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セッション79 悪心

 イタチに名を呼ばれた織田信長がくつくつと笑う。


「つれねえな。昔みたいに『(きち)兄』と呼んでくれても構わねえんだぜ?」

「ほざけ、裏切り者め」


 イタチが顔を歪める。笑っているようでもあり睨んでいるようでもあった。複雑な感情が彼の内側にあるのが見て取れた。


「なになに? どういう関係?」


 森の奥から更に二人現れた。一人はシロワニ・マーシュ。もう一人はファラオマスクを被った少年だ。少年の方は確か『暗黒のファラオ』と呼ばれていたんだったか。


「五年前、俺がギルド本部にスパイをしていた頃、ギルド本部総長グランドギルドマスターに接触するには身内に近付くのが一番だと思ってな。まずはこいつと兄弟分になったのさ。そんで、当時の俺は吉法師(きっぽうし)と名乗っていた。だから吉兄だ」

「ふん……」


 イタチが鼻を鳴らす。が、何も言わなかった。

 しかし五年前か……どこかで聞いた事があるな。

 ああ、あれだ。シロワニが五年前に帝国とギルド本部でいざこざがあったと言っていたな。それにイタチも箝口令(かんこうれい)が敷かれる程の事件があったと言っていた。詳細を聞いてみたい気もするが、今はそんな空気じゃねーか。


「藍兎、やっほー! ……って、あれ? 寝てる?」

「おお。奴は今、儀式の真っ最中よ。完了するまでは目を開かんな」

「何だ。つまんないなあ」


 いや、空気以前に今の僕は喋れないんだったな。せっかくシロワニが来てくれているというのに少し残念だ。


「そっちにいるのは『暗黒のファラオ』だったかしら。会うのは初めてね」

「ああ、そうだよ、冥王ヘル。ネフレン=カだ。よろしく」


 ヘルと『暗黒のファラオ』ネフレン=カが軽く会釈をし合う。ネフレンの表情はマスクに遮られていて判別出来ない。声もくぐもってしまっている。どこかで聞いた事のある声なのだが……。


「さあて、五年ぶりの再会だが、どうする? 今ここで父親の仇を取るか?」

「馬鹿め、あんな雑魚の仇など取るものか。お前に尻尾を振った時点で父には愛想が尽きている」


 イタチが自らを奮い立たせるように獰猛に嗤う。


「俺様はお前に挑みたいだけだ。雑魚の息子も雑魚と思われたのではたまったものではないからな。お前は壁だ。俺様が超えるべき壁だ。俺様の覇道はお前を超越せずには完成しない」


 直接戦って勝ちたい気持ちがない訳ではないがな、イタチは小さく付け加えた。


「今日はお前らを利用させて貰う。ようこそ、俺様の『祭り』へ」

「『祭り』ねえ……この騒動――国()りだったか? これがお前が言っていた『祭り』なのか?」

「そうだ。『放火魔』信長に『殺人狂』シロワニ。貴様らにとって戦場はまさに祭りの場となるだろう。違うか?」


 イタチが両手を広げて山を示す。山頂ではやや聞こえ辛いが、そこかしこから戦いの音が響いていた。聞きようによっては祭囃子のようにも聞こえるだろう。

 信長にシロワニ。他者を害する狂気に取り憑かれた者共。この二人に戦いに参加して存分に人を殺せというのがイタチの招待だ。イタチの敵――討伐連合に『五渾将』をぶつけて蹴散らし、国奪りの障害を排除しようというのだ。

 そんなイタチの思惑を察した上で信長達はここに来た。ここまでは目論見通りだ。だが、


「ああ、その通りだ。しかし、それだけだとちとつまんねえな」


 そうすんなりと展開は都合良く進まなかった。


「つまらんだと?」

「そうだ。もう少し趣向を凝らそうぜ」


 信長が意味深に笑う。


「まずは当初の予定通り、この俺、織田信長がロキの身柄と引き換えにお前らの援軍となる。ここまでは異論ないな?」


 イタチが三護と顔を見合わせ、後に頷く。

 確かにシロワニとの交渉ではそういう話になっていた。ロキの身柄の代わりに『五渾将』の誰かがイタチの国奪りに協力する。それがイタチの因縁のある『悪心影』だったのは想定外だったが。


