セッション65 治癒
クーデターより一ヶ月後の早朝。
僕達イタチ一派は談雨村に滞在していた。
「おはよう」
「あっ、おはよう御座います!」
日差しを浴びようと村を散策しているとステファと合流した。
「お加減は如何ですか?」
「全然平気だ。前と調子は変わんねーよ」
自分の左太腿を撫でる。そこにはロキに斬られる前と変わらない僕の脚があった。ステファの『中級治癒聖術』のお陰だ。
ロキと戦ったその日の夜、ステファの夢の中に彼女の信仰先――秩序の神が降臨した。混沌の勢力の重鎮を倒した事で褒賞を与えに来たのだという。その褒賞こそがこの新たな聖術の習得だ。
『中級治癒聖術』――健康という秩序より生じた魔術。初級は自然治癒するレベルの傷までしか効かなかったが、中級は手術で治せるレベルにまで通用する。具体的には四肢の再接着をも可能とするのだ。
この聖術により、僕の切断された脚は接合された。理伏の神経まで斬られた左腕もきちんとくっ付いた。やはり魔法ってのは便利なもんだ。
「いや驚いたよなあ。僕が病室で寝ていたらさ、『私、治します!』って言っていきなりステファが飛び込んできたんだもんよ」
「あはは……いえ、テンションが上がり過ぎてしまいまして。我が神がお見えになられたのは久々でしたから」
僕の左脚は魔術で冷凍保存していた。朱無市の魔術師に繋ぎ治せる術者がいれば、と期待して腐敗しない様にしておいたのだ。それがまさか翌日に見付かるとは思わなかったが。
「……けど、肝心のステファがな」
「まあ仕方ないですよ、あれだけバラバラになっちゃえば」
僕と理伏の傷は癒えた。しかし、ステファは無理だった。幾つもの肉片と化した右腕は手術でも魔術でも復元出来なかった。僕と理伏の治癒に問題がなかったのはロキの手刀の切れ味が良過ぎて、傷口が綺麗だった結果でもあるのだ。
故にステファは失った右腕の代わりに、銀の義腕を装着している。クーデター成功による受け取った報酬で購入した物だ。重さは一〇キログラムと結構重量があるので、ステファは現在、バランスと筋力を付ける事に苦心している。
「……っと、理伏だ」
散策の先、村の外れにある洞窟の前に理伏がいた。
「藍兎殿、ステファ殿。おはよう御座りまする。朝の散歩ですか?」
「まあそんな所だな。おはよう」
「おはよう御座います、理伏さん。そちらは見張りですか?」
「はい。ロキを逃がさない為にと死なせない為に」
洞窟の中にはロキが横たわっていた。
この洞窟は飯綱和芭――盗掘屋達が隠れ家として使っていた場所だ。故に生活に必要な家具や道具は概ね揃っていた。藁を編んだだけだが簡素な寝具もあり、ロキはそこに寝かされていた。死んでいるかの様に殆ど身動ぎせず、昏々と眠り続けている。
洞窟は岩の格子で閉ざされていた。三護の魔術で構築された即席の牢屋だ。
「ダーグアオン帝国に対する人質兼尋問用としてここに幽閉しているという話でしたけど、ずっと目を覚ましませんね」
「まあ、あの重傷っぷりじゃ無理もねーけどな。けど、もう一ヶ月経ったか……」
あのクーデター以後、一度も瞼を開かずにロキは昏睡し続けている。ステファと三護の手により、そのまま死なない程度には治療された筈なのだが。このままでは帝国の情報源としては期待出来そうにない。
「つーか、良く殺意を抑えられているよな、お前」
理伏の復讐心は狂気の域にある。実際、ゴブリン事変とは直接の関係はないシロワニやロキ相手にも、帝国の人間と知った途端に斬り掛かったくらいだ。復讐以外にも戦術的な意味合いもあったのだろうか、とにかく速攻する程に強い敵愾心があったのは間違いない。
現に今も、理伏はロキに溶岩の如き眼差しを向けていた。
「帝国民であれば誰であろうとも憎みますし、女子供であろうとも呪いまする。ロキの事も、本当は今すぐにでも殺してやりたい所で御座りまするが、以前にスレイプニルの抵抗を受けまして」
「スレイプニル?」
それって確か馬王だっけか。ロキが従える王獣の一体。クーデターの日、ロキによって理伏に憑依させられた神代の名馬だ。
「ロキを殺そうとしたらスレイプニルが拙者の身体を乗っ取って制止してきたので御座りまする。体内で暴れられると手が付けられなくてですね……。
仕方なく殺意を抑えた後、スレイプニルのスキルを拙者のスキルとして使わせて貰う代わりに父親の命を取らないと、そういう交渉をしまして。まあ、今は手を出す気はないで御座りまする」
「はあ……成程な」
そういう関係になったか。というか、交渉とか出来たんだな、あの馬。獣だから本能のままに理伏を乗っ取ろうとしてくるかと思った。まあ平和裏に済んだ様で何よりだが。
「それに、イタチ殿から『死んだら死んだで構わなかったが、生き残ったのならロキには利用価値がある。勿体ないから死なせるな』と言われておりますので。そもそも本気の本気で殺すつもりではなかったで御座りまするよ」
「利用価値ね。ロキをどう使うつもりなんだろうな?」
「さあ……具体的な話までは聞いていませんが……」
ステファも理伏も首を横に振る。二人とも知らない様だ。
「わざわざロキを山岳連邦から談雨村に移送した理由も不明で御座りまするな」
「それを言うなら私達もですよ。どうして朱無市国から談雨村に拠点を変えたのか、きちんとした説明もないままです」
「イタチは『サプライズするから少し待て』っつってたが……」
三人揃って小首を傾げる。
僕達が談雨村に拠点移動したのは一昨日の事だ。「これは詳細を省くが、結論だけ言うと俺様達は死ぬ」とイタチが市国に留まる事を危険視した為だ。そして本当に詳細な説明もないまま出立を急かされ、談雨村に移転した。
しかしまあ、あのイタチの事だ。偏執病に冒されながらも今まで冷静沈着に判断を下してきた男だ。今回も良い様に動かしてくれるだろう、多分。……うん、まあ、信じるのはちょっと怖ぇけどな。なんやかんやで狂人だし。
「……そろそろ戻って朝食にしましょうか」
「もうそんな時間か。そうするか」
「では、拙者は見張りの交代が来てから参りますので」
「風魔忍軍が手伝ってくれているんだっけか。じゃあお先にな」
理伏に見送られて村へと戻る。
去り際に振り返ると、理伏は再びロキに熱視線を注いでいた。僕達が見ていない間にロキに凶刃を振るったりしないと良いが。まあ今は彼女の言を信じるしかないか。




