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セッション62 切断

 狼王フェンリル。

 悪神ロキの息子。巨大なる狼であり、その口は開けば上顎が天にも届いたという。神話の終末(ラグナロク)では北欧の大神(オーディン)を喰い殺した。





「ステファ! しっかりしろ、ステファ!」

「あっ……ぎっ、ひっ……ひぃあっ……!」


 滝の様な脂汗を浮かべてステファが膝を突く。ステファは悲鳴を上げそうになりながら、苦痛のあまりに声も出ない様子だ。奥歯をカチカチと鳴らしている。

 右腕は二の腕の半ばから先がなく、右腕だったものは幾十もの肉片となって地面に落ちていた。僕はすぐさまステファに駆け寄ったが、出来る事が何もない。僕の治癒聖術(ヒール)ではどうあっても彼女の腕は治せない。


「……空間切断……ですか?」

「えっ……?」


 涙を滲ませて深呼吸を数度繰り返し、ようやくステファは少しだけ落ち着いた。痛みに震えながらも彼女は気丈にロキを見上げる。


「今……貴方の手刀が目の前に迫った瞬間、貴方の姿が縦に割れて見えました……。まるで一枚の絵を裂いたみたいな……不自然な割れ方……。恐らく、原因はその手刀……つまりその手刀で空間を斬った結果と思われます……!」

「空間を斬った……?」


 戦慄の感情と共にロキを見る。ロキは感心したと眉を弧にして軽く微笑んだ。


目敏(めざと)い娘ねぇ。そこまで見破られているのなら、御褒美として解説してあげましょうか。

 貴女の推理は半分まで正解よ。何故ならこの手刀は時空切断。空間だけじゃなく、時間をも断つの。この手刀に斬れないものはないわ」

「時空切断……!」

「そう――個人ではなく世界に対する魔術よ」


 ロキ曰く、彼の手刀は空間を切断し、時間を無視し、あらゆる事象を粉砕せしめる魔術なのだという。世界より下位の存在である人類には防ぐ事は叶わず、対象は時空ごと切り裂かれる。それはまるで三次元の人間が二次元の絵を、紙ごと裂くかの如く一方的に。如何なる防御も無効化する絶対切断。それがロキの左手に宿る力――狼王の権能だ。


「手刀である以上、腕の届く範囲でしか攻撃出来ないのが難点だけどねぇ。まあ、それを補うのがこの鎖鎌な訳で」


 言って、ロキが鎖鎌の刃をかざす。狼を模した刃だ。油が滴りそうな光沢を放ち、鋭さを見せ付けている。ステファの首など容易く掻き切れると言わんばかりだ。


「痛いのは辛いでしょう。今、楽にしてあげるわ――息の根を止めてね」

「テッッッメ――――!」


 激昂の声を上げ、僕はロキに突貫する。突貫しながら柄を短く持った。杖を曲刀と同程度の扱いにしたのだ。これで実質二刀流だ。曲刀と杖に『剣閃一断(ケンセンヒトタチ)』を纏わせてロキの鎖にも対抗出来る様にする。

 ロキが僕を凶笑と鎖で迎える。攻防一体のドームが三度展開された。


「『剣閃一断(ケンセンヒトタチ)』同時二撃――『二重桜(フタエザクラ)』!」


 曲刀と杖を鋏の様に交差させて同時に放つ。弾かれる。鎖のドームを突破出来ない。構わない。頭に血が上った僕は一度防がれた程度では止まらない。


「『剣閃一断(ケンセンヒトタチ)』平行二撃――『桜並斬(サクラナミキ)』!」


 平行に並べた曲刀と杖で斬り込む。弾かれる。鎖の勢いはまるで収まらない。まだだ。まだ魔力は残っている。まだ攻撃を終わらせない。


「『剣閃一断(ケンセンヒトタチ)』交差連撃――『桜閃々(サクラセンセン)』!」


 曲刀で斬り付け、曲刀の峰に杖を叩き付ける。交差する形で打たれた曲刀が更に一撃分、強い力で鎖を打ち抜く。しかし、これも弾かれる。

 畜生、やはり駄目だ。ステファがいても太刀打ち出来なかったというのに、僕一人じゃどれ程猛ろうともロキを攻略出来ない。

 だが、まだだ。まだ諦めない。


「『竜の吐息(ドラゴンブレス)』――!」


 口腔内から魔力の砲撃を放つ。蛇王から奪ったばかりの竜の吐息(ドラゴンブレス)だ。伝説の生物が誇る伝家の宝刀。ステファの結界(バリア)すら粉砕する破壊の奔流だ。幾らロキといえど直撃を受ければ無事では済まない。

