のお話、良かったら聞かせてもらえますか? 誰かに打ち明けることで少し気持ちが楽になったりするものですよ」

「けっ……全部てめぇにそっくりそのまま返してやるよ。グズグズ泣きやがって、チョーシ狂うぜ……」


 再びゴルゴタは蓮花のベッドに乱暴に座り直し、再び扉の方をぼんやりと見つめた。


 あまりゴルゴタも話したがらない様子だったが、ポツリポツリとゴルゴタは自身の過去についての話を始めた。




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