幕間6 帝国幹部の会話2
「あっ、いたいた。やっほー、皆!」
則天の安宿部紹介が終わった所で、シロワニ・マーシュがバルコニーの奥より現れた。
「これは皇女殿下。御機嫌麗しゅう」
「うん、御機嫌よう。ナイ、信長。皇帝が呼んでいたよ。またスパーリングの相手をしろって」
「げっ、またかよ……」
皇帝と模擬戦をしろと聞いて信長がげんなりする。
「前回相手してやったのが何日前だと思ってんだ。何度ブチのめしてもお咎めなしなのは有難ぇが……戦争狂にして戦闘狂。殿下の父親なのも納得の凶暴さだよな」
「何だよぅ。信長だっておかしな趣味を持っている癖に。火葬場に足繁く通う『五渾将』なんて歴代でも信長一人だけだよ」
「処刑場に入り浸る皇女様に言われたくねえよ、殺人狂」
シロワニと信長が軽く睨み合う。空気は軽いものの発言内容そのものは物騒だ。そんな二人の様子を微笑ましいとナイが小さく笑った。
「まあ、仕方ないじゃないですか。あまり我慢をさせると暴れ出して帝国を壊しかねませんし。敵国に攻められて滅ぶならともかく、自国の長によって滅んだなんて事になったら、笑い話にしかなりませんよ」
「そりゃあな。全く、是非もなしだな」
信長が溜息を吐く。とはいえ、彼らにとってはいつもの事だ。血生臭い父娘を主君と仰ぎ、機嫌を損ねない様に立ち回る。これが彼らの日常だった。
「まあお父様の事は置いといて。わたしからも話が合ってね。皆が揃っててちょうど良かったよ」
「ほう?」
シロワニの発言に四人の目が彼女に集まる。
「皆、ロキがまだ生きてて人質にされているってのはもう知っているよね?」
「ん、知っているね。ついでに言うと、『ロキに国を滅茶苦茶にされた』と山岳連邦から遺憾の意を示されたのも知っている」
「ああ。皇帝陛下が『文句があるならいつでも掛かってこいガハハ』って返していた奴ネ」
クーデターでロキの所業が発覚した後、当然連邦は帝国に抗議した。ロキによって発生した損害を賠償しろと。連邦を唆し、二荒王国との戦争に駆り立てた責任を取れと要求した。
しかし、皇帝はこれを拒否。賠償も責任も負わないと断言した。その上、「要求を通したければ力ずくで従わせてみせろ」と挑発。これには連邦も怒り狂い、更なる抗議を送り付けたのだが、そこまでだった。西日本全域を支配する大国を相手に武力行使など出来る筈もない。強攻すれば返り討ちに遭うのは必至だ。結局、連邦は口先だけの非難に留まるしかなかった。
一方で、賠償も責任も拒絶した事で人質であるロキは切り捨てられた形になったのだが、それについて帝国側で言及する者はいなかった。いざという時は死ぬのも仕事の内、それは『五渾将』であろうと変わらない――それが帝国幹部の信条だからだ。
「でも、そのロキを低コストで救出出来るとなったら?」
「どういう事だい?」
「イタチから連絡があってね」
シロワニが腰から一冊の本を取り出す。表紙には『ルルイエ異本』とタイトルが記されていた。帝国在住の魔術師が普遍的に使っている魔導書だ。シロワニはこの魔導書を通話機にイタチや栄とのホットラインを結んでいたのだ。
「『ロキの身柄と引き換えに「祭り」に参加して欲しい』んだって」
「『祭り』ですか?」
「うん。実はね――」
シロワニがイタチの要求を『五渾将』に伝える。
「――という訳なんだよ」
「ふーん、成程ネ……」
「それはまた……はは」
「良いでしょー。わたし絶対行くからね!」
聞き終えた『五渾将』は一様に目を輝かせた。ナイも則天もシロワニも、イタチの言う『祭り』に興味津々だった。ネフレンだけは仮面のせいで不明瞭だったが。
「そういう事なら、俺が行かせて貰うぜ」
その中で真っ先に立候補したのは信長だった。
「あいつは俺の事を親の仇だと思っているのだろうが、俺の方こそあいつのせいで任務を失敗した。阿漣ヨシキリに接触する為に、ギルド本部にスパイしていた期間は短いものじゃなかったからな。あいつがヨシキリを殺したせいで、それが全部ふいになっちまった」
「阿漣イタチを恨んでいる、と?」
「多少はな。だが」
ククと信長が笑い声を漏らす。
「それ以上に興味がある。俺の邪魔者が俺の敵と呼べるまでに成長したのか。父親を殺した息子が五年の内にどんな風に歪んだのかってな」
信長が苛立ちと愉悦が入り混じった凶笑を浮かべる。悪質な狩人が獲物を前にして、どう甚振ってやろうかと考えているかの様な嗜虐的な笑い方だった。
「それ、人数制限とかはないよね。だったら余も行きたい」
と二番目に立候補したのはネフレンだ。
「代わりにイタチにはこう要求して欲しい。『冥王ヘルの身柄を頂きたい』と」
「冥王ヘル? ロキの娘の?」
「そう。正確には彼女の器としている亡骸が欲しいんだけどね」
先の戦いでヘルは黒炭となった。
しかし、あの三護がヘルの肉体をそのまま放置する筈がないとネフレンは確信していた。たとえ骨の一片しか残っていなかったとしても、あの狂的好奇心の塊は必ずそれを回収したに違いないと見做していた。
「『五渾将』が二人も出陣かあ。大事になってきたね」
「でしたら、いっそ皆で行きましょうか」
「は? 皆って『五渾将』全員でって事カ?」
ええ、とナイが頷く。
「祭りは大勢の方が楽しいでしょう。それに、皇帝陛下の戦争狂を満足させるちょうど良い案が、イタチのお陰で思い付きましたので」
第二部、完。
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