セッション75 奇襲
風魔忍軍と『貪る手の盗賊団』が激突する最中、目端にある一団が映った。盗賊団の別動隊だ。秩父盆地に点在する村々へと向かっている。恐らくは火事場泥棒が目的だろう。この騒動を隠れ蓑にして村から略奪をする気だ。
その別動隊の一つが、ステファ達が待機している村に辿り着いた。篝火を焚いている為、彼女達に周囲は夜闇の中でも明るい。盗賊達からも配置は瞭然だが、その分視界が確保されている。接近すれば、すぐにステファ達に察知されてしまうだろう。
盗賊達は顔を見合わせると、家屋の陰に隠れてステファ達へと近付いた。音もなく潜む様は流石の盗賊だ。最も近い家屋にまで寄ると、彼らの一人が掌サイズの丸い何かを投げた。ステファ達の足元に落ちたそれから白い煙が噴出する。煙幕――煙玉だ。
「うわっ!? 何だ!?」
「敵襲だ! ……ぎゃあっ!」
視界が白で埋め尽くされる中、悲鳴が上がる。盗賊団が奇襲を仕掛けたのだ。奴らも煙幕で視界が封じられている筈だが、煙玉を投げる前にステファ達の位置を把握して、記憶を頼りに攻撃しているのだ。
白い煙に混じる赤い血。ステファーヌ派の信者達が為す術なく殺されていく。
かに思われたが、
「…………!?」
異変に気付いたのは僕よりも盗賊達の方が先だった。手にした短刀が刃こぼれをしている。柔い喉元を切り裂いた筈なのに、石か鉄に刃を当てたかのような有様だ。
煙幕が風に流れ、ステファ達の姿が露わになる。信者達は傷だらけの血まみれで、苦悶の表情を浮かべているが、死人は一人もいなかった。ステファに至っては傷一つ負っていない。
「――『物理防御聖術』。皮膚の上に力場を張る聖術です。ただの短剣では切れませんよ」
ステファが凛として盗賊達の疑問に答える。
『物理防御聖術』は竜殺し直前に彼女が覚えた術式だ。不可侵という秩序を纏い、物理的なダメージを軽減する。それを『冒険者教典』の転写を通じて、信者達にも学習させたのだ。だから短剣では斬る事は出来ても、致命傷を負わせるまには至らなかった。
「……おい、どうするよ?」
「どうするっつってもよぉ……」
盗賊達が逡巡する。このまま戦闘を続行するべきか、それとも撤退するべきか。彼らとてA級ギルドのメンバーだ。ゴリ押しで行こうと思えば行ける。奇襲が失敗した以上、一旦逃げて仕切り直すのも手だ。
しかし、彼らが結論を出す時間はなかった。
「ステファには手を出すなと上司から聞いていなかったのか?」
突如、割り込んできた声と共に太刀筋が一閃した。
盗賊の一人が胸から上を二の腕ごと叩き斬られた。血飛沫を撒き散らしながら盗賊の肉体が地面に落下する。血液が大地に広がり、真っ赤な血の海を作った。
突然の仲間の死に盗賊達が慄く。ステファ達も突然のスプラッターに驚愕する。
「この愚か者共が」
盗賊達に露骨な侮蔑の視線を送りながら、太刀筋の主が姿を現す。
ピンク髪の精悍な男だ。年齢は三十代後半か。鍛え上げた肉体を重厚な甲冑で包み込んでいる。右手にあるのは彼の背丈にも匹敵する長剣。まさしく騎士と呼ぶべき容貌だ。表情は険しく、苦汁を飲んで戦場に立っているのがありありと伝わってきた。
「……こんばんは、ステファ。こんな所で会いたくなかったよ」
「ローラン伯父様……!」
苦い顔のまま挨拶する男にステファが顔を強張らせる。
彼の事は僕も知っている。ステファと別れた後、イタチから話を聞いた。
ローラン・リゲル・ド・マリニー。傭兵ギルド『星の戦士団』の戦士団長であり、朱無市国における大帝教会の数少ない教徒であり、
ステファの父親の実兄である。




