4、勧誘
新キャラ登場です。グダグダですが、どうかお楽しみください。
「おはよう。」
「おっわ…!」
重い瞼を開けたら、すぐ目の前にフェイがいた。唐突な声に眠気が吹っ飛んでいった。
「良かったぁ。君、全然喋んないからさあ。てっきり声出なくなっちゃったのかと思ったよ。そんくらい大きな声が出れば十分だね。」
ニヤニヤと悪い顔を浮かべてこちらを見ている。…大声を出したのが馬鹿みたいで少し恥ずかしくなってきた。というか、仮にも僕の家になる所に勝手に入ってきたのか、この人。
「昨日よか顔がスッキリしてるね。よく眠れたんだね。じゃ、昨日言った通り、大事な話がある。とりあえず着替えて。」
フェイが黒い服を差し出す。硬い生地で、赤紫色の肩章がついた服だった。軍服?に近い。よくよく見ると横に長い菱形に胸元が開いている。
「着方、分かる?」
フェイが顔を覗き込んでくる。
「あ、いえ、えと…」
「あ、もしかして僕に見られてると恥ずかしい?そりゃ失礼。」
フェイが部屋を出ていった。別に恥ずかしかった訳では無いのだが…
黒いズボンを履き、同じ様に黒い軍服に腕を通す。まだ新しいようで、生地が張っている。…変わった匂いもする。 バスルームの鏡で、襟元と髪の毛を整える。…やっぱり、少し胸元が開いているのは気恥しいような、大胆すぎるような気もするが…まあ、せっかく与えられたものだし、文句は言わないでおこう。
…昨日はここで頭痛がして嘔吐した。今は大丈夫みたいだが…。フェイは今日、大事な話をすると言っていた。自分の記憶に関することだと…嬉しいのだが…。
金属が叩かれた鈍い音がした。
「もういいかい?入るよ。」
ドアからフェイが顔を出す。
「なかなか似合っているじゃないか。男前だよ、クロム君。」
服のことより、名前の方に気が行った。“くろむ”?というのが俺の名前…?
「ああ、そうだ。君の名前ね。いつまでも24番君って呼び方だと呼びにくいし、そっちもなんか嫌だろう?それで僕が一晩かけて君の仮の名前を考えたんだ。『クロム』。これが今日から君の名前だ。」
くろむ、クロム…あんまりぱっとしない感じだ。フェイも、俺の名前などについては分からないらしい。恐らく、今日の話も自分の記憶に関することではないのだろう。
「よし、新しい衣装に着替えたことだ。そろそろ移動しよう。あまり待たせるとうるさいからね。」
今の口振りからすると、他にも誰かいるのだろうか?そもそも目覚めてからフェイ以外の生物にあっていない。
「ほら、こっちだ。」
自室から出て最初に入っていた部屋の方向とは逆の方向へ進む。同じような雰囲気の廊下がずっと続き、青く錆びた金属の2枚扉の前で歩を止める。
「さあ、入って。」
鈍い音を立てて戸が開かれる。…中に、誰かいる。部屋はなかなかに広く、黒い金属製の長テーブルと、同じ素材の椅子がいくつもあった。その一番奥に、誰かが座っている。小柄な少年だ。
「メウェン、彼に挨拶して」
フェイに『メウェン』と呼ばれた人物が立ち上がる。スタスタと、青い髪を揺らしながら真っ直ぐにこちらへ向かってくる。
「お初にお目にかかる。メウェン・オリウィエルだ。メウェン、と呼んでくれて構わない。」
凛とした少年らしい響く声だった。メウェンは腰折でお辞儀をし、顔を上げる。
身長は自分より低い。見た目も、昨日鏡で見た自分よりも若く見える。首や腕がまだ細い。肌は透き通るように真っ白で、髪はその肌に映えるような、目の覚めるような青だった。自分と同じで、少年の大きな目も、結膜が黒かった。ただ、瞳は青く、宝石のように透き通っていた。頭には黒い角が、頭の形に沿うように生えている。白いシャツと紺色のテーパードパンツを履いている。落ち着いた、紳士的な雰囲気の少年だった。
「あ、えと、クロムと言います…よろしく?お願いします。」
名前を聞いた瞬間メウェンが顔を顰める。冷ややかな目線の先にはフェイがいる。フェイは微笑を浮かべ、「なんだい?」と表情を変えず首を傾げる。
