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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第2章 人喰いアギエラの復活を阻止してください。▼
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天使族と交渉してください。▼




【メギド デルタの町の上空 上位天使の聖域】


「!」


 ――呪印のことが天使族にバレているだと……何故だ、私が自分で天使族に弱みを話すはずがない。いくら解呪の可能性があるとしても、天使族に私が媚びを売るなど到底考えられない


 私が何も答えないままルシフェルの笑みを睨みつけると、ルシフェルは満足そうに更に笑っていた。


「わたくしは考えました。貴方はどの分岐でも役に立たなかった。それは貴方の身体に刻み込まれた強い呪印のせいなのかと……ですが、その呪印を解除しても貴方は寸でのところでゴルゴタを仕留めきれなかった。惜しかったですね……なので、その呪印、またわたくしが解除して差し上げましょうか?」


 ニヤリと口元を歪めながらルシフェルはそう言った。

 

 ――以前も呪印を解除してもらったことがあったのか……それでもゴルゴタに私が劣ると……?

 

 天使に借りを作るのは本意ではない。


 ただの善意でそう言っている様には思えないからだ。


「見返りは何を要求する?」

「はっはっは。話の分かる方で結構ですね。それは無論、ゴルゴタを排除後、天使族が魔族を統治するということが条件です。魔王の世襲制の廃止、悪魔族の血の者が魔王でなくなること」


 ――やはりそうくるか……


 なんとしてでも天使族は魔王の座がほしいらしい。


 魔の王という冠がつくだけで別段良いこともないその座が、どうしてそんなにほしいのか分からない。


 アホの勇者が勝手に城の敷地内に入ってきたり、魔王だと言うだけで人間に命を狙われ続ける。


 そんなものに誰が好んでなりたがるのか。


「我々は一つ一つの可能性を潰していっている状態です。汚らわしい貴方をわざわざ迎え入れて話をしているのも2度目の試みなのですよ。不思議でした。貴方ほどの実力がある方が我々をねじ伏せて『時繰りのタクト』を無理やりにでも持って行かないということが。何かの理由でそれができないのだとしたら、それは何かに力が抑えられていること以外に他ならない。そう気づいたわたくしは貴方が呪われているのだと思いました。そして呪印を渋々、嫌々解いて差し上げたのです」

「……ふん、伊達に何世紀も生きて知識を蓄えている訳ではないようだな」

「前回は駄目だったとはいえ、それでも惜しいところまでは行った。なので、今回はそれに加えて、この『時繰りのタクト』を貴方に預けてみようかと思いましてね。このままでは天使族が壊滅しかねない」

「どういう意味だ?」

「わかりませんかね……存外鈍いお方だ」


 ルシフェルの言葉は一々癇に障る。


 その余裕そうな笑顔も、まるで自分が私よりも上の存在であるかのような立ち振る舞いも、顔も、性格も、思想も、考え方もすべてが癇に障る。


「あの下位の天使族の身体に咲いている赤い花はこの『時繰りのタクト』の副作用なのですよ」


 あの天使の身体から咲いていた赤い花を思い出す。


 叫んでいる天使がいたほどだ。相当の苦痛が伴うのであろう。

 それに、どれほど使えば手遅れなほどになるのか知れないが、戻す時間が多ければ多いほどその副作用が起こるのだろうことは明白だ。


 ――……センジュが使わないようにと言うだけのことはある


「まぁ、そんなことだろうとは思っていた」

「はっはっは、そういうことにしておきましょう。ご覧になったでしょう? 恐ろしいあの呪いの血の色の花……天使族の解呪の力を持ってしてもどうすることもできない絶対的な呪いなのです。時間を戻すということは、それだけ大きな対価が必要となる。この『時繰りのタクト』は呪われた魔道具なのです」

