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セッション72 百鬼

 山頂よりも高き上空から、曳毬茶々が僕達を見下ろす。騎乗しているのはいつぞや見た飛竜(ワイバーン)だ。馬面である事以外は良く知られた飛竜の外見をしている。


「おっ、松武いるじゃーん! いやっほー! 元気?」

「おう。そちらも壮健そうじゃのう、茶々よ」


 曳毬と三護が笑顔で挨拶を交わす。が、三護の顔は若干引きつっていた。当然のリアクションだ。彼女は知己としてここに来たのではない。僕達を潰す敵としてここに現れたのだ。


「昔からまるで変わらんのう、汝は」

「そういう松武は数年ごとでコロコロ変わるよね。その器に入ったの、いつだったっけ?」

「十数年以上は経ったかの」

「へえ、結構長持ちしてんじゃーん。凄い凄い! ……さて」


 曳毬が視線を移す。双眸が映すのは僕達の首謀者(リーダー)である阿漣イタチだ。敵将を見据えた曳毬の瞳は、口元の薄い笑みに反して冷たい戦意を湛えていた。


「積もる話はあるけど、今日は仕事で来ているんだし。そろそろ始めよっかな!」

「来るぞ!」


 イタチが弓に矢を番える。僕達の視線の矢を浴びながら曳毬は巻物を広げた。


「『九頭竜異聞(クトウリュウイブン)百鬼夜行絵巻(ヒャッキヤコウエマキ)』――『招来(ショウライ)烏天狗(カラステング)ビヤーキー』!」


 巻物から絵が靄となって抜け落ち、風船の様に膨らむ。現れたのは三体の怪物だ。体躯は二メートル程の大きさで、体色は黒。全体的なシルエットは蜂に似ている。しかし、背中にあるのは翅ではなく蝙蝠の翼であり、口は烏の嘴に近い。肢は三対ではなく二対だ。


「行っけー!」


 烏天狗と呼ばれた怪物達が飛ぶ。流星の如き勢いで異形が迫る。


「『天龍一矢(テンリュウイチヤ)伊雑(イザワ)』――!」


 イタチが矢を放つ。魔力の込められた矢は空中で炸裂し、七矢に拡散した。五矢は躱されて虚空へと吸い込まれたが、一矢が一体の左頬を掠め、一矢が一体の胸部を仕留めた。仕留められた一体が靄へと戻り、そのまま霧散する。あの異形は死ぬと消滅する仕組みの様だ。

 残った二体の内、一体がイタチを襲う。すれ違い様に振るった鉤爪がイタチの髪を掠め、砂金の如き毛が夜空に散った。もう一体が僕達へと襲い掛かる。が、環状列石に張られた力場(バリア)によって異形の攻撃は阻まれた。攻撃を終えた二体は天へと昇り、主の下へと戻る。


「イタチ! 僕も戦った方が……!」

「否! 貴様は駄目だ! 動く事は許さん!」


 偃月刀を握り、参戦しようと立ち上がり掛けたらイタチに止められた。


「計画第四段階、それは貴様を要として行う儀式の事だ。第五段階に進む為にはどうしてもその儀式を完了せねばならん。何が起きようとも中断は認められんのだ!」

「だけど……!」


 頭上を見上げる。そこでは曳毬が新たな異形を召喚していた。


「『招来・餓鬼(ガキ)グール』――!」


 巻物から降り立った靄が地上にて実体化する。

 現れたのは人型の異形だ。人と犬の中間のような顔、ゴムに似た肌、鉤爪の手に蹄の足。獣型の食屍鬼(グール)だ。しかし、サイズが小さい。大きい者でも一四〇センチメートルは超えないだろう。まさしく子供(ガキ)サイズの食屍鬼だ。

 その数、実にニ十体以上。イタチ一人で捌き切れるかは不安になる数だ。


「『招来・犬神(イヌガミ)ティンダロス』――!」


 だというのに、曳毬は更に怪物を召喚した。数は二体。ぱっと見の印象は猟犬だが、全身が青みがかった膿のような粘液に覆われている。舌は太い注射針に似ていて、だらしなく口外に垂れていた。