 かくして、鎖のドームは砕かれた。だが、


「駄目よぉ、竜の吐息(ドラゴンブレス)は高威力な分、隙が大きいんだから。もっと距離を取ってから使わないと、その隙にこうやって簡単に近付かれちゃうわよ」

「しまっ――」


 ロキには届いていなかった。

 僕が竜の吐息(ドラゴンブレス)を使おうとした瞬間、既にロキは鎖のドームを捨てていた。鎖を囮に僕の注意を逸らし、僕の懐に潜り込もうと判断したのだ。その判断は功を奏し、ロキは僕に肉薄する事に成功した。


「――『大神呑み込む狼王(フェンリル・ミゼーア)』!」


 ロキが左手刀を振るう。躱そうと足掻くが、竜の吐息(ドラゴンブレス)を放った直後で態勢が悪い。掬い上げる様に繰り出された手刀が逃げ遅れた僕の左脚を断つ。手刀の切れ味は鋭いという概念を超え、太腿から下を一切の抵抗なく斬り落とした。


「ぐっ、ぎぃああぁあああぁぁぁぁぁっ!」


 痛い、痛い痛い痛い痛い痛い!

 激痛と喪失感が脳を支配する。何度も死んで、自殺すら経験した僕だが、痛覚が軽くなった訳ではない。負傷の度に痛覚は依然として僕を苛んでいるのだ。ましてや四肢の欠損となれば苦痛は一際だ。脈打つ痛みに意識が明滅する。


「ぐっ、うぐぅ、あぁああっ……! はあ、はあ……! て、テメー……! 今の一撃、何故胴体を狙わなかった!?」

「胴体を貫いて貴女が死んだら、女神(シュブ=ニグラス)が出てくるかもしれないでしょう? そうでなくても、蘇生の為に私が喰われるかもしれないじゃない。だったら即死しそうな部位は避けるわよ。危険は冒さないわ」

「ちっ……!」


 そうだった。こいつ、ヘルに「僕を殺すな」と忠告していたんだった。僕を殺す事で何が起きるかを既に知っているんだった。


(じく)脚を失っちゃあもう逃げる事も戦う事も出来ないでしょう? でも念の為……そうね、(きき)腕も落としておきましょうか。そっちの娘……ステファちゃんっていったっけ? ステファちゃんとお揃いにしてあげるわね」

「畜生……!」


 どうする。ここはまた自殺して、シュブ=ニグラスを召喚するか? 僕がシュブ=ニグラスを出してくるのを警戒しているという事は、ロキにとってもシュブ=ニグラスは厄介な敵の筈。召喚すれば、あるいは勝てるか?

 いや、ここは天空議事堂だ。こんな場所で五〇〇メートルもの巨体を持つ彼女が現れたら議事堂が落っこちてしまう。そうなったら全滅だ。ステファも会議室にいる栄も死んでしまう。シュブ=ニグラスを()べないのはこちらも同じだ。


 とはいえ、残存魔力量は少ない。撃てる大技は一発が限度か。もう無駄遣いは出来ない。やはり技は連発するものではなかったかと思うが、しかし連発なくしてロキの鎖とは拮抗出来なかった。であれば、どうするか。


 …………。

 ……クソ。何のアイデアも思い付かない。考えろ。ここで僕が戦闘不能になったらステファが殺されるんだぞ。考えろ、考えろ考えろ考えろ……!


 焦燥に脳漿が沸騰する。だが、何の策も思い浮かばない。そうこうしている内にロキが一歩、また一歩と近付いてきていた。とうとうロキが僕の目の前に立ち、鎖鎌を掲げる。ぎらつく刃を僕はただ睨む事しか出来ない。

 ロキが鎌を振り下ろす。迫る凶刃に背筋が凍て付いた。その時だった。



 桜嵐が()()()()()跳ね起き、ロキを軍刀で叩き斬った。

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