セッション77 正義
「ぬぉおおおおお――っ!」
ローランが猛然と跳躍し、長剣を振り下ろす。斬るというより砕くというべき斬撃だが、大振りだ。ステファが地を蹴り、後方に回避する。ローランの剣が大地を打ち、粉砕した。
「おおおおっ!」
ローランが着地と同時に剣を薙ぐ。あれ程の大振りであれば反動も凄まじいだろうに、追撃をしてくるとはなんて身体能力だ。ステファが咄嗟に盾で防ぐが、膂力で弾き飛ばされる。
「くっ……!」
「まだだ!」
怯むステファに更にローランが踏み込む。上段から振られた刃がステファを両断せんと迫る。しかし、ステファとて怯んでいるばかりではない。弾き飛ばされた後の着地で脚部に力を入れ、前へと出る。
「――『亀甲一片』!」
ステファの盾が力場を展開する。ローランの剣が力場と激突し、剣が弾かれた。僅かに、それでも確かにローランに隙が生じる。それを見逃さず、ステファは剣を一閃した。刃がローランの脇腹に叩き込まれる。
「むっ……!」
「くっ……!」
苦い表情を浮かべたのは双方共に。ローランは隙を突かれた事に、ステファは有効打を与えられなかった事にだ。戦士団長の甲冑は防御力が高く、叩き斬るまでには至らなかったのだ。
「……強くなったな、ステファ」
「いえ、まだまだです」
「ふむ、確かに。敵を倒せていないのに攻撃が当たった程度で喜ぶのは、戦士として二流か」
甲冑の内側の痛みを堪えつつローランが長剣を構え直す。
「ならば、一流たる戦いを私もせねばならんな。――時にステファ。君は『正義』と何と心得る?」
「『正義』……ですか?」
唐突な問いかけにステファが眉を八の字にする。とはいえ、伯父からの質問だ。真面目な彼女は構えを崩さないままきちんと考え、回答した。
「『正しいと思った事を積み重ねていく事』でしょうか」
「一日一善を教育されてきた君らしい回答だ。しかし、私の『正義』とは異なる」
言って、ローランが前傾姿勢を取る。突撃の体勢だ。
「私の考えはこうだ。――『正義とは悪の否定である』」
ローランが疾駆する。剣はやや下から斬り上げる軌道だ。対するステファは盾を斜めに傾けていた。力場でローランの剣を横に弾いて受け流し、隙を作ろうという思惑だ。その思惑にローラン程の戦士が気付かない筈がない。が、彼は勢いを全く緩めずステファに肉薄した。
剣と盾が激突する。その直前、
「排撃せよ、『灰色の瞳を持つ星』――!」
ローランの長剣が輝いた。
夜闇の中、太陽が現れたかと思う程の強い白光だ。同時にガラスが割れたような音が響く。力場が砕かれた音だ。力場を失った盾の防御力が著しく低下する。ステファはそのまま盾ごと薙ぎ払われ、背中を強かに地面に打ち付けた。
「――偶像を作ってはならない。殺してはならない。姦淫してはならない。盗んではならない。嘘を吐いてはならない。大帝教会の戒めは半分が否定の言葉だ。正しく生きるとは悪しきを忌避する事に他ならない」
長剣の刃には五芒星が描かれていた。ステファの盾にあるものと同じ、中央に燃える瞳が配置された星だ。
「それは……!」
「君も良く知っているだろう。『旧き印』――我が神、ヌトセ=カームブルが発明した紋章だ」
ヌトセ=カームブル。
秩序の神ノーデンスの従属神であり、『正義』を司る女神だ。古代ギリシャ風の盾と兜を身に着け、槍を装備している。クトゥルフを始めとした邪悪なる勢力との敵対に全身全霊を掛ける、猛々しき戦乙女だ。
「彼女の印には『正義』の力が宿っている。即ち、悪を否定し、悪を拒絶し、悪を排斥する力だ。その力を宿した我が剣――『灰色の瞳を持つ星』は女神が悪しきものとして判断した全てを無力化する」
ローランが口上を続ける。
「その盾、同じ女神の加護でも、暴動に与した君が持つ物であれば、女神にとっては悪であるようだ」
「私が悪だと……!?」
ステファが悔しげに奥歯を噛み締める。
御大層な事を言っているが、要は強化解除能力か。そういえば、ステファから『解呪聖術』なる術式があると聞いた事がある。
強化を打ち消して、剣撃のダメージをまるっと通す。防御力上昇も回避付与も反射も意味を成さない。後は互いの近接戦闘力で雌雄を決す。派手さはないが、白兵戦においてはかなり強い能力だ。
「立ち給え。騎士として倒れている者に追撃する事は出来ない。勝利を諦めないなら立って戦うのだ」
「――言われずとも!」
勢い良くステファが立つ。背中を強く打ったものの大事には至らなかったようだ。動きに変な所はないし、吐血もしていない。戦い続けるのに支障はなさそうだ。
ステファが剣を構え直す。ローランが鋭い眼光でステファを待ち、長剣を構えた。二人の間に真剣の空気が満たされる。いざ互いが踏み込もうとした、その時だった。
「何だ、あれは!?」
誰かがそう言ったのが先か、それともそれが月光を遮ったのが先だったか。ともかくそれの出現によりステファもローランも一旦動きを止めた。
「あそこは……藍兎さん達がいる山頂の……!」
決闘の最中にも拘らず二人の視線がそれに釘付けになる。だが、仕方のない事だ。その場にいた誰もが、ステファーヌ派も戦士団も僕でさえもそれに釘付けにならざるを得なかった。
僕の体がある場所――イタチ達が陣取る秩父の山頂。
そこに、二〇〇メートルを超える巨人が立っていた。