「まずは一つ目。こっちのネフレン。こいつが冥王ヘルの器と引き換えにお前らに加勢する」

「ヘルの器じゃと?」

「そうだ。嫌とは言わせないよ、ドクター・三護」


『ドクター・三護』とネフレンはそう言った。

 その呼び名を聞くのは初めてではない。ヘルだ。たった今名前が挙がった彼女が一番にその呼称を口にした。三護があるプロジェクトの研究員であり、ヘルの器はそのプロジェクトの産物であった為、ヘルは三護をドクターと呼んだのだ。

 となると、『暗黒のファラオ』ネフレン=カの正体は――


「汝も我をドクターと呼ぶか。その背格好、よもや……!?」

「それについては後で話をするとしよう。今は戦闘中だからね」

「…………」


 三護の目付きが剃刀のように鋭くなる。が、視線を受けたネフレンは涼しげな態度だった。


「二つ目。このシロワニ皇女様が加勢する。これでお前らにはプラス1だ」


 信長が指を一本スッと立てる。隣ではシロワニが小さな胸を偉そうに張っていた。


「三つ目。今、この山には『五渾将』の残り二人――『ナイ神父』と『膨れ女』が来ている」

「何――!?」


 イタチ達が驚愕する。

 ダーグアオン帝国の幹部『五渾将』、極東最大勢力の切り札(エース)五人。その内の四人がここに来ていると言うのだ。尋常な事態ではない。

 ……否、『狡知の神』ロキもこの山にある洞窟に禁固している。つまり今、この山には『五渾将』全員が揃っている事になる。一国の幹部連中が総出でこの国奪りに関わっているのか。何つー大仰な話になっていやがる。


「ナイの奴はお前らに加勢する。お前らにとってはプラス1だ」


 信長が二本目の指を立て、ニヤリと笑う。


「だが、同時にあいつはお前らに敵対もする。あいつには道中、ロキの捜索も並行して貰う」

「っ!」


 信長の発言にイタチが顔をしかめる。


「あいつがロキを発見したら、俺がお前らに加勢する理由はなくなる。そのままロキを連れ帰っちまえば良いからな。お前らにとっては貴重な戦力が一人減る訳だ。精々あいつの探索能力が低い事を祈れ」


 これでプラマイゼロだな、と信長が二本目の指を折る。


「そして、『膨れ女』己則天。あいつは両方の敵だ。お前らの敵――討伐連合に敵対するが、同時にお前らカプリチオ・ハウスにも敵対する。要は無差別に殺し回るっつー訳だな」

「はあっ!?」


 ヘルが素っ頓狂な声を上げる。

『膨れ女』己則天。理伏の仇にして嗜虐症者(サディスト)の女。理伏の両親を嬲り殺しにするようゴブリン共を仕向けた危険人物だ。その戦闘力はそこら辺の冒険者とは格が違う――否、核が違う。東日本で彼女を上回る魔法使いはいないだろう。

 そんな奴が無差別に殺し回るだと。そんなのはもう竜巻とか落雷とかの災害に等しいじゃねーか。


「討伐連合への敵対でプラス1。カプリチオ・ハウスへの敵対でマイナス1。皇女のプラス1は相殺されてねえから、つまり一個分お前らの得しているな」


 信長はそう言うが、しかし実際には(プラス)などない。

 ナイも則天もあくまで敵国。素直に討伐連合の撃破に準じてくれるとは思えない。僕達カプリチオ・ハウスの障害に専念する可能性だってある。信長とネフレンが働いてくれるだろうという信頼は(しち)があるから成り立つのだ。

 しかし、それを指摘しても水掛け論だ。信長の提案は理屈の上では正しい。その理屈が保証出来るか出来ないかを確かめる術はない。戦場で長々と問答している余裕はないのだ。


「さぁて、どうする? 何もせずもたもたしていると、どんどんお仲間が死んでいっちまうぜ? この状況をお前はどう指揮するんだ、弟分よ」


 信長が意地悪く嗤った。

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