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セッション76 決闘

 ローランが剣を地面に突き立てると、彼の配下もゾロゾロと村に入ってきた。全身甲冑(プレートアーマー)の戦士が何十人も揃うと威圧感が凄まじい。一応は味方である筈の盗賊達も及び腰だ。

 ローランは盗賊達を()め付けて彼らの動きを封じ、更に前へと出る。自身を見据えるローランにステファは顔を強張らせながらも真っ直ぐに向き合った。


「……御機嫌よう、伯父様」

「ああ、御機嫌よう。まずは元気そうで良かった」

「伯父様こそ御壮健で何よりです」


 ぎこちなく挨拶を交わす二人の間には緊張感が満ちている。殺意とか戦意とかとはまた異なる、一触即発の空気だ。


「戦う前に訊いておこう。何故君がこんな戦いに参加している?」

「半分は成り行きですね。パーティーのリーダーの暴走に巻き込まれまして」

「では、もう半分は?」

「野心です」


 ローランの促しにステファは毅然と答えた。


「我が布教を一気に拡大する為にはここに乗っておくのが近道だと判断しました。この国では未だノーデンスへの信仰自体が栄えていませんので」

「それは……確かに」


 ローランが渋い顔をして頷く。

 朱無市国において大帝教会の勢力は弱い。ステファーヌ派どころか、そもそも教会の人間は少ない。ノーデンスへの信仰はカダスの神殿で神たるニャルラトホテプと共に崇められている程度だ。ステファの焦れる気持ちも分からないでもない。


「だが、それはここまで性急な行いをしてまで叶えるべき事か?」

「はい。救わねばならない人々がこの朱無市国には大勢いますので」


 それは、


「伯父様は闇市場で死体が売り買いされている事を知っていますか?」

「……ああ、知っている」


 表情の渋みが更に増すローラン。

 朱無市国の闇市場では表には出せないような商品が売買されている。死体もその一つだ。身内が死に、しかし葬儀を出す金などない貧乏人が死体を闇市場の業者に売る。売却された死体は食屍鬼の食卓に上ったり、魔術師が儀式の媒介に使われたりする。死蝋となった腕――栄光の手ハンド・オブ・グローリーなどが良い例だ。


「勿論、人外種族(グール)の食文化に口を出すつもりはないですし、儀式に死体が必要不可欠な事があるのも承知しています。しかし、死体を売る人々は選択肢がない場合が殆どです」


 葬儀どころか明日のパンを買う金すらない。借金のカタとして商人に自身の死後を売り渡していた。そんな貧乏人が売り手になる事例が多いとステファは言う。


「中には嘆き悲しまない者もいます。しかし、殆どの彼らは泣く泣く親族の遺体を手放しているんです。それは不幸だと思います。けれど、私に彼らを救う力はありません。――お金がないから」


 確かに金はない。ステファとて一〇〇パーセント好き好んで『青空聖女』と呼ばれている訳ではない。自分の教会を買う金がないからこそ青空(やがい)で活動するしかないのだ。


「教会という迷える子羊を迎え入れる屋根が必要なのです。イタチの国()りに便乗すれば、それが叶う。叶えられるお金と地位を手に入れられる。私の教会で無料で葬儀を出してあげられる。ご飯だって配給出来る。その為に私は、ただ巻き込まれただけでなく、自らの意志で戦います」

「……そうか」


 ローランが嘆息する。姪との戦いを避けられないと諦めた表情だ。そんな伯父を前にステファは凛とした声で詰め寄る。


「故に手を抜く気はありません。故に私は伯父様にこう言いましょう」


 剣の先をローランに突き付け、ステファは言う。


「ステファーヌ・リゲル・ド・マリニーの名を懸けて、貴兄ローラン・リゲル・ド・マリニーに決闘を申し込む!」


 ローランが僅かに眉を寄せる。だが、動揺はない。意外ではあったが、処理不能ではないといった面持ちだ。


「決闘か。その勝敗で何を決める?」

「私が負けたら大帝教会ステファーヌ派は『星の戦士団』に全面降伏します。私が勝ったら『星の戦士団』はこの戦場から引き揚げて下さい」


 ステファの要求をローランが二、三秒思索する。


「釣り合わんな。ここに来ている我らが戦士団は一〇〇〇人以上。対して君達は一〇〇人だ。その条件では不公平が過ぎる」

「ですが、受けたい気持ちはあるでしょう。血を流す事を厭う貴方なら、より犠牲が少なくなる方を選びたい筈です」

「…………」


 ローランが目を細める。今度は五秒以上考え、それからこう発言した。


「もう一つ条件を付ければ、決闘に応じよう」

「それは?」


 ローランは頷き、


「君が敗北したら降伏ではなく、我が軍門に下り給え。以降の君達は私が管理する。二度とこんな暴動に参加しないように」

「…………!」


 ステファが目を見開く。

 ローランの言う事はつまり、ステファーヌ派に自由な布教活動をやめろという事だ。イタチ一派を抜け、行動を制限される。安心を与えられる一方で危険な事からは遠ざけられる。鳥籠の中に閉じ込められるのだ。ステファーヌ派の拡大など夢のまた夢となる。

 それを理解して、それでもステファは首を縦に振った。ローランの条件を受け入れる事にしたのだ。この場で戦士団と全面衝突するよりもリスクは低いと判断して。


「……分かりました。それで行きましょう」

「うむ。では……」


 ローランが部下に目配せする。上司の意を汲んだ騎士達が村を囲むように整列した。二人の決闘を誰にも邪魔をさせない為だ。自身を壁として侵入を防ごうというのだ。彼らの行動を見てステファーヌ派の信者も村の周囲に整列する。これでは火事場泥棒は無理だと判断した盗賊達は舌打ちを残して、村を去っていった。


「いざ」

「尋常に」


 ステファが右手に剣を、左手に盾を構える。対するローランは長剣(ロングソード)を両手で構えた。重量武器故に両手で握らなくてはならないのだ。ローランに盾はないが、果たしてそれがステファにとって吉と出るか凶と出るか。

 二人の視線が交わり、緊張感が裂帛した。その次の瞬間、


「――勝負!」


 戦いが火蓋を切った。

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