第2話 ゴミ拾いへ
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。こいつの思いつきはいつも突然過ぎる。
「それでさ、タケシに設定を考えて欲しいんだ。裏ボスらしい設定をさ。どういう風に僕の存在を人間達に知らしめたら楽しくなるのか考えてよ」
「そんなこと言われてもなあ」
今でさえモンドは裏ボスといえば裏ボスだ。現段階で人間達を苦しめている魔王を裏で操っているのがこいつなのだから。ただ、今までは魔王が滅びたらまた新たな魔王を造るだけで、モンド自身が人目に触れるような行動はしなかったらしい。そのへんは転生する際に与えられた、この世界の成り立ちや歴史の知識で知っている。
「タケシはゲームみたいな話を小説として作っていたんだろ? 何かお気に入りの設定とかないのかい?」
「いや、まあそんな趣味もやってたけど……。そうだなあ、モンドは人間が絶望する様が見たいんだろ?」
「うーん、そうなのかな」
「たぶんそうだ。ということは、世界を救った人間の一人が実は裏ボスで、人間を滅ぼそうとする。なかなかインパクトあると思うぞ」
どこかでそんな設定のゲームをやった覚えがあった。プレイしていた俺も衝撃的だったのでよく覚えている。
「本当にそれは裏ボスらしい?」
「ああ。それにただ世界を救うだけじゃないんだ。それまでたくさんの善行を積んでいた奴がやるからインパクトがある。信じていたのに! ってやつだ」
「ふむ……。善行とは具体的に何をするんだい?」
「そりゃ、困ってる人を助けたり……、あとは何かあるかなあ」
そこへ、なんとか納豆を食べ切ったミネが口を挟む。
「あたし知ってるにゃ! この前、町でゴミを拾ったら褒められたにゃ。知らないおばさんがいい子だね、って頭を撫でてくれたにゃ!」
「いや、まあそれも善行だけど――」
「よし、それで行こう」
モンドが手をポンッと叩いてそう言った。
「えっ、どれ……?」
「ミネの話を聞いてなかったのかい? 善行とはゴミ拾いだ。ゴミを拾い切った暁には僕が魔王を操る裏ボスと公言する。それで人間達は恐怖に怯えるさ」
大丈夫かこの創造主……。いや、こういう奴だってことは知っているけど……。
「あたし、良いこと言いましたかにゃ?」
「ああ、ミネはえらいね」
ミネは顎下を撫でられて「ふへへ」と気持ち良さそうに気持ち悪い声を漏らした。まあ、モンドが自分で納得しているんだし、やらせておけば良いだろう。
「じゃあ、行こうか。タケシ、準備をお願いするよ」
「あー、はいはい。軍手とか出しておくよ」
「タケシはその格好で良いのかい? 僕みたいに動きやすい服を着た方が良いと思うよ」
「――えっ? 俺も行くの?」
俺の問いに、モンドはさぞ当たり前のように答える。
「もちろん。僕一人で地上に行くのは心細いからね」
「じゃあ、ミネと行けば良いんじゃ……」
「ミネはもうゴミ拾いをして善行を積んだのだろう? まだゴミ拾いをしていない僕らが行くべきだよ」
「いや、俺はまだ家事が残っているし……」
そこにミネが胸をドンと叩いて誇らしげに言う。
「家事はあたしに任せるにゃ! タケシもたまには人の役に立つことをして来たら良いにゃ!」
俺がこの家に、ひいてはこの世界にどれだけ貢献しているのか、このネコ娘に教える必要がありそうだ。ちらりとモンドの表情を窺うと、にっこりと笑顔を向けられた。どうやらやるしかないようだ。
観念した俺は立ち上がって自室に向かった。そこで高校の頃に着ていたクソダサ小豆色ジャージに袖を通す。
倉庫に寄って、軍手とトングと大きめのゴミ袋を二組取り出して二人のもとに戻る。すると、またミネはモンドに撫でられてご満悦顔になっていた。
「ミネ、食器を洗ったら家中の掃除をしといてくれ。それが終わったら浮遊島の草むしりな」
「それぐらいわかってる――、って、何にゃそのダサい格好は? それで外に出ようなんて正気かにゃ?」
それを目の前のご主人様にも言ってやれ、と口にしようとすると、
「まあまあ、ミネ。タケシにとって思い出の詰まった服でもあるんだ。確かにダサいけど僕は気にしないよ」
色違いのクソダサジャージを着ている奴も非難を始めたので、俺のこめかみがピクついた。だが、俺は大人だ。途方もない時間を生きているくせにガキの姿をした奴らに怒っても仕方ない。呼吸を整えてゴミ拾い道具一式をモンドに手渡した。
玄関前に立って俺が訊ねる。
「で、どこのゴミを拾うんだ?」
「どこでもいいよ、タケシが決めてくれ」
創造主様のお言葉に、俺はため息をついた。
まあ、やるとなった以上はやるしかない。町に行けばゴミぐらい落ちているだろうけど、こんな格好で町中を歩くのは嫌だ。クソダサジャージを着たクソダサ兄弟に見られるかもしれない。と、なると、
「『ショー海岸』」
行き先を告げて、俺は扉の取っ手をひねる。扉を開くと、潮の独特な匂いが鼻腔をくすぐった。
「行ってらっしゃいにゃー」
ミネに見送られて外に出る。そして、扉を閉めようとしたところで盛大に食器が割れる音が響き、俺は目を覆った。