「失敬。なんでもない。君自体には今は特に思うことは無いよ。」
凛とした表情に戻り、真っ直ぐにこちらを見据えている。心做しか警戒されているような気もする。
「では、本題に入ろう。」
フェイが手を叩き、意識を集める。
「単刀直入に言うよ。クロム君、君には僕達の軍に入って欲しい。」
フェイの目には真剣さが見える。一方のメウェンは形のいい眉をひそめ、目を伏せている。
「その前に説明が必要だったよね。僕達は反政府の軍に入属している。自身の固定概念を押し付けるのは良くないことだが、これだけは言わせて欲しい。今、この界を支配している王はおかしい。狂っている。このままでは次なる被害者が幾億と出るだろう。」
さっきの真剣さの中に、悲愴な感情が見え隠れしている。
「だから、僕達は反旗を翻した。それがこの魔界軍だ。君にはここに入ってもらい、政府の野望を根絶して欲しい。」
フェイが手を取る。手が、冷たい。
「だから―」
「別に無理して入らなくてもいい。君は記憶がない上、身内もない。ただこちらが使いやすいというだけだ。命の危険もある。そんな所に入りたいと思うのか?」
フェイの声を静止するように、メウェンが淡々と言い放った。フェイが悲しげに顔を歪め俯く。
「ごめん、忘れてくれ。私…僕の悪い癖だ。何もわからない君にいきなりこんなことを言うなんて、焦ってたみたいだ。ごめん。」
確かに記憶もないし、自分のことすらもわからない。だけど、手掛かりになるものなら、掴む。掴んでやる。
「やります。」
フェイの目が大きく開かれる。メウェンも驚いたような顔を見せ、直ぐに呆れたような表情に変わる。
「でも、大丈夫なのかい?君は記憶が…」
「無いからこそです。無いから探す。何も無い俺でも、出来ることはあるはずです。ぜひ、入らせてください。」
もしかしたら、活動しているうちに何か思い出すかもしれない。なんでもいい、自分がなんなのか、それだけが知りたい。
「利用してくださって結構です。その代わり、俺もあなた方をいいように使います。それでも、良いなら。」
しばらくの沈黙。そしてフェイが口を開く。
「…ありがとう。君の決意、しかと受け取った。でも、本当にいいのかい?」
「構いません。是非、お願いします。」
軽く頭を下げる。頭をあげると、メウェンがさっきの呆れ顔のまま、こちらに意識を向けていた。
「うん、うん。本当にありがとう。君は、やっぱり心優しいのだね。では、こちらで手続きは済ませておく。メウェン、彼を大図書に案内して、そこで色々教えてやってくれ。」
メウェンは不機嫌そうに無言で頷く。
「キミ、ボクの後に付いて来て。迷うなよ。」
「あ、はい」
戸惑いつつメウェンの後に付いて行く。
メウェンが部屋から出る寸前、蔑んだ目で、フェイに言い放った。
「影を追うのも大概にしろ」
それだけ言ってスタスタと自分の前を歩いて行った。
…よくよく考えたらとんでもないことを言ってしまったかもしれない。何をするかも言われてないし、そもそもなんの事だかさっぱりなのに…なんであんなことに承諾してしまったのだろう…もっと考えて行動すればよかった…。
メウェンがいきなり歩を止める。ぶつかりそうになりながらも既のところで踏ん張り、止まる。
「改めて紹介しよう。ボクの名はメウェン。魔界軍第二席メウェン・オリウィエルだ。」
いきなり視界が回り地面に叩きつけられる。一瞬、何が起きたかわからなかった。腹と顎を強く打ち付け、痛みに喘ぐ。口の中に生温い鉄の味が広がる。一方のメウェンは冷ややかな目で腕を組んでこちらを見ている。恐らく自分を叩きつけた張本人だろうが、彼はほぼ、動いていない。
「よろしく、だなんて面白い冗談を言うんだな。」
眉をひそめ、凛とした声で語りかけてくる。
「貴様ごとき、僕と親しくできるだなんて思うなよ、下郎。」
前言撤回。落ち着いた、じゃなくて鬼畜な、と、薄れゆく意識の中で訂正した。
ありがとうございました。次回もどうか読んでくださると嬉しいです。