セッション70 伏線
イタチは戦力の確保は出来ていると言った。しかし、それは用意が済んでいるという話であり、今すぐに戦える状態にあるという訳ではない。鎧だの槍だの重たい装備品は外してあるし、心構えだって済んでいない。今回の戦いは配置も決まっている為、早急にそこに向かわなくてはならない。
「ステファ、義腕の調子はどうだ?」
今、僕達がいるのは理伏の家の一室だ。女子部屋として使っている部屋であり、装備品一式もここに置いてある。
「義腕ですか? ええ、調子は良いですよ」
ステファが全身甲冑を手際良く身に着けながら答える。彼女の右腕が先日の戦闘で失われた為、代わりに銀の義腕を装着している。義腕の部分はサイズの関係で甲冑の装備は不可だ。故に右腕の防具は義腕に直接部品を取り付ける形となる。
「生身の腕と遜色なく動かせますし。それに、秩序の神からの加護もアップしました」
「ステファが崇めている神の?」
「はい。ノーデンスの右腕は銀の義手であるとの事でして。神の姿を模した今の私は以前よりも強い加護を与えられているのです」
「ほーん」
成程、それは目出度いな。……いや目出度いか? ステファが義腕になったのって、敵に右腕を斬り落とされた結果だぞ。目出度くねーな。むしろ災難だったな。……まあ本人が嬉しそうにしている事だし、そっとしておこう。
「理伏。それ何だ?」
話を逸らそうと理伏の方に顔を向ける。彼女は忍装束に着替えている所だった。
今まさに胸元に着けようとしていたのは縞瑪瑙のブローチだ。古風な金の象眼細工が施されている。表面に描かれているのはクエスチョンマークを三つ組み合わせたような奇妙な図形だ。
今まで着けている所を見た事がない装身具だ。身に着ける物には実用性しか考えていない理伏にしては珍しい、煌びやかな飾りである。
「あ、これで御座りまするか? これは『黄の印』――我らが神ハスターの紋章で御座りまする」
「ハスター……風神だったっけか」
風魔忍軍が北辰妙見菩薩の名で崇拝している神格だ。邪神クトゥルフの半兄弟にして宿敵。風の魔術の管理している魔法界の重鎮だ。
「先程頭目から頂きまして。これは風魔忍軍の次期頭目候補達に配られる物なのですが、今までは拙者はまだ幼いとしてくれませんでした」
「あら。それが急に貰えたという事は、次期頭目と期待されているという事でしょうか?」
「そうだと嬉しいで御座りまするね」
理伏がふにゃりと笑う。少し濁した言い方をした彼女だが、次の頭目になるかもしれないと目されているのはかなり嬉しい様子だ。
「みんな、準備出来た?」
声と共に襖が開かれた。入ってきたのはハクだ。服装が女袴なのは普段と変わらないが、今はたすき掛けをして袖や袂が邪魔にならない様にたくし上げている。
「おう、大体な。そっちもやる気充分っぽいな」
今回の戦いにはハクも参加する。山岳連邦での一件により彼女は連邦を追放された。居場所をなくした彼女は僕達の下へと身を寄せた。以降、彼女は仲間として色々してきたのだが、ここに来て戦いにまで貢献する事になった。額には鉢巻を巻く程の気合の入れっぷりだ。
「……本当に平気ですか?」
「うん、大丈夫」
ステファの確認にハクは頷くが、しかし顔の強張りは隠せていない。緊張か恐怖か。あるいは両方か。いずれにしても無理をしている事は確かだ。
それも当然。彼女は少し前まで普通の女の子だったのだ。議員の娘という上流階級ではあったが、争い事には縁のない生活を送っていた。それが戦場に赴くとなれば緊張も恐怖も覚えて当然である。
とはいえ、止める事は躊躇われる。それ以上にハクにはやる気があるからだ。是が非でも戦わなくてはという決意がハクにはあった。となれば、無闇に遮る事は出来ない。
「そういう藍兎殿こそ平気で御座りまするか? 大役でありますが」
「んー……まあ多少は緊張してるけど。段取りは全部三護がやってくれてるしな。僕がやる事なんてそんなにねーよ」
ハクとは逆に今回、僕は戦わない。イタチの采配により、ある場所である事に専念する事になっている。その場からは動けない。戦闘は不可だ。ステファ達が戦っている時に助けに行けないのは歯痒いが、大事な役割だ。仕方がない。
装備を整え終えて家の外に出る。夕日に赤く染められた村の中、イタチと三護が既に待っていた。二人とも準備は完了している様子だ。
「遅いぞ。これから戦闘だというのに、化粧をしていた訳でもあるまい」
「悪かったって。そっちは早かったな」
「正直浮かれておるでな。早く始めたくてたまらんのじゃ」
「……ふん、まあ良い。まだ日が沈む前だ。時間に余裕はある」
そう言って夕日に目を向けるイタチ。彼の背中には棒状の何かをあった。布に包まれた、二メートル近い長い棒だ。イタチのメインウェポンは弓矢と舶刀の筈だが、新しい得物だろうか。
「良し。では、国奪りを始めるぞ。各自配置に着け」
「了解!」
イタチの号令に頷き合い、僕達は散開した。