 餓鬼の群れが腕を伸ばして押し寄せる。犬神も重力を無視して空中を駆け、イタチへと襲い掛かった。


「案ずるな。隠し玉があると言っただろう!」


 次の瞬間、大量の石(つぶて)が怪物共に降り注いだ。雨霰の如き石が餓鬼と犬神を叩いて怯ませる。頭蓋を砕かれた二体の餓鬼が絶命して消失した。

 石が飛んできた方向を見る。そこにいたのは人間に似て非なる部族――ドーム状の頭に小さく引っ込んだ目を持つ小人。小鬼(ゴブリン)と呼ばれる種族だった。数は二〇〇体を超えるか。


「えっ、なんでゴブリンが……?」

「――出番だ。来い、ヘル」

「はいはーい」


 イタチの呼び声に答えて、森の奥より何者かが現れる。

 青黒いゴシックドレスに身を包んだ男の娘(オトコノコ)。白髪である事以外は三護と瓜二つの外見。『狡知の神』ロキの実子にしてスキルの一部。冥王ヘルがそこにいた。


 おかしい。ヘルは確かに死んだ筈だ。三護に召喚された火神(クトゥグァ)によって黒炭になった記憶がある。にも拘らず、ヘルは五体満足でここに健在だった。


「いいえ、死んだわよ。今ここにいる私は幽霊(ゴースト)不死者(アンデッド)の一種。ドクター・三護が死霊魔術(ネクロマンシー)を使って私を使い魔にしたの」


 言われてみれば、ヘルの足元は地に着いていなかった。従来の幽霊よろしく、彼の身体は宙に浮いている。


「そして、死霊魔術(ネクロマンシー)の使い手なのは私も同じ。安宿部明日音っていうんですってね、この骨の持ち主」


 ヘルの手には一本の指揮棒があった。あの指揮棒が安宿部明日音の骨である彼は言う。察するに、安宿部の骨を加工して作られた物だろう。

 成程、遺骨を媒介にして死者の再現か。生前の安宿部はゴブリン共の長として『統率』のスキルを持っていた。それを死霊魔術(ネクロマンシー)によって骨に使わせているのか。彼が今、ゴブリン共を従えているのも納得の状態だ。


「骨がここにあるって事は安宿部の墓を暴いてきたのか……罰当たりな連中だな、おい」

「ふははははは! 今更な事よ!」


 ゴブリン事変の後、僕達は安宿部の死体を山頂周辺に埋めた。死体をそのまま放置するのは忍びないと僕とステファの提案だ。それを掘り起こしてきたのか。

 聞けば、その後に山頂でゴブリン共が集まって何かしているので調査して欲しいという依頼(クエスト)が来ていたのだという。イタチと三護が様子を見に行った所、ゴブリン共が儀式の拙い真似事をしていた。「これは」と思った二人は安宿部の死体を回収したのだ。


「ていうか、隠し玉ってヘルの事だったのか」

「うむ。ちなみにこれは自慢じゃが、あの指揮棒も我が作り与えた物なんじゃよ」


 三護がニヤリと笑う。自分の使い魔(ヘル)が活躍して嬉しいのだろう。


「ヒュー! そう来るかぁ、面白いじゃん! じゃあ、こっちもどんどん出して盛り上げていこっか! ――『招来・狐火(キツネビ)ファイアヴァンパイア』、『招来・鎌鼬(カマイタチ)スターヴァンパイア』!」


 巻物から十二の靄が浮かび上がり、実体化する。向かって曳毬の右側に火の玉が六体、左側に透明な球体が六体だ。透明な何かは透過した光が屈折している為、辛うじて輪郭は分かる。どの個体も浮遊スキルを持っているらしく、自在に宙に浮いていた。


「よし、これで儀式の準備は整ったわい」


 と三護が言った。


「後は汝の仕事じゃ。と言っても、身を任せておけば儀式は完了する。汝は最後にスイッチを押せば良いからのぅ。我も戦いの方に注力するぞ」

「ああ、分かった。頑張れよ!」


 三護が立ち上がり、曳毬へと向き直る。

 直後、僕の意識が覚醒したまま闇へと包まれた。

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