セッション71 弱点
秩父山地の山頂、環状列石のある広場。かつて安宿部明日音がゴブリン共を率いて事を起こした場所。そこに僕とイタチ、三護の三人はいた。
僕が環状列石の真ん中に座り、三護がその周辺で何やら作業をしている。イタチは列石の外で偉そうに仁王立ちをしていた。
「……なあ、そろそろ教えちゃくれねーか? 弱点って何だよ」
立っているだけで暇そうにしているイタチに声を掛ける。三護が作業をしているというのにこいつは何もしていない。腕を組んでふんぞり返っているだけだ。……まあ、こいつが他人を手伝わないのはいつもの事だが。
「そうだな。今、特にする事もなし、暇潰しがてら説明してやろう」
相変わらず偉そうな態度でイタチは解説を始めた。
「まず第一の弱点は、連中の仲の悪さだ。
『星の戦士団』は自らを騎士と称している。一般的な傭兵ギルドが『戦士団』を名乗っているから、自分達のギルド名も『戦士団』にしているだけでな。わざわざ騎士を名乗るからには自分達を清廉潔白だと思っている。あるいは、清廉潔白であろうと努めている。
一方の『貪る手の盗賊団』は言うまでもなく悪党だ。人道を踏み外すのを矜持と思っている節すらある。そんな連中が『星の戦士団』とお手々繋いで仲良くなんぞ出来る筈がない。バラバラに動くに決まっている」
強いのと強いのを合わせれば超強いだろう理論で組ませたら、相性の事を全く考えていなかったって感じか。
いるよな、そういうの足し算しか頭にない奴って。現実は掛け算もあれば引き算もあるというのに。超強くなるのは間違いではないのだが、それだけでは足りないのだ。そもそも計算にすらならない時だってある。
「第二の弱点はやる気の低さだ。『朱無市国警護隊』――こいつらは普段、市の警護にしか関心がない。それが自分達の役割だと思っているからだ。そいつらが市外に出てきて、士気が高い筈がない。ギルド連中とまともに共闘なんざ夢のまた夢よ」
ああ、それも分かる。普段は自分の担当じゃない仕事が自分に回ってきた時、「なんで自分がやんなきゃいけないんだ」って思う事はあるよな。思ってても仕事は仕事なのでやるしかないのだが、しかしモチベーションの低下は避けられない。
「第三の弱点は準備の拙さだな。網帝寺有紗に突かれたせいで急いで秩父に来なきゃいけなくなった。そんな有様で万全の訳がない。必ずどこかに綻びがある。装備にも意識にもだ」
一方で僕達の準備は万端。計画は第二段階まで完了し、第三段階ももう動き出している。第四段階も現在進行形だ。僕と三護がこうして環状列石にいる今、第四計画は既に始まっている。
「第四の弱点は、今が夜である事だ。準備が万端というのは純粋な戦力だけの話ではない。既に風魔忍軍によって山の中に罠を仕掛け終わっている。視界が悪い森の中、日の光にも頼れないとなれば罠を避けるのは一苦労だろうよ。まともに進撃出来るのは、忍と同じく罠に長けた盗賊だけだろうな」
つまり、『貪る手の盗賊団』だけしか森をスムーズに通れない。他のグループは足止めを喰らうばかりだろうとイタチは言う。
「成程なあ……結構弱点だらけなんだな」
昼間、『カプリチオ・ハウス』討伐連合のメンバーを聞いた時のイタチの失笑も、是非もない反応だな。
「うむ。とはいえ、油断は出来ん。依然として数では圧倒的に負けているのだ」
風魔忍軍は五〇〇人前後、ステファーヌ派は一〇〇人程度だ。一方の討伐連合の総数は二〇〇〇人を超える。その差一四〇〇人だ。容易に崩せる数字ではない。これを攻略する為に計画の第三段階があるのだが……はてさて、どうなる事やら。
「ところで、ここまでの話で曳毬茶々の名前が出てきてねーんだけど」
討伐連合は戦士団と盗賊団、警護隊の三つだけではない。元A級冒険者の曳毬がいる。僕達と違ってたった一人でA級と認められた凄腕だ。高齢を理由に冒険者を引退したが、如何なる餌に釣られてか今回参戦を決めた。
「茶々めか……一応、今のあ奴じゃったら弱点がない訳でもないんじゃがのぅ」
曳毬の幼馴染である三護が作業の手を緩め、語り出そうとする。
その時だった。
「雑談はそこまでだ! その曳毬茶々が来たぞ!」
イタチの警告にハッと顔を上げる。
遥か上空、月を背景にシルエットが浮かんでいた。飛竜に跨った曳毬だった。