「…………それを渡して、私がしくじったらどうするつもりだ?」

「見張りの天使をつけさせていただきますよ。貴方が破れた際、回収できるようにね……」


 今でさえこれだけ濃い聖域の中にいて、天使族と話しているだけで私はすこぶる気分が悪い。


 天使というものそのものを私が生理的に受け付けていないのに、見張りの天使をつけるなど冗談では済まないことだ。


「冗談が下手だな。私が天使と一緒にいるなど、身の毛もよだつ悍ましい苦行だ。今でさえ、内臓を全て吐き出したいほどの吐き気を必死に抑えているというのに」


 私の言葉を聞いている四大天使は険しい顔を更に険しくして私を睨みつけた。


 ルシフェルは自分の髭を手で撫でつけながら私の方を笑顔で見つめ続ける。


「これだから子供はいけませんね……わがまま放題に育てられている貴方にとっては、大局を見ることよりも目の前の苦行の我慢を回避することの方が重要らしい。愚かですねぇ……わたくしたちとしても、貴方の側になどいたら穢れが移ってしまいますし、我慢に我慢を重ねてこうして戦争の回避のための提案しているのですよ。その賢い頭脳で分かっていただけましたかな?」

「舐められたものだな。解呪をした私に天使の見張りなどつけても無意味だ。さっさと始末してしまえばいい」

「無論、呪印を解除した貴方は我々にとって危険なのは承知していますよ。ですが、貴方は無益な殺生は好まない。いくら蛇蝎の如く嫌っている天使族だとしても、貴方は目障りだからという理由では手にかけない。そうでしょう?」

「…………」


 何もかも見透かしたような態度が心の底から気に食わないが、この呪印が解除されて『時繰りのタクト』が手に入るのなら悪い話ではない。


 だが、私が魔王の座を降りて天使族が上手くやれるとは思えない。


 それに、魔王という存在に君臨し続けた私が天使族の下につくのも癇に障る。


 だが、人間と魔族の全面戦争は回避したい。


 ――私のプライドを捨てることで平和になるのなら、魔王の座を天使族に譲ればいいのか……それが“真”の平和ならばいいがな……


 私が考えている最中に、思考を遮るようにルシフェルは言葉を続けた。


「それで、更に条件があります」

「まだ何かあるのか、私はまだ他の条件を飲むとも飲まないとも言っていないが……」


 ルシフェルは私の言葉を無視して話を続けた。


「呪印で力が抑えられているとはいえ、貴方は“多少”頭が切れる。その知性でゴルゴタをどうにかすることもできたはずです。でも今までは何の成果もなかった。ですから、絶対的な力を取り戻した貴方が理屈で考える以上のことが必要。なので、貴方には貴方が絶対にしない行動をしていただきたいのです」

「私が絶対にしない行動……?」


 私が絶対にしない行動と言われても、自分の想像の範囲のことしか思い浮かばない。


「ええ。正攻法では勝てないのです。今まで役に立たなかった貴方が何か変化をもたらすとしたら、それは正攻法ではないやり方です」

「…………」

「貴方は我々の提案を“はい”と受け入れるしかないのですよ」


 一度時間をかけて考えたいが、ルシフェルの話を聞いているとそれほど悠長に考えている余裕はなさそうだ。


 私の呪印の解除、『時繰りのタクト』と引き換えに魔王の座を降りる。


 それで、ゴルゴタは抑えられるのか?

 その後、ゴルゴタはどうなる?

 センジュは?

 魔族は?

 人間はこれからどうなっていくというのか。


 天使族のことだ、真の平和とやらを追求していくだろう。

 魔族の楽園の者らもそれなりに幸せそうにしている様子だった。


 どれだけ天使族が平和とやらを実現させられるかどうか分からないが、今はこの条件を呑むしかない。


 魔王の座の件は最悪の場合でも『血水晶のネックレス』があればどうすることもできる。

 あれは私の血筋の者しか使えない。


 だから天使族が私と同等の魔族統治ができるわけではない。

 だが『血水晶のネックレス』を使えば天使族との約束を反故にすることになる。


 その場合、天使族とは更に遺恨を残すことになるだろうが……


 その判断は今はできない。

 天使族が持つ情報量のほうが圧倒的に多く、私にとっては不利な状況だ。


 しかし、私にこれだけ譲歩を見せるほど天使族は焦っているのだろう。


 ならば不利な状況の私にも交渉の余地があるということだ。


「天使族から指示を受けるなど、屈辱的にも程があるが、解呪と『時繰りのタクト』は私にとって悪くない話だ。だが、こちらとしても条件がある」

「貴方が条件を出せる立場ではないというのがわからないのですかな?」


 笑顔が消えて険しい表情をしているルシフェルに、今度は私の方が笑みを見せて話を切り出す。


「お前たち天使が破滅して行くのは、私にとっては取るに足らないことだ。何度も失敗し、下位や中位の天使は既に壊滅しかかっている。このまま放っておいてもお前たちは『時繰りのタクト』を使って自滅していくだろう。それを私を使って解決しようとするのであれば、こちらからの条件も呑むべきだ」

「……内容によりますがね。我々の要件を飲まなければ貴方はまた失敗するでしょうけど……随分と強気ですね。この状況を正確に飲み込めないとは愚かしく嘆かわしいことこの上ない」


 天使族は頑なに私が失敗すると言うが、これだけの情報を得た私が再度失敗するとは思えない。


 それに、どうせ失敗する要因は分かっている。


 今までの情報と、天使族の「絶対にしない行動」という話を聞いて、ある考えを私は思いついた。


「別段難しい事は要求しない。お前たちの条件の通り、私がゴルゴタを収めた際には魔王の座を譲ってやる。ただし、私の城は私が使わせてもらう。お前たちは今まで通り、ここを拠点として魔王をすればいい。どうせ、私が住んでいた住居など全て破棄しなければ気が済まないだろう?」

「それは言えていますね。いいでしょう。こちらとしても貴方が暮らしていた不浄の地に住みたくはないですしね」


 私の魔王城は美しい。


 造形もさることながら、私のお気に入りの服や装飾品、調度品、祖父の代から受け継がれている本が数多くある。


 私のお気に入りは小さな家屋には収まりきらない。

 庭の沢山の薔薇も私のお気に入りの一つだ。


 大きな天蓋付きベッドで眠り、センジュの淹れた紅茶などを優雅に飲みながら過ごすあの生活に戻りたい。


「そして、私はお前たち天使族と関わり合いたくない。私の前に二度と姿を見せるな。それが条件だ」


 天使族が魔王になったからといって、私は天使の支配を受けるつもりはない。


 それは私の関係のないところでやってもらう。


「…………つまり、わたくしたちのやり方に干渉してこないということですね。それなら結構です。わたくしたち天使族が崇高な世界を作り上げて見せましょう」

「交渉成立だな。こんな場所に1秒たりとも長くいたくない。さっさと解呪をして『時繰りのタクト』を渡せ」


 私がルシフェルを急かすと、ルシフェルは更に不快に笑った。


「はっはっは、わたくし共も是非そうしたいのですがね、天使族にとってこれは大きな賭けなので、もう少し貴方に情報を与えておきたいのですよ。何度も失敗されては困りますのでね。貴方としてもむやみに花に食い荒らされたくないでしょう?」

「まだ何かあるなら早く話せ。1秒たりとも長くいたくないと言っているだろう」


 ――私への嫌がらせか? あり得るな。この性根の腐った連中なら……


「……気になる点が1点ありましてね。ゴルゴタがここへ来た際に交渉に乗るフリをして事を先延ばしにしたことがあったのです。その際、ゴルゴタが1人で再度ここへきました。その時の彼はこの数日後にくる彼とは別人のようでした。憎悪や怨嗟を滾らせ、交渉の余地も全くなく、話し合うこともできずに我々は否応なしに蹂躙されました。その交渉を先延ばしにした間に何かがゴルゴタにあった……と、思うのですが、それを調べていただけませんか?」

「天使の対応が遅いから頭に来ていただけではないのか?」


 ゴルゴタはかなり短気だ。天使の対応の悪さが頭にきたくらいのことだろう。


「いいえ。性格そのものが全く別のような変貌ぶりでした。単純に痺れを切らしているというよりは、よほどの何かがなければあぁはならないでしょう」


 元々人間への復讐に狂っているような奴だ。

 さしておかしい話でもないように聞こえるが、最近のゴルゴタの様子は前と違って穏やかになりつつある。


 ――それを変える何かがあったとしたら、人間からの攻撃か? いや、人間が襲撃にきたからと言っても奴がひと撫ですれば簡単に殲滅できる……センジュや蓮花と揉めたか? 1人で来たと言っていたな……いや、蓮花やセンジュの性格を考えれば、ゴルゴタと揉めることなどないように思うが……


「…………気に留めておく。それは何日後の話なのだ?」

「今からゴルゴタが来るのが3日後、交渉を先延ばしにして再度ゴルゴタが来るのが30日後です。我々が協力しない場合、ゴルゴタ自身が人間を滅ぼし始めます。我々が協力すればアギエラが復活します。いずれのルートでも勇者が現れ、人間と魔族の戦争が始まってしまいます」

「なら、その原因をお前たちが調べればいいだろう」

「無論、内部調査をしようともしましたが、悪魔族の血を引くゴルゴタが天使族を魔王城に置くわけもなく、成功しませんでした。とにかく感が鋭いといいますか、魔王城付近にすら天使族は近づけません。余程天使が嫌いと見える。やはり天使族と悪魔族は争う運命なのでしょうね」


 私とゴルゴタの気が合うことなど殆どないが、1つ共通点があるとすれば天使が嫌いだという事だ。


 私は天使族の救世主思想が身の毛がよだつほど嫌いだ。


 ゴルゴタは恐らく、本能的な部分で天使族が嫌いなのだろう。

 私と違って論理的に考えられない分、感は鋭い。


 天使族が性根の腐ったろくでなしであることを見抜いているのだろう。


「だろうな。私も天使族は大嫌いだ」

「ええ。わたくしどもも悪魔族は大嫌いです。特に貴方は気に食わない。気が合いますね」


 ルシフェルは厭味を言う時でも笑顔を崩さない。


「さて……では、早速解呪をしますので、暴れ出さないでくださいね」


 ルシフェルが私に向かって右手をかざすと妙な感覚があった。


 天使の力が働いているからなのか、あるいは解呪というもの自体が妙な感覚に襲われるのか分からないが、失ったものが戻るような感覚だ。


 丁度、ゴルゴタに千切り取られた翼を蓮花につけられているときのような感覚に似ている。


 私は服をめくって確認するまでもなく、呪印が消えていると確信した。


 呪印を受けている際に感じていた嫌悪感が全くなくなっているからだ。


「かなり強い呪いだったようですが、一体誰からそれほどまでの呪いを受けたのですか? まぁ、貴方を憎んでいる者など星の数ほどおりますがね、それに後れを取るような無様があったとしたら、タイミングとしてはゴルゴタから受けたと考えるのが妥当……」

「無駄な話に付き合う気はない。年寄りは話し好きで困るな」

「大事なことですので。貴方、ゴルゴタが何者なのか知っているのではないですか?」

「答える義理はない。さっさと『時繰りのタクト』を渡せ」


 ルシフェルは少しの沈黙の後、『時繰りのタクト』を手に取り立ち上がって私の隣まで歩いてきた。


 私がそれを受取ろうと掴むが、ルシフェルは『時繰りのタクト』から手を放さない。


「おい、ふざけるな。手を放せ。まだ何かあるのか?」

「…………まぁ、推測はつきますがね。貴方が失敗し続けるのは、ゴルゴタが単に強いからだけではない。他の要因が関係しているのではないですかね。例えば……」


 そう言いながら『時繰りのタクト』からルシフェルは手を放す。


「実はご兄弟……とか?」




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